月に舞う桜
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◆合計9冊 55. 小林美穂子・小松田健一『桐生市事件 生活保護が歪められた街で』 56. ハンス・ヨナス『グノーシスの宗教 異邦の神の福音とキリスト教の端緒 増補版』 57. 呉勝浩『蜃気楼の犬』 58. ジョン・マレンボン『中世哲学』 59. 葉真中顕『絶叫』 60. 大貫隆『グノーシス考』 61. 荒井献『ユダとは誰か 原始キリスト教と「ユダの福音書」の中のユダ』 62. 太宰治『富嶽百景』 63. ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』
※数字は1月からの通し番号
今月はあまり読めなかった。分厚い本を読んだからというのもあるが、スマホゲームにはまってしまい、読書時間が削られている。良くない。 ところで、私は父方の祖母がかなり熱心なクリスチャンだったことの反動で、宗教というものが嫌いだ。宗教は諸悪の根源の一つだと思っているくらいだ。 けれども、それはそれとして、宗教の文学的、芸術的価値は認めなければならないと思うし、宗教全般に嫌悪感がありつつも、グノーシス主義は結構好きだ。ユダにも興味惹かれるものがある。 ある宗教で正当教義と認められているものは、つまりは権力と結びついていて、権力に都合がいいということだ。だから、私は、正当教義とされているものにこそ、より懐疑的だ。それに対し、異端とされている宗派の中には、権力に対して抵抗していたり、抵抗しないまでも、権力にとって都合の悪いものがある。だから、どちらかと言えば異端とされているものに惹かれる(もちろん、ものによるが)。 グノーシス主義についてまだ名称くらいしか知らなかった頃に書いた詩や小説が、意図せずグノーシス主義的であることが分かって、ちょっと嬉しい。
| 2026年05月27日(水) |
根源的な苛立ちを理解してもらえない |
昨日の日記の続き。
件の事業所には心底怒りが沸くし、はらわたが煮えくり返っている。 でも、もっと根源的な怒りがある。それは、この人生をあと何十年も耐えなければならないことだ。
旅行に行きたいとか贅沢したいとか、そういう特別なことではなく、ただ生きるために、日常的に他人の手をかりなければならない。 そういう人生には、突然連絡なく介助者が来なくて生命の危機にさらされるかもしれないというリスクがある。 これをあと何十年やらなきゃいけないのかと思うと、本当に嫌気が差すし、腹立たしい。 せめて、お守りとしての安楽死制度があれば少しは安心して生きられるけれど、いまさら日本が人権先進国になるなど、期待できそうもない。
今回のひどい事業所の話を、友人たちにLINEで愚痴った。 連絡なくヘルパーが来ないというような個別の出来事への怒りは、みんな共感してくれる。 でも、「この人生をあと何十年もやらなきゃいけないことが煩わしくて腹立たしくて、安楽死制度がほしい」という根源的な苛立ちは、なかなか理解してもらえないようで、スルーされがちだ。 それで、私の失望と絶望はさらに深まる。
なんだかなあ。
あー、嫌だ嫌だ。 人生って、本当に嫌なものだ。
3月から利用していた居宅介護事業所が、あまりにもひどかった。 複数の事業所に新規利用の問合わせをしたとき一番に返事をくれたし、年末年始もヘルパーさんが来てくれるとの話だった(年末年始はヘルパーさんが来ない事業所が多い)ので、安心して利用できるかと思ったのだけど。
責任者がうちに話を聞きに来たときは契約書を持参しておらず、初回利用時に契約書を交わすとの話だった。でも、初回利用の日、その責任者がヘルパーさんに同行してきたけれど「朝バタバタしていて契約書を持って来れなかった」と。そして、以後も契約書、重要事項説明書を持ってくることはなく、正式に契約を交わさないままだった。 サービス提供記録書についても、「毎月の最終利用日にサインか押印をもらう」と説明されたのに、3月の最終利用日にヘルパーさんから用紙の提示はなく、聞いたら「分からないから責任者に聞いて連絡する」との返事。でも、その後、事業所からは連絡がなく、結局最後まで記録用紙を見たこともなければ、もちろん私はいっさいサインも押印もしていない。横浜市に対して不正請求しているのではと疑ってしまう。
そもそも、最初に責任者が来たとき、担当ヘルパーさんはAさんだと言われたのに、初回に来たのはBさんだった。担当が変わったとの説明はなし。そして、Bさんが3回来て、利用4回目は、事業所から何の連絡も説明もなくAさんが一人で来た。 初めてのヘルパーさんが来ると、介助の手順を一から説明しなければならないから、時間もかかるしお互いに苦労する。 それに、AさんもBさんも外国人で日本語が片言なのだけど、日本語のレベルが違うので、誰が来るかに応じてこちらは英語での説明を準備しておかなければならない。 だから、急に別のヘルパーさんが来るととても困る。
私の担当はAさんなのかBさんなのかメールで問合わせたけれど、返信がなかった。
そして、ゴールデンウィークのこと。 翌週が祝日だったので、正月も来るくらいだからたぶん大丈夫だろうとは思いつつ、来週は祝日だけど来てもらえるか念のためヘルパーさんに聞いた。 すると「分からないから責任者に確認して、決まったら連絡する」と。 こちらからも事業所に直接メールで問合わせるも、返信なし。数日経って、平日に事業所に電話したけれど、誰も出ない。電話が転送されるような音がして、たぶん責任者の携帯に転送されてるのだけど、出ないし折り返しもない。だから再度メールしたけれど、それに対しても返信がない。 いつも通りヘルパーさんが来てくれるのかはっきりしないので、祝日利用日の前日に、3度目の問合せメール。併せて、いまだに契約書と重要事項説明書の提示がないことや、サービス提供記録書に私はサインなどをしていないことも聞いた。 礼を失しないようにしつつも少々キレ気味のメールを送ったら、責任者とは別の人からようやく返信があった。 祝日もヘルパーさんは行くし、書類は早急に用意するとのことだった。 いま思えば、あのときのAさんの「分からない」は「私は来ないけど、別の誰が来るのかは分からない」という意味だったのだろう。実際、祝日はBさんが新人のCさんを伴って来た。でも、事業所からの返信メールでは、どのヘルパーさんが来るとか新人を連れて来るといった説明はまったくなかった。
で、書類を用意すると言ったにもかかわらず、そのあとも何の書類も持って来ず、それについての連絡もなかった。 初めて責任者がうちに来た日に受給者証をコピーして渡したのだけど、先週「雨に濡れて番号が読み取れなくなったから、もう一度コピーをもらえないか」というメールが責任者から来た。こちらからの問合わせには返信しないくせに、自分が言いたいことだけ言ってくる。しかも朝の6時に。 だいたい、利用者の個人情報が記載されている書類を雨に濡らすって、どういうことだろうか。
こういうことが積み重なって、事業所にかなり不信感を抱いていた。
そして、極めつけは、今日。 事業所から事前連絡なく、ヘルパーさんが来なかった。 何か緊急の事情でヘルパーさんが来られないことはあり得る(実際、他の事業所でもあった)が、事業所から何の連絡もないなんてひどすぎる。他の事業所は、ちゃんと事前に連絡してくれる。 私の場合は親が健在なので、母に介助してもらって、実質的には問題なかった。でも、朝の身支度をお願いしていたから、もし独り暮らしだったら、ベッドから車椅子に移動できず、トイレも行けず、朝ごはんも食べられず、生命身体の危機が生じるところだった。 余りにも利用者(障害者)の安全を軽んじている。 事業所からは、事後の説明や謝罪もない。 それで、もう信頼して任せることができないから本日付で利用を終了する、とメールした。 本来なら、「利用終了は何日前までに申し出なければならない」というような規約があると思うけれど、私は正式に契約書を交わしていないし、重要事項説明書も受け取っていない。だから、そういう規約は適用されないはずだ。
一連の経緯を、横浜市の健康福祉局と在住区の障害支援課にメールで報告した。 障害者は舐められやすいので、一分の隙もないように、日付入りの時系列で詳細を説明した。
ちなみに、利用終了のメールを送っても、いまのところ事業所からはまったく音沙汰がない。
いったい、どうなってるんだ!?
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