竜也語り

2005年01月30日(日) 私の竜也物語(7)〜始めての生竜也くん〜

私が初めて生竜也くんを拝めたのは、舞台「近代能楽集」の再演時である。私がチケットを購入したのは、発売日より隋分と日が経っていたが、再演ということもあってスムーズに手に入れることが出来た。コクーンのI列という、大して良席でもなかったが、それでも何せ初めての生竜也くんである。心が躍った。いつもならコクーンのI列くらいの距離では双眼鏡を持参しないが、当日さんざん迷ったあげく、持っていくことに決めた。これは非常に正解だった。

ご存知の通り、「近代能楽集」は「卒塔婆小町」と「弱法師」の二部構成である。私は異様に興奮していたので、「卒塔婆小町」ははっきり言って上の空で観ていた。(出演者の皆さん、すいません…)だから殆んど印象に残っていない(汗)。やっと「弱法師」が始まった。50分足らずの短い演目だ。・・・なかなか竜也くんは出てこない…。下手の通路から登場して来ることを事前に知っていたので、私は通路の方にばかり気を取られていた。
「!」 人が来る気配がした!俊徳の登場シーンのほんの少し前にもう通路の途中に立ってスタンバイしているのだ。俊徳にまだライトは当たっていないが暗がりの中で俊徳は凛として立っていた。ちょうど後ろ姿が見える位置だった。思ったより背が高いと感じた。私はこの光景を一生忘れない。

さてライトが俊徳に当たり、劇場中の視線が彼の姿に集中する。俊徳は通路の階段を杖を突きながらゆっくりと降りて行く…。ここで舞台の様子を詳しく書き始めると、私また止まらなくなりますので…このことはまた機会があったら書こうと思う。
一言で言えば、素晴らしかった。ついこの間まで見ていた「新・星の金貨」の一樹などは吹っ飛んでしまった。一樹の役柄が、何か冗談のようにさえ思えた。「藤原竜也は舞台の人」 以前から耳にしていたこの言葉が偽りでないことを、私はその日自分の命に刻み込んだ。

竜也くんを堪能出来たのは、正味30分といったところだっただろうか…?「弱法師」を観たのは、この日が最初で最後である。「1回では駄目だ!余計にストレスがたまる!」そう実感した私は、これ以降の竜也くんの舞台は、お金と時間が許す限り何度も劇場に足を運ぶようにしている。それだって観劇最終日には筆舌に尽くし難い寂寞とした思いに襲われるのだ。私はこの感じがとても嫌いだ…。一向に慣れない…。

当然のごとく、初生竜也以降、私の竜也熱は急激に上昇する。もう引き返せない。こうなったら肝を据え、行き着くところまで行くしかないのだ!
ところで、この時のプログラムにDaの入会申し込み書が入っていた。始めてこの申込み書を見た時、「いくら何でもファンクラブには入れないよなぁ…(苦笑)」なんて、この期に及んで往生際の悪いことを思ったが、結局何ヵ月後に入会した。その時、サバを読もうか・・というよこしまなことを一瞬考えたが、やめておいた。そして正直に生年月日を記入した。歳を若く申請したからって、一体そこにお前の何がある!?



2005年01月28日(金) 雑誌「LOOK at STAR! OVATION '04-'05」〜舞台三昧の日々の中で新しい自分を表現したい〜

“舞台人100人 SPECIAL”という特集でその舞台人の一人として紹介されているもの。記事そのものは1ページだけなのだが、写真は結構大きく載っている。これはおそらく去年、同誌に杏ちゃんと一緒に登場した「ロミジュリ」の取材の時についでに写したものでしょう。笑顔ではない写真。下睫毛がマスカラを塗っているかのように強調されていて、同時にちょっと目の間隔の広さも強調されちゃっている…かも…。スイマセン…。

「(’04は)大河ドラマ『新選組!』と『ロミオとジュリエット』にすべてを懸けた一年でした」と去年を振り返っている。アラ、『八つ墓村』は入っていないのね…。私、あのドラマの竜也くん好きなんだけどなぁ…。文中に大河を通じて改めて彼の魅力と才能を知った人も多いだろう、と書かれているが、全くその通り!大河効果で随分と竜也ファンが増えてようだ(嬉)。竜也くん自身もそんな周囲の反応に気付いているのか、「年越しそばは美味しく食べられました(笑)」と満足しているよう。
去年はテレビの露出が多くファンを楽しませてくれた竜也くんも今年は舞台三昧のようで。「ロミジュリ」に「近代能楽集」と1年の前半でもうすでに2本の舞台をこなすことになる。もしかしたら後半にあともう1本くらい舞台があるのでしょうかねぇ…。「今年は舞台三昧の日々になりそうなので、体に気をつけて、ひとつひとつを丁寧に作り上げていきたいですね」と、身近なテレビに出演が少なくなるのは少し寂しい気もするが、こちらも頑張って(?)劇場に足を運ぶからね〜。



2005年01月27日(木) 独身女性の拠り所

先日負け犬(←あまりこの言い方は好きではないのだが)の代表で売っていた杉田かおるさんが結婚した。それも大層な玉の輿婚のようである。まぁ玉の輿は乗ってからが大変なもので…。杉田さん、頑張って下さい。
さてこの芸能ニュースを聞いて勇気付けられたと同時に少なからずもショックを受けた女性もいるのではないだろうか…?特に彼女より年下の独身女性の中に。随分と前の話になるが、作家の林真里子さんが結婚された時に彼女より若い独身女性が意気消沈してしまったことがあった。何となく「このまま結婚しないかも知れない…」そんな漠然とした思いが心の中に存在していた女性達にとって、林さんは師匠のような存在であったのだ(笑)。アグネス論争の時にも(←古い話でスイマセン…)「こんなことを言ったらオールドミスのひがみと思われてしまうかも…」そんな屈折した遠慮などものともせず、林さんは自身の意見をはっきりと公言した。そんな彼女は独身女性の憧れと言うよりも、「まだ林さんのような女性がいてくれる」と言うような安心感の拠り所となっていたように思う。

私も会社の後輩やその他諸々の女性達に(特に30代の中盤位までの女性達に)私が結婚したら何かショックだな、結婚しませんよね?…と面と向って言われることがある(苦笑)。 私の場合も私が結婚退職でもして職場からいなくなることが寂しいという気持ちよりも、まだ私がいるという安心がなくなってしまうのが寂しいからだろう(笑)。私は独身主義者などと公言したことはかつて一度もないし、また現に独身主義者でも何でもない。成り行きでこうなっているのである。しかし何故か周りの連中は皆私が結婚しないと思い込んでいるようだ(と言うか結婚出来ないと思い込んでいるのかも知れない(笑)) だから私は結婚に揺れるお年頃の女性の安心感の拠り所となっているわけだ。
会社の伯父様達は私に言ってくれる。「君は60位になったら結婚するんじゃない?」…もう笑うしかない。とても現実的とは思えず…。揺れる女性達の安心感の拠り所…もしかしたらこれは私に与えられた使命かもしれない! なんて…自分で自分の拠り所を確保している私である(笑)



2005年01月25日(火) 私の竜也物語(6)〜「好き」という想いが生み出すとてつもないエネルギー〜

とうとう竜也くんに堕ちてしまった私の生活は、もちろん変化した。訪れるHP先はがらっと変わり、竜也くんのファンサイトを飛びまわった。書店の立ち寄るコーナーにアイドル雑誌のコーナーが追加され、それまではあまり好きではなかった立ち読みというものを頻繁にするようになった。アイドル雑誌などというものは、それまで全く未知の世界であり、そこに足を踏み入れるのは非常に勇気を必要としたが、見たいという欲望にはかなわず、文字通り冷や汗をかきながら物凄い速さで読んだ。人間というのは恥ずかしい時にも汗をかくものなのね…。まぁしかし慣れとは恐ろしくそして有り難いもので、今となっては立ち読みでは済まされず、そのアイドル雑誌を堂々と購入しているのだ。変われば変わるものである。

竜也ファンになり始めた頃、ちょうど「新・星の金貨」が始まった。どうしてもビデオに録画しテープに残しておきたかった。そして何度も繰り返し見たかった。しかし私の部屋のビデオデッキは不運にももう殆んど機能していなかった。正常なのは居間にあるビデオデッキだけなのである。新しいものを買うにも、放送日は目前に迫っており、これを使うしかないのである。
当時私は、自分が竜也くんに堕ちてしまった事実を家族に話していなかった、と言うよりは、どうしても話せなかったと云ったほうが正しい。「何を撮っているの?」と聞かれるのを異常に恐れていたのだ。

とにかくこの正常なデッキを自分の部屋に持って行こうと思い、「ここで使えばいいじゃないか。」と訝しがる両親を何とか丸め込み、それを取り外した。やっとの思いで部屋に持ってきたはいいが、私はその時重大なことに気が付いた。私は無類の機械オンチなのだ。何しろ機械類の説明書を読むということが大嫌いな人間なのだ。どうやってこれを取り付けるのか!?
頼みになる弟は、もうその時は家を出ていてしまっていた。

でも見たい!一人きりで思う存分竜也くんを楽しみたい!何度も巻き戻して見たい!
この思いだけだった…。そして私はやってのけたのだ。説明書を読み、何時間もかけてそれをTVに繋ぐことに成功したのだ!奇跡だった…。家電製品を自分で取り付けることなんて生まれて初めてやったことだった。機械に精通している人にとってはこんなこと何でもないことであるが、私にとっては本当に奇跡だったのだ。この時私は、人間には「出来ない」ということの方が限りなく少ないということを実感した。

この努力!
「好き」という感情は自分でも信じられないほどの力を生み出す。私はこれまで竜也くんのことに関してどれほどのエネルギーを注ぎこんだことか。チケット取りもしかり。「ハムレット」の時なんぞは、6時間殆んど飲まず食わず、トイレもままならず電話を掛け続けたのだ。(結局この時はチケットを取れず終いだったのだが…)まとまな人間だったら、こんなこと馬鹿らしくてとてもやってられないだろう(苦笑)。私だって竜也くんの以外の舞台チケット取りにおいては、ある程度の時点で諦める。でも竜也くんの舞台チケットはどうしても諦め切れない。ない頭をフル回転させて、どうにか手に入れることを考える!考える!考える!そして周囲が感心を通り越し呆れるほどの迅速さで行動に移す!
これが「好き」という想いが成せる技なのだ!



2005年01月22日(土) 私の竜也物語(5)〜崩壊〜

2001年の3月、この月は私にとって忘れられない弥生になる。くだらない辛抱をしていた私だが、この年の3月、私は堂々と竜也くんのドラマを見ることが出来たのだ。1年に1回放送される「ヒューマンスペシャル」と言う特番で、私は殆んど毎年この番組を楽しんでいたのだ。なんてったて、毎年見てるんだからね〜♪

「いくつもの海を越えて」と言うドラマだった。竜也くんは主人公の大学生を演じていた。私にとって、まともに竜也くんの演技を見るのはこれが初めてであった。演技派という知識はあったので、本当のところはどうなのか・・?という興味の方が喜びより勝っていた。
正直な感想…。このドラマでは、特別目立った演技はしていなかったと思う。それでも上手いな、と印象に残っている表情は幾つかある。確か三浪位でやっとある大学の医学部に補欠入学出来るのだが、その合格通知を見て喜ぶが(この笑顔は可愛かった)、その下の方に補欠合格のため、余分に一千万のお金が必要であることが明記してある。その但し書きに気付いた時の一瞬にして凍りついたような表情。晴れて入学するが、既に上級生になっているかつての同級生に見つかり、彼を避けるよなバツの悪そうな笑顔…。キリがないのでこの辺にします。

そして演技がどうのこうのより、やはり竜也くんは素敵だった。笑顔が愛らしく、そのドラマを見て1週間というもの、フラッシュバックのように彼の笑顔が浮かんでは消えしていた。これは、まずいことになってきた…。

それから暫く経って、これもまた同じ年の3月。「日本アカデミー賞授賞式」が放映された。この時竜也くんは、「BR」で新人賞と主演男優賞に選ばれていたが、私はそのことを知らなかった。私はこの日のことを運命だと思っている(笑)。友人が何と言おうが、私は運命だったと信じて疑わない。
偶然だったのだ…。本当に…。チャンネルをぱっぱっと変えていたら、タキシードを着て、やや緊張した表情で歩いている竜也くんが目に飛び込んで来たのだ。何と言う初々しさっ!!この時私は、この1年余り自分を必死に押さえ込んでいた何かがガラガラと音を立てて崩れていくのを確認した。
私が竜也ファンになったきっかけは、舞台でも映画でもドラマでもない。この瞬間なのだ! スーツ姿の彼の初々しさだけで堕ちたのだ…。何と言う単純!でもそれだけ竜也くんが、俳優だけでなく、一人の男性としての魅力を十分に持っていたのだろう。「ボキャブラリーが豊富であり…」と言う女性の(ファンであるか定かではない)投稿が、以前新聞に載っていたことがある。(←何だかんだ言っても、ちゃんとチェックしているではないか(苦笑))だから私は、彼のインタビューが楽しみだった。何年か前、私を腹立たせた彼がどれほど成長しているのか…?どんな言葉でその喜びを語ってくれるのか。
・・・お世辞にもボキャブラリーが豊富とは言えなかった(笑)しかし、そんな軽い失望さえも、大きな喜びになってしまうほど、私は高揚していた。

これをもって、私のあの頑強な理性は無意味なものと化した。あっけなかった…実にあっけなかった…。そして、旭日が登った。
始まったのだ! いよいよ始まってしまったのだ!!



2005年01月21日(金) 雑誌「お日柄もよく…(72)&おまけ」

●「お日柄もよく…(72)」〜ロミオの私生活〜

写真は冬だというのに夏頃撮った写真が5枚…(汗)。髪…伸びていたねぇ…。この中で私の一番好きな写真は一番下のもの。口元が可愛らしいのだ(←失礼)。

「ロミジュリ」も長い長い地方公演に突入した。今回は場所から場所へ移動する間に結構日にちが空いている時もあるのだが、そんな時は一度東京へ戻ってくるのだろうか?それともあのまま行ったきり??
長い地方公演なので長距離移動の連続のため体力的にキツイとか。しかし今回の「ロミジュリ」は評判がよろしいようで…。竜也くん自身がそう話しているので間違いないだろう。だから肉体的には疲れていても気持ちは楽しんでいるようだ。「これで評判が悪かったらグッタリきますけどね(笑)。」 ムフフ…何だかんだ言ってもやはり自分の作品に対する世間の評価は気になるのね〜。なのでロミオから離れた日常生活では服装に気を遣う余裕がないそうだ。なんとここ1ヶ月一着のジャージだけで過ごしたなんて言っている(苦笑)。さすがに衣装さんから「洗濯してあげるから脱ぎなさい!」と言われ、新しいジャージを貸してもらったとか。まぁ竜也くんのそれだったら洗濯できるが、他の野郎のそれだったらご免蒙りたい。そして竜也くんの締めの言葉。「これであと1ヶ月は心配なしです。(笑)」 ・……。


●「TVstation」2005年3号〜テレビに出ているあの人のこの舞台〜

今回は「お日柄…プレイバック」はお休みして、同雑誌に連載されているこのシリーズ。竜也くんの「ロミジュリ」が登場。去年の暮れから今か今かと待っていたがやっときてくれた。もちろん写真は「ロミジュリ」の舞台写真が載っている。ジュリエットの2ショットだが、これはおそらくバルコニーのシーンのものだと思う。とは言っても二人とも比較的落ち着いている(?)シーンで…初めて見る写真…かな?

役の難易度としては手前に位置するロミオをハムレットより後に挑む意味…。それをこの記者が分析している。“舞台上の竜也くんの強い磁力は圧倒的な彼の集中力であるが、もともと集中力というものは自分の内側に向っていくもので、実際孤独でストイックな作業である。しかし「ロミジュリ」(特に前半)の竜也くんは極点まで内側に凝縮された感情を外側に惜しみなく放出しており、それは解放された集中力で、後半の悲しみを一層浮き彫りにする。世界一有名なラブストーリーにラストの悲しみと同じ位大きな喜びを植え付ける役目。それは竜也くんの集中力を深めることから、深めて色を変えるところまで引き上げた。” だいたいこんな内容だ。う〜ん、なるほど。やはり今回の竜也くんのロミオは前半に勝負がかかっているのかも知れない。事実私も、今でも頭に甦ってくるのは前半の煌煌としたロミオの姿なのである。



2005年01月20日(木) テレビ「ソロモンの王宮」

舞台俳優・市村正親さんにスポットライトを当て、かつ舞台「デモクラシー」の宣伝番組にちょこっと出演したものだ(笑)。
番組の前半にまず30秒ほど登場。市村さんを尊敬しているとのこと。竜也くんも話していたが、ロミオ、メリック、そしてハムレット…と市村さんがかつて演じた役をそれを追うように竜也くんも演じている。大先輩・市村さんの後を追っていると言うよりも、その世界のトップになるべき人の道を着々と歩いている、と言った方がしっくりくるかもしれない。この時の竜也くん、ちょっと気になったことが…お肌にポツポツと…かなり荒れているもよう…。やはり舞台中のストレスによるものでしょうか?このまま「ロミジュリ」が無事故で終了し、早くまたあの綺麗なお肌に戻ってくれますように…。

2度目の登場は番組の後半に。今度は正味3分間くらいだっただろうか…(汗)。まず「若手舞台俳優No.1の藤原竜也」というナレーターの言葉にこちらも悦に入りいい気分♪そして少しだけ「ロミジュリ」の舞台映像が流れた。あら〜懐かしいわ〜と(←私にとってはもう「ロミジュリ」は懐かしいものになってしまった…)2回ほど巻き戻し(汗)。ちょっと話が前後するが、2度目の登場は竜也くんが「デモクラシー」の稽古場を見学している場面から始まる。一番最初その稽古を奥で座って見ている竜也くんの姿を見た時、まだ顔がアップになっていなかったので、私…スタッフの女性か何か座っているのかと思ってしまいました…(苦笑)。そして徐々にその顔がアップになった時、それが私の好きな斜め横からのアングルでして…あぁ〜この角度の竜也くんは大好き!真剣にそしてこれは面白いシーンだったのだろうか、笑いながら見学していた。
市村さんの稽古が終了し、誰もいない劇場の舞台で二人で座りながらお話を。何でも聞いてくれと市村さんに言ってもらい、竜也くんは「最近怖くてしょうがない」と。私なんかは単純に、それは勢いだけの未熟な時期を終えてその仕事の本当のところが分り始めててきた証拠と片付けてしまいそうだが、市村さんは「それには理由があるんだよ」と、後輩に自ら答えを見つけさせようとする先輩らしい言葉が返ってきた。いい先輩だわ〜。役者が緊張してしまえば観ている観客の方も緊張してしまう…と市村さんが話した時、「ああ〜」と顎を引いて合点したとも驚いたとも取れるような表情をしていた(笑)。怖くなってしまう理由…さて竜也くんは見つけることが出来るだろうか。本当は市村さんにもっと色々な話を聞かせてもらったのだと思う。竜也ファンとしてはこのミニ対談を一部始終聞きたかったところだが、対談はこれだけで終わり…(泣)。

市村さんは素敵な人だった。やはり1つの世界に長年の間君臨してきた方だ。話の含蓄が深い。竜也くんのドキュメントとはまた違った面白さがあった。市村さんは最後「観客と自分が繋がる瞬間がある。舞台に立つことが好きなのではなく、この瞬間を感じることが好きなのだ」と言うようなことを熱く語っていた。この姿を見て、結局のところ市村さんは人間が好きな方なのではないかと感じた。人間の好きな役者…竜也くんにもそんな血の通った役者になってもらいたいと思った。



2005年01月18日(火) 私の竜也物語(4)〜葛藤〜

さて、竜也くんの横顔にやられてしまった私の自分との戦い(笑)は、この頃(2000年位でしょうかねぇ)から始まる。この頃から私は、はっきりとあの男の子の名前が「藤原竜也」ということを覚える。それまでは「藤原某」であった。

気になる・・何故かとても気になる…。鼻につくのだけえれども、それ以上に「藤原竜也」という文字が浮き出てくるのだ。スポーツ新聞に載っている竜也くんの記事に興味を示したり、ドラマこそ見なかったが、バラエティー番組は何気に見ていた。「ふん」と鼻を鳴らしながらも、彼の顔ばかり見ている自分…。この脈絡のなさは・・これはもう恋(!?)でしょう(笑)。

私は昔、「ファザコン」と周りからからかわれるほどの年上好きであり、もう高校生の頃には、同級生とか学校の先輩などの男子には興味がなかった。同年代の男性とも付き合ったこともあったが、今でも心に残っている人達は(良いにつけ悪しきにつけ)一回り、またはそれ以上年上の男性である。職場や仕事関係の若い男性を異性として意識したことはない。どうしても「男の子」という感が拭えなかったのだ。

三十路を過ぎた辺りから、友人が「最近は年下の男の子とばかり遊んでいるの。うふっ♪」と話すようになった。そんな時も口にこそ出さなかったが、「何考えてんだよ!」と情けなく思ったものである。
ところが、どうしたんだ!このザマは…一回り以上年若の男の子にここまで振り回されている自分を俄かには信じることが出来なかった。いよいよおかしくなったか!と思った。もし世間一般で、これだけ年下の男と男女の関係を持った日には、これはもしかしたら犯罪になるのではないか!?私はふざけた人間であるが、根は真面目なところもあるので、本当に真剣にこんなことを考えていたのだ(笑)
押さえた、必死で自分を押さえた。この頃竜也くんは、「近代能楽集」の舞台やら「BR」など、活躍が目覚しく、私のくだらない忍耐は、それはもう筆舌に尽くし難いものがあった。

こんな状態が1年余り続くのだが、・・よくやった…。本当によく頑張った。別に自慢出来ることではないが、私はこの忍耐に敬意を服し、自分で自分を褒めてやりたい(苦笑)。
いよいよ崩壊までのカウントダウンが、始まった…。



2005年01月14日(金) 私の竜也物語(3)〜横顔〜

さて、さんざんと悪態をついた私だが、そんな中でも最初に受けた「変な顔」という印象は薄れていく。いつの日だったか、何とはなしにテレビを見ていたら、5分程度のドラマの予告を流す番組をやっていた。そこにたまたま竜也くんが出演しているドラマの予告が流れ(これは「L×I×V×E」だったと今になって気がついた)、少しの間であったので、チャンネルを変えるのも面倒だと思い、そのまま見ていた。流れていたのは今井えりこさんとのワンシーンで、彼女が竜也くんの後ろ髪を掴むシーンである。この時初めて彼の顔が(特に横顔)美しいと思った。と同時に、演技が以外に上手いのではないか、と感じたのである。何てことはない場面だ。しかし髪を引っ張られた不快な気持ちを上手くその表情に出しており、その横顔は、悔しいが、今井さんより遥かに綺麗で、そして色気があった(笑)。もちろん今井さんだって十分に可愛らしい女の子だ。しかしその時はそれで終わった。この後もチャンネル変えは性懲りもなく続いていた。

そして暫く経ってから、私は再び彼の横顔に乱されることになる。今度は雑誌の写真だ。雑誌の名前は覚えていないのだが、私が読んでいたので、女性向けのファッション雑誌だろう。(この頃は絶対にアイドル雑誌なんぞは買っていない!)公園と思われる場所で、竜也くんが天を仰ぎながら笑っている横顔の写真だ。燦々と陽光を浴びた髪の毛はきらきらと光っており、鼻すじから顎、そして首すじに流れるラインが物凄く綺麗だったのだ。しかもその頃彼は髪を短髪にしていたので、そのまさに絵に描いたような芸術的ラインは、惜しげもなく表面に浮き出されていた。
「・・・・・・・・。」
その時私は、同僚と昼食をとっていたのだが、気が付けば、彼女の目もはばからず、穴のあくほどその写真を見つめていた。図ったように彼女が「ねぇ、この子可愛いと思わない?」と言ってきたので、何か自分の心の中を見透かれたような気がして動揺した私は、「この子さあ、喋らなきゃ可愛いのよ!黙ってりゃあいいのにさあ!」と一発かまして見せた。
今では私の竜也狂は社内の周知の事実である。あの時一緒にいた同僚は、まったくつまらないことを何時までも覚えていて、「あの時言ったこと覚えてるぅ〜?」と今でも話に出す時がある。…ああ、覚えているさあ!この分だと定年まで言われそうである(泣)。

私が竜也くんのことでついた悪態は、たぶんこれが最後であったと思う。
何やら雲行きが怪しくなってきた…だんだん・・だんだん・・怪しくなってきた。



2005年01月12日(水) それでも言いたい…

スマトラ沖地震の被害者はあとどれ程増えつづけるのだろうか…?遠い国の出来事のように思えるが、地震王国に住んでいる日本人には決して人ごとではない。特に今回はその被害者の中に日本人も多数含まれている。その中に家族4人で旅行に出掛け、父親と弟は死亡し母親の行方はまだ分らずじまいで、家族の中でたった一人帰国した小学校の男の子がいる。現地で気丈にも父親の遺体を確認し、時には健気に笑顔を見せていた。芯の強い子なのだろうか…それともあまりにも悲しみが大きすぎてまだ現実を受け入れることが出来ず夢の中を彷徨っているような感覚でいるのだろうか…。いずれにせよ彼の姿を見ているこちらは何とも名状し難い気持ちに襲われてしまった。
彼の本当の試練はこれからである。この出来事が皆の頭から少しずつ薄れていく頃…彼は必死に孤独と戦わなければならない。彼が自分の目の前で家族を失った事実は決して彼の中から薄くなっていくことはないだろう。
「頑張れ」 この言葉は時に当人にとっては残酷なものであり、また腹立だしいものだということは重々知っている。それでも言わずにはいられない。…頑張れ!



2005年01月10日(月) 雑誌「POTATO」2月号〜舞台『ロミオとジュリエット』最終舞台稽古report〜

去年の12月3日に行われたゲネプロを取材したものだ。舞台写真が沢山載っている。中には客席からは観ることが不可能なアングルから写したものもあり楽しめる。この中で一番私が好きなのは、ジュリエットとのベット上のシーンのもの。この写真だけ見ればもしかしたら竜也くんだとは判らないような顔つきなのだが、これこそが役を生きている役者の証拠…?

内容はストーリーを追いながらの舞台レポート。記者の感想も織り込まれているが、当然藤原ロミオを褒めまくっている(笑)。この中で後半の神父が罪を犯したロミオを諭すシーンのことに触れているが、「分別のある大人=神父と感情直球型の若者=ロミオ」という表現の仕方をしている。しかしこの物語に登場して来る大人達は分別のあるふりはしているが、実は自分の感情をコントロール出来ない奴ばかりで(汗)。まぁそれでも唯一まともなのが神父なのであるが、それにしたってあんな得体の知れない薬をジュリエットに渡すしか方法はなかったのかねぇ…。



2005年01月08日(土) 雑誌「お日柄もよく…(71)&(1)」

●(71)新年

写真はあぐらをかいて無表情だが可愛い感じで写っている。
新年の挨拶。しかし竜也くんは年が明けても「ロミジュリ」の地方公演が控えているので余り新年の実感はなさそうだ。去年の12月から引き続いているわけで、年を越して同じ舞台を演るなんてことは竜也くんにとっては初めての経験なのではないだろうか。
公演の回数も重ねることで自分に足りないものも判ってきて毎日が戦いの連続だとか。正月は少しのんびり出来たと言っても、やはり心からはのんびりなど出来なかったのではないかと思う。竜也くんのことだから、正月の酒を飲んでいてもいつも頭のどこかに「ロミジュリ」が住み着いていたのではないだろうか…。

そして話は今年の7月の「近代能楽集」のNY公演のことへ。竜也くんが苦しんで苦しんでやっと完成させた作品。再再演になるというこでよりレベルの高いものに、そして自分の成長を証明出来るものにと意気込みは強い。私も約4年ぶりの俊徳を観るのが今から楽しみでしょうがない。私はロミオの竜也くんより俊徳の竜也くんの方が間違いなく好きなのである。
「今年も頑張りますので、応援の程よろしくお願い申し上げます!」 もちろん応援するわよ〜。


●(1)身毒丸

「お日柄…」のプレイバックということでこれから毎回過去の「お日柄…」を書いていこうと思います。

『突然ですが、藤原竜也です。今回から始まったこの「お日柄もよく藤原竜也です。」では、ボクが普段の生活で感じたこと、気になっていることをみなさんに報告していきます。気楽に読んでもらえたらうれしいな。』 と、このシリーズの記念すべき第一文です(笑)。
2001年の「身毒丸・ファイナル」東京公演の千秋楽が近い頃のものだ。写真はある時期よく見かけた黒のトレーナーを着ている写真。
「身毒丸」の大楽に向けてラストスパート中であり、劇場と家を往復するだけの寂しい毎日と話している。休演中も疲れてしまって外出も出来ないから本を読んで過ごしているとか。その中で竜也くんのお薦めは「猛スピードで母は」という小説。うんうん、ありましたなこんなの。子供の頃からすごくお母さんっ子だった自分と主人公が重なるとか。本は大好きだから時間があれば本屋さんに立ち寄り興味のあるものを沢山買い込むらしいが、その本達が部屋で山積みになっていくのはちょっと悲しいと…。私も同じです…。
最後に「身毒丸」は何度も演じているが毎日新しい発見があり凄く新鮮だけど、だからこそ悩んでしまうと明るく(?)話している。竜也くん自身最後の身毒丸と10代最後の舞台にかける決意で〆ていた。全体的にタイトルとは少しずれた感じのする内容でした(笑)。



2005年01月05日(水) 私の竜也物語(2)〜大人げない…〜

あのインタビュー以来、すっかり竜也くん嫌いになってしまった私だが、その様は周囲を巻き込み一種異様なものだった。兎に角彼が眼に入った途端、チャンネルを変えるのだ。もうこの頃になると前後がはっきりしないのだが、竜也くんはお菓子のCMに出演したり、ドラマ&バラエティーに出演したりと、今より随分と頻繁にブラウン管の中に現れていた。

弟が「なんだよぉ〜、見てんだよぉ〜」と気弱げに抗議しようが、父が「なんだお前!せわしない奴だな!」と怒鳴ろうが、構わず変える!変える!変える!今考えれば滑稽なことこの上ないが、当時の私は大真面目だった。むろん舞台など観に行こうはずもない。(←私はこの事が人生の一番の汚点だと思っている(笑)それでも眼に入るときは入るもので、その度に「嫌な奴だ…」と見ていた(汗)。
何年のことだがはっきりしないが、正月のかくし芸大会に竜也くんが出演したことがある。正月なので、我が家にも大勢の客人があり、まさかその人達の前でチャンネルを変えるわけにもいかないので、見ていた。日本刀を使って何やらやっていた。どうせ甘い点をつけるのだろうと苦々しく見ていたら、思ったより低得点で、「やったー!」と狂喜乱舞する私の姿は、そこにいた者達を固まらせた。
・・・・大丈夫か!? 酒が入っていたこともあるが、あんな年若な男の子を相手に、大人げなかった・・本当に大人げなかった…。面目ない。ついでに言えば、この時の竜也くんの少しムッとした顔(笑)は、今も覚えている。

人間の「好き」という感情は、単純に相手に対する好意によるものである。そこには何の偽りもない。それに比べて、「嫌い」という感情は、ちょっと違ってくる。非常に厄介なもので(まぁ、心底相手のことが嫌いなことが殆んどだが・・)、極たまに、自分でも気付かない屈折した愛情表現だったりする。…だいたいこんな詰まらないことを一々覚えていること自体が、もうとっくにイカレている証拠ではないか。全ては今の伏線だった。



2005年01月03日(月) 女の見るストリップ

先日の忘年会でオカマちゃんがストリップ張りの露出度で踊っていたとここで書いたが、昔私は女でありながらストリップショーを男友達達と一緒に見に行ったことがある。飲み会で男どもがストリップの話をし出し「あれは絶対に女も見るべきだ!女こそ見るべきだ!」と熱く主張するのだ。私の他に女子は二人いたが、彼女達はひるんだが私はもともと好奇心の旺盛な人間なので行く気満々だった。だってストリップなんてものは男と一緒でなければ見に行けるもんじゃない。いくら私でもストリップショーを独りで見に行く勇気は持ち合わせていない。
男四人と私一人。五人でいざ出掛けた。新宿のストリップ劇場(?)で、その世界では有名なダンサーがそこにいるとのことだった。劇場を見渡してもさすがに女は私一人だけだった。最初は非常に恥ずかしかったが、そこはさすがにストリップショー。皆そこのダンサー達に興味があるわけで、私のことなど目に入っている様子はなかった(笑)。最前列に陣取り、ワクワク…ワクワク…。私は未だかつて経験したことがない不思議な興奮を味わっていた。

さていよいよショーが開始。ショーと言う類は何でもそうであるように、始めの内は下っ端のダンサー達が踊るわけだ。しかし私は最初からこの世界に魅せられてしまった。教養のないことこの上ないが、私はそれまでストリッパーと言う職業にある種の軽蔑と憐れみを感じていた。単に裸を売っているだけと、はなから決めつけていたからだ。しかしそんなくだらない偏見はすっ飛んで行ってしまった。照明に照らされた彼女達の滑らかな肌は女の私が見ても色っぽく、そして身体は柔らかくダンスの技術もしっかりしていた。素人のそれも同性の意地悪な目から見ても素敵だと感じるのだから、彼女達のダンスは素晴らしいのだ。彼女達も女の私が最前列に座っているのが舞台上からわかったのだろう。私の目の前でニコッと笑いキメのポーズを披露してくれた(笑)。はて、あの微笑みはどんな意味があったのか…。単に同性の客が嬉しかったのか、それとも私が夢中になっているのを察し、勝ち誇った勝利の微笑みだったのか…。側に座っていた男どもは単純に喜んでいたが、私は少し複雑だった(笑)。
どんどん夢中になって引き込まれて行く私に「どうだ?面白いだろ?」と友人が話し掛けてきたが、私は「うるさい!黙っててよ。」と相手にしなかった。その時の彼の意味ありげなニヤッとした笑いは今でも鮮明に覚えている。噂のメインのダンサーが舞台上で妖艶なダンスをしていた時、もう私は彼女に惚れこんでしまった(←と言っておきます。公開日記ですので、あまり直接的な表現は控えます(汗)

帰り道、「いい勉強になっただろう〜?」と友人達は言ったが、勉強になったかどうだか判らないが、いいものを見た!と言うことだけは確かだ。本当にストリップは女性も見るべきだ。彼らが話す「女も見るべきだ」と言う言葉に含まれる意味とはまた違ったものだと思うが、機会があれば女性もストリップを見てみるといいと思う。但し片田舎の温泉街のストリップショーではなく、一流のストリッパーが踊っているところでね。



2005年01月02日(日) 私の竜也物語(1)〜生意気っ!〜

プロローグに続いて2回目。
私が初めて竜也くんに出会った(正確には意識して見た)のは、舞台「身毒丸」の製作発表(たぶんそうだと思う)のインタビューである。1997年のロンドン公演のものなのか、1998年の日本での凱旋公演のものなのか、はっきりとしないのだが、おそらく後者の方だと思う。

初めて竜也くんを見た瞬間感じたこと…それは・・「変な顔!」だった。(汗)どうしてそんな事を思ったのか、今は全く理解出来ないのだが、とにかくその時はそう思ったのだ。その当時の竜也くんの写真を見ると、充分に可愛い。本当に可愛い…。なんだったんだろう、あれは…。
そして「生意気!」これが第二の印象。舞台上で裸になることを聞かれ、「仕事だから平気。」と答えていたように思う。私は子供が(特に子役)「仕事」などと言う事を口にすると虫唾が走るのだ。(子供は小学生まで仕事などせず遊んでいればいいと思う)他にもインタビュー中の受け答えがぞんざいなように感じられた。「天才、天才。」と持ち上げられ、「自分はそんなんじゃない!」と言う抵抗だったのか、若者特有の照れからくるものだったのか…。それでもやはり、ほんの僅かな自惚れみたいなものが彼の中にあったのだと思う。この辺りの2〜3年が、彼の中で唯一生意気だった時・・かな?

至極当然のことなのだ。若い頃にある程度事が上手く進めば、誰だって調子に乗る。
自分を見よ。私だって生意気盛りがあった。あの頃の言動を思い出すと、もう穴があったら入りたいぐらいだ。ただ世の中は図に乗った若者を野放しにしておくほど寛容ではないので、大抵は痛い目にあう。謙虚であることが如何に大事かということを、砂を噛むような思いで思い知らされるのである。それが知恵がつくということだと思う。(彼は人より随分と早くこの知恵がついたと思う)ちなみに私はこの歳になっても、この知恵が瞬時に何処かへすっ飛んで行く時がある。余談。
だから当時の彼は、ただ人間の発達の王道を歩いていただけなのだ(笑)。今思えば、別に腹を立てることではない。しかし当時の私にそんなことを考慮する余裕はなかった…。

このインタビューを見てから、私は瞬時に彼が大嫌いになる。それも半端ではないほどに。とは言ってもこの「変な顔の生意気な男の子」には強烈なインパクトを覚えた。嫌悪感で一杯になっている私の中に、正に嘲笑いでもしているかのように強く押し入って来た。
この衝撃が、私の一目惚れによるものだったと気付くのは、ずっと後になってからのことである。


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今日、Daから竜也くんのバースディーカードが届いた。今回は少しおどけた竜也くんだった。



2005年01月01日(土) テレビ「あなたのアンコール2004 新選組!隊士座談会」

明けましておめでとうございます。正月ぱらからやってます…。

去年の暮れに放送された新選組隊士達の座談会。今日やっと見ることが出来た。いきなり白に「剛州」と書かれたよくわからないTシャツ姿の竜也くんが登場!なんたって司会に抜擢されたんですからね(笑)。身体をゆさゆさ、手をもみもみ…相変わらず落ち着きがなかった…。
さていよいよ座談会開始。「(新選組が)終わってから一年経ちましたけど…」…って、おいおい…のっけからナイスボケをかましてくれた。でも源さん役の井上さんの話を聞いている時の竜也くんの表情はよかった。私、人の話を聞いている時の竜也くんの顔、好きなんです。少し小首を傾げ相手の目をじっと見つめて、真剣に話を聞いているのがこちらにもよく伝わってくるからだ。
堺さんに自分が演じた沖田に対する意見を求める竜也くん。しかし堺さん、暫し気まずい沈黙…。でも結局褒めてくれて、竜也くんは何となく照れたような表情をしていた。沖田の咳が良かったと言われ、何故かその時竜也くんは総司張りの咳を…。「咳が出ちゃった」なんて本人は言い訳していたが、これは何なんでしょうか?わざとなんだが本当にむせてしまったのか…憎めませんな、竜也くんのこんなところは。池田屋の喀血シーンで竜也くんは自分の本物の血を吐くつもりでいたとかいなかったとか…。まぁこれは聞き流した(笑)。

今回の「新選組!」の1つの醍醐味である「友の死」の回。このオンエアを竜也くんは堺さんとあと何人かの人達と一緒に焼肉屋で見ていたと言うから驚きだ。香取さんが、切腹のシーンを焼肉を食べながら見るなんて不謹慎だと冗談交じりに言っていたが、こんなシーンを焼肉食べながら見れるところが役者なのだ(笑)。
さて話は鈴木京香さんのことへ。京香さんはどうも隊士達皆のマドンナ的存在だったようだ。何せあの色香…そうなるでしょうよ。ここで竜也くん、京香さんに個人的にバレンタインのチョコを貰ったと告白。グッさんはマジに悔しがっていたが、あの年代の女性が100人いたら99人は竜也くんの方へチョコをあげるでしょう…。「皆さんは貰いました?」と何となく得意気な竜也くん。京香さんから個人的にチョコを貰ったのは竜也くん一人だけらしいが、あれだけ京香さんのファンだと色んな所で宣伝したもんね。おめでとう!竜也くん。でも竜也くんにチョコレートをあげた京香さん…どことなくお梅の性分と重なるような…。山本耕史さんに「お前、アタックしろよ」と発破をかけられたようだが、その時の竜也くんの間の抜けた笑い顔…(汗)。

番組の中盤辺りから三谷さんが登場してくれた。三谷さんが席に着くなり「僕の司会ぶりはどうですか?」と三谷さんに甘えるようにタ〜ッチ。可愛いんだよね、これが…。憎らしくなるほどツボを知っていますなぁ…。「全然ダメ」なんて三谷さんに言われずっこけていたが、いえいえ想像していたよりは上手に仕切っていたと思いますよ。あれだけ出来れば竜也くんとしては御の字でしょう。
三谷さんが「沖田の役を藤原竜也が演るので沖田の台詞を書くことがプレッシャーだった。他の役者さん達には悪いけど…」と話していたが、脚本家にこんなことを言われたらやはりファンだって自分のことのように嬉しい。竜也くんも真面目に下を向きながら聞いていた。恐らく照れていたのだ。反対に一番楽だったのは佐之助の台詞だったそうだ(笑)。それを聞いた山本太郎さんが「そんな役者にならないと♪」なんておどけていたが、本当にそう思う。いい意味での余裕と言うか砕けと言うか…竜也くんにはまだまだ持っていないものだと思うのだ。

約30分の短い番組であったが面白かった。竜也くんも始終楽しそうな笑顔を見せてくれていた。やはり大河ドラマで竜也くんが一番得た財産は人との出会いだったようだ。余談であるが、この番組に出演女優がゲスト出演しなくてよかった。もちろん素敵な女優さんばかり出演していたが、やはり「新選組!」は男の世界の物語。最後まで女は入り込めない世界であって欲しいのだ。


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