言の葉孝

2010年10月31日(日) 辛いことなのはわかるけど


 土曜日はウチの祖母の四十九日でした。
 いつも曾祖父の法事を営んでもらっているお寺で執り行われたのですが、そのお寺での法事では、というか法事ではある覚悟が必要になります。

 そう、何十分か正座を貫く覚悟です。

 僕の小さな自慢の一つに、お経が唱えられている一時間弱の間、ずっと正座でいられるのです。周りは脚を崩していく中、僕だけが正座を保っていられます――が、

 椅子が並べられていました。

 当然、お経を読むお坊さんの座るところも椅子。
 や、わかるんですよ。楽である以上に正座は膝に負担が来ると言いますし。構造上、絶対に痺れが来るものですから。

 ただ、肩透かしを食らった気分というか、妙にズルをしている気分になるというか。

 しかし一説では正座は無理をしない限りは身体に良いもの(http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1328527628)ということもありますし、痺れにくい正座の仕方というのもあります(http://www.seizajsa.com/)。

 それでなくても、座敷の店でも掘りごたつ式が増え、ただでさえ正座しなくなった昨今、正座をする機会は法事くらいだと思っていたところに今回の事があったので、正座という文化が、こうもアッサリ失われつつあるのは妙に残念ですね。


2010年10月24日(日) ComiCon京都Autumnに行ってきました

 ComiCon京都Autumnに行ってきました。

【ComiCon京都Autumn】
開催地:京都勧業館「みやこめっせ」
区分:オールジャンル系
開催日時:2010年10月24日(日) 11:00〜15:00
公式サイト:http://www.comicon.co.jp/

 俗に言う「同人誌即売会」というやつです。

 ……ついにオタクの深部に潜り込む決意をしたのかというと微妙です。何故、僕がこのようなイベントに足を運ぶ気になったのかという事情については後ほど述べます。

 初めてこういうところに足を運んだのですが、初心者にとっては規模もちょうどいい感じです。一つの展示室を借り切っての小規模なイベントで、特に人が暑苦しくスシ詰めになっているというわけでもありません。
 部屋は大きく仕切られており、片側ではコスプレイヤーの皆さんの撮影用スペース(撮影に都合のいい垂れ幕まで用意されていました)が。
 そして、もう片方では想像通りの同人誌の販売ブース。ちょっと意外だったのが、イラスト集や漫画、小説などの本類ばかりかと思っていましたが、アクセサリーなどを扱うブースも多かったことです。というか本だけ売っているというブースの方が少なかったですね。

 しかし売ってるもので食指が動くものはほとんどなかったです。
 売っている者はとりあえず、何らかの二次創作か、よくわからないイラスト集がほとんど。若干趣味が合いそうなものといえば片町線の沿線を歩いて、その周辺を取った写真などをまとめたもの。(文章の書き込みが足りないので買うには至りませんでしたが)
 せめて本とかだったらあらすじとか、目を引くもの付けてほしかったですね。
 小さな文字で「○○本」とだけ書かれてると「ああ、二次創作か」と分かるくらいなのですが。特にオリジナルはオリジナルと書かれているだけで小説なのか漫画なのかすら分からないのですよ。

 二次の傾向としては「ヘタリア」「デュラララ!!」「イナズマイレブン」「銀魂」あたりが目立ちました。どっちかというと婦女子傾向があるのか、女性比率が60〜70%くらいあります。


 とりあえず一件だけ、オリジナルの文芸をやっているサークルで、自費出版されているという装丁のきちんとしたモノを一冊だけ買い、1時間くらいで帰路につきました。


 で、何故僕がこのようなイベントに足を運んだのかというと、最近、どこかの文芸サークルに入るか、文芸サークルを作るかしようと思っていまして。
 
 とりあえず、すでにあるものを作る意味もないので既存のサークルを探してみました。「関西地区で活動している、社会人によるオリジナル文芸サークル」という条件でいろいろ検索条件をかえて見てみたのですが、見つかりません。あっても、どこで活動しているかも書いていません。(ネットで自分の居場所を全世界に公表していても危険かもしれませんが)
 
 そこで、自分の探してみることにして、目を付けたのが、多分アナログでの作品発表の場だろうと思われる同人誌即売会です。また、サークルをやるにつけてアナログでの発表の場はやはり同人誌の即売会だろうと思っていたので、下見になると思いました。
 思い立ったら吉日ということで関西の同人誌即売会で直近で開催されていたのが「ComiCon京都Autumn」だったというわけです。

 結果として、自分の目から見て、同イベントでオリジナル文芸をまともにやっていたのは1サークルだけでした。元々コミック系だからしかたないのかなぁ。
 東京なら「文学フリマ」という創作文章のみの同人誌即売会が行われているそうですが、大阪ではないのですよね。


 何でいきなりサークルなんて言い出したのか。発表の場としてサイトもあるし、別に今のままでも書くのに不便はないはずです。
 確かに不便はないのですが、何となく、表に出てみたくなったのです。
 
 今でこそ、漫画・アニメの二次という印象が強い同人誌ですが、そもそもは尾崎紅葉の「我楽多文庫」、正岡子規や夏目漱石、高浜虚子の「ホトトギス」昔は名立たる文豪たちの活動の場だったのです。
 別に純文学をやりたいという気持ちはありませんが、まあ、要するに――
 
 ――1人で小説書いているのも飽きてきたので、馴れ合う仲間が欲しくなったわけです。


2010年10月22日(金) やってみるもんだ。

 チゲ鍋食べた後に柑橘類は最高ですな!
 辛い鍋で炎症気味の唇に柑橘類の汁が程よく染みるのです……!

・開発用PCのセットアップ
(何でかバラバラに集まって今4台同時にやっている)
・勤怠システムの資料づくり
・そのプロジェクトの客先との打ち合わせのための議事録作成
(最近打ち合わせが頻繁で、終わらないうちに次の打ち合わせがくるので終わらない)
・前のプロジェクトでまだ残っているテスト
・横やりでいろいろ入ってくる雑用

 結構、忙しくなってきたんですけど、夕方、また客先での打ち合わせがあったので、直帰に挑戦してみました。
 出かけるまでに、急ぎの仕事だけ片づけて、ズラかるのです。実は昨日からこれを狙って11時まで残っていたのですが、それが効を奏したのか今日中にやっとかなければいけないことはなんとか終わらせ、無事に家路につくことができました。

 どーせ、残って片づけても新しい仕事が伸びたラーメンみたいに増えるだけなので、少しくらいやらなきゃいけないことが残っていても、帰れるときに帰るべきですね。
 どうせ明日も終電ギリギリでしょうけど。


2010年10月21日(木) 教育にインターネットは×

【中3少女、詩をコピペ 受賞歴24回で4作盗用】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101020-00000013-sph-soci

 以前にも少し書きましたが、今はインターネットを使えばなんでも調べられる時代です。質問を投げれば大抵は誰かが答えてくれます。
 読書感想文の模範解答を求めたり、レポートをインターネット上の文章から丸ごと移してきたり、あまりに手軽な情報ソースにかまける風潮が広がりすぎているのは非常に大きな問題です。
 僕のエンピツ日記にも昔書いた古英語のレポートを掲載しているのですが、「古英語」で検索してアクセスしてくる人が結構居ます。今思えば、コピー&ペーストをされているのかもしれない、と今は思います。

 以前、Yahoo!知恵袋に「子供にインターネットをさせるべきでしょうか?」と、いう趣旨の質問がありましたが、僕の答えはハッキリとNOです。キッズ向けに規制の掛かったものでも、子供はインターネットに触れるべきではないと僕は考えています。
 やはり、初等、中等教育での調べものは、アナログなやりかたで行わせるべきです。

 インターネットから話題は離れますが、子供の教育に一番重要なのは「ありがたみ」を教えることだと考えています。獲物をとり、作物を育て、何もかもを自前で済ませていた原始生活と比較すると、現代の生活はあまりにも一次生産から離れすぎ、お金を出せば出来合いの商品で何でも手に入るものとなっています。
 だからこそ、わざわざ買えば手に入る商品が、どのような苦労で成り立っているのか、今、当たり前にあるものが亡くなったときにどんなに困るか、という「ありがたみ」を教える必要があるのです。

 インターネットから子供を隔離する、というのもその「ありがたみ」を教えるのに有効な手段です。最初に調べ上げる苦労を知っておけば、インターネットの存在がどれだけありがたいか分かるでしょう。
 インターネットのほか、人間に利便性を与えているものからは、子供はできるだけ離すべきです。筆記用具もシャープペンシルではなく、鉛筆を持たせたほうがよいくらいです。

 このコピー&ペースト事件も「ありがたみ」を感じる心が薄いために起こったものでしょう。誰かが苦労して作り上げた作品。インターネット越しでは、それは分からないでしょう。だから作った人間に敬うこともなく、文章も指先一つ、30秒も掛からず自分のものとして奪い取ってしまうような真似ができるのです。

 以前、「MOTTAINAI」という言葉が広まり、国際語として定着しました。ですが、真に広げるべきなのは「MOTTAINAI」より「ARIGATAI」のような気がします。



2010年10月19日(火) たかが2問、されど2問

 17日に受けた基本情報技術者試験の自己採点をしました。

「仕事が忙しくて勉強してなかったし、確信のない答えも多かったし、きっと受かってないよねー」とか気楽な調子で自己採点をしていたら。

 午前:46問/80問(57.5%) 合格基準:60%
 午後:29問/39問(74.4%) 合格基準:60%


 ………あれぇ?

 午前……あと2問というところまで迫ってたのに……。
 しかし、ほっとんど勉強してなかったのに、ここまで迫れたのは意外。本当に「もうすこしがんばりましょう」レベルまで行けてたんですな。

 ところで、前は午前合格時は、次回午前免除、というような制度があったと思うのですが、午後合格時ってそういう制度ありましたっけ? IPAの試験要項を見ていてもそれらしい記述がないのですが。


2010年10月14日(木) 昼食中の妄想

 木曜日はいつも行く店があります。その店では大きなテレビがあり、普段は音楽のケーブルテレビを流しているのですが、ワールドカップなどの特別な放送がある時はそちらを流します。

 今日は、サンホセ鉱山の救出現場の生中継を流していました。その間にいろいろ鉱夫たちの背景などが語られていました。本妻と愛人が地上で衝突していたのには笑いましたが。

 そして、映画化の話が。

「これって、映画になる時はあと3人位のところで、このカプセルのワイヤーが切れたりするんだろうなァ」

 映画となれば多少の脚色があるのは当然の話。ということで語るSマネージャー。

「そんでもって、鉱夫たちは仲間思いだから全員助けに穴の中に戻っておわりとか」

 元に戻ってるじゃないすか。

 そういう話になると喜ぶのがモノ書きです。

「残り二人の時点で落盤が起きて、一人がもう片方をカプセルに押し込んで無理やり自分が犠牲になるとかもアリですね」
全員助かってないんか

 話しているうちに、「穴をあけたのはこのドリラーの力があったからです」的な紹介があったのですが、

・映画じゃ多分、このドリラーと中の鉱夫の一人は仲違いした兄弟とかになる。(救助隊員も可)

・真面目に考えれば『アポロ13』と同ジャンル。きっと地下の鉱夫たちのドラマと平行に、必死で助かる方法を模索する技術者たちの物語がある。

・鉱夫たちが助からないことを望んでいる利権にからんだ権力者がいる。

・実は落盤事故は悪徳経営者のずさんな管理で起きた人災だ。

・坑道の中には何故かテロリストも一緒に閉じ込められており、鉱夫達と戦うことになる。


 ドリラーについてもやたらカッコいい職業的な紹介があったので、

・医療ドラマが流行ったが、次にはやるのは掘削職人ドラマである。

・何故か毎回、それぞれ特色のある条件で岩盤や地下に閉じ込められた人を助けてばかりいる。

・個人の医者のドラマから、チームものへ移行する。

・さらに映画で掘削ミステリーという新ジャンルが生まれる。


 しかしサンホセの鉱夫たちはイイ男たちですね。


2010年10月04日(月) 時代に取り残される男

 無線で充電できる携帯電話が発表されました。
 
 実は、僕はこの携帯電話を使う気にはなれません。マウスやキーボードなども無線のものより線で繋がっているほうがよいと考えています。

 また、映画やテレビの3D化や、ゲーム類のインターネット対応も「なんでそこまで」と思うんですよね。
 今のままでも十分に面白いのに、まだ変化を求めるのか、と。ゲーム類のインターネット化はいちいち無線LANを家に用意しなきゃいけないので、面倒なだけに思えてしまうのです。しかも追加要素のDL販売という非常に腹立たしい商法も確立されてしまいましたし。

 昔、大阪万博の頃の万博は本当に劇的に生活が変わるような商品に満ちていて、面白かったんだろうなぁ、と空想しつつ、今の余計なところばかり変わっていく商品類にその意義を見出せずにいるのです。

 そしてふと気が付きました。
 こういう考え方をしているヤツが時代に取り残された機械オンチになるんじゃないか、と。


 よく考えてみれば電子機器の類はここ十数年で劇的に変化はしていますよね。ちょっと昔は携帯電話はカバン大のもので、移動の多いセレブは自動車に電話がすえつけられていたものです。自動車電話でなければポケベルで連絡です。

 時代の変化にどう付き合うかというのは、いつの時代にもある人生のテーマのようです。


2010年10月03日(日) 東海道踏破の旅(10) Final

 ということで今回がラストです。また27日の月曜日から一泊二日で出張が入った上、金曜日に休みが取れて4連休になったので23日夜から東京の父親の下宿にお邪魔していってきました。
 3日間の予定でしたが、結果的に24日、26日の二日間で余裕で歩ききれました。間の25日は緊急の仕事だったのです。
 

○平塚→藤沢→戸塚→保土ヶ谷→神奈川

 35.2キロメートル進みました。いつもの一日25キロでいくと、戸塚あたりで止まる予定だったのですが、戸塚には昼過ぎには着いていました。藤沢で盛大に道を間違えてものすごく遠回りをしたのですけど。……4時起き6時出発が功を奏したのかしら。

 平塚→藤沢間には茅ヶ崎があります。つまり、この区間、モロ湘南なんです。あの、車のナンバーについてたらカッコいい、湘南です。ということで、茅ヶ崎周辺にはバイク関連のお店が心持ち多いような気がしました。
 先にも書きましたが、藤沢→戸塚に行く途中、盛大に道を間違えてしまいました。方向的に進みながら、元の道に戻るということもできないくらいかけ離れた方向でして。踊り念仏で有名な遊行寺に行く橋を渡らずに藤沢駅方面に行ってしまったのです。おかげで余計な距離を歩くことになって、体力的にも精神的にもきつい思いをしました。
 
 戸塚→保土ヶ谷はアップダウンが楽しかったです。谷というだけあって、急な坂が多いのですが、坂が多いとユニークな建物が多いのですよ。上の建物の一階と、下の別の建物の四階がくっついてる、とか。そういうの見ると、ついカメラを向けてしまいますね。
 保土ヶ谷→神奈川(横浜)の間では、市場みたいに露天に品物を並べている商店街があったくらいで、距離も短かったし、それほど特色のようなものは感じなかったような。


○神奈川→川崎→品川→日本橋

 いよいよ東海道の旅最終日。
 5時51分神奈川(横浜駅)出発しました。神奈川から川崎は平らでまっすぐな道が続きます。そのため建物自体は面白いところはなかったのですが、攘夷派の薩摩の嶋津久光一行が、彼らの行列を横切ったイギリス商人リチャードソンを殺傷してしまった生麦事件の現場である生麦、江戸から故郷の三重に帰る芭蕉とその弟子達が別れの俳句を交し合った八丁畷等、歴史的なポイントが豊富でした。
 また、『鉄子の旅』で紹介されていたJR鶴見線国道駅のそばを通り、噂の時代に取り残された高架下を見ることができます。

 川崎〜品川間でのクライマックスは多摩川です。なんといっても神奈川県と東京都の県境があります。多摩川を渡るのは六郷橋という橋なのですが、珍しい、囲まれていないゴルフの打ちっぱなしの練習場がある傍らで、橋の下ではホームレスの方々が集落を作っている様子も見られました。
 川崎でも様子のおかしな人が見られ、そういう土地柄なのかな、とも思いました。大阪にもそういう場所、ありますしね。
 この区間の歴史的遺物としては鈴ヶ森刑場跡が見もの。火あぶりや磔に使う杭を立てていた土台の石が残っているんですよ。杭を立てるための窪みが生々しいです。
 
 そして品川宿。ここは宿場であることを前面に押し出した観光客向けの町でした。そして、奇遇にも、この日を含む、9月25日26日は『しながわ宿場祭』ということで、お祭りが催されていたのです。フリーマーケットや露店が並ぶほか、道一杯に練り歩くパレードなど、盛況な様子でしたね。
 ただ、パレードなどの流れが僕とは逆の流れだったので、人を掻き分けて進むのが少し大変でしたが。

 そして品川→日本橋。昼には品川に着いていたので気力体力共に余裕です。
 この区間は全て国道15号線を通っており、品川駅を通過した直後の標識で『日本橋から7Km』と書かれているのが見られます。僕には『日本橋まで7Km』に見えました。
 そこからは芝、浜松町、新橋、銀座、京橋と東京の名所を渡り歩きます。銀座は歩行者天国になっていました。休みの日は歩行者天国になるようですね。初めて歩行者天国というものを体験したのですが、車道の真ん中を思うがままに歩くのは思った以上に幸せですね。

 京橋を抜けたところで見えるのが高速道路の下の高架下に掛かる橋で、そばには「日本国道路元標」の広場があります。つまりそこが東海道を初めとする全ての道路の起点。15時21分、日本橋に到達。


 セーブ&ロード方式で間が長く空いた時期もあり、実はあまり今までの詳細を覚えていないので、それほど感慨深いゴールではありませんでしたが、やり遂げた感はそれなりにありました。
 歩くのはとっても辛かったですし、歩くだけのところはつまらなかったですし、真っ暗になってもたどり着けず不安な思いをしたこともありますし、おなかが減っても食べ物屋さんが見つからなくて困ったこともあります。
 それでも、旅行雑誌などではなく、自分の足で面白い場所やものを見つけたりしたときや、琵琶湖に浜名湖、鈴鹿峠に富士山、と話に聞くばかりで実際に見たことのないところを実際に見られた時はうれしいものでした。

 観光名所のいいとこどりみたいなツアー旅行なども良いですが、このような自力の旅のほうが得るもの感じるものは多かったように思います。
 東海道は今回で終わりですが、次は自転車でまた同じような旅をしてみたいと考えています。そのときはまた日記で報告させていただきます。





○東海道踏破の旅 まとめ

【一日目】「三条大橋」⇒「大津」⇒「草津」(2009年7月5日)
http://www.enpitu.ne.jp/usr10/bin/day?id=104302&pg=20090705

【二日目】「草津」⇒「石部」⇒「水口」(2009年7月11日)
http://www.enpitu.ne.jp/usr10/bin/day?id=104302&pg=20090711

【三日目】「水口」⇒「土山」⇒「坂下」⇒「関」(2009年8月2日)
http://www.enpitu.ne.jp/usr10/bin/day?id=104302&pg=200900802

【四日目】「関」⇒「亀山」⇒「庄野」⇒「石薬師」⇒「四日市」(2009年8月8日)
【五日目】「四日市」⇒「桑名」(2009年8月9日)
【六日目】「桑名」⇒「宮」⇒「鳴海」(2009年8月10日)
【七日目】「鳴海」⇒「知立」⇒「岡崎」(2009年8月11日)
http://www.enpitu.ne.jp/usr10/bin/day?id=104302&pg=20090806
http://www.enpitu.ne.jp/usr10/bin/day?id=104302&pg=20090816

【八日目】「岡崎」⇒「藤川」⇒「赤坂」⇒「御油」⇒「吉田」(2010年1月9日)
【九日目】「吉田」⇒「二川」⇒「白須賀」⇒「新居」⇒「舞坂」(2010年1月10日)
【十日目】「舞坂」⇒「浜松」(2010年1月11日)
http://www.enpitu.ne.jp/usr10/bin/day?id=104302&pg=20100111

【十一日目】「浜松」⇒「見附」⇒「袋井」(2010年2月21日)
【十二日目】「袋井」⇒「掛川」⇒「日坂」⇒「金谷」(2010年2月22日)
http://www.enpitu.ne.jp/usr10/bin/day?id=104302&pg=20100222


【十三日目】「金谷」⇒「島田」⇒「藤枝」(2010年3月27日)
【十四日目】「藤枝」⇒「岡部」⇒「丸子」⇒「府中」(2010年3月28日)
http://www.enpitu.ne.jp/usr10/bin/day?id=104302&pg=20100328

【十五日目】「府中」⇒「江尻」⇒「興津」⇒「由比」⇒「蒲原」(2010年5月8日)
【十六日目】「蒲原」⇒「吉原」⇒「原」⇒「沼津」⇒「三島」(2010年5月9日)
http://www.enpitu.ne.jp/usr10/bin/day?id=104302&pg=20100516

【十七日目】「三島」⇒「箱根」(2010年9月11日)
【十八日目】「箱根」⇒「小田原」⇒「大磯」⇒「平塚」(2010年9月12日)
http://www.enpitu.ne.jp/usr10/bin/day?id=104302&pg=20100912

【十九日目】「平塚」⇒「藤沢」⇒「戸塚」⇒「保土ヶ谷」⇒「神奈川」(2010年9月24日)
【二十日目】「神奈川」⇒「川崎」⇒「品川」⇒「日本橋」(2010年9月26日)
http://www.enpitu.ne.jp/usr10/bin/day?id=104302&pg=20101003

お、意外にキッチリ二十日間で歩き切ってますね。
最初の頃はあとでレポートにまとめようとして、あまり詳しいことは書いてないのが悔やまれます。

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