小ネタ日記ex

※小ネタとか日記とか何やら適当に書いたり書かなかったりしているメモ帳みたいなもの。
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7月29日(笛/渋沢克朗)。
2011年07月29日(金)

 人生相談は行きずりの人とするのがオススメです。








 ズンドコ節を歌いそうな顔で酒を飲んでいる男がいる。
 遅れてきた飲み会で、たまたま隣にいた人のことを彼女はそう思った。
 ズン、ズンズン、ズンドコ。

「きよしー」

 ぽそりとつぶやくと、隣からは「え?」という怪訝そうな声が戻って来る。聞こえたらしい。

「落ち込んでますねぇ」

 笑いながらそう話しかけると、隣の男は苦笑した。居酒屋の白熱灯に照らされた髪が琥珀色に透ける。同年代の中でも体格がかなりいい男だった。
 遅れてきたせいで、自己紹介もろくにしていないまま隣り合っていたが、向かいの席の友人がちらちらと彼のほうを見ているのはわかった。

「ごめん、空気読んでなかった」

 はは、と笑ったその顔は、たぶんイケメンに属する。
 同じように笑みを返しながら、とりあえずそう思った。

「イエイエ、落ち込んでもよろしいんじゃないかしら。ただしイケメンに限って」
「…褒められてる、のかな?」
「ええまあ一応。空気読めないのはマイナスポイントだけど、顔の良さで帳消しにしてあげる」

 それはどうも。そう言ってまた笑う眉目の整った、高身長かつ爽やかな雰囲気。なるほど友人が注目するはずだ、と内心でうなずいた。
 友人の友人の知人レベルが集まった飲み会の総人数は、居酒屋の広い座敷をすっかり埋め尽くしている。一体どの線の友人なのかは知らないが、彼を連れてきた人はきっと女子から感謝されているだろう。

「で、そのウザい顔してる理由は?」
「え?」
「私、気になることは全部聞き出さないと気が済まないの」

 にっこり笑ってみせると、向こうはたじろいだ。
 ちらちらと視線を飛ばしてくる友人は無視する。こんな容姿のいい人間と接する機会などなかなかない。たまには独占してみたい。
 どうせ行きずりで、この店を出たらお近づきになることもなかろう。だったら図々しい女になることも全く気にならなかった。

「大したことじゃないから」
「まあそう言わず。あ、グラス空じゃん、何飲む? 同じでいい? あ、すいませーん生もう一つー!」

 適当に店員に声を掛けてオーダーを済ませると、半身だけ彼のほうに身を寄せた。相手は警戒したように琥珀の前髪の下の目が揺らがせた。
 かわいげもあるなぁ、と失礼なことを思いつつ、少し首を傾けて微笑んでみせた。

「ね、教えてよ。悪いようにはしないから」
「…誰にも内緒で」
「もちろん。さ、言った言った。ほらお酒も来たよー」

 店員が運んでいた冷たいジョッキを渡して向き直ると、少しの間が生まれた。

「…彼女と別れて」
「あらまぁ」

 容姿が優れている人でも、人間関係がパーフェクトに進むとは限らない。そんな例を見つけ、彼女は少し気を引き締める。
 何せ飲みの席でズンドコは空気を隠せないぐらいだ。よほどショックなのか、ただの空気が読めない残念なイケメンなのかの二択である。下手なことを言って、余計に落ち込ませるのも悪い。

「何がダメだったんだろうなぁー」

 あーあー…。
 頬杖を突き、茫漠とした目で吐息を落とす。
 その有様を見ている側としては、しらけた気持ちとほほえましい気持ちがまぜこぜになる。上手くいかなかった理由を考えてしまうのは、たぶん彼は別れた彼女のことをまだ好きなのだ。
 言ってしまえば大変に女々しい。

「ふられたの?」
「ちょっと違うけど…たぶん、そうなんだと思う。見切りをつけられたっていうか…」
「お互い納得の上でのお別れ?」
「納得はしてないけど、別れたいっていうのを引き留めても、その後ずっとつらいだけだから。縋っても、一度でも別れたいって言われたことを、たぶん俺は忘れられない」
「そんな極端な。人の気持ちって変わるものじゃない。一時別れたいって思っても、時間が経てばそのときの判断は違ってたって思うかもしれないし」
「そうだね。…でも、俺にはそういう彼女の不安定さを受け止める余力がなかったんだ」

 これは思ったより深刻だ。
 ピンキーリングをした指で自分の髪を梳きながら、彼女は内心でうなる。ちょっとめんどくさい相手かもしれない。
 こんな話では周囲のほかの話題に紛れ込むことも出来ない。向かいの友人は、すでに別の人たちとの話にのめり込んでいる。

「ま、飲んで飲んで。酒に逃げるのは大人に出来る特権だから」
「いや、明日仕事だから」
「ああそ。土曜日も仕事とは大変ね。それもすれ違いの理由?」

 休みが合わないのは、社会人の恋愛としてなかなか厄介なハードルだ。
 果たして彼は「それもあるかな」と曖昧に答えた。

「俺の仕事って結構ピークが短くて。若いうちに死ぬほど踏ん張らないと、後で潰しがきかないっていうか」
「ふーん?」
「今のうちにやれるだけ頑張ろうと思って、色んなことを後回しにしてきたら、気づいたら『もうついていけない』って言われた感じ…なんだろうな、たぶん」
「うーん、それは…仕事を理解してもらえなかった、んだろうねぇ」

 ありがちといえばありがちな話である。
 生業を理解してもらえない、もしくは理解出来ない相手と、恋愛関係や家族関係を維持するのは難しい。しかし彼の場合は、どちらに非があるのかが判断出来ないので明確な非難は避けた。

「…じゃあ、次は理解してもらえる人と会えるといいね」
「…そうだね」

 少し寂しそうに口元を歪ませると、彼はジョッキのビールを呷った。その横顔には、隠しきれない未練が残っている。
 なかなかよろしいじゃないの、とこちらも若干酔った頭で彼女も思う。一途なイケメン。そんな人に想われてみたら、どんな気分がするだろう。

「そんな顔しないでよ」

 おそらく、酔いとその場の雰囲気がそう言わせた。
 ふっと手を伸ばし、自分より高い位置にある頭をくしゃりと撫でた。

「あなたは大丈夫よ」

 何がどう大丈夫なのかわからない。けれど、落ち込んでいて別れた彼女への未練を吐き出しても、彼には崩れただらしない雰囲気がない。
 背筋の伸びた潔さ。顔の造作よりも、彼の格好良さを形作っているのはその雰囲気だ。
 きっと彼は、どれだけ落ち込んでも、自分の幸せを追求していく強さがある。そんなものを感じさせた。
 その癖のない髪の上で、手をぽんぽんと弾ませながら、彼女は笑いかける。

「大丈夫だから、元気出して?」
「…ありがとう」

 戸惑っているが、迷惑そうではない声に彼女はほっとする。しておいて何だが、初対面の人間の頭を撫でるなど常識に欠けると言われればそれまでだ。
 鷹揚に対応してくれた少しはにかんだような彼の顔がかわいらしく、不覚にも少しときめいた。

「残念だわー仕事が忙しい人でなきゃ今すぐ口説くのにー」

 手を離しながら肩をすくめると、きょとんとした視線が追ってきた。「嘘よ」と笑えば、どこかほっとしたような苦笑を見せた。

「やめたほうがいいよ、俺は」
「そうね」

 未練タラタラの男を口説くなんて、めんどくさいったらない。
 互いに、たぶん恋愛対象にはならないな、という暗黙の空気で「ふふふ」と笑い合って、ふと気づいた。

「ごめん、ところで名前なんだっけ?」






 誕生日おめでとうございます。



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 たんじょうび…?

 喜ばしいことばかりじゃないバースデーもあるよ!というテーマで書いたのですが、なんかただの居酒屋の片隅人生相談コーナー。
 あと、サッカーに興味のない人は、キーパーの顔なんて覚えちゃいないだろう、というのも。

 日付過ぎてますが、しれっと当日の日付を捏造してみました。

 そして、この更新のないサイトにメッセージをお寄せ下さる方々、いつもありがとうございます!
 文章も年々変化するものなので、10年前と同じ文体で書けているかどうかはなはだ怪しいのですが、10年前の発表作でも置いておきますのでどうぞお気軽にまたいらして下さいませ。
 …たまにここで更新もするよ! たまにね!(すいません…)

 次回は真田の続きを…出せるといいなぁ。




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