木津未来会議の日記
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と言っても京都駅に8:30の新幹線に間にあうようにでしたが。
自宅を出、マンションの通路(愛称パーゴラストリートらしい)を抜けて正面へと歩いていくと、そこに一面秋のおみやげが。 (いつもお世話になっている掃除の方もまだみえてない時間でしたから。)
夜のうちに落ちた葉たちがコンクリートの上で待っててくれました。 一面の銀世界を見たときのような颯爽とした気持ちになりました。
近商の子ども図書館ってご存知ですか? 我が家の子どもたちも大変お世話になりました。買い物の途中に、ピアノの帰りにと利用させてもらっていました。手づくりの飾りやメッセージ、新聞の切り抜きが壁に飾られ、あたたかな雰囲気につつまれた図書館です。
今日は、お昼前の30分間、小学6年生が来てくれるというので行って見ました。総合学習の取り組みらしいです。 ペープサートと本を読んでくれました。
途中、小さな男の子が出入りします。 と思えば真剣にお話に聞き入っている子がいます。
開けてみないと、誰が来てくれるか、何人来てくれるかわからない、そんな緊張感にふれながらも、一生懸命に、真剣に立ち向かっている6年生の姿に 「今日一日いいことがありそう」と思いながら帰りました。
でした。欠員であった収入役の同意案件です。
収入役とは金庫番のことです。地方自治法168条②に「市町村に収入役1人を置く。但し、町村は、条例で収入役を置かず町村長又は助役をしてその事務を兼掌させることができる。」とあるのです。 木津町の条例では現在のところ、兼掌項目は挙げられてません。
多額のお金を預かる金庫番として、町長にたいしてもしっかり物をが言えるそんな役目が課せられていると思います。
2004年11月19日(金) |
○○ちゃんのお母さんですね。 |
「プルル~ン。」電話がなります。 「はい、くれはです。」と電話に出た私に、「○○ちゃんのお母さんですね。」と。
私は、黙ったまま相手の言葉を待ちます。 いつものように家庭教師の案内です。親しげな声で、さも我が家の娘を知っているかのようなニュアンスです。 これらの電話は本当によくかかってきます。もちろん相手の電話番号は非通知設定。 よく注意していると、学校の定期テストの前そして、その後に頻度が高くなるようです。 「お子様の試験結果いかがでしたか?」 あなたには関係ないでしょうと心の中で叫びながら、「結構です。」ときっぱり断ったつもりが、「そうですか?これは、普通の学習塾とは違って、、。」とさらに言葉を挟んできます。 「もう結構!」と憤慨しつつ、言葉では、「切りますよ。」とやんわり。
家庭教師の案内、塾のお誘い、このごろは、上の息子目当てに一人暮らしのおすすめなど。次から次と家庭の中に土足で入ってきます。
子育てに更なる不安を感じさせるそんな電話に、私たちは、家庭で、一人で戦っています。
悲しい、許せない事件がおきました。私たちのすぐ側で、また、弱いものに危害が加えらました。
私が生まれ育った鳥取の片田舎は、1学年1クラス全校児童150名強。教室の窓から海が見える小学校でした。家から1,5㌔くらいの学校へ。子どもの足で寄り道せずに歩いて20分くらいでしょうか。行きかう車も少なく、片側は海に面し、もう一方は山が迫っているそんな通学路にはたくさんの思い出が詰まっています。海辺に降りていわしの稚魚をすくったり、野いちごや桑の実を摘んで食べたり、背丈ほどに積もった雪で戯れたり。1,5㌔の道のりは貴重な時間をくれていました。 時には、手を上げて、車を止め、途中までのせて帰ってもらったこともありました。もちろん行きかう車ですから、全て顔見知りと言うわけではなかったと思います。
そんな時代を生きてきた私です。そんな私たちがつくっている現在です。大人としての責任を痛感します。申し訳ない思いで一杯になります。
私たちが子どもの頃には受けなかった授業であった。 中学3年生を対象にしたエイズ学習会。学校でどんな風に教えられているのか興味があったから参観した。保護者は、私ただ一人。
視聴覚室に集まった生徒たちは、単刀直入に発する講師の言葉に照れているのか、下を向いたり、笑ったりと気恥ずかしげなスタートである。
途中、血液製剤による感染で亡くなった中学生の思いを綴ったCDが視聴覚室に流れた。涙がこぼれそうになるの必死に押さえた私。
性の国際ライセンスを披露する講師の言葉が、実際彼らに届いたのかはわからない。しかし、自分と同じくらいの年で感染し、治療の甲斐なく、亡くなった少年の思いは届いたはず。「自分を大切に」とのメッセージと共に。
エスタの広場が人と人とを繋ぐ憩いの場所となりました。 大きく広げられたビニールシートの上に並べられたおもちゃやこども服、日用雑貨が人と人を結びます。
布団干し台に掛けられたたくさんの小さな洋服が、子どもづれのお母さんへの会話のきっかけを与えてくれます。
大好きな相楽パンを少しでも知ってもらいたいと仕入れた300個のパンに、Nさんが用意してくれた風船かずらの種が添えられます。
いい天気に恵まれ、エスタの秋祭りのスタートです。 エスタの住人Kさんを中心に出店したフリーマーケット。 小学生の女の子もお手伝いしてくれます。
お金を計算したり、パンを袋に詰めたり、一生懸命自分で考えてお客さんにサービスしてくれてました。
「このパン買って頂けましたので、この種お好きな方をどうぞ。」
「くれはさん、もうパン残り少しになったから、パン5個に一つおまけっていうのはどうでしょう。」
5人の仲間と、小さなお店番の2人、飛び入り参加のお兄さん方、最後までお手伝いしてくれたSさんご夫婦、そして、何より私たちのお店に立ち止まっていただき、冷やかしてもいただき、お買い求めいただいた皆様、ありがとうございました。
さて、おおきなかぶ主催の講演会を乞うご期待!
アメリカ大統領。 昨夜は、遅くまでチャンネルをあっちこっち変えながらTVを見てしまいました。それにしても、現地へのキャスター派遣にはじまり、両陣営からの中継、激戦区からの中継と各局とも競うように放映していましたね。マスコミにあおられているとわかっていながら、TVに釘付けの私でした。
ブッシュ大統領は、アフガニスタン攻撃、イラク戦争と2つの大きな暴力を生み出しました。そして、今回の選挙結果は、残念ながら、その彼を支持したことになったのです。もちろん、それと同じくらいの人たちが彼にNOを突きつけてはいますが。
5時間もかけて長い列をつくり、投票に並んだ人。時間切れになったけれど、並んでいたから投票できた人。今回こそは行かなくてはとの思いの結集か、今までにない高い投票率となった州のことなど聞きながら、一人一人の思いが直接反映されにくいアメリカの選挙のあり方を垣間見ることになりました。
さて、我が家では。 息子も娘も私もケリー氏を応援、 たまたま宿泊していた息子の友人ただひとり、ブッシュ氏を応援という我が家のアメリカ大統領選挙でした。
柿の産地、鹿背山に行ってきました。 水島石根さんの作品展が今日から始まるらしいということで。 高値続きで、買い控えている野菜が売られているかもしれないということで。
消防署を過ぎ、右に折れて、鹿背山分校前で駐車。何せ運転の腕前に自信がもてないのですから。途中道端に咲くいぬたで、すすき、エノコログサ、ヒメジョオン、軒先に植えられた無花果、柿、キーウィに目を奪われながら、 歩くこと10分。 秋風を体いっぱいに浴びつつ坂道を登っていくと、そこが芸術家水島さんの世界。小高い丘の上から見渡す景色も、自然がつくった芸術作品。 故郷を思わせるその風景を楽しむ私に、一緒に行った友は、 「クレハはこんな場所に来ると、野生に戻るなあ~」ですって。
帰りに柿を買いました。500円。
木津未来会議

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