プーランクのフルートソナタを聴いている。 特に第2楽章。 フルートの息遣いがとてもロマンチック。
伏見稲荷のオレンジの大量の鳥居をみたくなって 出かけてみた。 森の緑とオレンジのコントラストが素敵。
伏見稲荷駅の前の老舗のせんべい屋さんの年配のご夫婦が いい味をだしていた。 時間がとまったような空間。
小麦粉の白い粉にまみれたご主人の手が朴訥さを物語る。
散策後、家の近くのベトナム料理へ。 料理はすごくおいしいのに、ビールとスパークリングワインが 冷たくないのがおしい。
おいしいお酒を飲みたくてもう1軒バーに。 よく冷えたビールを飲んだ後、ドライマティーニ風カクテルを飲む。 強いお酒はなんで、こんなにおいしいのだろう。 機嫌がよくなる。
プルーストのゲルマントの方を読んでいて ステルマリア夫人とブローニュの森で会う約束を していて、延々と続く、妄想と空想の末、 あっさりと会うことができません、と断れるところ笑った。 おもしろい。
でも、主人公の私の空想のシーン好き。 「空想こそ愛撫の始まり」なんて、 いい表現。
「ラストデイズ」 映画満足度が高い作品だったので 行ってみたが、駄目だった。 マイケル・ピットの演技はあまり 上手いとは思えない。
「かもめ食堂」を見る。 この作品は人気があるらしい。 映画館も満員。 綺麗なキッチンで素朴な料理をつくる 小林聡美。 女性なら憧れるだろう。 イメージは雑貨好きの女性のための作品か。
私は、フィルム・ノワール好きだから この清らかな世界だとどうも物足りない。
プルーストは、祖母の死の直前のところ。 朽ちていく姿を見られたくない気丈な祖母。 皮膚が変化していく様子。周りの人達の心境等 このあたり好き。
鹿島先生講演会
ユゴーちょっと情報がおもしろい。
ユゴーは1802年生まれで、ユゴー曰く、 19世紀は俺が生まれるのを待っていたというくらい 俺が、俺がという自己中心的人物 しかも、関係した女性が1000人をくだらないとか。 まさにみさかいなく。 ロマン主義の作家達は、ナポレオンに憧れながら 楽して1代で有名になりたい。その手段が、作家。 アレクサンドル・デュマ、バルザック、ユゴーと。 「レ・ミゼラブル」のマリウスは、ユゴー自身の投影
星の王子様が最近新訳がたくさんでているのは 著作権がきれたかららしい。 色々出版界の事情があるんだ。 内藤訳だけだったのに、今は池澤夏樹訳もでている。 池澤氏の作品は、綺麗で透明感があり好き。 「きみがすむ星」という作品はとても素敵。 彼のエッセー、詩は海の中にもぐって 太陽の光をあびた水の泡のように美しい。 読んでいると、消えちゃいそうなはかなさ。
映画館までの道のりを歩く。 学校のそばを通るとき、芝生から 風にのって草の香りがした。 子供の頃を思い出す。
そんな郷愁の気分を吹き飛ばしてくれるような 暗黒映画。
「リバティーン」 放蕩者。ロセッティ伯爵。 ジョニーディップが画面一杯に広がる。 なぜか高見沢俊彦に見えてしまう。 猥褻な表現の数々。イギリスの貴族達の放蕩な生活。 マイケル・ナイマンの音楽とともに イギリスの沼地に足を踏み入れ、 朽ちゆく様を見る。 これ、これ、私好みの映画。
株を本気で取り組み始めて、1ヶ月。 決算書を読みこなすという本を読んで 頭がくらくらしてきた。 あまり興味のないことはつらい。 でも、株に関連して、会社の状況がどうか 用語だけでも理解する必要はある。 テクニカル及びファンダメンタル分析が大事。 決して、材料にふりまわされない。
「ヒストリー・オブ・バイオレンス」を見た。 傷つけられるともう一人の自分がでてきて 凶暴になる。 唐突な暴力シーン、サイボーグ的な解決のない終わり方 アメリカ人らしい単刀直入な作品。 これだから、アメリカはとぼやきたくなる。 映画自体は飽きずにおもしろいが。 飽きないと興味深いは違うから
フランス語クラスのレベル変更をしようと思って 英検2級、準1級程度のクラスを見学する これがレベルが高くて、ひるんでしまった。 もう少し、修行をつまなければ。 どこの世界も上には上がいる。
その後、マジックをみせてくれるお店に。 マジックはあまり興味なくて 反応が薄すぎると言われる。 まわりのお客さんは、リアクションが大きくて ある意味尊敬。 皆、不思議がることを演じる為に行っているのかな。 それもストレス解消の一つなのかもしれない
ワインスクールに行く。 講師の先生は素晴らしく、立ち振る舞いがエレガント。 説明の語彙も豊富で、聞いているだけで楽しい。 時々フランス語の単語がでてくるのも 分かる楽しみ。 目標は、ワイン・エキスパートの資格。
香りの表現も獣の香り、ベリー、カラメル 様々な香りが空気に触れると、 変化していく。
ワインの神秘。
桜を見に行く。 2時間程歩いて、 心地いい疲労感。
フランス語ラジオ講座応用編で 星の王子様がとりあげられている。 内容も哲学的で素晴らしい。 フランス語を訳していると、無機質な言葉が意味ある言葉に 変わる瞬間を味わえて、とても嬉しい。 語学の喜びを感じる。 3年前にパリ旅行に行ったときは、背伸びして 星の王子様の本を買って、本棚の中に眠っていた。 今、本棚から取り出し、ページをめくると わくわくしてきた。これから自分なりに訳していこうと思う
プルースト5巻ゲルマントの方に。 よく考えるとあと9冊もある。 本の中にいつも小冊子がついていて 学者達がプルーストについての思いを 語っているのがおもしろい。
今回は加賀乙彦氏。 ドストエフスキーは幼少の頃 父親が大嫌いで、作品の陰にはいつも 父親殺し願望がある。一方でプルーストは 父親無視。存在すらも感じないと。 祖母、母達女性の描写は詳細に語られているのに。
トルストイのように血族関係を網羅した現実世界、歴史上の出来事に 接続させるのではなく作品の世界で円環を閉じてしまい 広がりよりも深さを、現実よりもフィクションを重しとする 作風であると。
フィクションに重きをおいているから、 起承転結のストーリは置き去りにされ 読み手を欲求不満に陥れるのだろう。 甘美な煙に巻き込まれた遭難者だ
ずっと買うのを迷っていた「フランソワ・トリュフォー映画読本」が プルーストとともに届く。 トリュフォーはゴダールのようなエリートとは違って 感化院を出入りし、独学で読書と映画通いで 自分の知識を広めていった。 この本を読み、 「大人は分かってくれない」を見ると 感慨深いものがある。
「突然炎のごとく」でアンリ=ピエール・ロシェの2冊目の小説の 引用をジャンヌ・モローが語る
ー「きみを愛してる」とあなたは言いました ー「待って」とわたしは言いました。 ー「わたしを抱いて」とわたしは言おうとしていました ー「もう用はない」とあなたは言いました
愛の衝動の永遠のすれ違いを要約する形。
トリュフォーの映画はただただ軽薄な映画ではなく 随所に美しい言葉と、幸せに隠れた陰鬱さをアクセントにして なんでもない映画なのに涙がでてくる。
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