夢幻泡影


夢幻泡影
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2005年06月18日(土) 卒業写真



梅雨に入ったというのに

真夏日が続く

額に滲んだ汗を拭きながら

真紀子は引越しの荷解きの手を休めた



「こうやって引越しの荷物を片付けるのもこれが最後ね」

夫の転勤のたびに引越しを繰り返した

日本だけでなく香港や中国にも暮らしたことがある

初めのうちこそ、あちこち知らない土地へ行くのも

それなりに楽しかった

夫の両親は早くに亡くなっていたが

真紀子の父親が痴呆の症状を見せ始めたことと

子供の進学のことも考えて

真紀子の実家で同居することにしたのだった



「お母さん、こんなのが出てきたわよ」

高校生になる娘のリカが重たそうにダンボールの箱を持ってきた

リカは昔真紀子が使っていた部屋を使うために

その部屋の片付けをしていたのだ











中にはいくつかの小箱と賞状、それとアルバムが数冊はいっていた

賞状は習っていた書道のものがほとんどだった

小箱には小学校の時に作ったであろう

絵だけを自分で書いて

焼き付けたマグカップや

当時は大事にしいてたであろうキーホルダーや高校の校章などが

詰め込まれていた


「こんなものまでよく残していたものねぇ」

「このアルバム白黒写真だよ」

リカが一冊のアルバムをパラパラとめくりながら言った

「それは小学校のでしょう?」

答えながら真紀子は違うアルバムを手にとっていた

少し色あせた台紙に

白黒写真とカラー写真が混在している

「あ・・・なつかしいわねぇ」ここの中でつぶやく

ページをめくっていくと

台紙に貼られず、はさんであるだけの写真があった

少し大きめのその写真は高校の卒業式の日に

クラスのみんなで撮った白黒の写真だったが

これもどこか色あせて黄ばんだ感じの写真だった


「これお母さん?なんだか今よりフケて見えそう」

横から覗きこんだリカが笑いながら言った

数十年も前と言えば制服も髪形も今のようなおしゃれなものではない

今のリカには古めかしく見えるのもかもしれないが

「これが普通だったのよ」

と答えた真紀子自身にも

写真に写る自分がどこか年寄り臭く見えた

クラスメートの顔を思い出しながら

写真を見ていると

その時憧れていたK君が写っていないことに気づいた

「おかしいわね・・・。あっ、彼がシャッター押してたんじゃ・・・」

そう思うと、せっかくみんなで撮った写真も

つまらなく見えてしまう

記憶だけではおほろげになりつつある顔を

写真を見てはっきりと思い出したかったが

今は先にやらなければならないことがある


「さあ、いつまでも見てないで早く片付けましょう」

「はぁ〜い」

手にしていたアルバムをまた元のダンボール箱にしまい

とりあえず部屋の隅において

まだ取り残されている引越しの荷物を片付け始めた







「真紀ちゃん・・・だよね?」

「・・・ゆうちゃん?」

「そうよ〜!なつかしい〜今までどこに行ってたのよ」

「ゆうちゃんって全然かわらないのね」

初めて出席する同窓会だった

ホテルの宴会場で設けられた同窓会の会場に入るなり声をかけられた

同窓会の案内が実家に送られてきたのは

越してきて3日目、まるで真紀子が越してくるのを待っていたかのように

その案内は届いた

実家は変わらずにあったから

あて先不明で戻らない限り案内はずっと実家に送られていた

転勤先の住所を知らせても

次に案内が送られてくるときに

そこにいるとは限らないから

あえて住所の変更を知らせずにいたおかげで

念願の同窓会に出席することができたのだ




やがて出席者が揃ったところで

幹事が挨拶をした

「今回も大勢のご参加ありがとうございます。

 今日も古き思い出話に花を咲かせて気持ちだけでも若返って帰りましょう」

少し頭の淋しくなりつつある幹事がそこまで言うと

「体は若返れないからねぇ」とちゃちゃを入れる者がいて

会場は一気に和やかな雰囲気に包まれた

しかし、その後に幹事が続けた言葉は

みんなの予想とは違うものだった

「え〜実はひとつ残念な知らせがあります

 昨年K君が交通事故でお亡くなりになっていたそうです

 5年前のT君に続いて2人目の同窓生を亡くしたことは淋しい限りです

 二人のご冥福を祈りたいと思います」

会場が静まり、みんながそれぞれK君やT君のことを思い出しているようだった

真紀子も初めて出席した同窓会が

このような始まり方をするとは思っていなかった

むしろ、K君に会えるかもという期待すらしていた

期待した分、もう会えない存在だと思うと

今まで出席できなかったこと、そして転勤の多い夫を結婚相手に選んだことも

ほんの少し後悔した









その頃実家では

真紀子の夫が自分の本や趣味で集めたレコードを整理していた

真紀子に片付けを任せてしまうと

自分ですぐに探し出せないからだった

そしてその荷物の中にあの真紀子のアルバムの入った

ダンボール箱がまじっていた

一番上にあったアルバムを

ふと手にとってめくっていたら写真が一枚零れ落ちた

そこへリカが

「お父さん、私出かけてくるね。あら、それお母さんの写真ね」

「ああ…」

「私の部屋に残してあったもんだよ。ねぇお母さんって若いときはフケて見えない?」

「ん〜どれだい?分からないなぁ」

「え〜っとね・・・あれ〜これだったんだけどなぁ。

 こんなにぼやけてたっけ」

「母さんだけえらくぼやけてるなぁ。どうせかあさん動いたんだろう」

「だからフケて見えたのかな?あっ遅れちゃう〜行ってくるね」

「遅くなるなよ」

「はぁ〜い」と言いながら玄関に駆け出して行った

「確かにこのぼけた写真じゃフケて見えるかな」

夫は出合った頃の真紀子を思い出しながら

写真をアルバムにはさみ、また元のダンボールの箱の中にしまった






二年後…

同じ同窓会に真紀子の姿はなく

代わりに同じ幹事が

真紀子が交通事故で亡くなったことを伝えていた



2005年06月17日(金) ベンチ




郊外の小高い丘にある小さな公園

入り口のそばにちいさなブランコがひとつだけあり

子供が遊ぶには少し物足りないが

いくつかの花壇には季節ごとの花が植えられ

周りの木々はほどよく茂り

木陰にはいくつか木製のベンチがあり

散歩の途中で立ち寄るにはぴったりの場所だった









初夏のある昼下がり

日曜日にしては人影もなく

とても静かな日だった

若い男女が一組、この公園にやってきた

どちらも大学生くらいだろか

公園を半周したあたりで二人はベンチに腰掛けて話はじめた

まだ知り合って間もないようだ

お互い遠慮がちに、時には言い慣れないような敬語まじりの話し方である

二人の間にまだ人がひとり座れそうなほど空いていることが

初々しさを感じさせた




翌週もふたりはやってきた

少しは打ち解けた感じを漂わせていたが

恋に慣れた男女の駆け引きのあるような

話し方ではなかった




今日もまた同じベンチに座り話をしはじめた

他愛のないことだったが

時に真剣に、時に笑い合いながら




ふと目が合ったその時だった

お互いの顔がとても近くにある事に気がついた

二人ともこの前と同じように間をあけて座ったつもりだった

お互いの話に耳を傾けるうちに寄ってしまったのかな

そう思い、その時はそれ以上気にしなかった

数日後も二人はやってきた

同じベンチ、同じように座り

二人ともがこの時間がずっと続けばいいなと思いながら





「あっ」

二人同時の声だった

いつの間にか二人は寄り添うほど近くに座っていた


”寄っていったのかな?”

相手が”寄ってきたのかな”ではなく

自分が寄ってしまったのかなと思う恥じらいの方が強く

また二人同時に

「ごめん」「ごめんなさい」と言い

離れようとしたができなかった

なぜなら、離れようとしても

離れて座れるほどのスペースがなくなっているのだ

あたかも初めから

”二人しか座れないベンチ”のように





「不思議なベンチだね」

「うん、とってもね」




けれど二人にはそんなことはどうでもいいように思えた

淡い恋心が愛に変わった瞬間だった









やがて夕焼けも夜空に包み込まれようとする時になって

二人は腰をあげた

歩き出すと自然に腕をとり並んで歩き始めた

振り向くとそのベンチは他のベンチと変わらぬ形のまま

夕闇に包まれはじめていた





2005年06月16日(木) 冷たい家族






「どこに行くの?」

出かけて行こうとする加奈子に

娘の香織が声をかけた

「駅までお父さんを迎えに行ってくるわ。傘持って行ってなかったんだって」

「ふうん。行ってらっしゃい」



梅雨入りして間もない6月も半ば

朝から今日は絶対雨が降るってわかってるのに

傘を持たずに出勤した夫にあきれながらも

加奈子は駅まで車を走らせた







やがてあちこちで花火大会が始まろうとする夏の日



「行ってらっしゃい」

加奈子は学校へ行く娘に声をかけたが

無言のままでかけいく香織の後姿を見て大きなため息をついた

無言で出かけて行く夫にはもう2.3年も前から

声をかけても返事など返らないとわかっていたが

娘までもと思うと気が重かった



「いつからこんなに冷めた家族になったんだろう」




少し前までは一緒に旅行や買い物に行ったり

破綻した夫婦関係の冷たさすら忘れる事ができたのは

香織の存在があればこそだった


その香織が学校から帰ってきても

部屋に閉じこもるようになり

夫ばかりか加奈子とも口をきこうとしなくなった事が

何より悲しく、より一層夫への嫌悪感が

増すばかりだった



「一体どういうつもりなんだ!」

荒い夫の声が響く

今日も帰宅した娘は

おかえりと言った夫を無視して部屋に閉じこもったのだ

「誰のおかげで暮らしていけると思ってるんだ、まったく」

養ってるだけで父親の責任は果たしていると

思っている夫の言葉

今まで家族はほったらかしで自分の好きなことだけ

やってきておいて、自分の言うことに従わない時は

あからさまに怒りをぶつけてくる



「あなたが父親らしいことをしてこなかったからでしょう」

「躾は母親の役目だろう。お前がきちんとしてないからだ」

「躾の問題じゃないでしょう。心の問題よ。」

「心だと?俺が仕事でどれほど気をつかってるか知ってるのか!?

その俺に家に帰ってまで気を使えというのか!」

「そんなことは言ってないわ。だけどあなたの言い方じゃまるで

 家族は荷物か何かみたいじゃない!」

「あ〜荷物みたいなもんだよ!」


最初は娘に聞こえないようにと

冷静に話しているつもりだったが

抑えきれない感情が次から次へと爆発するように

段々激しい罵り合いになっていく



加奈子と夫がまだ言い合いをしている間に

玄関のチャイムがなり

大学の寮で暮らしている息子の大輔が帰ってきていた


「ただいま」

「お兄ちゃん、おかえり」

部屋から出た香織が出迎えた

「どうや?寂しくなかったか?」

「うん。大丈夫だよ」

「そっか。ところで何かある?腹減った」

「ん・・・、焼きそばならあったかも」

「それでいいわ、作ってて。それでと・・・」



大輔は大きなリュックを

今は誰も使ってない自分の部屋に投げ込むと

居間の隣にある和室にむかった

そこには小さな仏壇があり

ぎこちない動作でお線香をあげた






ふたつ並んだ遺影は

どちらも微笑んでいた

加奈子が夫を迎えに行った、6月のあの夜

加奈子と夫は帰り道の車内で口論になり

どちらも感情的に言い合ってるうちに

センターラインを超えて対向車とぶつかり

ふたりとも帰らぬ人となっていた




「ただいま」

大輔は小さくつぶやいた



居間で続く、加奈子と夫の罵り合いの声は

大輔にも香織にも聞こえることはなかった




2005年06月15日(水) 夢幻泡影










はかなきこと

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