「昨日入ってきた○○号室の△△さん、あの人苦手やわあ」
休憩室で同僚が言う。
昼食中の様子を見に行ったらコップのお茶が手つかずだったため、「水分もとってくださいね」と声をかけた。すると、「食事中にお茶はいただきません」とぴしゃりと言われたという。
「食事のときに飲まんといつ飲むんよ」
とむっとしている。
それを見て、「お茶を飲むのは食事の後」という“常識”を初めて耳にしたときのことを思い出した。
「ごはんを食べていたら、一緒にいた人に『食事中にお茶を飲むなんてはしたない』と注意された。いままでそんなことを言われたことがない。いったいなにが悪いのか」
この話を聞いたとき、私もなぜ「はしたない」のかまったくわからなかった。食事のときに飲まずしていつ飲むのか、不思議なことを言うものだと首を傾げた。
しかし、
「私も同じ経験がある。料亭でお茶がなかなか出てこないから仲居さんに頼んだら、『いまはお茶をいただく時間ではございませんので』と言われて食事の後までもらえなかった」
「蕎麦屋で働いているけど、食事中のお客さんにお茶ちょうだいって言われても、作法に厳しい女将さんに持って行かせてもらえない」
という証言が加わり、そういえばと思い出した。義理の実家では食事の最中は飲み物はなく、全員が食べ終わったタイミングで熱いお茶が配られる。家庭が違えば習慣も違うものだな、としか思っていなかったが、もしかして「お茶をいただく時間ではない」からなのだろうか……。
いや、ただの偶然だろう。と思いつつも、一応友人に尋ねてみた。
「つかぬことを訊くけど、ごはんのとき、お茶飲むよねえ?」
「飲むに決まってるやん」という答えを期待して。ところが、
「私はお茶がないと食べられない人やけど、本来は食後やろうね」
と返ってきたものだからびっくり。
「本来はって、じゃあそれが正しいお茶の飲み方ってこと?」
「たぶん。おばあちゃんの家でごはんのときにお茶がほしいって言ったら、そんなみっともないことしたらいかんってよう怒られたわ」
愕然とした。その教え、いったいなんなんだ。
食事のときにジュースを飲むな、ならわかる。しかし、お茶のなにが問題なのか。
彼女の祖母が言うには、
「飲み物があると流し込むような食べ方になるし、おなかもすぐに膨れてしまう。口直しに必要な水分は吸い物からとりなさい。そのために和食には一汁がついているんだから」
うーん、すまし汁ならともかく味噌汁で口の中をすっきりさせられるだろうか。
それに、無作法とみなされることも納得がいかない。そりゃあガブ飲みはよくないけれど、箸休め的に口にする姿が人を不快にするとは思えない。
友人もわからないと言う。食事中に飲んではいけない理由は聞かされたが、それと行儀との関係については説明されなかったらしい。
そうしたら、ある小児歯科クリニックのサイトにこんな記述を見つけた。
「飲み物に頼らないことで噛む回数が増え、唾液の分泌が促されるから虫歯になりにくくなる。あごが発育し、歯並びのためにもよい。また、胃液が薄まることがないから食中毒や感染症を防ぐ効果が高まる。飲みながら食べないよう幼児期から指導することは口腔内だけでなく全身の健康管理につながる。『お茶は食後』というのは実に理に適った習慣なのだ」
ふうむ、なるほど。大人たちは唾液がどうの消化がこうのと言っても子どもにはむずかしいと思って、「行儀が悪いからダメ」ということにして躾けたのかもしれない。
後日、かかりつけの歯医者さんに「この歳になるまで知りませんでした」と話したところ、
「いまはもう食事と飲み物はセットですよね。学校給食の影響でしょうね、子どもの頃から牛乳を飲みながら食べてるんですから。でも、僕らの親世代は食事中の水分は汁物だけって人が多いと思います。サザエさんちもお茶が出てくるのは食事の後ですよ」
日曜の『サザエさん』を見てみたら、本当にちゃぶ台の上に湯飲みやコップはなかった。
そういう食育があると知ってから十何年たつが、うちの食卓にはやっぱり料理とお茶が一緒に並ぶ。
お茶がなかったら困るということはないけれど、あったほうがおいしく食べられる気がする。飲めないと思ったらのどが渇いてきそうだ。
子どもにも「お茶は食後に飲むもんだよ」とは言ったことがない。
みなさんは食事をしながらお茶や水を飲みますか?それとも、そう教えられて飲み物がなくても平気な人ですか?