小ネタ日記ex

※小ネタとか日記とか何やら適当に書いたり書かなかったりしているメモ帳みたいなもの。
※気が向いた時に書き込まれますが、根本的に校正とか読み直しとかをしないので、誤字脱字、日本語としておかしい箇所などは軽く見なかった振りをしてやって下さい。

サイトアドレスが変更されました。詳しくはトップページをごらんください。

日記一括目次
笛系小ネタ一覧
種系小ネタ一覧
その他ジャンル小ネタ一覧



再録:閑話(笛/アンダートリオ)。
2011年02月20日(日)

 それは郭英士の一言で始まった。








「結人、ドコモって何の略だか知ってる?」

 日曜日の午後12時半。冬のグラウンドの端で、ささやかな太陽と束の間の休憩時間を満喫していたのはいつもの三人組だった。
 郭英士、真田一馬、若菜結人。
 仲良し三人組は東京選抜でも大抵一緒だ。
 割り箸片手に突然持ち出された問い掛けに、結人は思いきり顔をしかめた。

「は? 何言ってんだよ英士」
「いやね、ちょっと人から聞いたものだから、これは是非結人に教えてあげなきゃなあって思って」

 にこりと英士は微笑んだ。常の彼らしくない愛想の良さで。
 それを見てびくりと身を竦めたのは弁当箱のコロッケを口に運ぼうとしていた一馬のほうだ。笑顔の行き先である結人は全く意に介していない。

「ドコモー? ドコモって、ドコモ?」
「そう。NTTドコモ」
「ドコモがドコモで何なんだよ」

 ドコモドコモと繰り返すその名は、日本最大手のモバイバル通信企業だ。そのぐらい一馬でもわかる。しかし、英士の言いたいことの意図がわからない。
 こういうときは黙っているに限る。
 これまで散々二人の間で痛い目に遭ってきた一馬は学習能力がついていた。
 ふっと英士が笑った。

「そのドコモ、何の略を取ってそう読んでるんだと思う?」
「え、ドコモってそれが会社名じゃねえの!?」

 食いついた。
 冷凍コロッケを口のなかで噛み砕きながら、一馬はまたしても英士の手口に乗った親友の片割れを、しみじみといい奴だと思った。
 結人は軽薄そうな印象とは裏腹に計算高いところがあるが、自分の知らない情報に弱いという欠点がある。ちょっと興味を惹かれることを出されると飛びつくのだ。

(それがまた、英士だから上手くいくんだよなあ…)

 赤の他人とは思えぬ精神的な繋がりを持つ自分たちにとって、互いの言葉というものはそのまま信用してしまう。
 それを使ってときどき結人をおちょくる英士も、何度やられても懲りない結人も一馬はすごいと日々痛感してきた。
 ちなみに一番引っかかりやすい一馬で英士が遊ばないのは、一馬では手応えがなさすぎるという英士自身の趣向の問題だった。
 英士はさっきの笑みをより深め、不敵そうな顔を作った。


「そう、ドコモって携帯電話関係がすごいところだよね。それで、携帯電話って文字通り携帯するために開発されたもので、初期の頃は高額だったり維持費が高かったりして、なかなか普通の人は買えなかったでしょ。でもやっぱり必要なときになかったら困ったり、逆のこともあったんだ。
 その点を踏まえて社名を決めるときに出されたキャッチフレーズがあって、その
 『どうしても
  困ったときに
  持っていけ』
 っていう宣伝文句の略なんだよ」

 どうしても 困ったときに 持っていけ

 『do』
 『co』
 『mo』


 英士は自信に満ちあふれていた。
 一馬は吹き出すのをこらえた。
 結人は一瞬で冷めた顔になった。

「…おい、英士」
「なにかな、結人」
「お前またウソついてんだろ!」
「ついてないついてない。今度は本当だよ。昨日学校の友人に教えてもらってね、あんまりに意外だったから結人たちにも教えようと思ったんだ」

 英士は心底から大真面目に言っているようだった。
 訝しげな顔をしている結人が、信頼と疑心の狭間で揺れ動いていた。
 それを見ている一馬も、英士がこれほど真剣に言っているのなら本当なのだろうかと信じかけていた。

「面白いでしょ? あの会社がこんなギャグみたいな方法で名前決めたなんて」

 畳みかける郭英士。嘘くさい微笑は消え、相手を説得させる真摯さが垣間見えた。

「…マジで?」
「本当だってば。気になるなら、そのあたりの…そうだな、上原とか桜庭とかにも言ってきてみれば? 知ってるかもよ? 案外風祭が物知りだから本当だって証明してくれるかもしれないし」

 第三者を出すことで、英士は結人にそこまでの自信があるのだと暗黙的に伝えた。
 一馬は最初から何も言えなかった。
 まんまと英士の語る情報に引っかかった結人は、とうとう納得してしまった。

「っへー、俺そんなん知らなかった!」
「でしょ? ちょっと意外で間抜けな企業裏話だよね」
「おもしれー! 後で他のヤツらにも教えてやろー」

 愉快な新情報を得た結人は機嫌よく笑っていた。
 それを見ている英士が、口許をほんのかすかに上げ、にやりとほくそ笑むのを一馬は見た。

「えええええええ英士?」
「ん? 何かな、一馬? 一馬は知ってたよね、『どうしても困ったときに持っていけ』って」

 にっこり。

「…………………」
「知ってたよね?」

 微笑の圧力。
 耐えきれなかった一馬がこくこくと頷くと英士は満足げな顔を見せた。







 数分後、若菜少年不在の場での郭少年の言。

「あんなの嘘に決まってるでしょ。
 どうしても困ったときに持っていけ? 非常時にしか使わない携帯電話作ったところで使う人すごく限られるって、ちょっと考えればすぐにわかるのにね。そもそも普通に考えてあんなのあるわけないでしょ。信じちゃう結人の将来が心配だよ。
 でも結人が言いふらせば、多分桜庭とか上原とかも信じるでしょ。風祭なんて素直だからそのまま鵜呑みにしそうだし、そこから小岩とかにも伝わって、面白いことになりそうだよね。
 一馬は人の話を全部鵜呑みにしちゃダメだよ。嘘つきが嘘つかないって言ってること自体が嘘なんだから。
 え? ドコモ? 確か日本語の「どこでも」をヒントにしたとかじゃなかったっけ?」



 友情とは時にひねくれた愛情表現になる。
 その日一馬が悟ったのは、構わずにはいられない英士の結人への愛だった。


 ちなみにその後、東京選抜内でドコモ名称の話が流れに流れ、飛葉中のキャプテンが「バカだよお前ら」と一笑に付し、武蔵野森のキャプテンが正解を伝えることで噂の沈静を得た。






***************************
 きっと杉原くんは正解を知らずとも違うことぐらいは見抜き「でも面白いからほっとこう」と微笑みで知らない振りを、黒川くんと木田あたりが「…そんなわけない」と内心でツッコミを。
 藤代そのまま信じ、帰寮して笠井に報告。呆れられる。
 渋沢「こいつら素直で可愛いなあ」と杉原とは別の意味でチームメイトを微笑んで見守る。そろそろマズいと思った頃、友人三上にネットで調べてもらった正解を教える。
 椎名、最初からばかばかしいと無視。彼の携帯はきっとドコモ。
 噂の出元を知りつつも、嘘だとは言えない真田。
 自分のささやかな発言で思った以上の効果を得て至極ご満悦の首謀者。
 やっぱり嘘だったと知った瞬間「英士のばかやろうーッ!」と泣いて去った若菜少年。

 という妄想でした。

*********再録ここまで
 2003年3月28日からの再録でした。
 どうしてもこまったときにもっていけ、ネタ。

 リクエストくださったShinさん、ありがとうございました!
 そうですよね、メルフォないとメールとかするのって、勇気いりますよね(実感あり)。長年お付き合いくださってありがとうございます。

 実は、当時もけっこうな反響があったネタです。

 元ネタは、長い友人の神咲あきこさんが言い出しました。
 発想力の桁が、私とは三つぐらい違うお方です。私の思考が三角なら、彼女は金平糖です。すごいよ!
 関係ないですが小・中・高一緒で、学生時代の初バイト先は一緒で、大人になってうっかり同じ会社に勤務したりもしました。

 当時笛ネタで会話できるのが私の周囲では彼女ぐらいしかおらず(今もか)、よくネタをもらいました。
 原作:かんざきあきこ 文章:とおこ(さくらいみやこ) のネタは、割とよくあります。人が言ったネタを横取りしてすいません…。

 私は三上に夢を持ちすぎだと思いますが、彼女は英士に夢を持ちすぎだと思います。いつもネタをありがとう!

 おまけ。
 昔から彼女が言うもののまだ私が書いたことのない英士ネタ。

「カエルの卵が苦手なら、きっとタピオカとかも食べられないよね。でもフェミニストだからきっと女子にこれ食べてって言われたら無理やり食べてみせると思うんだ」

 …これをうちのサイトでアレンジするなら、結人に「ほれあーん」とかスプーンにタピオカ乗せて差し出されたら遠慮なくべしっとはね除けるけれど、従妹にされたら渋面で視界に入れないようにしながら無理やり飲み下し、鳥肌をやせがまんする英士くんになるのではないかと思います。

 ところでこれ書いた当時、まだドコモは業界最大手で、そふとばんくなんて社名はなく、えーゆーとかもありませんでした。






再録:1月25日(笛/郭英士)。
2011年02月19日(土)

 今日から年上期間。








 イトコというのは、自分の父母の兄弟の子どもの関係を示す語彙である。戸籍法で言うなら四親等の関係に当たり、同法の定める三親等以内の関係ではないので婚姻は可能であるが、それは蛇足なのでさておき。
 三文字でイトコといっても、日本語では漢字によってその内実が異なる。おじあるいはおばが、自分の父母より年上の兄弟か年下かで伯父か叔父か、と分かれるように、イトコも男女によって従兄弟、従姉妹、という違いに始まり、年齢差によって従兄、従弟、従姉、従妹、と細かく分かれるのだ。
 そんな面倒な日本語表記でいうと、郭英士の従妹は『妹』の字面通り、彼より年下に当たる。たとえ同じ学年であろうが何だろうが、彼女は彼の妹格なのだ。

「…これでまた年下になっちゃったなー」

 あーあ、と大仰なためいきをついて件の彼女はクッションごとベッドに倒れ込んだ。
 真後ろからそれを見ながら、英士は脱ぎ散らかした彼女のコートやらマフラーを拾った。

「別に今更上も下もないでしょ」
「だって英士のくせに私より年上なんてずるくない!?」
「…だったら自分のコートぐらい自分でハンガーにかけたら」

 じろりと横目で睨んだが、英士のベッドで引っくり返っている彼女は首だけ相手のほうを向けた。

「だって英士がやってくれるもんね?」
「…そういうこと言ってる限り一生年下だよ」

 この姫様体質、と今日から数ヶ月間完全に年下になる従妹に英士は悪態を吐いてみたが向こうは気にしていない。

「だって今日もー疲れたー。人多すぎ歩きすぎつーかーれーたー」
「しょうがないでしょ、人多いところ行ったんだから」
「英士ー」
「なに」
「脚もんでー」
「踏むよ」

 英士は自分のコートを脱ぎながら即座に言い返す。向こうが無念そうに半身を起こす気配があった。かったるそうに長くなってきた髪を手櫛で引っ張りながら、彼の従妹はふいと横を向く。

「いーじゃない、そのぐらい。けち」
「へぇ?」

 そうでなくても今日色々世話を焼いてきた気のする従兄として英士は若干感じるものがあった。
 ときどき思うのだがこの従妹は自分の存在にありがたみとかそういうものはないのだろうか。…あるにはあるのだろうが、さっぱり見せようとしないあたりどうしようもない。

「…脚だっけ?」

 ふっと息を吐いて尋ねると、彼女は意外そうに首を傾げた。

「やってくれるの?」
「言っとくけど、脚だけで済むなんて思ってないよね?」
「は? いや英士そんなベタな」

 わざと適当に脱いだままだったコートをそのあたりに放って、ベッドに片膝を乗せるとスプリングがきしむ音がした。
 もうヤケだ。英士はひきつった顔になった従妹ににっこりと笑う。

「それ、誘い文句でいいんでしょ?」
「さそ、誘ってない誘ってない誘ってないってばぎゃー!」

 肩のあたりに伸ばした腕を当てて自分ごとベッドに倒してみると、見事に抵抗された。それも当然で、英士がやったのは位置を少し変えたプロレス技のラリアットに近い。

「…若い女の子としてその叫び声はどうかな」
「若いから女の子なの! 英士より若いんだからね!」
「さっきと言ってること違うんだけど」

 ついでなので起き上がろうとした相手の首を、英士は背後から腕で固める。

「ちょ、英士苦しい苦しい!」
「ああごめん」
「…いやだから離そうよ。あとお願いだから間接技はやめてね。そういうのは一馬くんに」
「一馬に何か恨みでも?」
「いや、なんとなく一馬くん丈夫そうだから」
「ひとの親友に失礼な。俺は一馬より結人のほうが一度シメたいね」
「英士も結構失礼だと思うよ」
「そうでもないでしょ」

 しれっと言うと、座ったまま片腕でホールドされている彼女がぐいと英士の腕を押し出し、輪から抜けると向き直った。

「英士」
「なに」
「誕生日おめでとう。大好きよ」

 無敵の笑顔で告げられ、英士が拍子抜けた隙に従妹はベッドから降りドアのほうへ逃亡を試みていた。

「…すごい逃げ方だね」
「いやほら、さっき買ってきたケーキあるでしょ? あれ食べよ。持ってくるから」

 じゃそういうことで、と早口で言いながらドアの外へ逃げていく従妹を、英士はわざわざ引きとめようとは思わなかった。少しらしくなかったかもしれないと思いながら、先ほど放り出したコートを取り上げ、丁寧に伸ばしながらハンガーに掛ける。
 十七になり、身長も中学生の頃より伸びた。成長期を過ぎた従妹とは、背丈の差は増えるばかりだ。コート一つ取っても並べるとサイズの差が明らかで、些細な年の差よりそちらのほうが気になる。

(そのくせ相変わらず決め台詞は変わらないし)

 一体あの従妹はいくつまで大好きを繰り返すのだろうか。

「…別にいいけどね」

 この感想も、一体いつまで思い続けることか。
 小さく笑ってしまう自分を認め、英士は先ほどと同じ場所に腰を落ち着けて従妹を待つ。
 そそくさと部屋を出て行ったとき耳のあたりを赤くしていた彼女が一階でどんな顔をしているか考えると、少しだけおかしかった。





 誕生日おめでとうございます。









*************************
 2004年の英士誕生日ネタでした!
 ※当時の英士さんの誕生日は17歳とかではありません。

 いずみさんからのリクエストで、「各キャラ誕生日ネタを」とのことでしたので、日記がこっちに移行してからあまり書いていなかった英士さんと従妹を出してみました。

 字面だけで「同じ学年の従妹」と決めたのが、デフォルト名の靜さんです。
 いまさらですが、「しずか」と読みます。以前「せい」かと思ってました、という意見があったので(そういえばそのほかのヒロインズは読みにすると三文字が多い)。

 もう一つ。
 メールフォームを、目次ページ以外にもつけてみました。
 この日記本文ページの下にあります。
 過去再録のリクエストはストックが切れるまで受け付けさせていただきますので、ふと思い出したものがありましたらいつでもお寄せ下さいませ〜。
 そして新作、新作を、ね…(がんばります)(真田止まっててすみません…)。






再録:掌(笛/三上亮)。
2011年02月13日(日)

 一番大切なものほど一番上手く愛せない。








「知ってるわよ、そんなこと」

 青年にしてみれば決死の思いを、彼女は即座に切り捨てた。
 決闘場のように二人の間を潮の香りが勢いよく通りすぎていく。
 冬の海。予報では雨か雪になるという曇天の空の下、無人の砂浜で対峙する彼らの空気は切迫していた。
 彼女は風に混じる砂粒に顔をしかめ、流された髪を手櫛で直しながら彼を見据える。

「あのね三上、いまさらあなたに私のこと一番に考えろなんて言わない。出来るわけない人にそんなこと期待するわけないでしょう?」

 普段より早口の彼女の目だけが少し泣きそうだ。悲しいのではない。もどかしいのだ。自分の気持ちを上手く表現出来ない自分自身が。
 似た者同士なのだと、三上は以前から考えていたことをさらに確信した。
 大事だからこそ慎重で、傷つけたくも傷つきたくもない。相手のことになると器用に立ち回れない。嫌われたくないと、その一心が素直にさせてくれない。
 ただ、好きなだけなのに。
 その言葉を上手くいかなくなるたび幾度繰り返しただろう。

「…出来ないことを、して欲しいなんて思わない。そっちもそうでしょう? 私に私でなくなれなんて無茶言うほど馬鹿には見えないもの。私もそう。素直に感動したり素直に笑ったりする三上と四六時中いたいなんて絶対思わない」

 さらに早くなる口調。日頃落ち付いた喋りをする彼女にしては珍しい。
 三上はそれを止めたり阻もうとは思わない。よくわかっている。早口は、三上と同じように不器用な彼女が精一杯気持ちを伝えようとする前兆だ。

「私は、上手く愛して欲しいなんて思わない」

 はじめて彼女の手が三上に伸ばされた。
 男物のコートを掴む女の手。白い指先が三上の心臓の上から彼を捕らえる。
 泣きそうでも強い瞳。凛として揺らがない彼女の強さ。稀に弱く脆いが、時に激しくひたむきだ。
 負けた、と三上は心の中で呟く。ここでさらに逃げたら彼女は二度と手に入らない。

「…俺、マジでサッカーしか出来ねえぞ」
「サッカーが出来るからプロの世界にいるじゃない」
「…まだJ2チームだし」
「今期3位だったんだから、次も可能性あるでしょう?」
「長男だぞ」
「私が末っ子だからバランス取れていいじゃない」
「…もし移籍とかしたら転勤だぞ」
「行けるところまではついていってあげるわよ」
「………」
「これでも多少は覚悟してるのよ」

 多少どころか充分だ。
 ためいきにならないよう苦心し、三上は冬の海岸線を目の端に捉える。雪は降るだろうか。降らずとも構わないが、出来るなら彼女と一緒に見たい。
 上手く愛せないかもしれない。この先もずっと、心配や苦労を掛けるかもしれない。
 それでも、構わないと言う彼女に甘えてもいいのだろうか。
 逆に泣きたくなりながら三上はふと気付く。いつの間に、自分以外の人間がいなければ駄目なのだと自覚してしまっているのか。そんな男は弱いだけだと十代の頃思っていたはずだったというのに。
 それなのに、今の自分を十代の頃ほど嫌いだとは思わない。
 彼女に会って、別れて再会して、最後に辿り着いたのは『三上亮』を嫌いではない自分だ。
 誰かを愛すること。自分を好きになること。それを覚える間、胸の中に在った面影。

「三上」

 促す声。やさしい笑み。支えてくれる手。
 言葉は、行動は一つしかない。


「…ずっと一緒にいろよ」


 胸に当てられた手を掴む。支えを求めて引き寄せる。肩口に額を押し付けた。
 熱くなった耳できっと泣きかけたことを悟られた。彼女は笑わず、受け止めその手で彼の背中を撫でた。

「…言われなくても、今更離れるわけないでしょう?」

 お互い明確な言葉にはならない。そう出来ない。
 わかりやすさだけが気持ちを伝える手段ではない。しょうがない人だと小さく笑う彼女は結婚の二文字を言えない三上を責める気は微塵もない。肩の重みも笑って許せる。
 完全に理解することは難しいかもしれない。けれどきっと、認めることは出来る。
 ふと見上げた空と海の境目に、白い何かが舞おうとしていた。









***************************
 微妙っぽいですが、正規更新の三上話『白色挿花』の続きっぽく。
 …という感じで、2003年11月24日より、再録です。

 リクエストくださったアヒルさん、ありがとうございました!
 元ネタがミスチルの曲だというヒントを元に、この曲の発売時期から逆算して探しました。
 た、たぶんこれだと思うのですが、どうでしょう…?(違ってたらすみません)

 当時コメント。

> 完全に人間同士が同化出来るとは思えない。だけど、いいところと悪いところを認め合って、許容したり譲り合ったりすることは出来ると思います。そうなれたらいいと思います。

 今もそう思います。

 あっちこっちちらぱっているのを集めようキャンペーンということで、再録リクは当面受け付けております。
 先日からこそっと小ネタ用メールフォームをつけてみました。
 ここの一番下です。
 何かありましたらお気軽にどうぞ〜。
 ジャンル・キャラ・こういう場面だった気がする、といったヒントを下さると、探すのに大変助かります(だいたいでいいですので)。

 特になくても、このキャラのやつ、と言っていただければ何か引っこ抜いてきます(私が読むに耐えうるものを…)。
 小ネタでフォロー前提だった三上は、鉄壁ですが。

 前回募集したことで早速何通がリクいただき、本当にありがとうございます!
 これまでメール下さったとか、はじめましてが今回だとか、そういうのはお気になさらず! 私まったく気になりません。
 だってメールって送るの、勇気いると思うので、何かきっかけないとむずかしいですよね〜…みたいな(私がそう)。


 話変わって、雪が降ったりとこの寒さとその前の暖かさの差でか、私の胃も大荒れ模様となりました。
 雪の連休は、何日かぼーっとベッドからそれを眺めました。
 枕元がすぐ小窓で庭を眺められる(そして公道に面していない)って、意外とぜいたくっぽい?と思う小市民です。






彼の歌姫(ボーカロイドシリーズ/初音ミクとマスター代理)(その他)。
2011年02月06日(日)

 そして彼女のマスター代理。








 正しく手に入れたものならば、大事にする。
 けれど真っ当な手段以外で手に入れたものほど、思い入れがなくなってしまう。
「信じらんない!」
 彼の前にいる、青緑の髪の少女はそうして『真っ当ではない』方法で手に入れた妖精だった。
 まだ幼さが残るふっくらした頬を赤くして、少女はぶるぶると肩を振るわせて怒る。
「信じらんない! 信じらんない!」
「そう連呼すんなよ」
 肘掛けのついた椅子に座った彼は、彼女の怒りの視線から逃れるため、くるりとスツールを回した。
 黒いスチール机の上には、一週間前にやっと手に入れた新しいPC端末。合わせて買ったスピーカーもプリンターも、まだ真新しい。
 そしてその机の下には、もうほぼ用無しになっている前のHDDが放置されていた。
「信じられない! 最低! ばか!」
「ミク、うるさい。仮にも俺はマスターや」
「違うわ! あんたなんか、マスターじゃない!」
 高い声を張り上げ続ける少女は、泣き出さないのが不思議なほどだった。興奮にうるんだ大きな目とはっきりと開かれた桜色の唇。
「マスターだっていうなら、新しい端末買ったらちゃんと私をインストールしてよ!」
「前のに入れたままでもいいんやろ?」
「よくない! ちゃんと私を使って!」
「…ワガママな」
 あのな、とそのきんきんに張り上げた声にそろそろ耐えかね、彼はまたくるりと彼女を見やる。
 床に仁王立ちした小柄な彼の歌姫と、座った彼とはだいたい目線が近くなる。己の余裕を見せるように、青年は足を組み替え、黒い前髪の間の目をすっと細めた。
「お前は俺のもん。俺がどの端末にインストールしとこうが、俺の勝手」
 ゆっくりと言い聞かせるように告げ、手を伸ばして少女の顎に触れる。
 彼の手を彼女は厭わなかったが、大きな瞳はこの尊大な言いぐさを許す気はなさそうだった。
 いま彼の前にいる少女は電子の歌姫、初音ミク。業界を風靡したといっても過言ではない、人工の音声ソフトウェアが具現化したものだ。
 彼はこの歌姫を、幾百万に近い偶然から手に入れた。
 ただし、『真っ当ではない』手段で。
「違法コピーして手に入れたあんたが、マスターを名乗るなんておかしいわ!」
「だけど事実、お前は俺から離れられない。俺がアンインストールしない限りは、俺の歌姫。お前たちの中では、そういう定理なんやろ?」
 俺から離れていけない限りは、お前は俺のもの。
 細い顎を先でくすぐり、睥睨すると、ツインテールの少女はさらに激昂した。
「犯罪者!」
「人間、多かれ少なかれこんぐらいのことやっとる」
 オリジナルからの違法コピー。それをネットの世界に流用。違法ダウンロード。
 正規の方法で『初音ミク』を購入しても、せいぜい幾万ぐらいの金銭がかかる程度だ。音楽家のCDや、映画のDVDはもっと安い。けれど小金を惜しむのが人の世の常。そうして多くの人が、ささやかな軽犯罪に手を染め、それが常態化する。
 皆やっているから、といういいわけを彼はしない。ただ、
「タダで手に入るものをわざわざ金出したくない」
 というケチな性分が、罪悪感を上回っただけだ。
「ばか! 最低! ろくでなし!」
「それは褒め言葉か?」
「違うに決まってるでしょ!」
「じゃあミクは、俺のこと嫌い?」
 気弱な声を出して、顎に触れた手をそっと下ろす。
 少女がとっさに唖然とした顔をした。
「嫌い?」
 たたみかけると、ミクは困ったように視線をさまよわせ、しょんぼりとうつむいた。
「…きらい、じゃ…ない」
「そーか」
 ならよかった。そう言って、小さな手を取ると、彼は自分のもう片方の手でぽんぽんと叩いた。
 彼女たちボーカロイドは、この世で一体だけが具現化できるそうだ。どのインストールのタイミングで、具現化ボーカロイドを手に入れられるかはわからない。すべては運が左右する。
 そしてインストールした人間は『マスター』と呼ばれ、具現化した彼らを近くに置くこととなる。迷惑極まりないと思えば、アンインストールすれば彼女は目の前から消える。
 逆にいえば、端末を変えようが、明確な意志でアンインストールしなければ彼女は彼のそばを離れられないのだ。
 そして感情面豊かに開発された『初音ミク』の最大の魅力、マスターの歌姫になることに全力を尽くす、というプログラミングは『マスターを嫌いになれない』というものであった。
 違法インストールの結果現在のマスターと歌姫という関係に至った彼の『初音ミク』は、不平不満は慣らしても、彼がどんなこと、何をしようとも決して彼を嫌いになることはないのだ。
 それは幸福なことでもあり、不変のものへのおそろしさを彼に伝えた。
「嫌われないなら、俺は何でもいいなぁ」
 はは、と笑い、彼はまた新しい端末のほうへ向き直る。
 ミクがきゅっと拳を握る気配をみせた。
「…じゃあ私は、そのHDDが壊れるまで、使われずにここにいるだけなの?」
 豊かな感情をふるえる声に変化させた少女の空気。
 ふっと彼は息を吐いた。
「そんな寂しそうな声すんなって。じき、こっちにもインストールするから」
「じきって、いつ」
「さあ…、インストールCDが見つかったら?」
 背を向けたまま肩をすくめた青年を、ミクは大きな目を丸くして見つめた。
 まさか、と少女はつぶやいた。
「あんた、私のインストールCDどっかになくしちゃったんでしょ!」
「まあ、そうともいうなー」
「ばか! 信じらんない! だからいつもお掃除してって言ってるのに!」
「そのうち見つかる」
「そんな根拠どこから来るのよ! やだもうー!」
 大して広くない1Kの住まいは、男一人所帯の散らかりっぷりである。
 新しい機器を導入したものの、初音ミクをインストールできなかったのは根源となるインストールCDがいずこかに紛れてしまったからだ。
「俺、整理整頓って文字ないの」
「持ちなさいよばかぁ!!」
 椅子の背ごしに、ミクの拳が彼の肩をぽかぽかと叩く。
「あーイイ感じ、ミクもーちょい力入れて」
「肩叩き代わりにしないで!」
 ちゃんと歌わせて!
 澄んだ高い声で自分の役目を訴える少女に、青年はいい加減な態度のままどこか楽しそうに笑った。









*********************
 初音ミクを売るクリ●トン側からすればユーザーとは、正規に購入してインストールした人のはず。
 でも現実、違法コピーで使ってる人も多いわけで。

 初音ミクが、違法CDからのインストールデータだったなら、マスター(本来は購入して使用するユーザー)とは正常な関係であるのか。
 …という疑問から発生した、私の初音ミクとマスター妄想。

 そして、そういや私のミクさんは、前のPCから今のPCに移行してないな…ということから、今回マスターを書いてみました。
 私的ボカロ設定が前に携帯日記のほうにあったんですが、消してしまったので、どこかにおいてあるコピーを探してみます。






再録:2月3日(笛/渋沢と松葉寮)。
2011年02月05日(土)

 生死与奪の権利はどこにあるか。










 二月三日、朝から渋沢克朗は一冊のファイルを前に悩んでいた。
 部活引退後の朝は遅い。午後の練習には高等部のものに参加することになっているが、朝練習は引退してから卒業までは消滅するのが慣例だ。そのために以前ならばとうにグラウンドに行っているはずの時間も寮内で過ごしていられる。

「…どうするかな」

 人気のない階段に腰掛け、すでに幾度も読み返したファイルを開く。
 ア行からの名前が紙面の上から順に連なるそれは、総勢五十名を優に超える武蔵森学園中等部男子サッカー部の今年度の名簿だ。三年の浅井から始まり、一年の渡辺で終わる。
 この日、前年度部長の彼には一つの役目があった。それを補助するのがこのファイルだ。

「……どうしよう」

 同じことを先ほどから独りで繰り返し、ファイルを閉じてはまた開く。
 渋沢がうつむくと、淡い茶をした前髪が視界の隅に引っかかる。その合間で眉間に皺が寄るのが自分でもわかっていたが、やめられそうになかった。

「浅井、安部、安西、伊藤…」

 名簿の上から読み上げてみるが、思い浮かぶ顔がどうしても決定打にならない。

「参った」

 お手上げだ。
 そう思いながら、とうとう渋沢は膝の上のファイルに額を押しつけた。

「おーい渋沢ー」

 二階から三階へ繋がる場所にいた渋沢のほうに、階下からの足音が聞こえてきた。
 渋々顔を上げると、声からの予測通り同学年の中西が踊り場から顔を出した。

「決まったか?」
「いや…」
「三上が食堂ですげーイライラしてんぞ。早く決めろよ」
「じゃあお前でいいか?」
「嫌だ」

 即座に断られ、渋沢はファイルの上に頬杖を突きながら中西を軽く睨む。

「なあ、ジャンケンじゃダメなのか?」
「んなこと言ってもなぁ。代々部長が決めるのが慣わしってヤツだろ。ここでジャンケンで決めると、後で高等部に知られたらマズくね?」

 運動部の縦関係は厳しい上に古典的だ。大所帯になればなるほど秩序を重んじ伝統を尊ぶ。去年やったことは今年もその通りやれ、というのが暗黙のルールだ。
 わかってはいるが、と渋沢は毎度の肩書きを少し恨んだ。

「…節分の鬼なんて、やりたがる奴は滅多にいないからなぁ…」

 本日の渋沢克朗の使命、それは節分における豆まきの鬼役を指名することだった。
 寮生活ではとかく節句ものがクローズアップされる傾向がある。例をいくつか挙げるなら、五月の節句には松葉寮の風呂は菖蒲湯になり夕食に柏餅がつき、土用の丑の日にはうなぎ、冬至にはゆず湯となる。寮生たちはそうやって季節を体感しているのだが、当然のように二月の節分も怠らない。
 本来節分とは立春の前日だけではなく、立夏、立秋、立冬の前日それぞれを指す語彙だったが、今では二月三日の立春の前日だけを節分と呼ぶようになっている。その日に災厄を払い、福を呼び込む儀式として豆を撒くわけだが、松葉寮では毎年鬼役を立てることになっていた。

「本当なら朝には言わなきゃならないんだからな」
「わかってる」

 珍しく期限を破った渋沢に、中西は同情するような笑みを浮かべた。

「お前もさ、そんな生真面目に考えなくてもいいからさ、パッパっと適当な奴に」
「三上か?」
「あー奴は半分予測してるぜ。今ごろ必死で心の準備してるだろ」

 ありゃ見物だ、と笑う中西を見て、渋沢は額に手を当てた。
 松葉寮の豆まきは豪快である。というより、豆を撒くというより鬼にぶち当てると言ったほうが正しい。階級学年関係なく、その一瞬だけは鬼役に向かって日頃の鬱憤が張らせる。
 あまりに盛大にまきすぎると後で掃除が大変だが、そんなことは後で考えればいいとあの一瞬誰もが思うことは渋沢も中西もよく知っていた。

「三上だと…あまりに奴が憐れだ」
「そりゃそうだ」

 ここぞとばかりにあの炒った大豆という武器を向けられるに違いない。
 そのあたりが鬼役の人選の難しさにある。あまり性格的に難のある人間にすると、現場は強烈なイジメの舞台に変貌する。三上は三上で司令塔として君臨してきた実績はあるが、一度彼に思いきり物を投げたいと思う人間は少なくない。
 いっそ自分がやれば楽だと渋沢は考えているが、それも慣例として部長職にある人間は鬼役になれないのだ。不思議な運動部の不文律がそこにある。
 そこそこに人望があり、強烈な豆当てを容赦される人格と、そこそこにその不条理を受け流してしまえる者、というと人数多きサッカー部といえども限りがある。

「藤代は?」
「あいつは去年やっただろう。二年連続は可哀想だ」

 今年こそ俺にも豆まくほうやらせて下さいね! と念を押しに来た藤代を思い出し、渋沢はまた名簿のファイルを開いた。こんなに人数がいるというのに、条件に合致する人間はなぜいないのだろう。
 ア行から延々と頭の中でマルバツをつけながら進んでいった渋沢の視線が、二年生の真ん中過ぎで止まった。

「……間宮、っていうのはどうだろう?」
「おお、いいんじゃね? っつーか俺でなきゃ誰でもいい」
「…だが、今年で間宮を使うと来年の部長が困るな」
「…………」

 役の過酷さを慮ると、連続でその役目に就かせることにでもなればあまりに非情すぎる。
 自分の意見にダメ出しをした元部長に中西が呆れたように口を変な形にした。

「おいおい渋沢ー、来年に気遣ってどうするんだよ」
「だがなぁ…」
「そんなこと言ってたら夕方までに決まんないだろー。じゃ間宮で決定! 俺ほかのに知らせてくるから!」
「待て。別のにする」

 渋沢は手を伸ばし、中西を止めた。腕を掴まれた中西が嫌そうな顔で振り返る。

「あのー、渋沢サン?」
「お前がいい。お前がやれ」
「ば、馬鹿言うなぁ!! ヤだねヤだよ俺は嫌だ!」
「お前なら他の奴らにも恨みは少ないし、適当に身長もあるから的にしやすい。ちょうどいいだろ」
「よかないし!」

 叫びながら頭を抱えた中西だったが、渋沢はむしろ解放された気持ちになっていた。悩みが解決された人間の雰囲気を漂わせ、彼は立ち上がる。手にしたファイルはもう要らない。

「お、おい渋沢頼むよマジで!」
「中西」

 これ以上俺を煩わせるな。
 そんな気持ちで、渋沢はにこやかに笑って彼の肩を叩いた。

「元部長命令だ」

 いい言葉だと珍しく特権を意識しながら、渋沢は食堂のほうへ歩き出した。

「…お前が一番鬼だーッ!!」

 今日の夕方の苦行を想定したのか、涙混じりの叫びを渋沢は背中で受け流す。
 何を今更、という感想が渋沢の本心だった。
 鬼役になった者は以後二度とやりたくないと言うのが常だ。そんな人選の決定権を持つ者が最も鬼に近いに決まっている。

「健闘を祈る」
「祈るなぁ!」

 喚いた中西の声はひたすら寮中に響き渡り、同時刻食堂にいた三上が心底から安堵しているだろうことを、渋沢は晴れ晴れとした気分で想像した。







*************************
 2004年2月3日より、再録です。
 節分ネタ。松葉寮妄想はたのしい。

 さらっと書きましたが、6年前。
 ろくねん…。
 再録しようと過去書いたものを探すたび、そんな前だったっけ? と首をひねらずにいられません。
 節分ネタは翌年もう一回書きました。

 下火弱火になることはあっても燃え尽きずまた鎮火もしない。それが私の笛ジャンル…という感じです。

 真田4タイトルめの4話は、来週中には更新予定です(長い予定期間…)。
 もうちょっと活性化させるために、過去の物でも何でも使ってやるケチ根性で再録もぼちぼち登場させます。何か覚えている方でリクエストありましたらよろしくお願いします!

 ていうかその前にサイトのあちこち直したい…。アクセス解析とかいらないのになんでまだついてるんだろう…。
 去年の移行作業からほったらかし、で、す…。




<<過去  ■□目次□■  未来>>

Powered by NINJA TOOLS
素材: / web*citron