綿霧岩
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楽器はすごい。 人が楽器を持って集団で歩いているだけで、楽しげな感じが漂う。 持って歩いてる人たちもなんか楽しそうだし、それを見た子供がわあと楽しがる。 楽器は音が鳴ってなくてもすごい力を発しているなあ。
あの、大阪クラシックていうのが、この間やってたんですよ。 これ何年も前からやってたようなんですけど、私は今年はじめて聴きに行って、非常に感銘を受け、音楽に恋焦がれる今です。 まず、生演奏はちがう!全然ちがう、録音されたの聴くのと!音が耳に入って体の中に残る感じがぜんっぜん違います。 生演奏は良い、と言っているのです、私は。 もちろん良い演奏に限りますけれども。
そして、大勢の人たちと同じ空間で聴くとちがう! 一人で部屋で聴くのとちがって、耳が沢山あるんです。 沢山の耳に音が入ってそれぞれの体の中で響いている、そんな空間て、すごいんですよ。何が?って、上手く言えなくてすみませんが、もうそれ以上何か言えません。 よろしければ来年行ってみてはいかがでしょうか。 私は来年まで待てないので、各地のクラシックコンサートを調べているこの頃です。
ですが、大阪クラシックが本当に素晴らしいのは、ほとんどの演奏が無料、有料でも千円とか二千円で、無料の回は未就学児も優遇されていて、もしも小さな子が声を上げるようなことがあっても暖かく見守ってください、と事前にスタッフの人が言うところ、 多くの層の人がクラシックの素晴らしい演奏を聴けるところにあります。 大阪の銀行などの古い建物のエントランスなどで行われており、固い床に直接座ったりするところもあり、お尻痛くていやという方もおられるやもしれませんが、心は自由になれます。 ちなみに私は心が躍りまくったので、お尻はぜんぜん痛まなかったのでした。 座布団や折り畳み椅子を用意している慣れた方も沢山見かけました。 もちろん椅子が用意されている所も多くあります。
寺田みさこ振付作品「アリア」を観ました。 す ご く 面白かったです。 面白いダンスってこういうのを言うんだと思いました。 面白いものを観てしまうと、もう金輪際面白いものしか観たくないわ!てなりますね。
観終わったあとは後頭部がじんじんぎゅんぎゅんと畝り唸っていました。 普段使っていないのでしょう。 ああ観るというのは後頭部でするものなのかしら。 そこにある何をも言語に変換せずに(意味を考えずに)ただ観ているうちに、それそのものが非言語的な言葉になっているのでした。 例えばずっと五人の人が一人一部屋の空間内にいたのに、一人の人が部屋の境界を乗り越えて違う人の空間に入る、とか、最後の方で一人だけ突然いなくなる、とか、単なる事実にいちいちどきんと衝撃を受けるのでした。 言わずもがなですが、こんな風に書かれた言葉を追って想像するよりも観た方が数百万倍良いです。
余談ですが、観終わって二時間くらい後に読みかけの小説を読んだら、いつもよりも鮮明に言葉が頭に入ってきて、後頭部の熱がスーッと気持ちよく引いていくのと同時に頭の中央から前の方が動く感じがしました。 ダンスとは逆に、文字しかない小説の世界が、全てを鋭く指し示す言語の世界が、今まで感じたことのなかった次元でとても心地良く感じたのでした。
非言語の言葉を発見していけるダンスも、文字言語で組み立てられた世界を享受する読書も、どっちも楽しい!と思ったのでした。
こんなふうな体験ははじめてでした。 なんだかよくわかりませんがすごくないですか? すごいダンスってすごいわ!
激暑かった今年の夏、8月が終わり9月になった。 2013年は、長い。 いや、あっという間に過ぎていくという意味では短いけれど、1月が遠い昔のことに感じられるほどに、日々が変化に富んでいた。 有り難い。
だんだん秋になっていく。 寂しいような愛しいようなこの季節をめいっぱい味わおう。 自分ではない人と共有して、秋だねとか言おう。 なんだか歳を取ったのか、やれることはなんでもやっておきたいと思うこの頃です。
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