ぶらんこ
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母と姉ふたりと一緒に小学校へ来ている。 1年生と2年生のクラスは平屋の旧校舎にあり、わたしたちはこころの教室を探している。 教室の前に廊下が伸びている。廊下の窓からは各学級が手をかけているであろう花壇がある。 校舎の軒下の部分には、ずらり小さな鉢植えが並んでいて、どうやら子ども達の名前が記されてる。
どういうわけか雑巾を手にしているわたし、洗い場がないかと探していると、校舎の真ん中の辺りに水道を見つけた。 足元が濡れないよう両足を広げて水を出し、雑巾を洗っていると、自分の脚の間に何やら動くものが見えた。
見るとそこには子犬が一匹。 大きめの箱に古布が敷かれてあって、子犬がちょこんと座っている。 大きな黒い瞳がくるくる。黒い鼻のまわり、顔の半分が黒くておじさんのような顔にも見える。 ジャーマンシェパード。こんなに小さいけど、この子、立派な大きな犬になるよー。
まみぃ〜!!! 見ると、すぐ近くの廊下の窓からこころが嬉しそうに手を振っている。どうやらこの子犬はこころの学級で飼っているらしい。 こころの担任は教室で他の子ども達に何やら話をしている。こころも呼ばれて教室に戻る。 (担任は、俳優の堺雅人だった)
郵便屋さんがやってくる。 彼は、子犬と遊んでいるわたしたちを見て言った。 「学級で子犬を飼うたって無理なモンは無理でしょう。いつだってこうやって箱に入れられたままさ。かわいそうに」
「よしっ!散歩に連れて行こう!」 姉が情熱的に言う。それはいいけど・・でもそんな一時的なことをしても・・ 躊躇う気持ちがあったが、姉は既に大きなトレーラーを持ってきており、そこへ子犬を乗せた。 トレーラーの前方には、毛布を膝にかけた母が座っている。 子犬は嬉しそうにトレーラー内を駆け回っている。 母が、「落ちるなよ」とか言いながら笑っている。
こころが教室から手を振っている。 自分も一緒に散歩に行きたいのだろう、ちょっと淋しそうな顔をしている。 他の子たちは気にも留めず、授業を受けている。 いつも微笑んだ目をしている俳優の担任は、変わらず微笑みながら何やら子ども達に話している。
学級で子犬を飼うなんて、やっぱり無理でしょう、、、 わたしの、どんよりとした気持ちとは対照的に、姉は楽しそうにトレーラーを引っ張って行った。
わりと大きな講堂で講義を受けている。
「これは非常に大事なことなのでしっかりと心に留めておくように! この先からしばらく呼吸不可!ですが、けっしてパニックになることのないように!呼吸が出来ないのは移動中のこの間だけですからね!」
教授は小柄な白人の女性。明るい栗色の髪を頭の高い位置でひとつにまとめている。 ノーフレームの眼鏡。細くツンととんがった鼻。うす桃色の頬。碧色の目。
講堂の床に大きな穴が開いている。人がひとり余裕で入れるほどの大きさ。 その真ん中には白い柱がほんの少しだけ突き出ていて、それはずっと下方へと伸びている。 わたしは、警報が鳴ったと同時に消防隊員たちがベッドから飛び出し、次々とするする階下へ滑り落ちていくさまを思い出す。 呼吸が閉じられてしまうのは、降りていく途中のことなのだろうか?
いよいよい最終試験がはじまる。
大きな古い屋敷の中にいる。 部屋が広く、家具らしきものがない。がらんどうとしている。歩くたびに床が軋む。 スカさんとこころも一緒にいる。こころは8歳か9歳くらいだ。 わたしは帰る方法を探している。降りてきたのがここだとしたら、わたしたちは上っていかなくてはならないのか?
上っていくための穴。柱。 柱がなければ・・・そうだった。ほうきで代用できる筈だ。 大事なことを思い出し、なんとなく気持ちに余裕が出てきた。
誰か知らない人の声が聞こえてくる。若い男女のようだ。 声のする方へ向かう。 屋敷の奥のほう。立て付けの悪い大きな開き戸をやっとの思いで開ける。
と、そこに青年がひとり寝袋に横になっていた。その向こうには同じ歳くらいの女性がいる。彼女も同様に寝袋に入っている。 とても薄っぺらな寝袋だ。それを見て、背中や腰が痛かろうなぁと同情心がわき起る。
「お休みのところ申し訳ありませんが、どちら様でしょう?お入りになる前に何かおっしゃってくだされば・・・」
ふたりはわたしの言葉が聞こえないのか、くっくっくと笑い合ってじゃれている。
「あの・・・呼吸が出来なくなる場所もありますので、本当にご注意いただかないと・・・」
やはり、何も聞いていない。 わたしはあきらめて、立て付けの悪い開き戸をガタガタと音を立てながら閉める。 そして、やっぱり管理人を雇わなきゃ駄目だよね、知らない旅人たちが勝手に寝泊まりしちゃってるんだから。 と、憤慨した調子でスカさんに話すのだが、彼はたいしたことではないだろうという表情を返す。
屋敷の外へ出る。 雑木林の間の小道を3人で歩いている。 途中、誰かが落ち葉を掃き集めているのが見えた。近づいていくと、それは森に住むCentaur(上半身は人で下半身は馬)だった。
ハロー、と声をかけるが、彼はこちらをじっと見るだけで何も言わない。けっして友好的とは言い難い雰囲気である。 しかたなく、そのまま足早に通り過ぎた。彼は作業の手を休め、何かを調べるようにわたしたちを見続ける。
小道を行きながら、穴、呼吸、ほうきについて思案している。 最終試験に受かるために、もっと何か大事なことがあったのではないだろうかと思えて、なんとも仕方がない。
自分を痛めつけても
何も変わらない
何も始まらない
日本へ帰ると脳みそが日本人になる。成田空港に到着するとキッチリ感じる。変な感覚。今までの自分はなんだったんだ?と思う、しみじみ、思う。 厳密に言うとそれは飛行機に乗ってる間、だんだん日本に近づくにつれ変わっていくのだろうなと思うのだけれど、 最近は気付かない(意識しない)うちに到着してしまっている。 飛行機が完全に停まり、人々が立ち上がって荷物を取り出し列となり、そこへ自分も加わって機外へ出る。 と、そこに「ようこそ日本へ」なんて文句が視界に入ってきて、たちまち変な気分になる。 「おかえりなさい」とか書いてあるといいのに、日本人向けに。 そういえば成田空港が変わっていてドギマギしてしまった。 間違った場所に向かっているのかもと、つい周囲のおばちゃん達の会話に耳をそばだててしまった。 最近変わったらしいことがわかり、ほっとする。 気を抜けんな〜。都会はどうもいかん。性に合わない。緊張してしまう。 でも日本語だからなんとでもなる。外国にいるときの心細さのようなものは殆どなくなる。開放感。
鹿児島空港に到着すると、気持ちはだいぶゆる〜く、かごんま〜な感じになる。 家族が迎えに来ていて(今回は姉が迎えに来てくれた)、顔を合わせた途端、いわゆる素の自分に戻った。 でもそれは、だからと言って、ここで暮らしている自分が本当の自分じゃないということではないのだろう。 家族と一緒にいる自分は、娘になり妹になる。それは一種の安心感、心地よさ、甘美な喜び。 ただ「いっときのこと」と知っているからなのかも?
島へ帰ると、また違う。島のあの空気は独特だ。 島へ降り立つと、鹿児島でさえも「内地(やまと)」と再確認するのか。 身体のすみずみまで、細胞のひとつひとつが一旦細かく取り壊され、また新たに作り上げられる、大袈裟ではなく。 島の空気が自分のなかにしみ込み、潤し、魂を震わす。還る場所はここなんだ、と実感する。
・・・のだと想像する。今回は帰れなかったからねー残念。
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