Jacarandaの日記
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2026年03月14日(土) 午後の紅茶


photo by "Four Seasons"



いつもの紅茶は、Malawi 産 Chambe Tea

トーストにバターをぬって その上にピーナッツバター

あれば、パパイヤを添えて

そんな毎日のお茶の時間

のどかだったマラウイ時代の私

Teatime の後は、愛犬のJupiter を連れて、


Let's take a walk !



— Message from Jacaranda 【INDEX】


2026年03月13日(金) for Wildlife in Serengeti

ここに一枚の写真があります
アフリカ タンザニアに位置する

Serengeti National Park

その中に生息する野生動物を保護する公園の
管理の仕事をする友人を訪ねた
一人の女性獣医師




貴女は未来に向かって
勇敢に羽ばたこうとしていました

アフリカの大平原を見つめた
その眼に映った偉大な自然は
貴女の未来を、本当に変えたのでしょうか

セレンゲティーを離れた今、
日本で、貴女はどうしているのでしょうか・・・・・

貴女が動き出すことを
動物達は待っているのです



— Message from Jacaranda 【INDEX】


2026年03月11日(水) 〖Novel〗Love story with the flower of Jacaranda



💎この小説はアウトラインだけです💎
〖Message from Jacaranda〗のコンテンツ[novel]にアップしていたものを
Wayback Machine で復旧を試みました。
ただ、復活できたのはINDEX だけでした。
それぞれの内容については、残念ながらリンクが外れていました。
それでも大切な小説ですので、INDEXだけでも紹介したいと思います



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Under The Tree of Jacaranda


The Jacaranda tree puts on a breathtaking floral display.
Its vividlilac-blue clusters of trumpet shaped blossoms appear in the early summer,
later falling to the earth carpeting the ground with a mass of color.

It is said that if you are walking underneath the Jacaranda tree
and one of the trumpet blossoms falls on your head you will be favored by fortune.


これは 小説です

「 Africa の 桜 」 と呼ばれる 薄紫色のJacarandaの花の咲く季節
その花の木の下を通るとき Jacarandaの花びらを受けた人は幸せになれる
という 言い伝えがあります


Africaで 出会った二人の Love Story

Jacaranda の花が咲き乱れる中で ふたりは何を感じていたのでしょう


二人の 赴任地

Malawi 最大の商業都市  Blantyre

旧植民地時代の Old England Town 学園都市  Zomba


二人を結ぶものは
長距離バス と 手紙です


青春の輝く時  思い切り人を愛することの出来た人は
幸せです

〜〜〜〜〜〜 INDEX 〜〜〜〜〜〜


1 So long  from Zomba
2 貴方に  from Blantyre  
3 Flat への訪問 
4 魅かれる人   
5 Liwonde からの帰りに   
6 貴公子   
7 Coming a New Year  
8 彼女の存在
9 Picture Card
10 彼の誕生日
11 初めての手紙
12 朝陽の中で 
13 Blantyre にて  
14 プレゼントの花
15 Letter -- 告白 --
16 Letter -- 結晶 -- 
17 切 手 
18 Jacarandaの花
19 Jacaranda の咲く頃に 
20 異性の友人として 
21 春の宵
22 Mont Blanc の万年筆 
23 Happy Birthday
24 Birthday Card 
25 決 心 
26 South への旅 -- 傷心 -- 
27 君に言えなかったこと
28 Mangochi にて -- ためらう心 -- 
29 General Meeting 
30 スケッチ旅行で 考えていたこと 
31 自転車 
32 マラリア
33 Christmas Concert
34 First Christmas with You 
35 New Year's Greeting
36 一時帰国
37 from London 帰路にて
38 from Japan 親愛なる君へ  
39 揺れ動く心 


ーーー  to be continued ーーー



— Message from Jacaranda 【INDEX】


 


2026年03月10日(火) Jupiter

Jupiter は、ラブラドール・リトリバー種が少し混じった雑種の雌の犬だ。

マラウイ、Blantyreの私のうちに来たときはもうたぶん5,6才になっていただろうか。
私が彼女と初めて会ったのは,一緒に赴任した同期の日本人の家でだった。
彼女は、人懐こいとても利口で性格のいい犬だった。
ガードドックとしても優秀で、本当に現地の人は彼女を怖がっていて、
彼女が番をしてくれていると思うと夜も安心していられた。

しかし、
彼女には、ずっとわずらっていた皮膚病の持病があった。
Ringworm 、皮膚真菌症という厄介な代物だった。
とても痒いもので.、水虫と同じ種類の菌なので体全体に広がっていて、
本当に痒そうだった。
もう何年も何年も、そのまま治療をされていなかったので、お尻のところが丸裸になって、
皮膚が硬く黒ずんでしまっていた。
日本人でも犬にきちんと薬を与える人はいなくて、ほったらかしだったのだ。


それから、数ヶ月たったころ、久しぶりにその友達のところに訪ねてみると、
彼女の姿が見えない。

「 どうしたの? 」 と聞くと、

持病の皮膚病が、雨季が始まったせいでどんどん広がっていっていた。
その痒さは相当なもので、彼女はもうその痒さに耐えられず、ストレスで食欲もなくなり、げっそりやせていた。

私が久し振りに見た彼女は、物置の暗いなかで異臭を放ち、
ハエに付きまとわれながらうずくまっていた。 
かわいそうに。。。。。
それでも彼女は嬉しそうに私の顔を見ると尻尾を振ってくれた。
この家の飼い主達はもうそんな彼女に手をかけるでもなく、放置して、
このまま死んでも仕方がないと思っているようだった。

私は同居していた先輩のほうに声をかけてみた。
彼は一人暮らしを始めるため、BlantyreのFlat に移る予定だった。
そうすると彼は意外なことを言ってきた。

「 Jacarandaさん、あなたは獣医なんだから、彼女をどうか助けてください。
彼女をあなたのうちへ連れて行くって言うのはどうですか? 」

それから、話は早かった。 
彼が事務所からトラックを調達してきて、隣町の我が家まで運んできてしまった。 
うちに着いた彼女をバスタブの中に (私が使っている!) の中にいれ、
ごしごしとシャンプーで体を洗ってやった。
何せ、すごい臭いだったのだ。
さっぱりしたところで、持ち合わせていた人間用の水虫の薬を、彼とふたりしてかき集めて、Jupiter のそのはげたお尻やら首筋やら、ものの見事に毛の抜け落ちてしまった部分に軟膏を塗りたくってあげた。

彼女にとって初めて治療と呼ばれることを施してもらったのが私だったのだ。
痒みの和らいだ彼女の顔は本当にすっきりと穏やかな表情をしていた。
私はその目を見て、彼女に感謝されているのが判った。
気長に、丁寧に、体を清潔にしてやってその後、薬を塗ることを続けてゆけば、いつかは完治できるものだ。 
私がこの国にいる限りは治療は継続できるから、頑張ってみよう。
こうして、Jupiterは治療入院をする形で我が家に飼われることになった。


+ 我が家にやってきたばかりの頃のJupiter
      少し、見づらいですが、毛が抜け落ち、痩せています
            Somson( 我が家のGarden Boy)と一緒に

Jupiter は 代々、日本人に飼われてきているのだが、
大体2年くらいのサイクルで日本に帰国してしまうご主人様たち。
いつものように出勤していくと思っている彼女はご主人様を外まで見送る。
そして、バスで出かけるご主人様をBUS DEPOTまで行って見送る。
しかし、それがある日突然、自分が待つ家に帰ってこないご主人様たちに
言い知れぬ寂しさを何度も味合わされていたのだろう。
私の家に来てからも、私が長距離バスに乗って、出かけようとすると、
決まって彼女はBUS DEPOT .までついてきた。 
そして、私の乗ったバスが出発してもずーっと、そのバスの後ろを見つめていた。
私はその時の彼女の寂しそうな表情が目に焼きついて離れなくなった。
ぽつんと立ってじっと私の乗ったバスを見つめている彼女。 

「Jupiter、ダイジョウブだよ。  私はちゃんと帰ってくるよ!」 

と心の中で言っていた。
3、4日して、私が旅から帰ってみると、彼女は本当に嬉しそうだった。
門から私の姿を見つけると、ちぎれんばかりに尻尾を振って駆け寄ってくる。

Jupiterは、我が家の夜警をするために雇っていた、Malawian の
Watchman よりずっと頼りになった。 
Malawi人は、異常に犬を怖がる。
噛まれると、不治の病である 狂犬病がこの国ではまだまだ日常茶飯事的に発生しているからだ。

彼女はたちまち、我が家の周辺にいる犬達の女王様になった。 
とても堂々としていて、強いのだ。
凛々しく品のあるその姿は、他のどんな犬達に対しても、
それが雄犬であったとしても、彼女の前では尻尾を巻いてすごすごと退散してしまう。
彼女は、私の心強いガードドックとして、腹心の部下になっていった。

こうして、私の2年後の帰国の朝まで、
彼女はいつも私が旅に出るときはBus DEPOT まで見送ってくれて、
その後、ちゃんと家まで戻り、私の帰りを待っていてくれたのだった。

 + ずいぶん、毛が生えてきて太って元気になった Jupiter
    夕日を見に、一緒に自宅近くの丘に登ったところです



そして、 とうとう 私にも、 Malawi を離れる朝がやってきた。
8月1日 その日の朝、私は 首都 Lilongwe へはバスではなく 駐在事務所の車で向かうことになっていた。
 車が我が家に Pick up に来た時、 朝日が とても明るく輝いていた。
さわやかに晴れた朝だった。
車に乗り込んだ私を、Jupiter は 尻尾を 振りながら、
何事もない いつもの朝のように、見送ってくれた。
バスで旅立つんじゃないんだものと、 彼女は、これが最後の朝だとは
気づく様子は全然なかった。

「 ご主人様、 早く帰ってきてね!」 

と、ちょっぴりせつなそうな眼で私を見つめていた。
彼女の顔、 今でも思い出す。
ああ、 私が帰国した後、 まだ完治していない皮膚病の治療を、
きちんと次の飼い主の日本人がやってくれるだろうか。
薬は ?
私は、 彼女を日本に連れて帰ろう と思ったこともあったけれど
Africaで 生まれて、Africaで 育ってきた彼女を 人間の都合で振り回して良いものか。。。。。

「 やはり、野におけ レンゲ草 」 

後輩獣医師 と話し合い、 Jupiter は Malawi に残すことにした。

帰国後、 何度か 大量の治療用の軟膏を送ったけれど、
いつしか、私も 日本での新しい生活に埋没して行った。
ふと、 どうしているだろう。。。 きっと彼女は ダイジョウブ、元気で暮らしているよ。
どこかで、 いつも Jupiter のことを思っていた。
忘れた事はなかった。 



《 その後の Jupiter 》


Maiawiから帰国して5年後、 私がParaguay での 赴任中
新年を過ごすために訪れていた.
Chile パタゴニアのホテルで 夢の中で彼女に再会した。

夢のなかの Jupiter は 全身の毛がふさふさと生えそろっていて、
丸々と太ってとても健康そうだった。

「 Jupiter !!  どうしたの? もう 直っちゃったの? 」 

と驚いて、訊ねる私に 夢の中の彼女はとても穏やかな顔して見つめてくれた。
私は、きっとその時 彼女は 死んだのだと思った。
彼女の年令から考えて、 もう、その時、10才ははるかに超えていたはずだから。
Jupiterは、死ぬ前に 私に逢いに来てくれたんだと 

そう 確信した。



— Message from Jacaranda 【INDEX】




2026年03月08日(日) 南部家畜衛生研究所への異動

October 26(Mon),19--

今日久し振りに、Dr.Botaと会う。
英語の勉強をしなさい、と言われた。

家畜移動証明書の書き方がまずかった。
大事な書類なのに、軽々しく書いてしまった。

今日から我が家では、Mai(メイ)さん( 女性のサーバント)が、
料理を作っている。

味がイマイチだな。。。


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October,19--


Dr.Bota が Succecer(後任)の Dr.Matitaを連れて、
クリニックにやってきた。

Dr.Shaftner(オランダ人獣医官)と彼が引継ぎを行っている。



私は、日本に任期短縮で帰国することは免れた。
ブランタイヤ市内にある、
Blantyre Regional Veterinary Laboratory ( South )
南部家畜衛生研究所の Vice Chief Veterinary Officer (副所長)
の地位で異動が決まった。

少しは、楽になれるかな。。。
Labで、ベストを尽くそう。

しかし、所長の後任着任が遅れる。
Dr.Matitaの住居が整っていないという。



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November 11(Wed),19--


( Clinic Offece にて )

今日も、Clinicの仕事が終わった。
私は、Clinicを避けていて、7:30の出勤を怠っている。

わざと遅れて行って、先にアシスタントの二人に診察を始めてもらっているのだ。

しかし、今日のBlantyre Clinicは、誰も 先生がいなくて、
Dr.Matita も、住居問題が解決しないので、
Lilongweに帰ってしまった。
いつ戻ってくるのかわからないという状態。


私は、自信を持って仕事が出来ず、毎朝重い気分。
逃げてちゃダメで、努力しなければいけない。

ここのところ、しばらく引越しなどで、休みを取っていたので、
気分的に楽だったのだから、忘れていた緊張感だった。
意欲を持たなければダメなのだけれど、何故かお腹に力が入らない。


自分に技術はない。
加えて、英会話( 白人との )恐怖症に罹っていて、仕事が恐ろしくなっている。

Vet.Asistant の Mr.Chidankaya が
良くやってくれるので、私は、彼に感謝しなければなりません。
自分の技術がないぶん、人間関係を作り上げることが大切。


( あ>>>、また犬がやってきたよ。。。)



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November 30(Mon),19--


今日で、やっとクリニックの仕事が終わるのだ。
明日から、Blantyre Lab.のほうへ、出勤。
短い勤務だったけれど、毎日緊張の連続だった。

私に、もっと英語力があったら、こんな後ろ向きにはならなかったかもしれないと、
ふと思うけれど、
マラウイに来て、いきなりこんな重要な仕事を任されて、
日本で仕事をしていた自分は、
分業された専門的な仕事のみ進めていたんだなあって、思った。

マラウイのような途上国で、獣医師が少なくて、だから
オールラウンドプレイヤーの実力を持つこと
特に、臨床力が必要とされているのだという事を痛感した。

獣医師という地位がとても高くて、優遇されているようだが、
その分シリアスな病気に対応できる人でなければならない。

もちろん、病状を聞いたり、指示を与えたりするコミュニケーションの手段
としての英語力は当たり前だろうが、
やはり「 腕 」が、最優先だと思う。


私の獣医師としての人生の中で、ものすごく大きな挫折であり、
ものすごく大きな教訓を残した。



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December 2(Tue),19--


Lab. 初出勤。

大きな 一部屋を与えてくれた。
ありがたい。

再出発。



— Message from Jacaranda 【INDEX】




2026年03月07日(土) Clinic Work

September 20(Sun),19--

「 帝王切開の際の子宮縫合法 」


私は、まず日本語で、自分の施術が正当であった事を文章にして、
それを辞書を引きつつ英文に仕上げた。

あとは、Dr.Bota の 決定の通知を受け取るのを待つのみだ。


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September 21(Mon),19--


今日は、炎天下 Thuchila Farm の 牛のTB test (  ツベルクリン検査 )
に行った。

途中、めまいがした。

針が切れず、牛の採血* の際、頭をぶつけられて柵と牛の頭に挟まれて、
手首をねじってしまった。

( * 牛の採血は、首の大静脈からとります。)

はあ〜〜、疲れた。

帰り、Limbe の Dr.Bota のお宅で、
昼食( 午後3時ごろ )を、ご馳走になる。
彼女の本宅は、Zombaにあるのだけれど、
旦那様が、チャンセラーカレッジの教授だから、子供も置いて、
ブランタイヤのADDに単身赴任中だ。

まあ、サーバントを使う習慣が普通の、
マラウイだから出来ることかもしれないけれど、
私が、日本で同じように家族より、仕事を選んで
こんなふうに単身赴任をすることができるかどうかは、判らない。 
けれど、Dr.Bota のように
女性でこんなふうに頑張って高い地位についている人に
こんなアフリカの国に来て、出会えて凄く刺激を受けている。

偶然、Mr.O( 日本人 )の Flatと同じだった。


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September 22(Tue),19--


昨日受けた傷がとても痛む。

今日から、院長は、Leave(  休暇 )を取った。
毎日、一人でやるには、さすがに辛いな。


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September 24(Thu),19--


犬を殺さなければならないなんて。。。
狂犬病陽性だった。



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September 25(Fri),19--


10:00 から Thuchila Farm へ 行く。
帰りは、午後7:00 になった。



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September 27(Sun),19--


Kamuzu Stadium で、サッカーの試合があった。

明日から、Officeからの送迎が無くなるので、自転車通勤を想定して、 
ドミトリーからOffice( Clinic ) まで行ってみた。
行きは、30分、帰りは35分かかった。

明日から、7:00前には出発だ。



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September 30(Wed),19__


今日は、一人で、犬(♀)の腫瘍を切除するアポを取っていたので、
仕方なくやったら かなり腫瘍が深くて、出血がひどくなって止まらなくなって、
焦ってしまった。
テクニシャンのMr.Ganisyeje に助けてもらった。

あ〜〜あ、私にはヤッパリ、務まらない仕事だ。



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October 1 (Thu),19--


チンチラの飼い主 Mr.Plowmanが、週末コテージに行くというので、
お誘いくださった。

行ってみたいが、一人で英語のみの世界はまだ恐ろしいし、
引越しの準備もあるので、お断りした。 残念。。。

でも、とても親切な白人もいるんだと安心した。

嬉しく思ったな。



— Message from Jacaranda 【INDEX】







2026年03月05日(木) 中国に赴任した友への手紙 from Africa

帝王切開手術を失敗してしまった私は、進退伺いをするために、
一か月の間、Malawi政府の決定を待つ事になりました。

そして、その落ち着かない日々を
Blantyreのクリニック勤務を続けながら過ごしていました。

これは、その頃の不安定な精神状況の中で、
同期で中華人民共和国へ赴任した友人に宛てた手紙です。


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お変わりなく お過ごしでしょうか ?

それぞれの派遣国に 着いてから 
もう既に 1か月半が 過ぎようとしています。
もう 任務地へ お発ちのことと思い お手紙を差し上げます。

Malawi に 8月4日 に到着して 水にあたったのでしょうか、
下痢が 3 〜 4日続いて体調の悪い時に 
あなたの Birthday に 間に合わせようと
Birthday Card を送ったのですが、
無事届いたか 心配しながら 第二信目を書いています。

第一信では、 「 China 」 と英語で書かず、
「中華人民共和国」 と 住所を書いてしまったため 
もしや 届かなかったかもと 思ったりしています。

Malawi の 郵便局が 「 中華人民共和国 」なんていう漢字など 
読めるわけがないのだと投函した後に 気がついた次第。
今度はちゃんと 書いていますから、おそらく間違いなく 
到着すると思うのですが。。。。。

Malawi 派遣チームは 3週間の Domitory 生活を 10人で 
現地語 ( チェワ語 )の訓練を受けた後、
8/24 〜 28 に、国内旅行に出かけました。
それぞれ、好きなところに 自由に旅行したわけですが、 
H & O 組は、北のほうへ、
Y, S, T, Y 組は湖のある島へ、 O, S, は 単独行動しました。

さて、私ですが、 Y さんといろいろ計画を立てて、楽しみにしていたのですが、
旅行の初日に行った マンゴーチという、湖沿いの町に着いたとたん、
急に蒸し暑くなった気候に、少し風邪気味だったこともあって、
38.2℃の発熱をしてしまい、 
「 すわっ! マラリア? 」の疑いを受け、
急遽 Dormitory に 帰る羽目になってしまいました。

しかし、おかげで バイクの練習をする事が出来、
土曜日のライセンステストは合格する事が出来ました。  
Malawi は、バスが大方の交通手段ですが、 
やはり、Bake があったほうが便利です。  
3か月後に、 事務所のほうから貸与されることになりました。

さて、肝心の仕事のほうですが、9月1日に、上司と会い、
ミコロングエ農場へ行く事になっていたのですが、
赴任 5日前に 急に、配属先変更の letter を受け取りました。

新しい 配属先は、Malawi 第二の都市、 ブランタイヤにある、
地方家畜サービスセンター
( 日本でいう保健所と診療所がくっついたようなものです。) 
の 所長に任命されました。

というのは、それまでいた、オランダ人の先生が
もう、本国へ帰ることになったからだそうです。
日本に要請を出してから、結構時間が経過していますから、
その間の人の補充が間に合わなかったんでしょうね。

日本での訓練中も マラウイについてからも、
ずっと 田舎の広いところでのんびり夕日でも眺めながら、
田園生活をするつもりになっていたのに、逆の生活になってしまいました。

都市部のオフィスですから、午前中 ( 7:30 〜 9:00 )の
クリニックの仕事は市内に飼われている 白人の ペットの診療が主になります。
ただし、ペットというよりは、番犬としての犬が殆どですけれど。。。

日本では、殆ど経験を持たない診療の仕事です。 
( 出発前に、一通りの臨床研修は受けてきましたが、
小動物の診療を、一人で何もかもというと、自信がありません。 )
ですから、毎日 戸惑いの連続で、 まだ慣れないせいもあるのでしょうが、
疲れ切って帰宅する日々です。
その他、 牛などの大動物の診療や往診、デスクワーク、 防疫、
コンサルティング など種々の公的業務があり、
大変な重責を負ってしまいました。

毎日が 英語の洪水の中にいて、 頭がパンクしそうになるくらいです。
もう、ここでは英語は話せて当然、書けて当然、聞けて当然の世界。
カタコト英語では話になりません。 
特に困るのは、電話です。 
相手がいったい何を言っているのか
間違って解釈してはいけないので、早口でまくし立てられると
( まあ、相手は普通のスピードで、話しているつもりなんですよね。 )、
ますます混乱してきて、私のような貧しい英語力の人間には、
とても難しい地位のような気もしています。

そんな訳で、 9月4日から 仕事が始まっているのですが、 
一か月の試用期間を与えられて適職か否か決定される事になりました。
毎日が 試験されているようで、身の縮まる思いと、
自分の英語力にほとほと参っている状態です。
所長としての責任が果たせるほどの英語力は、今の私にはありません。
政府の人間と話が出来るような同格の英語力もないし、診療能力もありません。
だからといって、投げ出す訳に行かず、行く道険しけれど最善を尽くすのみ、
あとの決断はお任せします。 
------ といった心境です。

しかし、言葉は本当に 大切ですよね。
交渉できないし、自分の語学力のなさに、本当に歯がゆい思いをしています。
私には、ちょっと無理かなと潔く身を引くべきかと悩んでいます。
そのうち、時が解決してくれるのでしょうか ?

ここ、Blantyre での生活は、 
途上国とはいえ、都市部の生活ですから、不自由なく暮らせています。
他のアフリカの派遣国から来る友人の便りにあるような、
電気もない、水道もないというような生活に比べると 
申し訳ない程、恵まれています。

こんなところです。

本当は、仕事で大きな事件を抱えている状態です。
このことは、ちょっと、今、渦中なのでかえって、
書けないんですけれど。。。。。
時間が経ったら、また書きます。

とにかく、自分を変えるために、今、自分自身と戦っています。


それでは、また。

 19-- 年 9月20日



— Message from Jacaranda 【INDEX】

  
                              


2026年03月04日(水) 帝王切開手術の失敗

Start to work in Blantyre Veterinary Office


   
往診
September 11 ,19--


今日は、私のVeterinarian としての人生の中で、
どうしても書いておかなければならない事件が起こった


私は生まれて初めて 一人で牛の帝王切開手術を試みることになってしまった!
今日は、オランダ人の院長が、ぎっくり腰で、休んでいる
朝から私一人で仕事をこなしていた 
そして、最後の往診で Snake bite の牛の治療が終わって、
今日はこれで無事終了だと思って Officeに戻ってきたとたん、
再び、” Difficult Calving! ” と 
Clinicに Emergency Call  がかかってきた
Chileka Airport の近くにある白人の経営しているCHIKUNDA FARM の初産牛だった
とても小さな牛で、見るからに胎子が娩出するにはとても困難な骨盤腔だった
 
ロープを使って娩出を試みたけれど, 出てこない!
ダメ!

帝王切開しかない!!
決まった

緊急時に私にとってはじめてのOpeである
誰も助けはないんだ というあの不安は、たぶん生涯忘れることは出来ないだろう
電話で自宅で休んでいた院長に指示を仰ぐ
Ownner も以前に同じようなケースがあって、やり方を見ていたからと、手伝ってくれるという
どきどきと心臓の音がなっている
う-ん、やるしかない

意を決した
麻酔の準備をする
メスを持つ手が震えていた

しかし、私は稚拙なミスをしてしまったのだ
なんと 左側の腹壁を切開してしまったのだ! 


牛には4つの胃があって、その一番大きく左側の腹腔をほぼ占めている第1胃を避けて、帝王切開の手術は、 右側のほうから切開するのが通常のやり方だ  ( ← 注 )

やはり、あせっていたのだ
なんということをしてしまったのだと思ったとたん、
私の心の中に絶望感 
そして、何もかも投げ捨てて、
逃げ出したくなる自分の弱さを 
この時、いやというほど思い知らされたのだ

Never give up  ! と
私は頭の片隅で一生懸命叫んでいる
しかし、私の手はもう一刀も先に動かなくなってしまった
母牛が陣痛のためにいきんでいるのに合わせて、腹圧がかかってしまい、
みるみる腸がはみ出してくる 
一生懸命戻そうとするがだめだ 
子宮も確保できない

ああ。。。。。

胎仔が危険になった
オーナー は決心したようだ
ライフル銃を取り出した
母親のほうを撃ち殺して、子牛だけでも出すことにしたのだ

そのライフル銃の音
私の耳から離れない音

それは、すっかり暮れなづんだ 薄暗い牛舎の 白熱ランプの中に映し出される
忘れられない光景だ

すぐに、Malawian worker 達が、母牛のおなかを開いた
子牛は大丈夫だろうか
彼は息をしてくれた
 オスだった

死んだように反応のない子牛を一生懸命 " 生きてくれ 息をしてくれ "
と願いながら 無我夢中だった
オーナーが 鼻にワラくずを突っ込んで、 やっと彼は息をしたようだった 
体を拭いているうち、 " ヴェー! " という 産声を上げたときは、
本当に涙が出る程だった

母牛の犠牲による この子牛の将来を 神様 どうかお守り下さい!
私の臨床医としての未熟さで母牛を死なせてしまったのだ
今回のことは 私に獣医としての責任の重大さを改めて認識させられた

そして、すべてが終わった後、
私は最も口にしてはいけない言葉を言ってしまったのだ

" I 'm very sorry for doing such a operation . "




   ※注(July/15/2006 追記 )

     大動物臨床獣医師の先生から最新手術法の情報をいただきました。

     「 左を切るのは間違いとは言えません。
     尾側より、腹側よりを切ることで第一胃を避けようとはしますが、
     立位でも横臥でも左を切る方が主流になっていると思います。
     牛の帝切は一人でやるのはたいへんな手術です。 」

 馬医者修行日記 ” hig さんより 


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Dr. C.N . Bota Miwiyeriwa
September 15,19--


翌日、私は上司である Blantyre  Agriculture Divisional Office 、局長 、Divisional Veterinary Officer のDr. Bota Mwiyeriwa に呼び出された
彼女はこの国で初めてVeterinary Officer になった、女性だった
私が赴任の挨拶に行った日、
彼女は 「 あなたが 日本から赴任してくるのを 首を長くして待っていました。
私はずっと女性として政府で頑張ってきたので、女性であるあなたがやってきてくれて本当に嬉しいのです。 一緒にこれから、やって行きましょう 」 と言ってくれた人だ

彼女から、今回のことで、牧場のオーナーが今日
彼女の Office にやってきて、 Malawi 政府に損害賠償を求めてきたという
彼はこう言ったそうだ

「牛の難産のため、いつものように Blantyre ClinicのDoctorに、往診をお願いした
程なくやって来たのは、日本から来たというとても若い女の先生だった
いつものオランダ人の院長はどうしたのかと尋ねると、

" 今日は、院長は病気で休んでいるので、代わりに私が来ました
  9月から仕事を開始している日本人ドクターです 」 と彼女は答えた

彼女の手術の腕は、本当に稚拙だった
こんな、未熟な Veterinarian を Malawi 政府は、温存しておくのですか?
今後 我々は安心して、彼女に Clinic を任せてはおけない。
それは Malawi 政府に対する信用を失うことになり、 我々牧場主にとっても、政府にとっても大きな損害になる 」 と

昨日の母牛の損失として、
 XXXX Malawi kwacha を賠償金として要求してきたそうだ
私が、 彼に手術後に言った言葉

「 I 'm very sorry 」

この言葉は、 自分の非を認めてしまったことになる 最も口にしてはいけない言葉
この英語の 持つ意味を 私は 全然 理解していなかったのだ
言葉の重みを そして、言葉の壁を ものすごく感じた
冷や汗が流れてきた

Dr.Bota は静かに言った

「 Dr.Jacaranda 、 熱心なことと、出来る事は違うのですよ 」

獣医のことを 英語では、
Veterinarian もしくは Veterinary Surgeon というように、外科が出来るのが当たり前なのだ
なのに、私は、日本での専門は内科だ
もっぱら、ワクチンを打ったり、注射をしたり、検査をしたり採血をしたり。。。。。
せいぜいがそんなところだ
なのに、いきなり 牛の帝王切開だ
自分の獣医師として、この国に来たことの甘さをいやというほど味わった
現実は甘くない
私のLicenseは、ただの飾りじゃない
この Malawi では貴重な 21番目の Veterinary Officer なのだよ! あなたは !!
そして、日本人獣医師としてはじめてこの国で働く人間なのだよ
あなたが日本を背負っているということをもっと認識しなさい!!
これは、あなた個人の問題だけではないのだよ
日本と Malawi 政府とのもっと大きなかかわりの中での重要な事件なのだよ

Jacarandaよ
緊急時にどうするか 、
これの状況判断と適切な処置を いかに迅速に正確に出来るかどうか ということなんだよ
不断の診療なんて、誰でも 出来るさ
昨日のような Emergency Case をどう処理するかなんだよ!
これが、臨床なんだ!
甘えてはいけない

Dr.Botaから、この件、政府の対応の結論が出るまで、 
Blantyre Vet. Office and Clinic の副院長として、仕事をサポートしなさい
ということだった

駐在事務所に帰って、所長に報告

「 Jacaranda 君、 日本へ強制帰国処置になるかもしれないね。。。。。
  とにかく、 Dr.Bota は、前向きの対処する姿勢だから、
  君は 君のやった手術処置の正当性を
" Professional Answer " として 英文で書いてよこしなさい
添削は秘書にお願いするから、
とにかく  専門的に 自分の立場の正当性を報告書にまとめなさい
そして、自分の立場を守りなさい 」

なんだか、泣きたくなってきた。。。。。
私には、こんな開発途上国での どんな対応も的確に出来る
こんな責任の重い獣医師の仕事なんて 向いていないんだ

明日も午後から往診がある



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Student from Zimbabwe
September,19--


今週から、大学の休暇で帰国している Zimbabwe 大学の白人の女子学生が、
Clinicに実習に来ている
彼女のようにすらすらあたりまえに英語が喋れれば、何もストレスはないだろう
彼女、Emy Lean から借りた大学の Clinic Work の本を返すために、
朝5:00起きして Office の 門の前で 6:15 の約束で 待っていた
風の強い朝だった
とても寒かった

彼女は黄色のピアスをして、カーディガンも黄色だった
綺麗な色だった 
彼女の Veterinarian としての輝く未来のようだった
それに引き換え、 
私の未来は。。。。。?


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September 19,19-- 朝、10:00〜13:00


Limbe Club House でテニス
午後、Y、 K 宅へ訪問 
夕食を食べて、22:00ごろ K 氏 の車で送ってもらう
すこし、 気分を変えたい


重い心



— Message from Jacaranda 【INDEX】


2026年03月03日(火) 任務地 Blantyre

August 28,19-


今日 office から任務地の変更の知らせを受けた
日本で知らされていたのは Mikolongwe 地方の 高原にある Malawi 国営牧場での家畜の診療管理の仕事だったのに
市内のペットの診療になりそうである

今、いるオランダ人 の先生が、もう本国へ帰ってしまうので、その後任だ
私に白羽の矢が刺さった
武者ぶるい ? それとも、恐怖 ?


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いよいよPosting
August 30,19--


日曜日の昼下がり
いよいよ 明日から Postingになる
Blantyre の Dep. of Veterinary Services
に勤務決定となった
Clinic も併設されている
明日、14:00 Blantyre ADD ( 地方農政局 ) で、 局長に挨拶に行く
Mikolongweで高原生活をしようと思っていたのが、街の生活が続くことになった

Malawiに来て 都会生活もないもんだなと思っている



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Start to work
September 2,19--


今日から 仕事がスタートした
気疲れと Englishの洪水で 静けさを求めたくなった
一人で物事を考える時間がだんだん欲しくなってきて
ラジカセの音やら 他の日本人の話し声が 
Dormitoryにいる間
耳障りになるようになった

私の仕事はこれから英語漬けになる
そういう環境に自分を置かなければ 仕事は円滑にいかない

今日の仕事
私の英語はスムーズじゃないって事
自分の書類に書くサインが 第一 あんまりかっこよくない

英文を使いこなせるようになりたいと思っている。 
頑張ろう

この目標は人それぞれ違うのだから,おのずと毎日の時間を使い方も違ってくる
 


❖ Blantyre Veterinary Office STAFF's Name & Position ❖

Chief  Veterinary Officer      Dr. Denish
Vice Chief Veterinary Officer    Dr. Jacaranda

Assistant Laboratory Officer    Mr. Mangoni
Finance Revenne Collector     Mr. Zimba
Store's Officer           Mr. Malizani
Veterinary Assistant         Mr. D. Ganisyeje  
                  Mr. L. Chdankhanya
Typist                Mrs.]H, Kotokwa
Cleaner                Mr.]H. Majawa
Outside Cleaner           Mr. K. Mbalame
Messenger               Mr.Jimu
Driver               Mr.G,E,Kaunde



— Message from Jacaranda 【INDEX】




2026年03月02日(月) Landing to Africa



The First step for my new life


August 3,19--
Nairobi JOMO KENYATTA INTL air port Arrival at: 4:05

8月2日、夜、まさに夜間飛行で日本を旅立つ
UK に Transitで1泊し、翌日の British Airway の便で Kenyaへ

初めて見る Africaの大地、
朝焼けに染まる、乾季の赤茶けた平原の向こうに Nairobi の街並みが見える

Africaの地に降り立ったとき、
その 強烈な人間の息吹、自然の息吹に 
グワーっと押し寄せてきた、 迫り来るものに
ものすごい衝撃を受けたのを今でもはっきり覚えている
この迫力!

これが、Africa なんだ !



— Message from Jacaranda 【INDEX】




2026年03月01日(日) 若い人たちの国際協力

※ 以前開設していた私のHP 〖 Messange from Jacaranda 〗
  で掲載していたコンテンツ記事をWayback Machineを使って
  復活したものをすこしづつ再掲載してきます。



水と原生林のはざまで                    
 シュバイツエル 著 より
  
 On The Edge Of The Primeval Forest and More From the Primeval Forest                                   
                      African Notebook 
                        by Albert Schweitzer                  

−−−−−−最後に白人と黒人との関係について一言したい。

黒人とどんなふうに交わっているか? 
わたしが黒人とどんなふうに交わっているか? 
わたしが黒人を同等に扱うべきか、あるいは私の下に立つものとして扱うべきか?
私は誰にもある人間の品位を尊重することを黒人に示さなければならない。
この心持を黒人が私をみて感じてくれなければならない。 
しかし、兄弟愛の精神的な存在が大切である。
これを日常社交の形式の中でどれくらい表現したら目的にかなうか問題である。 
黒人は小児である。
すべての小児は権威をもって臨まなければ何事もできない。
ゆえに、わたしは交際の形式を、わたしの自然に備わる権威を現すようにととのえる必要がある。
それゆえ、
わたしは黒人に向かって、「私はお前の兄弟である。 
しかしお前の兄である。」
という言葉を教え込んだ。
白人の真の権威は、土人の尊敬を得て、はじめて達せられる。 
知識や能力が未開人に勝るから尊敬されるとは誰も考えまい。
しかるに彼らはこれに反して
相手の白人が人格者であるか否かの一点にかけては誤りのない感覚を持っている。
自然人は われわれのように天性を損ねていないで原始的な尺度だけ知っていて、
すべてのものを最も原始的な尺度、すなわち道徳的な尺度をもってはかる。
外なる権威の陰に、親切や公平や正直などの内なる品位を見出すとき、
その人の前に頭を下げ、師たることを承認する。



 :::::::: from N. Anzai's Report :::

歴史的にも根が深く、東西の確執が複雑に絡む南北問題を
短時間で論するのは大変なことだと思います。

南北問題の解決には長い目で見た地道な支援と努力が必要とされ、
若い世代の開発途上国への派遣もその支援活動の1つだというお考えには賛同します。
派遣された国での、日本人若者の生き方、努力が任国の人々を刺激し、
その国の自助努力につながると言われましたが、
その際にその " 努力 ” が何を目指したものなのか
絶えず念頭におく必要があると思います。

ただ、異質文化を理解した上で先進国の技術、価値感を伝授しようというのでは、現代の先進国が直面している諸々の悲劇を、やがては途上国にも経験させることになるでしょう。
豊かな国に暮らす我々が「 必要でないものは何か 」 を途上国の人々から学び、切り捨てていく生き方を母国に示す、それもこの活動に参加する若者の一つの使命であると思います。
                                      N. Anzai 、April  1987
   
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私、Jacaranda は、 
中央アフリカの小さな国、Malawi ( マラウイ )共和国 に、
Malawi の家畜と人々の健康を守るため そしてMalawi の畜産行政を改善するために、日本政府から2年間という任期で、Malawi 政府の農業省で初めての日本人 Veterinary Officer として派遣されました。

U.S.A.の Peace Corp を踏襲して日本にも、このような若い人達が、開発途上国へ派遣され、それぞれの専門を生かして、技術協力を行っています。

上に挙げた 「 N. Anzai's Report 」 は、私が Africa へ赴任するために訓練に参加した時の同期の友人のレポートです。
彼女は、 Africa ,Ethiopia に 派遣される予定でしたが 訓練中に 
自分達が参加する組織の体制、日本政府の開発途上国への技術協力体制に
疑問を感じて、訓練途中で参加を辞退しました。

彼女は、理知的で 英語もすばらしく良く出来て、とても使命感に燃えて、
本当に素敵な女性でした。
その後、彼女は国際経済関係の研究所に勤めながら、Boston の大学に留学した後、東京大学で国際政治学の 修士号を取得しました。

現在は、Boston留学中に知り合った 旧ソ連のラトビア共和国の彼と結婚をして、国連の仕事に就いています。
ずっと、 Jacaranda の目標にしている女性です。


そんなJacarandaが、技術協力活動を通じて見た Malawi  という国
そして 国際社会の中での Africa の国々、Africa の 大地、
獣医師としての仕事を通して、Malawi の人々の暮らしに触れて、
日々感じたことを 日記スタイルで綴っていきます。

あまり、Official な形ではなく Jacaranda 個人の眼を通して、
書いていきますので
統計的なことは 省略させていただきます。



— Message from Jacaranda 【INDEX】



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