- 2008年10月06日(月) 私はそんなにもできた人間なのだろうか。 綺麗事、といわれることを実行している人間なのだろうか。 でも、こういうふうに育てたのは両親、家族ではないの? お前はそうすることができるけれど、他の人はそうじゃないんだから、 お前と同じようになんてできないのだから、あきらめなさい。 それは、親の言葉なの? 言ってわからなくても、理解してもらえなくても、言い続ける、という ことは、よくないことなの? あきらめなきゃならないことなの? あきらめられることと、あきらめられないことって、あるんじゃないの? 目に入らないことなら、あきらめることはできる。 自分だけのことなら、我慢もできる。 でも、私だけの問題ではないでしょう? 私よりも、両親達の問題でしょう? 子どもだから、家族だからこそ、心配してかわいそうに思って、正しい、 と思うことを言ってるのに、言うことさえしてはいけないの? 家族のゆがみを作ったのは彼女。 だから、私は彼女に目に入る場所にいてほしくない。 私の家族にかかわって欲しくない。 なぜ家族が辛い思いをするのをただ我慢してみていなければならないの? それをなぜ許せるの? あきらめることなんてやっぱりできない。 ... - 2008年10月03日(金) どのくらいの悲しみになるのだろう。 思ったほどの悲しみでなければよいけれど。 期待はしてはいけない。 期待すると、期待がはずれたときに、とても悲しくなるから。 本当なのか嘘なのか私にはわからない。 嘘を言われたのではない、本当のことを言ってもらっていると思いたい 反面、本当であればなんて辛く、私には理解できないことなのだろう、 と思う。 本当ならば私はなんて冷たい女なのだろう。 でも、本当であっても、やっぱり何もできないかもしれない。 自分をなくしてしまいたい、と思うことは何度かある。 消えてなくなってしまえれば、どんなに楽だろうか、と。 きっと、ではなくて、絶対にそれはできないことなのだけれど。 私とご主人様は、絶対に、それをできない。 私は、楽になるために、ご主人様を求めた。 ご主人様は、私に何を求めていたのだろう。 ご主人様はこうなることがわかっていて、23日に私を呼び寄せたの だろうか。。。 ...
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