なか杉こうの日記
DiaryINDEXwill


2005年03月30日(水) 首が凝る。

今日は決裁書類を要領の得ない部下にやらせていたが、わからないのでちょくちょく介入していたら、重要なことを忘れていた。ひとつは、フロッピーの有り場所が不明になったこと、というか確認していないこと、もうひとつは決裁書類を最終決定者である課長に上げていないことを忘れ(ばかか)その書類の処理に懸命になっていたことである。細かいことにばかり目が行って大きなことが抜けていた。

自分は一応監督者なのであるから、部下に任せたらあとは大局を見ていればいいのであるが、(ある程度)、つい、その部下があまりにばか(ごめん)なので手をだし口を出してしまう。その部下の部下が現在休暇中なのである。

明日は人事異動である。ごたごたごたごた人の出入りがあるからいつもの仕事は丁寧にやっていられないだろう。いちばん嫌いな日である。

今日は首筋から左肩がこわばっている。首を後ろにやれない。

以上、これが私の日常であるが、書いていてほんとにうんざり。

電車の中では内田百寮萓犬痢屬燭蕕舛の記」を読んでいた。岡山の生家の思い出なので、昔のことなのでなかなかピンとこないところもある。しかし出てくる人は見たらそこらにいる、普通の人々なのだろうが、とても特別な人のように見えてくる。ちくま集成をまとめて買って半分ぐらい読んだ。このところ、百寮萓犬遼椣奮阿脇匹鵑任い覆ぁよっぽど気が合うのだと思う。こんな人は、ほかにはちょっといない。


2005年03月29日(火) 本日の疲労の原因。

今日もまたたいそう疲れた。目がじくじくする。
今日の疲れのハイライトは、翻訳して組織内で配布しようとした資料が
文書担当係でストップがかかったことである。著作権はどうするのか、という点で。今までの慣行では済まないらしい。それじゃあ、今後一切、その点をクリアしなければ出せないということですか、と聞くと、そうだ、と言う。

一体どうしようかと思った。仕方ないので新聞社そのもの(外国の)のサイトを調べたら、reprintなどのpermission を得るサイトというのができている。なんと記事ひとつのreprintの許可をもらうのが、使用手段がメール送信の場合、一件10ドルだそうだ。しかしメール送付ともちょっと違うのでそのアドレスあてに問い合わせのメールを書いて送信したらなぜか戻ってきてしまった。

困ってしまい、そうだ、この新聞の日本の代理店に聞いてみよう、と電話したら、意外や意外、目的を話したらすぐに「いいですよ」という返事。うそみたい。出典と使用目的を書いて送るようにとのことなので丁重な手紙を書いて送った。しかしあまり丁重だと却って「この記事は売れるかも」などと思われるかもしれない、と心配になったりした。あと、ここから返事がくればOKなのだが。

もうひとつの疲労原因は、また、人が来たことである。大体において私は昔出張でともに行った幹部などが何かの用で近くに来ても、とくに愛想がよくないのである。適当な雑談ができない。他の人が雑談していても口を開くのができない。子供みたいである。そんな感じですっと帰ってしまった幹部がいた。良かった、とほっとした反面、明らかに嫌われているな、と思って、これも心理的疲労となった。

こんなことばかり、である。こんなことは、この日記形式でないと、書かない。書いていてうんざりするからだ。自分のブログには、こんなことから逃げた先の世界ばかり、書いている。幻想で遊ぶのである。上記のようなことを「反省し、どう振舞うか」真剣に考えるなんてことは、まず、しない。



2005年03月28日(月) ジャグジーの思い出

今日は雨である。東京駅近くの舗道が雨にぬれて光っていた。そこに三角形のトライアングルなんとかという標識がぽつんと置かれていて、赤いランプが点いている。舗道の水たまりにも赤い色が映っていた。

内田百寮萓犬好きだろうな、と思った。考えてみればこのあたりは百寮萓犬歩いたところである。先生は丸ビルの日本郵船に勤めていたことがあるからだ。当時の名残は何も残っていないだろうと見渡すと、あるある!真正面の東京駅である。東京駅周辺の真新しい高層ビルの向かいで、今なお威容を保っている。ライトアップされているから古色蒼然としている。

日記というのだから、日記を書かなければならないのだろう。今日は新しく入ってくる筈の男から、部下を一人くれないか、と言われた。仕事もその部下が持っていってやるから、減るからいいでしょう、と言うのだ。

仕事が多い少ないの問題ではない。自分のやるべき仕事というのは、ある。それに対して三人の人間が必要だと言ったのである。彼の言い分によると、彼のラインは四人、こちらは二人となる。そのうち一人は私である。

今考えるとやたら、腹が立ってきた。人をばかにしている。負けてはならない。仕事の内容についてわかっているのはこちらである。


こんなぐちゃぐちゃしたことを、毎日毎日やっている。これで退職まで毎日やっていくのだろうか。彼は部下を自分の好きなように使いたいのである。私は彼の同僚である、部下ではない。しかし、わたしをも使いたくてしょうがないのだ、よくわかる。

結論としては、半年このままでやっていこうという話になった。

みんな仕事というのは、辛いことがあるのだろうな。

いつぞや休みを取ってスイミングセンターに行ったのを思い出す。水泳が終わってジャグジーに入ったら、五十代ぐらいのおばさんたちが、ペットの話をあぶくの中でしていた。なんでも「うちの猫ちゃんがどうのこうの」という話である。平日の昼間である。

こういう人生というのもアリなのだな、と思った。うらやましいか。うらやましいとしても、今の自分の人生は、自分でこうしたのである。誰のせいでもない。ジャグジーというのは、いくら気持ちよくなろうとしても、あまりにあぶくが強くて落ち着いていられない。

大きなプールの窓からあおい光が差し込んでいた。大きな泡がいくつも、いくつもわたしの顔や腕や脚にぶつかった。あたしの、人生か。ずいぶん変わった人生のような気もする。

この日記、読んてくれる人などいるのかな。では、この辺で。
内田百寮萓検△个鵑兇ぁこれからも、よろしく。




再び夜、書いている
今日は非常に疲れた夜である
あたりは静かだ
いつも神経を使うから疲れるのである
これくらい、使ってもいちおう元気なのは
もともと強いのかもしれない。
目をつむると、なみだがじわっと出てくる
理由はとくにない。
わたしくらい、昔と今と変わらない人間もそう、いないのではないかと思う。
前は書くことによってどうにかなろうと思った
今はそれがめんどうで。
疲れた中で
道路に打ち寄せる波のことなど思い出している
書いて、どうなるのだろう。
書いて、どうなるわけでもないが、
ほかに、することもないので
ただ、書いている
書きなぐるみたいにしている。
疲れている
ほんとうに、疲れている。





↑エンピツ投票ボタン
My追加



2005年03月27日(日) 「いちご白書をもう一度」

「いちご白書をもう一度」の曲を最近幾度も幾度もテレビで聞く。「お父さん、お母さんがなつかしいわねと言っていました。」とリクエストが寄せられる。
ほんとうに名曲だ。そして、それは私の友人の物語でもある。
大体においてあの当時はやった曲で今聞くと胸がきゅっとしめつけられ
再び自分が体験しているような気にはなるものの、それは私の体験ではない。

「神田川」もそう。「なごり雪」もそう。友達の「恋」のストーリーを思い出す。
友達から喫茶店で何時間も恋人の話を聞かされたことも思い出す。

「神田川」は、そう、高校時代のそんな親しくなかったけれど同じ同好会にいた友達。学生結婚をして、大学でふたりでキャンパスでお弁当を広げるのだと言っていた。その人のことを思い出す。働いていなかったから、結婚資金は親持ちである。大学を卒業して子供が生まれ、どうしたのかなと思っていたら、別れてしまった。しばらく子供と二人でいると思ったら、女性雑誌の校正の通信教育の広告にでかでかと写真入りで彼女が載った。

「月に○万の収入があります。子供がいても大丈夫。」と書いてあって、小さな男の子を膝にのせていた。
それからしばらくして、再婚したと聞いた。くっ、もてる人は次々に見つかるものだ、とそのとき思った。

「いちご白書をもう一度」を聞くと大学時代の友人の話を思い出す。それは「破局」を迎えた関係だったが、彼女はその後しっかりした男性を見つけ、結婚しうまく行っている。「授業をぬけだして・・・」というところでは、あの頃はやったアイビールックのおそろいの服を着た彼女と、その第一のボーイフレンドが、並んで授業中の大教室からそそくさと出る姿を思い出す。

よくまあ、あんなに堂々と出られたものだ。先生が話しているのに、授業中に教室を出る学生って結構いたものだ。今考えるとなんと失礼なんだろうと思う。今の大学はどうなのだろう。


なか杉こう |MAIL

My追加