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弟くんとのお別れの時間。 私は、サプライズで もらった紙袋を手に提げて 弟くんと並んで歩く。 駅の改札まで送ってもらい またねと手をふってから 改札を通った。 確か、前回会ったのも 去年の今頃の同じ駅。 その時は、少し早いけど 「よいお年を」と言われた。 この時期のお決まりの挨拶、 それがこんな状況になる とは、去年は少しも予期して いなかったと思う。 現状維持すら少しずつ 難しくなってきている。 それが年を重ねるということか。 去年より良かったことが 全く無かったわけではないし、 何かが欲しいなら努力すれば いいことも良く分かった。 前向きな気持ちで別れることが できて、弟くんに会っておいて 本当に良かったと思った。 |
カフェから地上へ戻る エレベーターに二人きり。 「芝さん、ハグして 大丈夫って言って」 こらえきれなくなって 私は甘え弱音を吐いた。 「大丈夫だよ きっとうまくいくよ」 抱き締めてもらって 頭をなでてもらって 背中を押してもらう。 「今度バリアン行こうね」 そう言われてとても驚き また嬉しかった。 それはいつになるのか全く わからないけれど、 大袈裟に言うなら私にとって これからの希望になった。 あと、ランチ中に私が言った 場所を忘れないでいてくれて 嬉しくてたまらなかった。 |
弟くんは、私の判断に 同意してくれて (同意するしかない状況 だったけれど)、これで 私は私にひとつ区切りを つけることができた。 本当は自分をだまして また彼に連絡をして 会いに行きたいと、 ずっと思っている。 でももうできない。 気持ち的にもうできない。 だから物理的には会うのは 可能で、おそらく彼も 私から頼めば会ってくれる と思ってる。 白黒つけるのが大好きな 私が、こんなにもグレーに したがるのはまだまだ 未練があるからだろう。 弟くんとの付き合いも いまや季節を数度 繰り返している。 彼よりずっと頻度は 少ないけれど、 弟くんとだって予想より 長く続いている。 そして今のようなときの ために、弟くんとも 付き合いを続けてきたん だった。 |
そして私は彼らに言った。 「もう、彼と会うのを やめようと思ってて」 口から出したら最後 本当にそうなると思った。 だから言いたくなかった。 でも会い続けられる 理由が無くなってしまった のが何よりの事実。 これこれこうだから、 彼とはもう会えない、 会うことはできなくなった と思う、と私は続けた。 芝さんも、弟くんも、 私の話を一切遮らずに 最後まで聞いてくれた。 そしてふたりとも 同じことを言ってきた。 「彼とは、結構つきあい 長かったですよね?」 それがまた、私の心を きゅっとさせた。 |
数年続けていた習い事を やめようと思ってる。 コロナが始まっても やめないでいたんだけどね。 まぁ、通う回数は減って しまったことは明らかで。 習い事は、生命維持には 必要ないけれども、 心の健康には必要だった。 通勤とは違う路線を使って たまにの駅を降りて 休憩中に食べる軽食を買って。 あの電車も あの出口も あのコンビニも もう行かないんだなって 思ったらさみしくなった。 電車が止まったときの焦りや うまくできてウキウキの 帰り道とか。 前日の準備、終わってからの 後片付け。 もう無いんだって思ったら さみしくなった。 |
あ、そうだ! 弟くんに確認してほしい 事があったんだった。 「ねえ、今日ね着けてる香水、 ジャスミンのなんだけど、 バリアンの匂いがする気が するの ちょっと確認して欲しいの」 私はそう言ってから席を立ち 弟くんの方へ寄った。 ワンピースをパタパタ動かし 香りが飛ぶようにする。 「うーん、そうですかねー」 もしかして全然違った? それとももう香りは飛んでた? 最悪別の匂いをさせてた? あー、ならば香水そのまま 持ってくればよかった。 なんてことない話。 そんな話ができる人がいて 会うことができて、それで よかったとも思った。 |
ランチを食べ終えてから 私も芝さんもトイレへ。 再び合流したらば、 「さえさん、まだ時間ある? お茶でもどう?」 と言われた。 珍しいな、でも多分そうかな。 何となく理由は分かったし、 時間もあったので二つ返事で 誘いに乗った。 スルスル道案内をされ、 エレベーターが着いたのは 高層階のカフェだった。 制服だけじゃなくて、 髪型までも揃えてそうな ウェイター達。 老若男女、国籍もバラバラ、 単純に見た目も様々な お客達。 あ、なんか、このカフェ スターウォーズに出てきそう。 ソファ席にしてもらって 焼き菓子付きのコーヒーを 頂く。それはそれは すごく美味しかった。 |
もう人恋しすぎて 本当によく喋った。 一方的にならないように 気を付けていたつもり だけど大丈夫だったかな。 彼と会う時も大体私が 聞き役で、たくさん話して もらってばっかりだったし、 バカがバレるじゃないけど ボロ?が出ないためにと 聞いていることが多すぎた。 いいなと思ってる人には 特に嫌われたくないし 失望されたくない。 遠慮というか自衛というか 積極的になれない(ならない) 思いが出て、良い子に なりたくて仕方なかった。 家の話、 仕事の話、 お金の話、 好きなものの話、 彼との話。 私のことや私の考え方を どう思われてもいいや、 と割り切ったら大分 すっきり話すことができた。 特に、芝さんや弟くんは まずもって聞き上手だし、 良い意味で私に期待も失望も しないであろう人だし、 そういう予感もあったから 思うように話せたんだと思う。 私は誰かと会ってたくさん 話を聞いて欲しかったんだ。 それが叶って嬉しかった。 |
お刺身を食べている時、 私が最近良く見ている テレビ番組について 熱く語ってしまった。 出しすぎたお醤油を 使っている弟くんが、 うんうん、と頷きながら 聞いてくれる。 あとは私が好きな アーティストのイベントの 話もした。 コロナが怖くてなかなか 行く決意ができなくて、 でもいつまでもイベントが あるわけじゃないし、 本当に迷っている、という ただの雑談。 話の流れで、弟くんの 好きなアーティストも 教えてもらった。 私も存在は知っていたけど 意外な推しに驚いた。 思っていたのと違う、 ギャップにドキドキした。 |
ランチを注文してから 芝さんに聞かれた。 「最近どこか行きました? 旅行とかした?」 「あ、◯◯へ行きましたよ 食べ歩きして楽しかった!」 うんうん、と頷きながら 芝さんは私の話を聞いてくれる。 そして、今度は行ってみたい 場所はどこかを聞かれた。 「うーん、バリアン行きたい」 と、私は言った。 素直に正直に言った。 芝さんが行きたい場所も 教えてもらったけれど、 今まで一度も興味を持った ことが無い場所だった。 なんなら今年初めて声に 出して言った地名だったし、 何で行きたがるのか すぐには分からない場所 だった。 芝さんが珍しい人なのか、 私がそれに関して無知なのか。 とにかく、相変わらず 面白い人だなぁと思った。 |
思い出すのも 忘れるのも うれしいのも 悲しいのも 辛いのも 楽しいのも 無理してどうこう しなくていい そう思ったときに 感じたときに そのまま 受け入れればいい ただ、忘れることは ないと思う 思い出せなくなることは あるかもしれないけれど |
弟くんと向い合わせで 座る個室。 コースにして、直後に 後悔をした。だって コースってことはさ、 お料理が来るたびに お店の人が個室に入って くるってことだった。 いや、まあ、別に隠れて 何かをしようとしている 訳ではないですよって アピールできるのは いいと思ったけど。 あげたての天ぷら。 むちむちのお刺身。 薄めのハイボールは 明るい時間に合ってる。 あ、シャツ出てた 子供みたいで恥ずかしいな 急にそう言った弟くんは ゴソゴソとウエスト周りを 整えた。 |
来るときに買った本。 読みながら芝さんを待って いようとしたものの、 まったく頭に入ってこない。 理由は明確。 芝さんと連絡がとれない! 早朝に連絡がきてて、 返事をしたもののそれきり。 時間と場所どこです? ○時にカフェですよ カフェのあとにランチを 予約してます で、返事なし。 一応何日か前に連絡して おいたんだけど、埋もれて しまったのかな。それとも 届いてなかったのかな。 何かあったのかと心配に なったんだけど、結局は 私が言った時間と、 芝さんが覚えていた時間が 合ってなかっただけだった。 よかった。 一応待たされた側の私は 会って早々ふくれて見せた。 ごめんなさいごめんなさいと 言ってる芝さんは、前に 会ったときより少年みたいに なっていた。 でも落ち着いたあの雰囲気は 変わってなかった。 |
魔法はいいの。 呪いは絶対ダメだけど 魔法ならいい。 呪いじゃなくて 魔法をかけて。 |
「あ、紅葉してますね」 「本当だ!何だか楽しいです」 ビルからビルへの移動中。 外の渡り廊下から見えた 中庭は、緑から黄色へと 変わっている最中だった。 スキップする弟くんは、 今日もラブリー過ぎる。 会えて良かった。 私はとある決意を固めたく 彼らに会うことにした。 このワンピースも香水も、 整えたばかりの髪型も、 すべては彼との時の為。 でももうそれは難しい。 |
人に話すと考えがまとまる。 人に話す為に、あらかじめ まとめようとするし。 「楽しかったなぁ」 「好きだったんですよ」 ひとしきり話し終わった 私が最後に言ったのは この2つ。 芝さんがどんな顔をして いたのかは覚えていない。 私は私の事だけを考えて、 思い出にひたっていたから。 |