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- 2004年11月30日(火)
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- AirSHOT vol.1「秋と犬」
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- 2004年11月26日(金)
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- ダックス・イン・ザ・パーク―最終回―「犬日和」
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ダックス・イン・ザ・パーク DACHS IN THE PARK
ハラタイチ 書き下ろしロングエッセイ―最終回―
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別名「犬バカ日誌・最終回」
※最後まで、犬バカで親バカな内容で締めさせていただきます。
最終回
(1を読んでいない方へ。 注…「お嬢」=「彼の愛犬であるメスのミニチュアダックス」)
様々な種類の犬たちが、広大な園内に敷き詰められた芝生の上を駆け回っている。 柴犬、ゴールデンレトリバー、ボーダーコリー、ダルメシアン、トイプードル・・・。 足の長い、いわゆる普通の犬は、四肢を鮮やかに駆って流れるように走っていく。 四つの足が伸縮しながら動き、上体を安定した高さに保ちながら平行移動していく感じが、 あまらに美しく滑らか過ぎて、その洗練さが彼には精密機械のような動きにも見えた。
ご存じのようにダックスフンドは足が短く胴が長い。走るにも足さばきだけでは追い付かないのか、 長い胴を懸命に曲げたり延ばしたりして、短い足の稼働範囲を補いながら全身で走る。 身体をいっぱいに使ってがむしゃらに疾駆する姿に、イキモノ的なリアルさを感じると彼は云う。 ダックスの走る姿が、彼はとても愛らしくて仕方がなかった。走るだけでも愛らしいのに、 「おいで!」と呼んで、自分に向かって走ってくる日にゃ、走る犬はチワワではないけれども アイフル父さん状態になる。彼曰く、その花道に天鵞絨の絨毯を敷き詰めてあげたい気分になるらしい。 「ダックスほど公園へ連れて来た甲斐がある犬はいないのでは?」と、さらに彼は親バカをかます。
彼はお嬢をリードから解き放ち(本当は公園ではいけないのですが…)、深い芝生の絨毯の上を 思いっきり走らせようとした。しかし彼の思惑に反して、お嬢はすたすたと歩くだけ。 そして、へたっと尻を落として、「何で走らなきゃいけないのよ?」という眼で彼を見る。 (あーこのオンナわっ!)と彼は自ら走り出し、お嬢と距離を開ける。するとお嬢は、 「ちょっと待ってよ、何よ、あたしを置いてく気?」と必死になって彼を追いかける。 満足そうな笑みを浮かべた彼の目の端に、まわりの人達の過度なリアクションが捉えられた。 最初は横目で不思議そうに見るだけなのだが、通り過ぎた後に決まって同じタイミングで反応する。 あまりに小さいお嬢の姿が深い芝生のために気付かず、至近距離でやっと肉眼で捉えて驚いている。
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こうして走っていく途中で、あるいはお嬢が突っ込んでいった先で、またも色んな人と出会う。 その先々で、必ず「ちいさ〜い」と云われるのだが、彼はやっと気付いたことがあった。
「その仔ワクチンは終わってるの?、え、終わってる?!何ヶ月なの?!」
と、犬を知っている人たちから何度もこのように聞かれる。考えてみれば、公園に入る前から ワクチンのことは聞かれていた。そう、誰もがまだお嬢を2〜3ヶ月ぐらいだと感じるらしく、 ワクチンが終わってないのに散歩させていると思っているのだ。
犬というのは必ず「五種ワクチン」を2回は打たないと散歩させてはいけない。 そうすると、ワクチンが終わるのは大体5ヶ月ぐらいの頃になる。 つまり公園に来ている犬は皆少なくとも5ヶ月以上は経っていて、最低限それくらいの大きさに 育っているのが普通と思われているらしい。その中にあって、2ヶ月すぎた赤ちゃん程度の 大きさしかないお嬢は、公園の愛犬家達の目には、ありえない小ささの犬として映っていたのだ。 彼は改めて周りを見渡してみた。公園にいるあらゆる犬種のすべての犬の中で、贔屓目でなく、 圧倒的にお嬢が一番小さい犬であった。世間の物差しで計ったお嬢の小ささを初めて知った。 みんなが一様に振り向いて驚いていたリアクションの秘密が、やっと彼は理解できたようだ。
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「えぇっ!5ヶ月!、ちょっとKってば、この仔コジローと同じだってよ!」
【本日19人め】Tさん(女性/27歳)【本日20人め】Kさん(男性/28歳) 【犬その1】ケン(ミニチュアダックス/2歳/レッド) 【犬その2】コジロー(ミニチュアダックス/5ヶ月/クリーム)
※13人めからTさんまでに、お嬢のお客様が5人いましたが省略しています。
またしてもお嬢の小ささに驚いていたのは、2歳のレッドカラーのミニチュアダックス・ケンと、 お嬢と同じ年のコジローという2匹のダックスを連れた、若いカップルであった。 最初に話しかけて来たのが、レッドカラーのケンを連れていたTさん。 お嬢がすでにケンを追いかけまわす中、TさんはあわててKさんとコジローを呼んでいる。
「え、その仔がコジローと同じ年? え、5ヶ月なんですよね? うそでしょ?」
お嬢と同じ年だというコジローを連れたKさんは、目を丸くしてお嬢の前にしゃがんだ。 お嬢は匍匐(ほふく)前進挨拶をKさんに済ませると、その横にいたコジローへアタックする。 コジローも5ヶ月の割にはどっしりとして、お嬢のテンションを男犬らしく受け止めている。 そう、このコジロー君は、同じ5ヶ月なのにお嬢の倍の大きさをしていたのだ。
「体重何キロですか?、えー1.3キロ?!、コジローは2キロ超えた位なんですけど、これでも すごく小さいと思ってたんですよ。へーー小さ〜い、いいですね〜、コジローもこれ以上 大きくなってほしくないんですけどね。このぐらいまでの大きさがかわいいんですけどね」
思い出していた。彼のもう一匹ブラックタンも小さいダックスだったが、 おそらくこのコジロー君と同じサイズなんだろう。確か同じくらいの時期で2キロぐらいだった。
ふと気付くと、彼等の横に外人さんが笑顔で立っていた。 TさんKさんが先に挨拶をして、彼も「どうも〜」と云った。
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【本日21人め】ジェシカさん(英国人女性/29歳) 【本日22人め】クラークさん(英国人男性/31歳)
「オゥパピー、カワイイデスネ、チョットダイテモイイデスカ?」
彼とTさんKさんの3人がお嬢を撫で回していた時、夫婦でジョギング中だったにもかかわらず、 見とれて立ち止まってしまったらしい。妻のジェシカさんに犬を抱かせてほしいとお願いされて、 彼はお嬢を抱き上げジェシカさんに渡した。「オゥ…カワイイ…」と彼女は流暢につぶやく。 旦那のクラークさんは、KさんとTさんにケンとコジローを撫でさせてもらっていた。
お嬢を抱いて顔が綻ぶジェシカさん。Tさんがクラークさんにケンを触らせて、コジローを抱いた Kさんがクラークさんと笑いながら話している・・・。 少し離れた位置で見ていた彼は、ふとその光景が、傍観者の視界で目に入って来た。自然と頬が緩み、 当初の予想とあまりに異なるイベント展開に、目の前の光景が非現実的なものに見えて来たのだ。 まるで作り物のような世界ではないか…そう思った時、彼は急に目を見開いた。 (待てよ、どちらかというと非現実的なのは・・・今の俺の方なのか?)
ふと気付くと、ジェシカさんに抱かれているお嬢が、彼女の太い腕から前足2本を垂らしたまま、 キョトンと彼を見つめていた。お嬢の視線を代弁するかのように、ジェシカさんが彼に訊いた。
「ダイジョウブデスカ?」
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木々の影が長く伸びていた。陽の暖かみが次第に弱々しくなってきている。 肌寒さが頬を撫で始めると、彼は身体の芯が熱くなっていることを自覚し始めた。 それはココロの暖かみであった。バッグから取り出したボトルの先を、水をねだるお嬢の舌先に 向けながら、彼は己の中にある上気したテンションを吟味してみた。
お嬢は自らの公園デビューと共に、22人とのコミュニケーションを彼にプレゼントしたのだ。 彼は、初日から大勢の指名を取り付けた、大物新人ホステスを雇うマネージャーの気分は、 今の自分の気分とどのくらい近いものなのかを考えてみたりした。
青空が広がると、何故人々は公園に集まってくるのか。 今の彼にとっては、今日のようなコミュニケーションが目的では無いはずだ。 休日のコミュニケーションは、かえってウザいぐらいなものだと彼は思っていたに違いない。 ただ「だって公園日和じゃない?」という理由で公園に足を運んでしまう人たちと変わらない テンションで、彼もふらりと今日の公園に来ただけであった。
休日になるとにふらりと公園へ赴き、ベンチで一日を悠々自適できる程、 彼はセレブ気取りでもなく、根っからの外出好きでもなく、電波な夢想家でもない。 今日が青空で、ダックスを走らせたくて、だから「公園」だった。それだけだった。 公園とダックスは似合うし(親バカ)、青空と公園は似合うし、青空と公園の下には人が集うし、 連れていた犬がたまたまダックスで、たまたま極小の快活なお嬢だったから、 ごく自然に彼の周りに人が集まり、無理をせず自然にコミュニケーションが生まれた。 彼の鬱は一時的にでも晴れやかになった。結果として、彼は己に一番必要なものを得たのである。 だからといって今後、それを目的として公園に出かけていくことは、やはり彼にはあり得ないのだ。 今日のような空が広がっていて、ダックスが物欲しそうな目で彼を見つめたならば、 再び彼は公園へと足を向けるのであろう。それだけなのだ。 「犬日和」だから、公園へと出かけていくのである。
空と、犬と、公園と――。
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自然と大きく闊歩して歩く帰り道、リードが後ろへピンと張った。 振り返ると、お嬢が前へ足を突っ張りながら何かを云っている。
「ゆっくり歩いてよ!疲れてんだから、少しは気をつかってよね!」
またしても責められている彼であった。
※舞台の公園は、 東京・練馬区の「光が丘公園」でした。
ーーーー「光が丘公園編」完ーーーー
04 11 26 t a i c h i
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- 2004年11月10日(水)
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- ダックス・イン・ザ・パーク −7−「これで買える?」
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ダックス・イン・ザ・パーク DACHS IN THE PARK
ハラタイチ 書き下ろしロングエッセイ―その7―
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別名「犬バカ日誌7」。
7
(1を読んでいない方へ。 注…「お嬢」=「彼の愛犬であるメスのミニチュアダックス」)
お嬢の前に現れたのは、無邪気な子供三人組であった。
【本日10人め】Tくん(男の子/5歳) 【本日11人め】Aくん(男の子/4歳) 【本日12人め】Kちゃん(女の子/4歳)
「すげー小せー、うぉっ、とびついてくるよ!…すみません、だいてもいいですか?」 「いいよ。お尻を右手で持って、そう、で、左手で前足の下を、そうそう」 いかにもガキ大将というヤンチャさのTくんは、興味津々でお嬢を抱き寄せた。 お嬢の尻尾がうれしさのあまり16ビートを刻むドラムスティックと化している。
「Aも抱いてみなよ、ほらっ」 「え、俺いいよ…」 ガキ大将について来ただけで別に犬に興味なさそうな感じだったAくんが、Tくんに促されて 遠慮しようとした時、お嬢が、Aくんの足の間からよじ登ろうとしていた。 「わ、わ、何だこの犬!」 登りきったお嬢が青い眼をAくんにロックオンさせて、必殺の青い悩殺ビームをAくんに放った。 「か、かわいーな…」 「だろ?、A、おめーも好きなんじゃねーかよ!」 かくしてAくんは、あっさりとお嬢の手に堕ちた。 「オットコって、ホンット、カンタァ〜ン」とでも云いたげに、後ろ足で耳の後ろを掻いている。
男の子二人がじゃれ合っている間、 女の子のKちゃんはお嬢の姿をじっと見ているだけだった。
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「おう、Aさー、サッカーやろうぜ!いくぞ!、あっ、ありがとうございましたー」 Tくんが立ち上がって走り去ると、Aくんが名残惜しそうな目でお嬢を見ながら、Tくんの後を 追って走っていった。そして彼とお嬢の前にはKちゃん一人が残って、芝生の上にしゃがんでいた。
お嬢はKちゃんの足元へ擦り寄り、お腹を出して寝転がりながら前足で空を掻きむしっていた。 どこか寂しげな眼でお嬢をじっと見ていた彼女は、やがてそっとお嬢に手を触れた。 「犬、好きなの?」と彼は訊いた。Kちゃんは首を僅かに縦に振る。
彼はお嬢に「お手」や「おすわり」をさせてみた。室内以外でさせるのは初めてであったが、 室内とは異なる環境の中でもお嬢は同じようにやってのけた。親バカながら、さすがお嬢である。 Kちゃんは目を丸くしてじっとお嬢を見ていた。彼女はまだ一度も口を開いていないのだが、 彼には、彼女が犬が大好きでたまらない事が切々と伝わって来た。 彼が「犬、飼ってないの?」と訊くと、また首を縦に動かした。
すると、Kちゃんは突然立ち上がった。そして別の方向へ走り始める。 彼は訳が分からず彼女を目で追うと、離れた場所に彼女の家族のものと思われる荷物が置いてあった。 Kちゃんはその荷物の中から、彼女のものであろうか、かわいい赤い色をした財布を持って戻ってきた。 少し息を荒げながら、彼女は小さな赤い財布を開けて、彼の目の前で逆さまにしてみせた。 小さな手のひらの上に落ちて来たのは、100円硬貨3枚と10円硬貨2枚であった。
「これで犬買える?」
Kちゃんが今日初めて、彼に対して口を開いた言葉がこれであった。 彼は一瞬言葉が出なかった。彼はその時悟ったのだった。彼女はおそらくずっと以前から犬が 欲しくて欲しくてたまらないのに、親に反対(買えないのか?飼えないマンションだからかなのか?) されていたのだろう。そのために、彼女は自分のお小遣いで買えないのかどうかを彼に聞いたのだ。 彼は唇をかんだ。お嬢に「お手」や「おすわり」を彼女の前でさせたのは、まるで彼女の犬欲しさを 知っていながら煽っていただけではないか…。
「…ちょっとそれじゃ足らないかな〜、お父さんとお母さんに相談してみたら?」 結論は想像ついているのにもかかわらず、彼はそう答えるしかなかった。彼は罪悪感で一杯になり、 小さくうなだれているKちゃんの顔を、まともに見る事は出来なかった。 彼女はいつまでも芝生の上に座りながら、飛び跳ねるお嬢をじっと見続けている。
公園の芝生の上に、樹々の影が長く伸び始めていた。
(8につづく)
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