小ネタ日記ex

※小ネタとか日記とか何やら適当に書いたり書かなかったりしているメモ帳みたいなもの。
※気が向いた時に書き込まれますが、根本的に校正とか読み直しとかをしないので、誤字脱字、日本語としておかしい箇所などは軽く見なかった振りをしてやって下さい。

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あなたに魔法をかけましょう(笛/藤代と笠井)。
2009年01月30日(金)

「この先ずっと、誰も幸せにすることができないように」








 別れた彼女からそう言われた。
 あっけらかんとした口調で事実を聞いたとき、猫目の笠井竹巳は意味がわからず眉間に皺を寄せた。
 ストーブをつけていない武蔵森学園の真冬の教室は、午後の日差しだけが唯一の暖房であり、当然寒い。その場にいた三人はそれぞれ学校指定のダッフルコートをを着ていた。

「それって…つまり、藤代は他の誰も幸せにできなくなればいい、って、こと?」

 思考をさまよわせていた笠井を救ったのは、唯一の女子だった。陸上部マネージャーの彼女は、白い小首をわずかに傾げながら確認した。
 車座になる三人の中心には、学校机だ。井戸端会議にも似たこの光景は、友人同士の三人にとってテスト期間中の部活がない時期たまにあることだった。

「そうなんじゃない?」
「それ、呪いじゃないの?」
「よくわからん」

 気にした素振りもなく、黒い短髪の藤代は腕を組んでへらっと笑う。
 ようやくおぼろげながら話の輪郭がつかめてきた笠井は、ああこいつまたやったかと白い目を向けた。

「お前、別れた彼女ってどこの?」
「地元。こないだ帰ったときに久々にあって、ちょっと付き合ってみたんだけど、やっぱ遠距離って恋愛してても面白くないじゃん? だから別れようっていった」
「……………………」
「…最低」

 一つ年上の幼なじみと真面目な青春恋愛を築いている紅一点の空気が途端に冷ややかになった。

「なんで? 地元の人なら遠距離になるって最初からわかってるのに、なんで付き合おうなんて思ったの?」
「顔が可愛かった。久々に話したら、やっぱこいつ一緒にいて楽しいなって思った。悪い?」
「悪いわよ! 振り回して別れたってだけじゃないの!」
「だって付き合ってみなきゃわかんないことあるじゃん? 若いんだし、一人に絞らないで色々見て回ってみるのって大事じゃん」
「バカじゃないの!」
「あー川上さん川上さん、殴りたいのはわかったから、ちょっと落ち着いて、ね?」

 意外と沸点が低い彼女を、笠井はまあまあと手を伸ばしてなだめる。そうしないと椅子を蹴倒して立ち上がり、殴り合いになりそうだ。
 わけわかんない、と顔をしかめる彼女は、それでも笠井の意見を受け入れてか、渋々口を閉ざした。肩口ではねた髪を押さえ、不快さを表すようにふいと横を向く。
 空気が寒い。体感温度はコートと日差しで何とか間に合っているが、会話の空気が寒い。そして、こういうとき笠井は自分の役割は調停だと身にしみて知っている。

「で、別れ際に呪いをかけられた、と」
「呪いじゃなくて魔法」
「…一緒だって」

 笠井が軌道修正を試みると、妙に律儀に藤代が訂正した。
 色々思うところありそうな紅一点は口を引き結んで沈黙したままだ。

「この先、喜ばせたい相手が見つかるたび、この魔法を思い出せってさ」
「…『誰も幸せにすることはできない』」
「そ」

 がくん、と妙に大きく藤代はうなずいた。行儀悪く椅子の上で体育座りをすると、その膝の上に顎を置いた。
 マジで怒ってたのかな。
 小さなその呟きだけがやけに湿っぽく、笠井は軽く目をみはり、黙ったままの彼女は視線を藤代のほうへ戻した。

「別れようって言ってもすげーさっぱりしてたし、うんわかった、って軽かったから、てっきり向こうも大して何とも思ってないんじゃないかって思ってたんだけどさ」
「……………」
「……………」
「魔法って言われて気づいた。あいつ、俺のこと好きだったんだな」
「…………ばっかじゃないの」

 目を半眼にして、彼女が先ほどと似た台詞を吐いた。しかし今度は怒りよりも、呆れた声音のほうが強い。

「…呪いをかけたくなるぐらい、悲しかったんじゃないの? 好きだったから、『他の誰も幸せになんてさせてやるものか』って思ったんでしょ」

 たぶん、と視線を落とした彼女のほうが、藤代よりも感受性が高いのだろう。笠井は二人の間でそう思った。
 南に面して大きく取られた窓から、冬の午後の太陽が見える。淡い金色のその光を受けながら、藤代は珍しく神妙に友人の言葉を聞いていた。

「…怒ってたんじゃなくて、悲しかったんだと思う」

 しずかに、彼女はそう言った。
 けれどその考えは推測に過ぎない。真実は言った当人にしかわからず、藤代にすら正確に伝わっていない。そして恋は、当事者の二人にしかわからない部分が少なからずある。
 笠井はそう冷静に思っていたが、女子ならではの感想を言う友人に水をさすのも忍びない。そうかもね、と曖昧に相づちを打った。

「じゃあ、なんで別れたくないって言わなかったんだろ。言えばいいのに。そしたら俺だって考えたかも」
「それはわかんないけど…」

 口ごもり、少し目を伏せた少女の横顔。気づけば笠井はその日差しが当たらない側の頬をじっと見つめていた。
 十代ですら考え方は千差万別だ。藤代のように一人に限定せず様々な相手とぎりぎりの誠意で一緒にいる時間を楽しむタイプもいれば、彼女のように何年もたった一人だけを想うタイプもいる。
 両者の考え方の違いは如実で、傍観者には興味深かった。

「でも、少なくとも別れようって言われて、傷ついたことをわかって欲しかったんじゃないかな」

 その先の展開が欲しいのではなく、事態を解決したいわけでもない。ただ、傷ついて悲しい気持ちをわかって欲しい。
 結果ではなくプロセスに共感して欲しかった。
 女性らしい意見だな、と笠井は内心思ったがやはり口にはしなかった。
 そっか、と藤代が自嘲めいた返事をした。軽く息を吐き、ちいさく笑う。

「でも俺がそれを知っても、どうにもならないじゃん?」

 それを言ったらおしまいだ。さっきからあまり口を挟めない笠井だったが、藤代の無防備っぷりに唖然とする。女子にそんな論理は通じない。
 しかし意外にも彼女は、わずかに苦笑しただけだった。

「どうにもならなくても、知っておいて欲しいことってあるでしょ」
「女の子はそういうとこあるよね」
「うん、ある」

 笠井がやっと同意を示すと、きまじめに彼女がうなずいた。
 別に解決方法や相談に乗って欲しいわけではない、しかし話は聞いて欲しい。結果が必須だと感じる男子には不思議な女子の思考回路である。

「でも、そっかー。なんかわかった気はする」

 二人のほうを見ず、視線を窓のほうへ飛ばしながら藤代が目を細めた。中学時代よりもシャープになった顎のラインに、光が当たって影を作り出す。

「気づけなくて、ごめん、って言えばよかったか」

 好きでいてくれたことに対してなのか、悲しませたことをすぐにわかってやれなかったことなのか。付き合いがほどほどにある笠井にもその真意はわからない。
 彼女がかけた一つの魔法。ただ彼を恨んだのか、悲しさが悔しさに変わったのか、軽い気持ちでの嫌がらせか。どれでもない他の理由か。少なくともこの場に三人にはわからない。
 呪いをかけたくなるほど、悲しかった。それが一番現実に近い気はしても。

 あなたに魔法をかけましょう。他の誰も幸せにできないように。
 幸せになれないように、ではなく、幸せにできないように。
 そのあたりに少しだけ、彼女の本心が見えた気がするのは、おそらく今いる三人のうち二人だけだろうと笠井は思う。
 藤代は悪い奴ではない。欠点など誰にでも少しぐらいある。
 願わくば、と笠井は、友としてその魔法は不完全なものでありますように、とひっそりと思ってみた。









***********************
 オチがなくて困りました。
 適当に始めるといつもこうだ…。

 人を呪わば穴二つ。
 そんな正論じゃ止まれないほど誰かを呪うなら、誰も幸せにできないように、かなと思ったことがありました。
 もう充分だろ、と止めてくれる人がいてよかったと思ったことも。

 何かを返して欲しいんじゃなくて苦しくて辛かったことをわかって欲しかったこととか。
 悲しかったことを理解してくれなくてもいい、ただ知っておいて欲しかっただけとか。
 これ、ものすごく女性的な考えだと近年気づきました。

 そんなこんなをこねくり回して、割と書くのが好きな森三人組。藤代と笠井くんと結さん。こう放課後の教室とか、廊下の端っことか、学校時代ってなんか話すこと一杯あった気がする。






再録:デジタルのあちらとこちら(笛/三上亮)(再録)。
2009年01月13日(火)

 Akira-Mikami.com








 パソコンを慣れた手つきで立ち上げ、デスクトップの表示が落ち着くまでそう長くはかからない。
 ひかえめな桜色に塗られた爪をキーボードの上に落としかけてはまた手元に戻す。幾度も繰り返すその行為に対し、忍耐が切れたのは本人より隣の席の後輩が先だった。

「…せんぱーい、もうさっさと打てばいいじゃないですかー。理由なんてつけずに、ちゃっちゃか『こないだはごめんなさい。』で充分オッケーですよー?」

 語尾を伸ばした同じ課の後輩は、最後に「どうしてためらうんですか?」と無邪気に付け加えた。当の彩はただ息を吐く。

「どうして、私が謝らなきゃいけないのかって思ってるの」
「…これでもう三日ぐらい昼休みにそうやってるクセにー。喧嘩した彼氏さんからメール来てないってバレバレですよ」
「………忙しいのよ。今だってこっちにいないし」
「出張の多い人なんですねえ」

 大した感慨もなく後輩はそう言った。彩はさっさと見切りをつけたのか、パソコンの表示をメール送受信画面からインターネット画面に切り替えた。
 慣れ親しんだマウスを器用に操り、お気に入りフォルダから『公式サイト』と表示されているページを左クリックで選ぶ。
 フラッシュムービーが始まったそのページを、後ろから覗き込んだ後輩が意外そうに首をかしげた。

「へー、先輩ってサッカー好きなんですかー。っていうかむしろ三上亮?」
「………まあね」

 認めるのが癪な気がするのはどうしてか。
 頬杖でも突きたい気分だったが、生来の性格がそれを許さず、彩は黙ってインデックスからトップメニューページに飛ぶ。
 本人の写真画像が使用されているのは公式サイトだけだ。顔を見るのも妙に腹立だしく、さっさとメニューボタンの上から三番目、日記のところをクリックした。
 一日ごとにテーブル分けされている本人直書き込みが売りの日記が画面に勢揃いした。

「マメですね、このひと。ほとんど毎日じゃないですか」
「暇なんでしょ」

 知る人が聞けば、さっきと言っていることが違うと気付いただろう彩の言い草は、事情を知らない後輩が気付くはずもない。
 一日数行とはいえこまめに書き込まれている本人の日記に、彩はこっちにメールを寄越す暇はなくとも日記を書く余裕はあるのかと、今頃遠い場所にいる一応恋人とやらに別の意味で呆れた。

「…この人見栄っぱりよね。日記なんて一週間に一度ぐらいでいいのに、なんでこんなにムダにマメなのかしら」
「先輩は、好きなものほどけなしたがる人ですよね」

 えへ、と笑った後輩の観察眼は侮れなかった。

「愛情が裏返しっていうか、言葉遣いは悪くないのに、というかそのせいか、ちょっと厳しい感じになるんですよ」


 お前、いっつもそうだよな。可愛くねえ。


 突然胸によみがえった声に、彩はらしくなく本気で動揺した。
 喧嘩の原因はやさしさのない自分の一言だった。吐き捨て出ていく後ろ姿。閉められたドアの音に、振り返りもしなかった。

「…可愛くないって、ほんとね」

 ぽつりと彩が呟くと、後輩がまた首をかしげた。

「そうですか? 少なくとも、休憩ごとにメールチェックして、昼休みにごめんなさいの五文字が打てなくて三日も悩んでる先輩は、可愛いですよ? 恋する乙女じゃないですか」
「…乙女って、この歳でも言えるの?」
「いいんです。恋に落ちたらいくつだって女の子に戻れるんです」

 力説した後輩が本気なのか冗談なのか彩にはわかりかねたが、慰めてくれていることは確かなので、そっと微笑んだ。

「ありがとう」
「いえいえ。先輩は美人ですから、今の彼氏さんがダメでもきっとほかの人が見つかりますよ」
「………………………」

 うっかりそうねとは言えず、彩は返答に難渋した。
 つつつと未だ開きっぱなしになっている、プロサッカー選手の公式日記に視線を戻す。まだ昼だというのに、今日の分はすでに更新されていた。
 そういえば、いつ戻ってくるかも聞いていなかったことを思い出し、彩はまた沈鬱な思いに駆られた。自分が悪かったと認めるのなら、すぐ謝ってしまえばいいのだがタイミングを逃したままなのでどうもメールを出しづらい。
 ためいきを押し殺し、今日の分の日記を読む。
 簡素な文体は実にあの彼らしい。それでいて妙にまめまめしいところも。
 今日の日記は、その点が若干異なる部分があった。
 文章の一番最後に、わざわざ一行空けてそれまでの内容とは別個であることを示した一文。



『 明日帰る。』



 一瞬何のことか彩はわからなかった。
 けれど、一般のファン向けに相応の敬語を使っているその前の文とは一線を画した書き方。


「……………………………………私?」


 思わず声にまで出してから、自惚れかもしれないと己を叱咤した。
 けれど一度思ってしまったことを否定するのが嫌で、少し熱くなった頬を片手で押さえて隠す。

「…先輩?」
「……バカみたい」

 こんなところに書き込むなんて。
 笑い出しそうな気持ちを堪えて、彩は画面の一文に指を伸ばした。
 液晶ディスプレイから伝わるかすかな温度。指紋がついても、後で拭けばいい。

「…素直じゃないんだから」

 どっちがだ、と黒色の目を細めて文句を言いそうな三上を思いだしただけで、何となく笑みが浮かびかけたが、口許ではなく目許で笑う程度にとどめた。

「せんぱい?」
「…ちょっとね」

 意味ありげに視線を返しながら、彩は明日の予定のことを考える。
 差し当たって大きな予定はない。上司と、専属となっている常務の仕事にトラブルさえなければ定時に上がれるだろう。
 そうしたらまず買い物に行って、蓮根と筍とこんにゃく、それから鶏肉ときぬさやを買って先に帰っていよう。人参と干し椎茸はまだ残っているはずだ。
 筑前煮が出来上がる頃には、きっといつもの『これから行く。』の一文が携帯電話に送られてくる予感があった。

 仕方ないから、待っててあげるわよ。

 彩は胸中でそっと呟いた。
 ついでに公私混合はよくないと言っておくことも必要だろう。


「…一体何やってるんだか」


 呆れた笑みにある、不器用でも確かな愛情。
 無機質なデジタル文字がそれを教えてくれた。






***********************
 どうにこうにも、三上のお姉さんが代名詞のみで書くのが難しかったため、デフォルト名使用中です。彩さんといいます。

 以上ここまで再録。2002年の1月。
 あーそうそう当時中田の公式サイトっぽくこんなの書いたー…と読み返して思い出しました。
 なつかしい。

 先日ある方に「ジャンル何だっけ?」と訊かれ、「笛」と答えたら「ホイッスル!?」とものすごく驚かれました。
 驚かれるならまだいい。
 現在のWJジャンルの人に「それ何でしたっけ」と言われるよりは。
 ところで正規更新を年単位でやっていないくせに未だ「笛ジャンルにいます」とか言っていいのかしら(やめたほうがいい)。






花の匂い(種/キラとあの子)(捏造二十代)。
2009年01月06日(火)

 この花は彼女のために。









 鐘の音が遠くから響いていた。
 一度、二度、三度。決められた数だけ鳴らされる葬送の鐘だ。
 南半球の島国のオーブは、これから冬が始まる季節だった。キラは目を細めて薄く雲が広がった空を仰ぐ。庭園には、キラと冬咲きの薔薇だけが存在していた。
 鮮やかな赤い色。大人の拳ほどもある大輪の薔薇は、アスハ家の庭師が丹精を込めた結果だ。現在の当主はさほど庭造りに興味はないようだったが、数年前から女児が暮らすようになってから庭には花が増えた。
「とうさま!」
 薔薇園を十字に区切った道から、幼子が駆けてくる。白のワンピースと濃い青の外套の裾が動きに合わせて跳ねてる。
 幼子の紫の瞳を見つけ、キラはやわらかく笑った。
「やあ、おかえり」
「ただいま!」
 しゃがんだキラの首に、彼女はしっかりと抱きついた。黒い喪服に回される小さな腕をキラは抱きとめ、もう一度おかえりと言った。
「動物園はどうだった?」
「あのね、キリンさんがいたのよ。てんてんがついてた」
「そっか、キリンは斑があるんだっけ」
「ぶち?」
「てんてんのことだよ」
 首からそっと離したキラが教えると、彼の娘は「わかった!」とにこにこと機嫌よく笑った。
 寒空の庭園の中、子どもの可憐さが周囲を明るくさせる。その屈託のなさをキラは心から可愛いと思う。
 二十代に入るかどうかのうちに『父親』にはなったが、決して頼りがいのある父になれていたかは自信がない。それでもこの子はキラが思った以上に明るく真っ直ぐ育ってくれている。
「どうしてとうさまはいかなかったの?」
 立ち上がり、自然にキラの手を取った彼女は、同じ色の目をした彼を見上げる。
 大きな紫の目、癖のない栗色の髪。やや東洋人めいた肌の色といい、まぎれもなく血縁である彼女に、キラは少し困ったように笑いかける。
「僕は、お葬式があったからね」
「おそうしき?」
「そう。カガリのお供しなきゃいけなかったんだ」
 亡くなったのは今二人がいるアスハ家に連なる分家筋の令嬢だった。まだ十代半ばだという赤い髪の令嬢。キラは面識がなかったが、きょうだいであるカガリは知っていたようだった。
 若い人が亡くなるのは嫌だな。
 カガリはそう呟いていた。キラも同感だ。不慮の出来事で奪われた若い命は、悲しみしか運ばない。
 白い花に囲まれた赤毛の少女。目を伏せた白い面差しが、キラに遠い思い出の少女を彷彿させた。
 自分もかつてああして、誰かの命を奪い、誰かの葬列を生み出していた。
「…とうさま?」
「…ごめん、なんでもないよ」
「…………」
 子どもの前では泣かない。出来るだけ笑っていたい。育ててくれた母の笑顔を思い出し、キラは左手に握った小さな手を軽く握り直す。
 しかし、父親の感傷が伝わったのか、まだ七つにもならない娘はおもむろに喪服の足に抱きついた。
 やっちゃったかな、とキラは内心で自分にためいきをつく。素直で屈託がない分、この子は感受性が高い。カガリのように直感で他人の痛みに気づいてしまう。
「大丈夫だよ」
 僕は、大丈夫。
 手を伸ばし、キラは小さな栗色の頭を撫でる。
 しかしまだ小さくとも女の子のその髪を見ていると、かつて守りきれなかった紅い髪の少女を思い出してしまう。
 フレイ。もう何年も音にしていない名前だ。
 葬儀の後、薔薇を見に来たのはフレイを思い出したからだった。紅い花のように華やかに笑っていた彼女は、戦火に散り、今はもうどこにもいない。
 彼女とは、決して幸せなことばかりの恋じゃなかった。辛くて苦しい日々もあった。それでも嫌いになったことはない。
 好きだった。恨んだことも、憎まれたことがあっても。ただ好きだった。時を経ても、あの恋は忘れない。
「ありがとう、さ、カガリのところに行こう」
 生きながら伝説になってしまうほど誰かを殺めた自分が、こうして家族を得ている現実を恥じたことはない。罪は罪として、幸福は幸福として、割り切らなければ生きていけないと気づいたからだ。
 そして、抜け出せない苦しさを覚えたとき、こうして抱きついてくれる小さなぬくもりに、きょうだいや親友では埋められない何かが満たされる気がしていた。
 それは光のようにすべて照らしてくれるわけではない。けれど、ささやかな、可憐な花を見て心やすらぐ気持ちに似ていた。
 ようやく顔を上げた幼子は、笑いかけるキラを見上げて、ほっとしたように頬のこわばりを解いた。
「じゃあ、寒いし、あったかいお茶でももらおうか」
 そっと足から離れさせ、キラはいつものように左手で手を繋ぐ。利き手を万一のときのために空けておく癖は、親友から習った。
「うん!」
 淡い花がほころぶように笑う、小さな女の子。今のキラにとって何にも代え難い。
 どうか、この子が、自分のような存在に不条理に命を奪われることがありませんように。
 戦争してた人間のくせに、何て図々しいのよ。
 強く祈れば、紅い髪の少女の気の強い声が返ってくるような気がする。綺麗な眉をひそめて、高い声で、キラを非難する少女のすがた。キラが愛したフレイ。
 …わかってるけどさ、フレイ。ごめんね。
 だけどどこかで。
『ほんとしょうがないわね』
 そんな捨て台詞を残して、ふいっと顔をそむけるような君がもしいてくれるなら。
「キーラー?」
「あ!」
「カガリだね」
 遠くから聞こえた若い女性の声に、年齢が若いほうがはしゃいだ声を上げた。
「いくね!」
「えっ、ちょっ…!」
 しっかり繋いでいたはずの手を離して、ぱっと外套が翻る。
 さきほどまでの態度はどこへやらでキラのきょうだいのほうへ行ってしまう娘を、キラは呆然と見送る。空いてしまった手が少し寂しい。
 父親とは、こういうものなのだろうか。
 なった割には実感に乏しいのは致し方ないにせよ、カガリに勢いよく抱きついていく少女に、キラは諦めの混じった笑みを浮かべた。
 離れたところまで迎えに来たカガリは、飛び込んできた子どもを受け止めながら、やはり嬉しそうだ。子どもに好かれていやがるような女ではない。
 薄い雲の隙間から、金色の太陽が顔をのぞかせた。
 ふと咲き誇る赤い薔薇に向かって、キラは手を伸ばした。
 花弁が触れるかどうかの位置で、そっと手のひらを上に向けると、かつてキラの手の中に滑り込ませてくれた白い指先の残像が重なる。
 あの手を、永遠に守れたなら。
 何年もの間、何度も思った。悔いたところで彼女はもういないとわかっていながら、この痛みはきっと消えることはなく、切り捨てることもできない。たとえ、キラが今はもう他の人を愛しているとしても。
 つかの間だけ目を閉じると、太陽のあたたかさがキラの手のひらを包んだ。
 それはまるで、あの少女の手のぬくもりのようで、キラは思い出の中に向かってそっと笑いかけた。










***********************
 ミスチルの『花の匂い』のフレーズからお借りしました。
 タイトルからしてもそのままですが。
 日だまりに手を伸ばして、誰かの手のぬくもりを思い出す、っていうとキラのイメージかな、ということでキラとフレイさんの思い出と赤い薔薇。
 あの子はタイニープリンセスのあの子です。捏造です。
 どうでもいい話ですが、タイニープリンセスは椿の花の一種です。小さくて可憐というイメージの花です。でも椿なので毅然としたところもある、という勝手なイメージをつけてます。




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