| 2026年03月21日(土) |
ペットの一生を見届けるということ。 |
同僚から「明日の夜勤を代わってほしい」と連絡があったのが四日前。
老衰で寝たきりの犬がいよいよだと思う、そのときそばにいてやりたいということだった。
「五連勤になってしまって申し訳ない。けど、ペットを飼っていない人にはお願いしづらくて……」
と恐縮する彼女に、
「なに言ってんの、仕事してる場合じゃないでしょ!」
と伝える。看護師の代わりはいるが、ポーちゃんのお母さんはあなた一人なんだから。
しかし、ペットを理由に仕事を休むことを誰もに理解してもらえるとは私も思わない。彼女が私に頼んでくれてよかった。
翌日、腕の中で息を引き取ったそうだ。
「十七年、一緒だったからね。親が亡くなったときより泣いたわ」
もう生き物は飼わないでいようと夫と話していると聞いて、初めて飼った猫二匹を猫伝染性腹膜炎で立て続けに亡くしたときのことを思い出した。私は猫を飼ってはいけない人間なんじゃないかとまで落ち込んだ。
ペットとの別れは本当につらく苦しいものだ。
しかし他方で、彼らが人間よりずっと短い命だからペットにできるというのもまた事実である。
ホームセンターで買い物をしていたら、「ギエーーッ!ギエーーッ!」という絶叫が聞こえてきた。何事かと思ったら、ペットコーナーの大きなオウムの鳴き声だった。
「知能が高く感情豊かで人間が大好き。最高のパートナーになってくれます」
とPOPにある。へええ、そんなに賢いのかと思いながら読み進めて、驚いた。
八十万円という値段もさることながら、平均寿命が五十年から七十年と書かれていたからだ。「八十年生きる子もいます」って、人間と変わらないじゃないか!
自分のほうが先に死ぬとわかっていて飼う人がいるんだろうか。店員さんに訊いたら、「二代、三代に渡って飼育される場合もあるようです」と言う。
なるほど……。しかし、命を託したり引き受けたりというのは身内であっても簡単なことではないはずだ。
あのけたたましい雄叫びは集合住宅ではトラブルになるリスクが高く、一戸建てでも防音対策が必須。また、毎日一時間は放鳥して運動させてあげないといけないが、クルミの殻をも砕く強靭なくちばしで家具や壁、柱をかじるらしい。もしオウムを託された子どもや孫が進学や就職で賃貸マンションに住むことになったら、どうするんだろう。将来、結婚相手が鳥を嫌がったり赤ちゃんにアレルギーが出たりする可能性もある。
若い人が「オウム」を人生設計に組み込むのは、犬や猫とは比較にならないくらい大変なことなのだ。
ペットの里親募集サイトを見てみたら、やはりオウムもたくさん掲載されていた。飼育困難になった理由欄には飼い主の逝去や施設入所という言葉が並んでいた。
「もう死ぬのは見たくない。二度と生き物は飼わない」
そう決意させるほど、喪失の痛みは大きい。
けれど、私はこうも思うのだ。自分のほうが長く生きるからこそ、彼らの命に責任を持てる。自分の代で寿命を全うさせてあげられるからこそ、「一生幸せにするからね」と彼らに約束できる、と。
わが家の猫で一番若いのが平均寿命まで生きたら、そのとき私は七十歳。家族に託すつもりはないから、もう子猫を迎えることはないかなあと思っている。
【あとがき】 ペット信託というのを最近耳にしますが、“わが子”を誰かに託さなくてはならない状況ってすごくつらいだろうなと想像します。自分と同じだけ愛情を注いでくれる人なんてまず見つからないから、「かわいがってもらえているだろうか」「寂しい思いをしていないか」「ちゃんと医療にかけてもらえるだろうか」と胸がつぶれる思いなんじゃないかな……。 |