2006年12月31日(日) |
年末に集まって 2006 |
今年もついに大晦日になってしまった。
一年を振り返ってみると、今年は「厄年」だったといってもいいのではないだろうか。
うつが悪化し入院するという、「考えてもみなかった状況」に自分の身を置くことになり、退院するまでに非常に苦労をしたというその一事だけでも、そう表現するのに値する気がする。
しかし、そういう失うものが多かった生活の中で、得るものもまたあったことも事実だ。
生きていることに何の価値もなくなった僕でも、見捨てずにいてくれる人がいるということを、僕は知った。
それはとても貴重な経験だった。
それは、きっとこれからの僕を支えてくれることだろう。
僕の生活を助けてくれた人たち、僕に優しい言葉をかけてくれた人たち、僕を影ながら見守ってくれた人たち(この日記を見てくれている人はきっとそうだと思っています)、それらの人たちに感謝の言葉を捧げたいと思います。
本当にありがとう。今僕が生きているのはあなたたちのおかげです。
さて、今日は高校時代の友人たちと初詣をするために神社へ行った。
去年の同日の日記にも書いたように、大晦日の夜はそうすることが恒例になっている。
だが、今年はこれまでの年とは少し様子が違っていた。
毎年、集まる人数は大体6人程度なのだが、今年は3人しか集まらなかったのだ。
理由は、メンバーの半数が、結婚して子どもが生まれ家庭を持つようになり、家で新年を迎えなければならなくなったからだった。
今年集まった3人(僕を含む)は、全員独身。 大晦日の夜を友人たちと過ごす。 そういうやんちゃなことは、独身でないと無理なのだ。
幸せな家庭を持たない僕ら3人は、自嘲気味に自分自身を「求愛戦隊独身ジャー」と命名した。
独身ジャーブラウンが僕、オレンジがT、ピンク(男だけども)がMだ。
僕らは「弓道部掲示板」と名づけた自分たちだけの掲示板をもっているのだが、その掲示板に「独身ジャー」となった僕らの大晦日の様子を画像入りで書き込むことにした。
独身ジャーとなった僕は、もう何でもいいやと何となく開き直り、「社会人ならもうそれはやらないだろ」ということを次々を行った。
まず一つ目。 神社の賽銭箱(ちなみに神社はその地方ではかなり大きな神社で、賽銭箱は縦横8メートルくらいはある。当然初詣に来る人もかなり多い)を独身ジャーに対立する悪の組織の中枢部とみなし、「その中枢部を光線銃で爆破した」という設定で、僕が(道行く人が見ている中)賽銭箱の前に片膝を着いて銃を構えるポーズを取り、Mに撮影してもらった。
二つ目。 焚き火をしている場所を敵のエネルギー供給源とみなし、賽銭箱のときと同じように銃を構えるポーズを取り撮影してもらった。寒い中なので、当然焚き火には人だかりができている。
三つ目。 正門の前で頭に小さな鏡餅を乗せ、ポーズを取って撮影。正門なので、一番人が行き交う場所。
それらを撮った画像は全て掲示板にアップした。
新年となり、初詣が終わると、僕らはくじ引きをした。
2007年の僕の運勢は「小吉」。
厄年だった2006年の運勢は皮肉にも「大吉」だったので、大吉でなかったことに僕は安堵した。
僕はそのくじを鞄に入れて持って帰ることにした。
普通、くじは神社の木や所定の場所に結んでおくものだが、厄年だった今年のようなことを繰り返さないようにと、変化を付けたかったのだ。些細なことだが、とにかく縁起をかつぎたかった。
くじを引いた後、僕らは近くにあるガストに行った。これも例年通りのことだ。
僕らはそこで3時間ほど話し込んだ。 内容は特にない。近況や世間話をしただけだ。そしてこれも例年通りだ。
僕らは午前3時半頃、ガストを出てTを家へ送った。
これでお開きかな、と思っていたが、運転手をしていたMの「もう少しドライブするか」という言葉に僕は肯き、深夜のドライブをすることになった。
もっと話していたい。そういう気持ちがMにも僕にもあった。
Mは今年の9月末に会社を辞め、年明けから職業訓練校に通うことになっていた。
Mは会社を辞めるときにも悩んでいたし、次の就職先をどうするかにも悩んでいた。きっと、Mには日頃溜まっている鬱憤があったのだろう。
もちろん、僕の方にも鬱憤はあった。
ドライブしている間に、時刻は午前6時近くになった。
ここまで来ると、初日の出を拝もうという気持ちが強くなり、日の出がよく見える木曽川という川の堤防に行くことにした。
そこには「138(いちのみや、と読む)タワー」というものがあり、元日限定で、タワーの頂上から日の出を見るイベントが行われていた。
残念ながら、人数制限の関係で、そのイベントには参加できなかったが、僕らの初日の出を見たいという欲求は治まることなく、川べりの道に車を停め、車を出て太陽が昇るを待った。
しばらくすると太陽が燦々と輝きながら、少しずつその姿を現してきた。
僕は携帯でその様子を何枚も撮影した。
日の出を見ていると、不思議に気持ちが穏やかになった。
これからは何とかなる。
何の根拠もなしに、そう思えてきた。
僕とMは無言で太陽が昇り切るまでその姿をじっと見つめた。
「そろそろ行こか」
Mがそう言って、車に乗り込んだ。僕も助手席に乗った。
「こうやって徹夜するなんて、今年が最後だろうな」 僕はそう思った。 皆、それぞれの家庭を持ち、ますます大人になって行くのだろう。
Mに家まで送ってもらい、僕は家の玄関のドアを開けた。
家ではもう母親が起きて朝食を作っていた。
僕は朝食を食べながら、MやTやその他の高校時代の友人のことを思っていた。
皆それぞれの道を生きている。僕も自分の道を見つけよう。
新年最初の決意だった。
2006年12月30日(土) |
中学の同級生と。毎年恒例行事にて。 |
今日は十二月三十日、中学時代の友達と酒を交わす日だ。
場所はいつもの通り地元のスナック。 幹事がそこの常連だからという、ただそれだけの理由でチョイスされた店だ。
今年のメンバーは、例年より一人増えた。 中学時代、同じ部活だった奴が今回から参加することになった。
そいつとは親友とは言わないまでも仲良くしていたので、僕としては大歓迎だった。
僕がスナックについたときには、他のメンバーはもう全員がテーブルを囲んで座っていた。
「うおー、久しぶりやなあ」 今回から参加することになったKが、僕と目を合わせた瞬間に言った。
「中学以来やから、もうこれで十三年ぶりになるんだっけ?」 僕が言う。
「すっげえ久しぶりだよなあ」 Kがしみじみと言う。
Kは中学のときより少し身長が高くなり、髪型が変わっていたが、当時とあまり変わらないように僕には見えた。
Kは今料理人として働いているという。
「ふぐ調理の免許も取ったよ」 Kの言葉に皆が感嘆する。
「すげえな。今度ふぐ食わせてくれよ」 皆でKをはやし立てる。
その後、自分たちの近況に話題が移ったとき、友人Tが意外なことを話した。
TはCBCに勤めていたのだが、今は退職し、大学のときに所属していたゼミの教授の下で助手をしているという。
助手という職がどのくらいの給与をもらえるかどうか知らないが、おもしろい転身の仕方だなと思った。
少し羨ましいなと思ったけれど、まあ隣の芝は青い、というやつだろう。
幹事のYは、もともと太っていたが、さらに体重を増したように見えた。腹がそれこそふぐのように膨らんでいる。
他のメンバーは、特に変化のない一年だったようだ。 まあもちろん、それぞれに抱える悩みのようなものはあるだろうけれど。
宴も終わり、帰途に着くとき、ふと思った。 「また会うのは一年後なんだなあ」 そのとき、皆はどう変わっているだろう。そして僕はどうなっているだろう。
Tのように華麗なる転身、ということはないだろうけど、きっと波乱の多い一年になるに違いない。
まずは復職。それからどうするかは、まあ、風の吹くまま、なのかなあ。
今日はクリスマスイブ。 僕は彼女を連れて石川県を離れ、車に乗って高速道路を使って名古屋へ向かっていた。
僕と彼女が付き合い始めてから一緒にクリスマスイブを過ごすのは、今年でちょうど十回目となる。
毎年、クリスマスが近づくと、何をプレゼントするかということにとても苦心するのだが、今年は違った。十二月の初めにはそのことについて僕の心は決まっていた。
ヒップホップアーティスト「SEAMO」の名古屋でのライブチケット。それが彼女へのプレゼントだった。
まあ、二人で見に行くのだから、当然チケットは二人分買うことになるので、正確には「自分と彼女へのプレゼント」ということになるのだろう。
ちょっと恥ずかしい話だけど、僕はこれまでコンサートやライブには行ったことがなかった。それは彼女も同様だった。
ということで、今日のSEAMOのライブが僕らのライブデビューということになる。
どうしてライブデビューにSEAMOを選んだのか。それには(些細なことだけれど)理由があった。
僕の出身地とSEAMOの出身地が同じだったからだ。
僕がSEAMOの曲を初めて聴いたのは、本当に偶然だった。
ふらりと立ち寄ったCD店に、SEAMOのシングル「ルパン・ザ・ファイヤー」が試聴できるように置いてあり、ルパンの大ファンである僕はその題名に魅かれ、ヘッドフォンを手に取った。そしてその歌詞とメロディーにおもしろさを感じ、すぐにそれを購入した。
その後、ウィキペディアでSEAMOのことを調べ、同郷の人物だと分かると、僕は俄然SEAMOその人自身に魅力を感じるようになり、アルバムも購入し、いつもSEAMOの曲を聞くようになった。
そうしている間に、SEAMOの全国ツアーが決定し、クリスマスイブの日に名古屋でライブを行うことがわかると、僕はもう絶対今年のクリスマスイブはそのライブを聞くんだと心に決めた。
そして無事チケットを入手し今日に至った、というわけだった。
車の移動中、かけていた曲はもちろんSEAMO。 今日のライブでどの曲が聴けるのか、どんな登場の仕方をするのか、ライブステージのクラブダイヤモンドホールとはどんなところなのか、彼女とはお互いに想像を膨らませて話し合った。
会話は弾み、あっという間に愛知県に入った。
車は一宮市の駅前の駐車場に置き、電車で名古屋へ向かった。 そうした方が車で直接名古屋へ行くよりも何倍も早く、そして楽だったからだ。
ライブは五時開場、六時開演だった。 僕らが入場したのは五時半頃、そのときにはダイヤモンドホールがあるビルにはすごい行列が出来ていた。
幸い、僕らが持っていたチケットは普通の整理番号が記載されているチケットよりも早く入場できる、整理番号の前にAがついたチケットだったので、それほど待たずに入場することができた。
ホールの中はとても混み合っていて、熱気が漂っていた。
ステージに入ると、既に前座のバンドが観客たちを盛り上げていた。
僕らはステージの後ろの方、一段高くなったところの一番前に陣取り、SEAMOのライブを見ることにした。前の方に行くことも出来たけれど、前の方は込み具合がひどく、身長の低い彼女がステージを見ることができなくなることが嫌だったからだ。
やがてSEAMOが登場し、興奮の渦の中、二時間強のライブはあっという間に終わった。
ライブの内容はとても満足できるものだった。何せ初めてのライブだったので、もしかしたら見ようによってはもっと楽しめたかもしれない。でも、とにかく、SEAMOのライブはSEAMOらしさが出ていて(僕の想像の中での「SEAMOらしさ」だけど)ますますSEAMOに魅かれたことは確かだった。
何より、パンツ一枚になって股間に天狗のお面を着けて歌って踊る「ストロングスタイル」や、「ぺヤング」を生で見れたことは、貴重な(?)経験だった。
演劇でもそうだけれど、やっぱり「生」で見ることはとても重要なことだと思う。生だと伝わってくるエネルギーが違う。大げさだけど、生だと生身の人間の「生(せい)」が伝わってくる。生きているという存在を感じさせてくれる。
一日で金沢―名古屋間を往復する旅だったけれど、ライブの満足感からか、少しも疲れを感じることがない帰路だった。
http://www.square-enix.co.jp/dragonquest/20th/DQ9PVL.html ドラゴンクエスト9が来年発売になるそうで。 今回はアクションRPGになって、今までとは違ったドラクエになりそうな感じですね。 ドラゴンクエスト、昔は随分やりこんだものです。 今はゲーム自体することがなくなってしまいましたが。 それにしても、ドラゴンクエストは一体いつまで新作を発表し続けるのでしょうか。 「ドラゴンクエストXX」なんてものが後二十年くらいしたら発売されるかもしれませんね。
先日、金沢駅のそばに「FORUS(フォーラス)」という大型ショッピングセンターが出来ました。 建物は七階建て。その中に出店する店の多くはファッション店ですが、カフェやシネマなどもあり、幅広い客層をターゲットにしているようです。
そのフォーラスに、今日ズボンを買いに行きました。
僕が持っているズボンは今二着しかなく、もう一着くらいは欲しいと思ったからです。
二着しかないといいましたが、正確には、「使える」ズボンが二着しかないということです。
本当はもっと(多分六着くらい)は持っているはずなのですが、もう流行に合わなくなってしまったものや、今の年齢にそぐわないものを除くと二着しか残らないのです。
フォーラスには「アバハウス」、「アールニューボルド」、「イネドオム」、「タケオキクチ」、「モルガンオム」など、多くの有名店が揃っているので、きっといいものがあるだろうと期待して行きました。
フォーラスのメンズファッション店は30を越えます。 その一つ一つを見て回り、試着を繰り返しているうちに、あっという間に三時間が経ちました。
そして結果ですが、結局一つも気に入るものが見つかりませんでした。
帯に短し襷に長しではないですが、それ自体は格好いいけれど自分が今持っている服と合わなかったり、いいとは思うんだけれど何か物足りなかったり。
期待していただけにちょっとがっかりしました。
デザイナーものでない、例えばリーバイスやエドウィン、リーなど有名なジーンズブランドのものは、先週いくつか店を回って試着し尽くして、気に入るものがないことを確認しているので、後はどこへ行けば見つかるのやら、ちょっと絶望的な状況です。
ここまで来たらもう、完全に自分が納得できるものはないと諦めて、まあまあだと思うもので手を打つしかないのかもしれません。
ちょっと悔しいですが……。
ズボン一つのことですが、頭の痛い問題です。
今日の午後、ドライブがてら服飾店を見て回った。 お目当てはジーンズ。 買う気になったのは、今まで穿いていたものがかなり色落ちし、上着との色合いのバランスが取れなくなってしまったからだった。
僕が欲しいと思っているものは色が黒で、ややゆったりなストレートか、普通のストレートのもの。 僕の冬物の上着は、どれもそれほどタイトな作りのものではなく、カッチリとしたものではないので、そういうものの方が似合うだろうと思ったからだ。それに、そういう無難なシルエットのものの方が、着回しも効くだろうという計算もあった。
さて、いざ探してみると、これがなかなか見つからない。 大体、黒か黒に近い色のジーンズ自体ほとんどなく、しかも僕が好きなシルエットのものは全然なかった。
ある程度なら「いいかな」と思えるものもあったけど、どうもすっきりしないので、結局今日は買わずじまいで、もっと店を回ってから買うことにした。
それにしても、いつの間にジーンズは値上がりしたのだろう?
リーバイス、エドウィン、リーその他もろもろ全て値段が一万円を超えていた。
僕が最後にジーンズを買ったのは約4年前だったと思うのだけど、その頃は確かジーンズは大体7800円とかそのくらいの値段だった気がする。 (僕の記憶違いだろうか?)
普通のジーンズがこれだけ高値なら、いっそのこともう少し予算を組んでデザイナーの作ったズボン(ポールスミスとか)を買った方がいい気がしないでもない。
とにかく、近いうちにもう一度ジーンズ探しの旅に出かけよう。 そう思った一日だった。
http://www.youtube.com/watch?v=xnyDGTGAqNA&NR 車で様々な物を破壊していくシリーズものの一つです。 破壊される物は、自動販売機やゲートアーム、タンスなど。 見るも無残に壊されていく物の姿に、カタルシスと虚無感を感じます。
近頃、急にめっきり寒くなりました。いよいよ本格的な冬が始まろうとしています。スノータイヤの交換や、冬服の準備など、そろそろしないといけないことはたくさんあります。
今日は小松市にある茶芸館「清華茶荘」に行ってきました。 茶芸館とは、中国茶(台湾のお茶を含む)を店内で座りながらゆっくりと楽しむことができるお店のことです。少し乱暴な表現になりますが、日本にある喫茶店のようなもので、違いはコーヒーの代わりに中国茶を専門にメニューに載せていることです。
北陸唯一の茶芸館であるこの店の店内は、雰囲気が大変落ち着いていて、一人でも何人でも、ゆったりとお茶を楽しむことができ、思わず長居をしてしまうこともしばしばです。
今回僕が飲んだお茶は武夷岩茶白鶏冠でした。 武夷岩茶とは中国の福建省北部の武夷山で生産される青茶烏龍茶の1種です。茶樹が山肌の岩に生育しているためにこの名があります(ウィキペディアより)。 味と香りはウーロン茶と紅茶のちょうど中間くらいといったところでしょうか。深いこくのある味わいと芳醇な香りがあります。同じ中国茶で割と有名な「東方美人(オリエンタルビューティー)」よりもウーロン茶に近い印象を受けます。まあ、そもそもウーロン茶自体かなりの種類がありますから、「ウーロン茶に近いって、一体どのウーロン茶のことだよ」と突っ込まれると僕は黙ってしまうしかありません。味と香りを表現するのはなかなか難しいものですね。
清華茶荘では、お茶の他に小龍包、肉まん、餃子に蓮の葉おこわを食べました。このお店の点心は意外なほどおいしく、そこらに普通ある中国料理店のそれよりよほど美味なのですが、そのことは多分そこを訪れる大多数のお客さんが気付いていないことだと思います。というのは、僕はそのお店を何回も訪れているのですが、他のお客さんが点心を食べている姿をほとんど見かけないからです。ちなみに、点心だけではなく、杏仁豆腐もかなりおいしいです。同じ価格帯なら、このお店よりおいしい杏仁豆腐を出すお店はほとんどないだろうと僕は思います。
さて、清華茶荘の他に今日はアパート近くの電器店に行ってきました。 特に何が欲しかったものがあったわけではなく、単に今どんなものがどんな値段で売られているのか、アンテナを立てたかっただけでした。 特に目を引く商品はなかったのですが、。「えっ?今こんなものにこんな機能が付いてるの?」と思うことはしばしばあり、技術の進歩には驚かされました。
行きたいところに行くことができ、楽しんだという点で、今日は満足のいく日でした。
http://www.youtube.com/watch?v=uzqTmc2Yzz4&NR 妙なもので、動物が人間と同じような行動をするととても可笑しく、また可愛らしいものです。人間の子どもが大人っぽい仕草をしたときも同じように感じます。なぜなんでしょう?不思議ですね。
今日は観光会館で催された「よしもとゴールデンシアターin金沢」を見に行きました。
出演者は、レギュラー、千原兄弟、笑い飯、麒麟、とろサーモン、まちゃまちゃ、ケンドーコバヤシ、ネゴシックス。
とろサーモンとケンドーコバヤシ以外はテレビでちょくちょくと見たことがある芸人さんでしたので、これでおもしろくないわけがない、と思ってはいましたが、なにせお笑いを生で見るのは初めてのことでしたので、果たして生でもテレビで見ているときと同じように笑えるのだろうかと、不安を抱えながらの開演待ちでした。
しかし、開演してからはそんな不安などどこ吹く風。笑い転げながら、あっという間に終演の時間になりました。
初見のとろサーモン、ケンドーコバヤシは両方とも味のある笑いを見せてくれました。特にケンドーコバヤシは、僕のお笑いストライクゾーンの結構いいところを突いてくれました。今後注目していこうと思います。
千原兄弟、麒麟、笑い飯には「うまさ」を感じました。ネタがこなれていて、テンポよくよどみがないベテランの味のようなものを感じました(実際彼らがベテランを呼べるかどうかは別として)。 特に笑い飯のテンポの良さには感心しました。
さて、今回見た芸人の中で僕が個人的に好きなのは、ネゴシックスです。 島根県の出身の彼は、地元のなまりが混ざった話し方で小道具に次々つっこんでいくスタイルで笑いを取るのですが、その突っ込み方がいいんです。何がいいって言われると困るんですが、そこはフィーリングが合うとしか言えません。好きなものは好きなんです。
まちゃまちゃは「エンタの神様」でマイクパフォーマンスをする姿しか見たことがなかったので、今回、彼女が登場後しばらくはマイクパフォーマンスではなくトークで笑いを取っていたことには「へえ」と意表を突かれた感じがしました。
初めてのお笑いライブはとても気持ちよく楽しむことができました。 また機会があれば行きたいと思います。
さて、また話は変わって僕の病気のことですが、ここ一週間ぐらいは非常に調子がよく、いろいろなことをする意欲も湧くようになりました。 これが単なる波ではなく、ずっと続けばいいのですが、どうなるかは分かりません。 最近まで僕を困らせていた「異常なくらい長く寝てしまう病」まあ、一言で言えば「過眠」ですが、これもなぜか急に治りました。今は普通の睡眠時間で起きられるようになりました。 全く、うつの症状というのはよくわからないものです。 先日診察を受けたとき、先生と過眠のことを話し合ったのですが、先生にも原因はよくわからず、ただ「そういう時期なんですかねえ」と苦笑しながらのコメントを頂いただけでした。 先生にも分からないものは僕にも分からない。 そう割り切って最近は過ごしています。 要は気にしないことが重要なのかもしれませんね。
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