小ネタ日記ex
※小ネタとか日記とか何やら適当に書いたり書かなかったりしているメモ帳みたいなもの。
※気が向いた時に書き込まれますが、根本的に校正とか読み直しとかをしないので、誤字脱字、日本語としておかしい箇所などは軽く見なかった振りをしてやって下さい。
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再録:もしも君が3(笛/三上亮)(人魚姫パラレル)。
2007年05月27日(日)
もしも君が人魚姫だったら。
王子と人魚姫の仲は気がついた頃には城中に広まっていました。 そうなれば、自然とその関係を全面的に良く思わない人たちも出てきます。
「…どうするの、亮」
またある日、例によって実家に来た王子の姉君はもうちらりとも笑いませんでした。 いつか見合いの話を持ち込まれたときと同じ部屋で、王子は姉の顔を見つめ返しました。
「どうするもねえよ。見合いなんてするか」 「いい加減にしなさい」
弟の意図を悟った姉は、厳しい声を出して咎めました。
「あんたはこの家の長男なのよ? 生まれてからしてきた贅沢の分、いつかお父さんの跡を継いで王様になる義務があるの」 「職業と結婚は別もんだろ」 「世襲制の意味わかってて言ってるつもり?」 「今時政略結婚もクソもあるか」
乳母が嘆きそうな台詞を吐いた王子に、姉君は深いためいきをつきました。
「…あんたの言いたいことはわかってるわよ。あの子がいいんでしょ?」
弟と、突然賓客になった女性との関係を彼女は最初から知っていました。 幾度も見掛けた仲の良さそうな姿。堅苦しい城の中では滅多に見せなかった弟のやさしげな瞳と、口が利けない彼女の穏やかな微笑。 引き裂くことなくそっとしておけたらどれだけよかったことでしょうか。
「でもどうしてダメなのかも、あんたはわかってるでしょ」 「…………」 「身元がわからない。身体に疾患がある。…これだけでもう、誰も賛成出来ない」
良いお家柄ならではの問題です。嫡男の結婚話ともなれば、お相手は身分や身体その他において優れた人でなければならないのです。 三上亮の結婚は、個人ではなく『三上家の次期当主』の問題でした。 長男として生まれた王子は痛いほどそのことを理解しているつもりでした。反論出来ず、身体の横で拳を強く握りました。
「…好きなだけじゃダメなのよ」
慰めるような姉の声も、王子にはただ空々しく聞こえただけでした。
ところで、王子と姉君の会話を人魚姫は扉の向こうですべて聞いていました。 二人の会話がとぎれたところで、人魚姫はそっとその場を離れました。 一歩踏み出すごとに、下肢に痛みが走ります。海の魔女の秘薬を使い、ヒレを脚に変えても人魚姫は元は海に生きる者です。多少の齟齬はどうしてもいなめません。
(…そんなこと、最初からわかっていたもの)
唇を噛み、人魚姫は未だ慣れぬ痛みに耐えます。
(わかってた。最初から)
王子に会えたところで、報われる立場ではないと人魚姫は最初から理解していました。 人魚姫の恋は、誰にも祝福されない恋でした。 知っていて人魚姫はここまで来たのです。彼に会うためだけに。 それだけが目的のはずでした。たった一度、嵐の夜に出会っただけの人と、一時を過ごせばいいだけでした。物語はそこで終わるはずだったのです。 もっとそばにいたいなどとは、願ってはいけないことでした。 願ってしまったら、もう海の国にも戻れません。消えることも出来ません。
「…………」
人魚姫の失った声は、王子の名前すら呼ぶことが出来ないままでした。
「俺、見合いすることになった」
隠しておくことも出来ず、王子は人魚姫にそう打ち明けました。 王子の隣の人魚姫はそっと目を伏せてうなずきました。 木漏れ日がやさしいいつもの裏庭でした。 人魚姫は落ち着いた様子で、王子の手にいつもの方法で言葉を綴りました。
『お相手の方、どんな方?』
王子は一瞬目を瞠りました。 けれど人魚姫は凛とした目で王子を見ています。責めているわけでも、怒っているわけでもなく、知己として尋ねた様子でした。
「俺より三つぐらい下の、絵で見る限りはなんかおとなしそうな感じだった」 『そう』
人魚姫はほんの少し迷ったようですが、丁寧な手つきで筆記を続けました。
『うまくいくといいわね』
王子は、何を伝えられたか即座に理解出来ませんでした。 人魚姫は笑ってこそいませんでしたが、静かな目で王子を見ています。彼女も身分ある家柄に生まれた者です。恋愛は自由でも結婚がそうでないことぐらいわかっていました。
「…マジでそう思うのかよ」
王子の声に、苛立ちのようなものが交ざりました。 人魚姫は冷静さをどうにか保ちながら王子から目を逸らしません。
『ほかにどう言ってほしいの?』 「……ッ」
人魚姫に、他の人と会わないで欲しいと告げる権利はありませんでした。王子を身勝手だと責めたいとも思いませんでした。 プライドが傷ついたのか、かすかに震えた王子の手を人魚姫は落ち着かせるように両手で包みました。
「ふざけんなよ…」
激した何かを必死でこらえているような王子の黒い目は、人魚姫だけを見ていました。
「お前はそうでも、俺は―――」
王子が言い切るより先に、人魚姫の手が強く王子の手を握りました。 震えや躊躇を決して王子に気取られないよう注意しながら、人魚姫はもう一度指先を動かしました。自分の気持ちにうそをつくことだけを心で詫びました。
『そもそも私には関係ないでしょう?』
人魚姫は王子のそばにはいましたが、正式な婚約をしたわけでもなければ愛を誓ったわけでもありませんでした。 二人は未来を約束したこともなければ、好きという言葉すら伝えていません。 人魚姫の返答はそれを指摘していました。 それが、王子の神経を逆撫ですることを承知で、そうしました。
「――ああ、そうかよ」
目の端を歪めて、王子は言葉を吐き捨てました。 王子も傷ついていました。想っていたのは自分だけで、人魚姫にしてみれば王子の存在は大したものではなかったのだと、思い知らされた気分でした。 もともとプライドが高い王子は自分が傷ついたあまり、人魚姫の精一杯の強がりに気付いていません。
「わかったよ」
そう言うと、王子は下生えの草を散らしながら立ち上がりました。 そのまま振り返りもせず城のほうに戻って行きます。 人魚姫は止めませんでした。 自分では、王子を幸せにすることが出来ません。人魚姫はそう思いました。 こうすることが王子のためだと、人魚姫は突き刺す胸の痛みを我慢しました。 あれほど優しかった陽の光すら、今の人魚姫には切ない思い出のようでした。
********************** …何かぷふーと笑ってしまいそうになるのはなぜだろう(三年以上前のものですから)。 前のものは笛小ネタ一覧からどうぞ。
ところで、部屋の電球が切れました。 しょうがないので、現在部屋の明かりは地球儀(※内部が光る)とキャンドルランプです。あとパソコンのバックライト。 …大変アナログな部屋になっています。 蛍光灯のすばらしさをしみじみと思います。エジソンって偉大(注:蛍光灯の発明者ではない)。
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ふたり(デス種/ホーク姉妹)。
2007年05月13日(日)
泣いても笑ってもこの世でふたり。
「お姉ちゃん!」
初めて降りる艦のモビルスーツデッキに、懐かしい声が響いた。
ラダーで愛機を降りるルナマリアに向かって、少女が赤い髪を乱しながら走りよってくる。その泣きそうに歪んだ顔に、ルナマリアはほっとする反面、立ち止まった妹の顔つきにかすかに戸惑う。
他国の艦の中で、久しぶりに顔を合わせた妹は、やけに大人びて見えた。
「ごめんねお姉ちゃん、心配かけて」
ルナマリアよりもやや明るい赤毛を結わずに私服で立つメイリンは申し訳なさそうに微笑む。身体の前で重ねられた手、伸ばした背筋。その凛然とした態度が甘ったれだった『妹』の成長のように思え、ルナマリアは何を言っていいのかわからなくなる。
オーブ艦にメイリンがいるとルナマリアが知ったのは、プラントへ帰還する寸前のことだった。所属艦であるミネルバは艦長のタリア・グラディスを初め多くの人員を喪失しており、混乱の極みにあったが、アスラン・ザラの助力を得てルナマリアは帰還前にこのオーブ艦を訪れることが出来た。
「…あんた、自分が何したかわかってる?」
それでも『姉』のプライドが、ルナマリア自身に狼狽を許さなかった。かつて一緒に並んでいたときと同じように、腰に手を当て、高圧的にルナマリアは妹と対峙する。
怯むな、と己を叱咤し、ルナマリアは短い髪をさっと払ってからきつく妹を見据えた。
「自分が、どれだけ他人や組織に迷惑かけたかわかってるの」
「…わかってるよ。だから謝ってるんじゃない」
「わかってたら、どうしてすぐ戻って来なかったのよ!」
高い声がルナマリアの喉から飛び出た。
メイリンが一瞬びくりと身体を萎縮させる。その様子にルナマリアは溜飲が少しだけ下がったが、その程度で憤激が治まるような生易しい矜持は持っていない。
「基地のメインサーバへの不正アクセス、データベース改竄、脱走者の逃走補助、敵軍への情報提供行為、これだけでも銃殺刑になってもおかしくないのよ!」
怒鳴りつけながら、ルナマリアは心の底で自分の馬鹿さ加減を思い知る。
一時はもう二度と会えないと思った唯一の妹と、こうして無事再会できたというのに、最初からこれだ。再会の喜びに涙の一つも流してやれない。
メイリンは何も言わず、ただじっとルナマリアを見つめている。自己弁護はせず、ただ姉の尤もな怒りと憤りを受け止めようという覚悟が凪いだ瞳に浮かんでいた。
前なら、ルナマリアがこんな風に怒気を露にすれば、彼女は唇を尖らせて言い訳をしたものだったというのに。
「もう、あんた、一体何だっていうのよ…!」
何が妹を変えたのか。
何が妹を裏切りの道を歩ませたのか。
何となくわかっているそれを、ルナマリアは認めたくなかった。
「レイが死んだわ」
その名を口にするだけで涙が出そうになり、ルナマリアは強く舌を噛んでそれをこらえる。
愕然とした顔になった妹を仇のように見据えながら、乱暴な仕草でメイリンの服の襟元を掴んで顔を寄せる。間近に見える妹がますます泣きそうになった気がした。
「レイだけじゃない。艦長も、あんたの同期の子も、たくさん死んだのよ!」
誰かが死ぬ。誰かがいなくなる。そんなことはこれまでに幾度もあった。そして艦の中で必要な人材がいなくなっても、どこかの基地に行けば最新鋭の艦というお題目の元に補給は行われた。戦争の中では、ヒトですら銃弾と同じなのだ。足りなくなれば補給される。妹の不在を埋めた管制担当者と同じように。
それでも、レイ・ザ・バレルという彼も、タリア・グラディスという彼女も、彼ら自身にもう代わりはいないのだ。
「あんた、それがわかってんの…!」
わかるはずがない。今知らされた事実で一体何を理解しろと言っているのか、ルナマリアにもわからない。
妹の利敵行為が、同僚や上司たちの死に直結したのかどうかもルナマリアにはわからない。
今はただ、微笑んで自分を迎えたこの妹が憎らしかった。
「ほん…とに? 本当にレイや、艦長も亡くなったの…?」
「本当よ! シンだって重症で、ミネルバの中もうむちゃくちゃよ!!」
「…うそ…ぉ」
「嘘なんか誰がつくっていうのよ、この馬鹿娘!」
ぼろぼろ泣き始めた妹に苛立ち、ルナマリアは至近距離で怒鳴る。生き別れになった妙齢の姉妹の再会に似つかわしくないみっともなさだと自覚しながら、ルナマリアは乱れた息を吐いた。
「なんで、やだ、そんなの…」
「うるさい! なんでとか言ってもしょうがないじゃない、そうなっちゃったのよ!」
あんたがいない間に、そうなっちゃったのよ。
泣き出した妹の崩れた顔を見ているうちに、ルナマリアの目頭も熱くなる。他国の艦で無様な姿など見せたくなかったが、それでもこらえきれずに妹を抱きしめた。
「あんただって、もう死んだものかと思ってたんだからね!」
馬鹿で愚かで、流行廃りや他人の声にすぐ自分の意思を変える頭の軽い妹。妹への悪態ならいくらでも出てくる。それでも何があっても嫌うことが出来ない、たったひとりの。
妹なのだと、ルナマリアは妹の髪に頬を押し付けて洟をすすりながら思い知る。
これだけ心配を掛けさせられて、血縁関係から軍の尋問を受ける羽目になって、両親に会わせる顔がないと落ち込ませた存在でも、妹なのだ。
怒気まじりの声も態度も、すべては姉妹の情の裏返しだ。ルナマリアのその複雑な心境をメイリンだけが理解してくれる。だからこその姉妹だった。
メイリンが、ルナマリアの肩に顔をうずめ、しがみつく。
「ごめんね、ごめんね…」
お姉ちゃん。
ルナマリアを唯一そう呼んでくれる存在。
生きててよかったと素直に言えない姉をまだ慕ってくれることだけは、パイロットスーツの背に回されたメイリンの手で感じ取れる。
たったふたりの姉妹。その意味をただ強く感じた。
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今さらながらホーク姉妹再会小ネタ。
仕事で使うデモ用の写真素材を本日自分で撮っていたのですが、たまたま祖父の畑へ出たらいちごがあったので撮ってみました(2007/5/14現在のトップとこの日記の写真画像です)。
…いちご畑は、濃密にいちごの匂いがした。
露地ものなので、いちごの形が若干崩れるのはご愛嬌。もう少し前の白い花がつく時期もとてもきれいでした。
5月というと薔薇の時期でもあるのですが、いちご本来の時期でもあります。
今は春真っ盛りということもあって、切花は庭のもので間に合うので買わずに済む時期です。
母の日はカーネーションではなく、撫子と芍薬と矢車草で済ませました。元手タダ。すばらしい。
庭の薔薇の中で一番好きだった、ローズピンクの一重咲きのものを祖父が知らない間に抜いてしまっていて、ちょっとショックです。
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再録:もしも君が2(笛/三上亮)(人魚姫パラレル)。
2007年05月12日(土)
もしも君が人魚姫だったら。
人魚姫を城に連れて帰った王子を待っていたのは、姉の鉄拳でした。
「アンタって子は、余所様のお嬢さんに何てことしてんの!!」
例によって育ちと口調が似通っていない姉弟です。 派手に顔面をぶん殴られ、王子はそのまま背後にひっくり返りました。城内の玄関ホールです。使用人たちが慌てる気配が空気が伝わってきます。 床に尻餅をついている王子に、驚いた人魚姫がそっとしゃがんで寄り添いました。
「こっの、クソ姉貴! ちったあ俺の話聞いてから殴れ!」 「じゃあ言ってみなさい」
弟の胸ぐらを掴み、無理やり立たせた姉は至近距離で微笑みました。ただし目は笑っておらず、おそろしいほどやさしい声音でした。
「一体、どうして、そんな格好してる女の子を連れて来たっていうの?」 「俺が脱がしたわけじゃねえよ」 「本当に?」 「マジで」
弟の本気の声を知り、姉はしばし考えたあと、ちらりと人魚姫のほうを見ました。 その意図を悟った人魚姫は、確かにうなずきました。
「…ま、ならいいわ。何か事情があるみたいだし」 「初めっからわかれよ」 「じゃああなた、ちょっとこっちいらっしゃいな。ああ、亮のことは心配しなくていいのよ。ごめんなさいね、気の利かない弟で。最初に服の用意ぐらいしてあげれないなんて、まったく」
帰ってくるなり殴りつけたせいだろうが。 掴まれていた胸元をくつろげ、殴られた左頬に手を当てながら王子は憮然としました。 その視線が、歩き出すたび唇を噛む人魚姫の表情を見て止まります。
「どっか痛いのか?」
人魚姫がはっとしたように顔を上げました。彼女には地上で生きるための制約、足への苦痛があるのです。 もちろん王子はそのことを知りません。教える方法も必要もなく、人魚姫は首を横に振りました。 人魚姫が侍女に連れられてほかの部屋に行ったあと、王子の姉は弟に向き直りました。
「それであんた、あの子どうする気?」 「どうするって…」 「これから見合いするって人が、うちに別の女の人連れてきたなんて知れたらどうなるかわかってんでしょ?」 「破談に出来りゃ俺は何でもいーけど」
うっかり本音を洩らした王子は、今度は右の頬を殴られることとなりました。
王子とその姉君の好意によって、人魚姫は城にいることを許されました。 自発的に来たわりには王子に対して素っ気ない態度を取る人魚姫でしたが、言葉のハンデを背負っても彼女の個性は変わりません。幾度か顔を合わせているうちに、王子は人魚姫が意外と気が強いことに気付きました。 人魚姫はまず大抵のことで王子と対等の位置で接しました。礼儀を損なわない程度の遠慮のなさ。さりげなく王子にはそれが新鮮でした。 言葉がないからこそ、互いの瞳にある意識がよくわかります。これまでずっと国王の息子として生きてきた彼にとって、対等の意識を向けてくる身内以外の存在は留学時代の友人たちぐらいです。 客分としての立場を弁えながら、揺らがず自分を見据える視線の強さ。 王子が本気になるまで、時間はさしてかかりませんでした。
「なあ、本当は誰なんだよ」
ある日、王子は人魚姫にそう言いました。 日当たりの良い城の裏庭で、二人だけでいたときのことでした。 城の中は人の出入りが多く、見慣れない人魚姫が王子と一緒にいる場面を見られては何かと理由に困るから、ということで二人はよくここにいました。 暖かな下生えの草に腰を下ろした人魚姫はドレスの裾のほうに視線をずらしました。 王子はその隣で脚を投げ出して座っています。
「…ま、別にいいけどよ」
答えてはくれまいと、王子は先に打ち切りました。 王子と人魚姫の会話は声と文字で行われていました。人魚姫はこの大陸の共通語を理解していたので、王子の声を耳で聞き、その返答を彼の手のひらに指先で綴りました。 そんな会話方法で、王子がいくら出自を尋ねても人魚姫は答えてくれませんでした。 人魚姫はどうしても自分が海から来たことを王子に伝えることが出来ませんでした。 いつかの嵐の日、一瞬とはいえ出会ったことすら人魚姫は王子に伝えられません。 自分が海の世界の生き物だと告げ、嫌われたり気味悪く思われたりするのがいやでした。他の誰よりも、この黒髪の王子にだけはそう思われたくありませんでした。 ただ、知っていて答えない自分の不誠実さが申し訳なく、人魚姫はさらにうつむきました。
「顔、上げろよ」
王子の声がして、人魚姫の片手に王子の手のひらが重なりました。 木漏れ日の中、王子の黒い目が笑みを含んできらめきました。
「俺はお前が誰でも気にしねえし、他のやつらもそうだろ」
城の侍女たちと人魚姫が上手くなじめているのを王子は知っています。 口が利けずとも同世代の侍女たちに囲まれている人魚姫の姿をときどき見掛けていたからです。楽しそうに笑う様子に、声が聞けないことが悔やまれます。
「…誰でも構わないから、ここにいろよ」
いて欲しい、とは言えない王子です。 それよりもっと効果的に気持ちを伝える言葉もあるはずなのですが、この王子様は不器用だったり照れ屋だったりする要するに意気地がない面もあるので言えませんでした。 人魚姫は言われたことを心のなかで繰り返し、王子の横顔を見ました。 王子は顔を赤くさせるほど可愛げのある表情はしていませんでしたが、不自然に顔を逸らしています。 人魚姫は気付かれない角度でそっと笑い、手を包んでいる王子の手のひらをひっくり返し、指先で文字を描きました。
『無責任なこと言わないでくれる?』
その返答に、王子はむっとしました。
「なんでだよ」 『普通相手の素性は構うものでしょう? 王族なら特に。もう少し自分の立場考えて物を言わないといつか困ることになるわよ』 「………………」
口説き文句のはずが説教され、王子の眉間に皺が寄りました。 それともこれは暗黙的な断り方なのだろうかと不安になります。不快な感情のままふいと顔を背けると、それを阻むように人魚姫は左手で捉えている王子の手を強く握りました。
『でも』
焦った白い指先がやさしく王子の手のひらをなぞります。
『ありがとう』
ためらいと恥じらいを含んだような、もっと幼い子供のように人魚姫は微笑みました。 地上に来るまで知らなかった、木々の隙間から落ちてくる太陽の光。海に降る光とは全く違うものでした。 人魚姫は最初は王子のことを嫌味で不遜なだけだと思っていたのですが、近付いてみると内面はもっと優しいのかもしれないと思うようになりました。 彼の近くにいるだけで沸き上がる感情。出会うまでそんな自分を人魚姫は知りませんでした。 近くにいるだけで、知らなかったことを少しずつ覚えていく日々。 王子のそばにいるようになって、人魚姫ははじめて自分が人になれたことを嬉しく思いました。
続く。
*********************** 目を逸らして意味のない笑いを漏らしそうな2003年の作。 4年間お前ちっとも成長しないな! という事実を突きつけられた気がします。…この頃大学で一応文章創作の勉強してたんだけどナ!
という感じで、再録の三上人魚姫その2。
>人魚だろうが王子だろうが、彩さんは彩さん、三上は三上、というのがパラレルにおける信条です。なんか原典にない余計なシーンだけで今回終わった気がしますが。
ああそうかよ…、としか言いようがない当時のあとがき。
ところでPSPのFFT(経済略語のようだ)。 基本は王の子どもたちを擁した領主たちが対立して起こる、獅子戦争という内乱の話です。 イギリスの百年戦争の後に勃発した薔薇戦争がモチーフで、対立しあう公爵家がそれぞれ黒獅子、白獅子の紋章であるため、獅子戦争。
どんな話? とたまに訊かれますが、FFシリーズの中では群を抜いて血なまぐさいと思う。アイコンの愛らしさにだまされてはいけない。 EDで泣くことは泣くのですが、泣きたいベクトルが明らかにFF9とか10とかとは違う。FF7のディスク1の終わりのときのような泣きたさっぷり(注:FF7のディスク1の終わり際はエアリスが死ぬシーンです)。 兄妹間で王位を争い、臣下が主君を利用し、子が親を殺し、兄弟で諍いが起こり、親友は別離し、夫が妻を謀り、宗教が異端者を断罪し、そのうちに魔物が人間を操る世界へ変貌します…というのは言い過ぎか。 そんな戦渦の中を、己の正義を貫いて生きる一人の剣士のお話です。 愛とか恋とかそういうのは限りなく薄い。 そもそもが中世の封建制度の中で起こる、内乱の話です。結局ラストまで生き残ったのは誰だっけ、とまともに考えると鬱になりそうです。
話変わって、ロミジュリ。 首都圏区分なのに、最新放映より一週間遅いという現実がちょっと癪に障るのはなぜでしょうか(意味のない傲慢と呼びます) その一週遅れという現実のために、ネットの公式放映も最新より二週前のものを更新するという悲しい現実。最新回の感想を観るたびハンカチを歯でぎりぎりしたい思いに駆られます。
テレビって普段意識している以上に「全国の一部でしか見られない情報」が多いんだな、ということをしみじみ感じます。いやアニメだけじゃなくて。 普段はNHK首都圏放送、日テレ、東京放送(TBS)、フジ、テレ東、などのHNKとキー局ばかり見ているせいか、たまにローカルな神奈川放送などを見ると毛色の違いっぷりに驚いたりします。 あと旅行行って新聞見ると、見慣れない番組の多さに驚く。 天気予報が全国版のいつも見ているお天気お姉さんが「次は各地の天気です」と言った途端、知らないアナウンサーが地域の天気を解説している。 だいたい世の中に数多ある出来事の中で、あくまでも『一部のみ』が取り上げられているわけで、情報の選択をしているだけですでにそれは情報操作の一環なんですよね。 もちろん重点を置くべき情報があることを確認した上で、マスコミも取り上げる情報の公平さを考えるべきだと思う。 同時に、視聴者側も『出ている情報は世の中のごく一部』であることをあらかじめ理解しておくべきなんじゃないかな、とも思います。テレビで流される=それがすべて、と思わずに、政治と同様に視聴者が報道を監視する立場でいいと思います。
…なんか酔ってるせいか段々わけわからない方向に(すいませんさんざん飲んで帰ってきてからまた自宅で母と飲んでました)。
要はアニメは全国統一で同じ進行スピードならいいのにな! という要望です。 ロミジュリといいギアスといい、基本の話なんて公式サイトのあらすじで8割はわかっているんですが(ネタバレ気にしない派なので構わないのですが、気にする人には結構ショックなぐらい詳しいのではないかと思う) 最新版ではすでに動いている、ティボルトを早いとこ見たいものです(声が 置 鮎 ですが)(別に置鮎に文句があるわけではない)。
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再録:もしも君が1(笛/三上亮)(人魚姫パラレル)。
2007年05月08日(火)
もしも君が人魚姫だったら。
突然ですが、海の国の人魚姫は人間の王子に恋をしました。
「…そんなわけで、地上に行かなければいけないので行かせて下さい」
人魚姫はそう父親に申し出ました。話の都合だと割り切っていますが、彼女の顔はとても嫌そうでした。父王は苦笑します。
「あー…姫、なぜ行かねばならないのかね?」 「書き手の都合です」 「…………………」
真顔で返され、王は思案しました。 何せしっかりはしているものの、この末の娘は少々気が強すぎるきらいがある上に軽く冗談を言える性格ではありません。父親をはったと見据える双眸は、ヒロインの立場を果たす義務感で満ちていました。 どうせ行かねば話が進まないのです。やがて王は折れました。
「承知しよう。だがその代償に」 「わかってます。失語症になって、剣山の上を歩けばいいんですね」 「…いや…、そうなんだけれどね」
声を失い、一歩歩くごとに針で差したような痛覚を伴う。 …ものには言い様ってものが、と王は末娘の気丈さが別の意味で不憫に思えました。
「辛くなったら、いつでも戻っておいで」
まるで嫁に出す気分で王はそう告げました。実際嫁に出すのと似たようなものです。 人魚姫はしっかりとうなずき、母や兄姉たちにも挨拶するために王の前を去って行きました。 残された王は、ふと思いました。
「…はて、王子とは一体どこの誰なのだろう」
ほぼ同時刻、某国の王子は姉君にせっつかれておりました。
「ちょっと亮、いい加減に逃げ回ってないでせめて建前の婚約ぐらいしときなさい!」
どさどさとテーブルの上に釣書やら健康証明書やら肖像画やらを積まれ、三上家の第二子はげっそりした顔を隠しませんでした。
「ねーさん、どっからそんなもん」 「仕方ないでしょ。あたしは他家に行っちゃったし、この家を継ぐのはあんただけなのよ。伯母様方が気を揉むのも当たり前。お隣の渋沢さんちは来年結婚するっていうし、同じ歳のあんたが婚約の一つもしてないんじゃ焦りもするでしょうよ」
早口で説明され、王子はやる気なくソファに身体を沈めました。 十代のうちからさっさと相手を決めあっという間に嫁ぎ今では二児の母となった姉は、立派にこの家の長姉としての役目を果たしていました。そんな歳の離れた姉がたまに里帰りして口にすることといえば弟の結婚話です。
「そのうち自分で見つけりゃいいんだろ」 「その『そのうち』がちっとも来ないから言ってんでしょうがー!!」
姉は弟の首ねっこをひっつかみ、がくがくと揺さぶりました。 仕方なく、王子は誰でもいいという姉の発言に従い、見合いをすることになりました。
人気のない朝の海辺を王子はひとりそぞろ歩いていました。
「見合いだぁ? ふざけんなっつーの」
足下の砂を蹴飛ばしながらぶつぶつと呟いています。何のことはなく、姉の前では言えない不満を口にしているだけです。 お隣の国、先年即位した同じ歳の王様が結婚することは聞いていました。昔留学していた頃の学友です。ただその余波が自分に来るとは思ってはいませんでした。 王子自身は結婚する気など欠片もありません。まだまだ遊びたい年頃なのです。 どんな相手だろうと断る気でいっぱいの王子でした。
「なんつって断るかな…」
相手はもちろん、姉が納得する理由でなくてはなりません。いい歳して姉に頭が上がらない王子など相手も願い下げかもしれませんが。 ぶつぶつ考えていた王子でしたが、ふと岩場の影が動いた気がして顔を上げました。
「誰がいんのか?」
育ちの良さと言葉遣いの丁寧さが一致しない王子です。 ついでに、臆するということを何より嫌う王子でした。おそれることなく大股で岩場に近付きました。
「……………ッ!!」
びくりと、影が萎縮する動作がわかりました。 薄布一枚で白い肌を覆っているだけの若い女性でした。強い光を宿した目が、王子を貫くように見据えました。むしろ睨んでいるようです。 あまりにも不自然な場所と格好です。王子は一瞬唖然としたあと、自分の視線が不躾だったと気付きました。
「…悪ィ」
王子は視線を逸らし、マントの肩留めを外すとそれが海水に濡れるのも構わず、彼女の身体に掛けてやりました。 彼女は少し驚いた顔で王子を見つめ返し、ややあって静かに目を伏せてうなずきました。ありがとう、という意味なのでしょう。 彼女こそ声を失った人魚姫なのですが、王子はそれを知りません。 本当は一度会っているのですが(原典参照)王子はその相手と、今目の前にいる彼女が似ていると思いこそすれども、記憶が完全に一致しませんでした。
「…こんなとこで何してたんだ?」
純粋で素朴な疑問を王子は思い出しました。 答えようとした人魚姫は唇を動かしましたが、思いは言葉になりませんでした。 王子を見つめる瞳が揺らぎ、すいと逸らされたとき、王子も彼女が口を利けないことに気付きました。
「お前、口が…?」
人魚姫はそっとうなずきました。 けれどこういった事態にも関わらず儚げな印象がない姫でした。もどかしげな口許、媚びない瞳と、凛と伸ばした背筋。 たとえその内心が「どうしてこんな男に会いに来なきゃいけないのよ」であっても、王子にはわかりません。知らないことは時に良いことです。 何にせよ、ワケありそうですが美人には違いないと王子は思いました。 困っている女性を助けるのは物語の王子の専売特許です。 そんなわけで、王子は彼女を城に連れて帰りました。
続く。
********************** 「もしもシリーズ」第一期の人魚姫パラレル、再録です。
ちょっと前のロミジュリのときに、そういえば人魚姫もあった、と思い出したところに、人魚姫再録を、というメールコメントをいただいたので出してみました。 覚えててくださってありがとうございます!(2003年6月に書いたものです)
人魚姫編は6話あるのですが、今回は1話から。 …これで当面日記のネタには困らないわ(持つべきものはマメに書いてた過去の自分)。 三上は絶対恐姉だな! という思い込みはこの頃からあったようです。
例によって修正などをしていないので、読みにくい文節などもそのままです。2003年当時の雰囲気でどうぞ。
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墓参の日(デス種/カガリ)(拍手から再録)。
2007年05月04日(金)
いつから、彼を『嫌い』になっていたのだろう。
短い芝を渡る風は、いつもそのときの天候を反映する。
自然は何より世界に忠実だと、カガリは金の髪を揺らしながら空を仰いだ。人気のない墓地は、晴天の日ですらほのかに寒い。
躊躇いなく、歩を進める。決して狭くない墓地だったが、かの人が葬られている場所はすでに聞いていた。
そこは、生前の彼を思い起こすことが出来ない墓石があった。小さく、簡素で、うっすらと土埃がついている白い墓石。
カガリはその前で脚を止め、膝を折らずにただ見下ろした。
「…遅くなってすまなかったな、ユウナ」
せめてもの弔意は、黒の長衣だった。その裾を自然の風になびかせながら、カガリは気づけば微笑みかけていた。もう二度と会えない、かつての婚約者へ向かって。
そして、携えてきた花を捧げる。そこで初めて膝を屈み、墓石と視線を合わせる。
「…殴ったことは、私は謝らないからな」
最後の彼との場面。まさか、二度と会えなくなるとは思っていなかった。思えばそういう別れはこれまで幾度もあったのに、あのときは他のことでカガリは精一杯だった。
ユウナ・ロマ・セイロン。
刻まれたその名。彼の生家の墓地には入れず、カガリも知らぬ間にこの場所に葬られた彼。残ったセイランの一族の者が、国家元首の夫にまでなるはずだった彼とその父の受け入れを拒んだ結果だ。
不思議だと、カガリはぼんやりと墓石を見つめながら思う。
自分の恋を棄てることになったのも、この国を追い詰めたのも、彼の愚かさとそれに抗えなかった自分のせいだと思っていた。自己の責任をかみ締めつつも、身勝手に彼がいなければと思った事実を否定出来ない。
そんな相手がもういない事実が、不思議だった。
「せめて、私が看取ってやるべきだったんだろうな」
本土戦の最中に移送される半ばで、事故のような死に方をしたと聞かされた。それでも身体は存在し、いずこかの医療施設まで搬送されていた事実までをカガリは突き止めていた。
感情論では抗ったとはいえ、一度は夫にしようと決めた男だ。死に行くその手を握ることぐらい、せめて。
そう思い、知らず墓石の埃を指で払っていたカガリは、苦笑する。せめて、何だというのだろう。結局自分たちの心は最後まで重ならなかった。だというのに、死に際だけ交錯したところで滑稽なだけだ。
ひやりと冷たい白い石。指先で幾度も撫ぜる。生きているときに優しくしてやれなかった負い目を隠すように。
死ぬぐらいなら、もう二度と会えないぐらいなら、もう少し彼を理解する努力をすればよかった。後に彼の死を聞いたときの絶望を思い出し、カガリは息を吐く。
大嫌いだった。
触れられる都度感じた嫌悪。
言葉に触れるごとに苛立った。
…そういう風になったのは、いつからだった?
強く風が吹き、金糸が乱れる。それでもカガリは白い石の前から動かなかった。
『ユウナ!』
小さい頃、大きな声で彼をそう呼んだ自分をカガリはよく覚えている。まだ、好き嫌いの分別さえつかなかった頃。彼がまだ年若い少年だった頃。
カガリ、と笑ってくれたラベンダー色の髪の少年。
いつから、彼は自分を権力の道具として見るようになった?
いつから、自分は彼を好きじゃないと言い放つようになった?
「…ユウナ」
目を細める、鼻の頭に小さく痛みが走った。
ぼやけた視界の中に、彼の他意のない笑顔が映る。
ああそうだ、あんな風に、純粋な好意で笑いかけてくれた日もあったのに。どうして、いつから、忘れてしまうようになったのだろう。
愛してはいなかった。恋もしていなかった。
それでも、自分たちが寄り添って幸せになる可能性は、決してゼロではなかった。しかしその可能性も、今はもう無い。
有事でさえなければ、オーブの首長家の当主同士として、オーブという国の繁栄を望む者同士として、協力し合えたのではないか。今もそう思ってやまない。
「ユウナ」
ごめん、と搾り出すような声になった。たまらず芝の上に膝を突いた。
墓石に縋って泣いて、頭を垂れて謝りたかった。
何が悪いのかもわからない。彼の所業は許せないことも多い。それでも、一度は未来を誓おうとした彼を、不幸のまま逝かせてしまった。
同じものを目指していた。祖国を守る。その大義は変わらず、互いにオーブを愛していた。選んだ道は違えど、望む未来は同じのはずだった。
恋を同じくすることは出来なくても、夢は同じまま、共に生きたかった。
「ユウナ」
答える声は無い。
守れなかった命が、ここにある。
「…それが、あの人の?」
唐突に声が響き、カガリは涙を拭うのも忘れて振り返る。
いつの間に来たのか、風に栗色の髪を揺らす双子の片割れが立っていた。
「キラ…」
「アスランがいない隙に出かけたって聞いたから」
勘が働いたかな。
淡く微笑んだキラが、カガリに倣って隣に膝を突く。短く黙祷し、隣のカガリの顔を見る。
「この人のこと好きだったかどうか、そういえば僕知らないんだけど」
妹の結婚相手なのに。
不謹慎に笑うキラに、カガリは眉をひそめる。そんな『妹』の様子を無視して、キラは決定的な言葉を言う。
「…この人のこと、どう思っていたの」
ざあ、と大きな風が吹いた。キラの髪とカガリの髪、全く似ていない髪が一緒に乱れる。キラはカガリのほうを見ていなかった。簡素な墓石に刻まれた墓碑銘をじっと見つめている。
その横顔を見ているうちに、カガリの胸に悔しさがこみ上げた。唇を噛み、知らず視線がきつくなる
好きではなかった。愛した人でもなかった。
アスランとは全く違う人だった。
それでも。
「死んで欲しいと思ったことはなかった」
互いの気持ちを理解さえ出来れば、仲間として同じ道を歩めたかもしれなかった人。
死は彼の時間を永久にあの時間にとどまらせ、カガリだけを未来へ押し出す。いまのユウナへの思いは半ば感傷だとわかっていながら、カガリはそれでも彼の生存を今でも願う。もう誰かが死ぬ事実を見たくなかった。
キラは短く、「そう」と言っただけだった。
ゆっくりとキラの腕が伸び、隣のカガリの頭に触れる。カガリの頭を、彼は後ろから撫でる。
言葉はなかった。髪ごしに、キラの手のぬくもりがカガリに伝わってくる。それは慰めであり、癒しであり、謝罪でもあったのかもしれない。彼の死と不遇に、キラも少なからず関わっている。
それ以上墓碑を見つめていられず、カガリは膝の上に額を押し付けた。
嗚咽と風の音を聞きながら、キラはずっと隣にいた。
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故人を偲ぶネタが続いていますがデス種小ネタ。
以前拍手御礼で使っていたものをちょっと修正してリサイクル。
…それにしたって、お礼で出す話じゃないよね、と思います。すみません。
相変わらずPSPをいじってます。
洗濯機回してる横でぷちぷちやってます。いやあエプロンのポケットにちょうど入るんですよ!
音楽流しながら料理とかもしてしまいます。キャベツ刻みながらPSPでタキ翼とか聴いてしまいます。うふふふふ(本当に欲しかったということをご理解いただければ幸いです)。
ちょうど今日、従兄の結婚式の写真がCD-Rになってやってきたので、データをPSPに入れてスライドショーで家中で見てます。パソコンは置いてある場所まで行かなければなりませんが、PSPなら居間で皆で見られます。
でもインターネットはやってません。有線じゃなくて、ワイヤレスのプロバイダ契約が必要になるので、やってません。せいぜい携帯のネット機能で十分。
よく知らないんですが、DSのネットワーク機能も無線なのでしょうか。DSにケーブルのジャックはなかった気がする…。
いやしかし、世の中は進化しますね。
灰色で厚さ3センチぐらいはあった気がする初代ゲームボーイとか懐かしいです。PSにLRボタンがついたときも「何じゃこりゃあ」と感じたものですが。
そのPSP、使うための難点は転送処理の遅さです。
拡張子変換込みで30分番組を転送するのに何分かかるんだ…! という感じで、時間がかかるのです。…これはむしろ私のPC端末の環境のせいかしら。
あと、各データ読み込みの際に拡張子はもちろんフォルダ名も必ず固定にすることで、正常にデータが読み込まれるようなのですが、そのフォルダの階層をどこまでいじっていいのかがいまいちわからない。
それから、ときどきフリーズするのはなんでかしら☆
フリーズなんかしたことない、というのが兄と妹の言なのですが、私の本体が悪いのか私の取り扱いが悪いのか。
加えて拡張子さえあれば、読み込みファイルは2バイト文字使っても大丈夫なのかしら☆
…制限事項をもうちょっとわかりやすく取説に記載してくれないものだろうか。
悲しいのはマルチタスクではないところなのですが(携帯ゲーム機にそこまで求めないほうがいい)調べたところ、ネットワーク機能の設定さえすればライブテレビ画像なども見られるようになるので、まあ! と心ときめきます。
…とはいえやはりIT端末の互換のためにファイル形式が深く関わるので、元々基本端末が同じくソニー製のVAIOだからこそ手軽に他機能を使えるのかなぁ、という感じもします。
そもそもVAIOですら、動画機能には特定のアプリを使って拡張子変換が必要になるわけで(それに時間がかかる)。
っていうか別に音楽動画ネットテレビなんてそんな機能そこらへんの携帯電話端末で存在してない? という突っ込みはノーセンキューです。
まあ私がPSPを買った目的は、FFTです。ファイナルファンタジータクティクスが移植版で出るからです。
目的と方法を取り違えてはいけません。
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もしも君が(2)(笛/渋沢と三上)(パラレル)。
2007年05月03日(木)
もし君がジュリエットだったら。
蒼穹を鳥が飛んでいた。
晴れた午後、人で混みあった市庭の中を長身の渋沢克朗は迷いなく歩いていた。売り手の商人たちと買い手たちとの間で取り交わされる会話は、ネオ・ヴェローナでは珍しい活気に溢れている。
「騎士さま、おひとついかがですか?」
辻で花売り娘がにっこりと彼に笑いかけてきた。
十を少し過ぎた程度の娘は、明るい笑顔と籠一杯の青い花を一緒に見せる。花売り娘はもう少し年齢を重ね、売り場を変えると春をひさぐ少女たちもいるが、この娘の清潔感のある様子はそれとは違うようだった。
用事を済ませ、寺院に戻る予定だった彼は花売り娘の売り物を見て、ふと顔をほころばせた。
「綺麗だな。何ていう花なんだ?」
「矢車草です。すてきな青でしょう?」
姫林檎の大きさほどの、わずかに紫がかった青色の細い花弁がぐるりと円を描く花。紐で括られた幾輪かの花束は質素なものだったが、新鮮で美しかった。
「じゃあ一つもらおうか」
「はい、ありがとうございます」
籠の中から良いものを選り分け、渡してくれた娘の手のひらに神殿騎士の装束をした彼は代価を置く。
ぺこりと一礼してまた客引きに戻った花売り娘を見送ると、彼は花を潰さないよう、左手に持ち直した。右手は剣を使うために空けておかなければならない手だ。
花などあまり買ったことはないが、寺院で待っている主人の心の慰めになればと考えた。世俗から隔離された暮らしを余儀なくしている少女には、この清らかな青は好ましく映るだろう。
「あっ、亮さま!」
唐突に、花売り娘の華やかで大きな声が渋沢の耳朶を打った。
思わず振り返れば、先ほどの花売り娘が黒髪の青年の前で頬を染め、満面の笑顔で迎えている。
「よ、元気でやってるか? ちゃんと売れてんだろーな」
仕立ての良い服で花売り娘に笑いかけているのは、貴族の青年だった。渋沢はその黒色の目を持つ彼を見て、気づかれないうちに踵を返した。
貴族の青年は、このネオ・ヴェローナの現大公家の長男だ。当主とは異なり、市井にもよく顔を出すとは知っていたが、民衆の支持とは裏腹に渋沢にとっては縁起の良い顔ではない。
見たくない顔だった。
逃げるようで業腹だったが、見咎められたくもない。そう思った渋沢は早足になった。
「おい、そこのでかい神殿騎士!」
しかし、貴族の青年は目ざとく渋沢の背中に向かって高慢な声を投げかけてきた。
少なくとも、これが自分の兄弟であったのなら、渋沢は大して知らない相手への礼儀について懇々と説教したいところだ。そう思いながら、仕方なく歩みを止め、人の合間を縫って近づいてくる青年を冷ややかに見据えた。
「何か?」
「今日は一人か? こないだのあいつは?」
渋沢の隣に誰かを探したのか、黒髪の三上亮は問いかけた。
あいつ、という言い方に渋沢は露骨に顔をしかめた。
「…恐れながら三上亮殿下、あいつとは、当家の令嬢の意味でしょうか」
冷淡にわざわざ確認してみせると、三上はしまったという顔をしたあと、「悪かったよ」とつぶやいた。
「で、先日のご令嬢サマは?」
「彼女はおりません。ご用件なら私が承ります」
「……お前、神殿騎士なのに貴族の従者もやってんのか?」
ふと何かに気づいたように、三上亮の目が鋭くなった。
渋沢の記憶にある限り同じ歳の彼は、次代の統治者としての意識もあるのだろう。渋沢の、神殿騎士と令嬢の従者という二重の立場が不可解に思えたに違いない。
思ったよりも馬鹿ではないと感じながら、渋沢は口を開く。
「確かに、本来神殿騎士というのは修道院で礼節と貞節を誓った修道士たちが帯刀した姿のことです。ですが、私は神殿騎士として寺院に属し帯刀を許可されていますが、本質は主人と共に在る者として寺院の長老に認められています」
「要は、修道士の誓いを持たない寺院の私兵か」
建前では寺院に入ることは即ち世俗と断ち切り、家名も財産も捨てることであるが、特例はいくらでもいる。現実の裏側も知っている三上家の嫡男に、渋沢は笑ってみせた。
「その通りです」
「道理でうさんくさい奴だと思ったぜ」
歯に衣着せぬ言葉使いは、流麗さを尊ぶ貴族階級のものとは思えない。気安く花売り娘を懐かせることといい、余程市井に慣れ親しんでいるのだろう。
渋沢をにやにやと胡乱げに見やる目つきといい、とても御曹司の品格があるようには思えない。
「それで、あの生意気な女はどこにいんだよ」
「………………」
渋沢は押し黙った。
確かに主人格のあの少女は、正義感が強く気位も高く、特に三上のような傲慢な人間が大嫌いだ。三上にとって先日の一件は不愉快だったのだろうが、今の渋沢も主を悪し様に言われて気分が良いはずもない。
吐息ひとつをこぼして、渋沢は本気で三上を睥睨した。
「俺の主人を侮辱するのは、そのぐらいにしてもらおうか」
「…主人? 違うんじゃねーの? こないだのお前の態度、どう見ても主人とかじゃねぇよ」
あれは恋人への扱いだ。三上はそう続けた。
せせら笑った三上に、渋沢は怒気がこみ上げてくるのを感じた。下卑た思考に、自分たちの関係を貶められる筋合いはない。
「主人だ。彼女は、俺たちの守るべき人だからな」
守りたい人。必ず守り抜くと誓った人。それが渋沢と、連なる一族全員の誓いだった。
十年前の夏、革命によって主の家は失われた。まだ幼かった次女一人を残して、一族は皆殺された。近衛隊長を代々輩出してきた渋沢の家も、辛くも次女と共に逃亡できた渋沢と祖父をのぞいて全員殺された。
あの夏から、彼女だけが生きる希望だった。
彼女がいなければ、生き残った一族が団結して生き延びられたとは到底思えない。
「主人、ね。…本当か?」
真剣に窺ってくる三上に、渋沢は不機嫌顔でうなずいた。
「本当だ。大概失礼な奴だな」
「しょうがねぇだろ。やたら俺警戒されてんだろ」
「言っておくが、彼女を探しても無駄だ。二度と会わせないからな」
確か同じ歳だったと思い出しながら、渋沢は三上を敬う口調をやめた。三上のほうもそれについてはあまり気にしないようだった。
ふんと鼻で息を吐き、不遜な態度で三上は腕を組んだ。
「会わせろよ」
「ダメだ」
結局はそういう目的なのか、と渋沢は呆れた。
三上の嫡男ということは、いずれはグランドデューク―大公と呼ばれるようになる青年だ。本来ならば、渋沢の主人の家のものだった称号を奪った男の息子。
冗談では済まない話だった。
「彼女には近づかないでくれ」
持っていたことすら忘れた青い花が、渋沢の左手の中でしおれていく。強く握り締め、体温を与えすぎたせいだ。
あの少女が、彼に名前を教えた。あの出来事は渋沢の胸の中で少し引っかかっていた。寂しそうだったからと言った、あの少女の横顔。異性として意識して欲しくない相手だというのに。
「それはお前が決めることじゃないだろ」
けれど三上はさらりと渋沢の意向をはねつけた。
「お前は貴族だろう」
「あいつだって貴族なんだろ? 爵位は知らねぇけど」
「無駄だ。諦めてくれ」
彼女はきっと、寺院から出たがらない。渋沢はそうであって欲しいとこのときばかりはそう思った。
仇の息子なのだ。三上亮は。
「じゃあ、これ渡しておけよ」
唐突に会話を変え、三上は外套の隠しから白い封筒を取り出した。宛名はなく、封印は盾と薔薇の意匠。三上家の家紋を目の当たりにし、筆舌し難い憤激が渋沢の脳裏をよぎった。
受け取らない渋沢に、三上は視線を違う方向へ向けながら説明し出した。
「来週、城で夏至の仮面舞踏会がある。二人で来いよ」
「…ふたり?」
渋沢が目を瞠ると、三上は封筒を少しずらして見せた。確かに二通ある。それぞれへの招待状ということなのだろう。
「爵位のない中層階級とかも来るし、夏至ってことで城内のほとんどを開放する。それなら、まだ来易いだろ?」
「彼女と、俺がか?」
「どーせあの女ひとりで来ないと思ったからお前も」
「…本気で言ってるのか」
「本気だね」
何の運命だ、と渋沢は眩暈がしそうだった。
同時に十歳まで過ごしたネオ・ヴェローナ城の壮麗な広間や、花で溢れた中庭を思い出す。2つの尖塔を持つ、美しい白亜の城。あの夏から一度も踏み入れていない城。幼少期は、成長すれば大公家の騎士としてあの城を堂々と歩くのだと思っていた。
はねつけるべきだとわかっていた。仇の息子だ。彼の父が、あの少女の両親や兄姉を殺し、与えられるはずだった少女の幸福を奪った。最低限の世界しか知らず、家名を持たない娘にした男の家。
それでも、手を伸ばしてしまったのはせめてあの城を見せてやりたいという思いと、黒髪の青年の真摯さを感じ取ってしまったせいだった。
「俺が、彼女に渡す前に捨てる可能性があるとかは思わないのか」
「でも他に方法はないだろ」
そのときはそのとき、とでも言いたげに三上は首をすくめた。
右手で封筒を受け取ったまま黙った渋沢に向かって、彼は「それから」とまた隠しに入れていた白い薔薇を取り出した。たった一輪、しかも矢車草よりも小さな白い薔薇だった。
「一応コレもな。封筒だけってのも格好つかないだろ」
「…ますます捨てたくなるな」
「んなこと言うなって」
苦笑した三上だったが、渋沢は笑って受け取ることは出来なかった。
憎しみを募らせる花。華麗でかぐわしい薫りの薔薇は、彼女も渋沢も嫌いな花だった。花を美しいと思う心よりも、つらい記憶を呼び覚ます。
「…気が向いたら渡してやる」
花も封筒もすべて左手に持ち直した渋沢が、青い矢車草も持っていることに三上は気づいたようだったが何も言わなかった。
別れの挨拶もせず、渋沢はさっさと雑踏に紛れる。礼儀知らずになっても構わない、と半ば自棄で思う。封筒も花も、受け取ったことをすでに後悔していた。
彼女と自分のことを一切知らずに話す黒髪の青年が憎かった。彼はこの十年、自分の家がどんな行為の果てにいまの地位を得たのかわかっているのだろうか。
圧制に苦しめられる平民、活気のない街、権力者だけが横行するネオ・ヴェローナの現状を、あの跡取り息子はどう見ているのだろう。渋沢の主人のように搾取される民衆を悲しんでいるのだろうか、それとも。
白い薔薇。この花だけは、渡せない。
雑踏を歩きながら、渋沢はそっと左手をゆるめ、白い薔薇だけを石畳に落とした。小さな薔薇は冷たい石の上に落ち、彼は振り返らなかった。
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…イタリア貴族はわからん(じゃあどこの国の貴族ならわかるのかと言われると困る)。
詰まったときはパラレルを、というのがお約束なのですが、前回はこちら。
ロミジュリといっても、アニメ版のロミジュリのパラレルです(赤い疾風設定忘れていますが)(劇場じゃなくて寺院で匿ってもらってますが)。
この場合ジュリエットは彼女なのか渋沢なのか微妙。
思いつきで渋沢はテンプルナイト。信仰心が全く無く、隠れ蓑的な騎士様です。史実の神殿騎士とは全然違います。
ロミジュリの音楽がどうもFFっぽい(特に戦闘シーンなどの緊迫感のある曲がFFTの戦闘用曲と、OP音楽と似てる)と思っていたら、音楽担当が共通でした。FF12とも。
…きっとサントラも買うんだろうな、と思う。
っていうかロミジュリとFFTの世界観がちょっと似てるので、結局こういうのが趣味なのだな、と己を再認識中です(剣と魔法の中世ファンタジーが要は好き)。
以下視点を変えてちょっと続き。
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ぱさりと軽い音がして、木のテーブルの上に青い花が咲いた。
続けて渡されたのは白い封筒だ。一見して、寺院ではとても使えないような硬貨な紙であることがわかる。そして宛名はなかった。
「…この間の三上亮に頼まれた」
届けてくれと。
淡々と言う渋沢が、相当不機嫌であることに彩は気づいた。表情が変わらず、花と封筒だけを彩の私室に届けて下がろうとする。
「ちょ、ちょっと渋沢!」
「何だ?」
「手紙はともかく、この花は?」
「…一緒に届けてくれと言われた」
苦虫を噛んだほうがもう少しやわらかい表情だったかもしれない。そんな、渋沢の顔つきにむしろ彩は笑ってしまう。
「わざわざ届けてくれたのね」
「君が捨てるべきだと思った」
「え…」
「言ったはずだ。三上亮は、仇の息子だ」
現実を突きつける渋沢は容赦がなかった。それでも先んじて処分することが出来た渋沢が彩のところまで届けてくれたのは、彼の誠実さだと彩は理解する。
「捨てるよな」
戸口のそばに立ったまま、渋沢が低い声でつぶやいた。
そうして欲しい、という願いが見える声に、彩は思わず手紙と花を胸の前で持ちながら、うつむく。
「…読まないほうがいいもの?」
いいに決まっている。今のところ三上亮は彩と渋沢の素性に気づいていないようだが、知られてしまったら今の生活どころか命すら危うくなる。
「…君の好きにすればいい」
渋沢は強固に意見を押し付けようとはしなかった。
しかしその態度にこそ、彩は申し訳ないと思う。あまり薫りの強くない青い花を見つめながら、彩は素直な気持ちを吐露する。
「私、手紙もらったの初めてってこと、知ってた?」
親しい者同士の手紙のやりとりは寺院であっても頻繁に行われている。修道女たちは世俗と断ち切られていても、離れたところにいる親類や家族からの便りを心待ちにしている。
けれど幼少期から寺院で過ごし、親類縁者は亡く、居所を明かせる友人もいない彩には、手紙を取り交わす人どころか手紙をもらったことすら記憶にない。
「手紙が欲しかったのか?」
「そうじゃなくて、手紙が届くっていうのは嬉しいのね。知らなかった」
ささやかに彩は笑む。宛名はないが、一度しか会ったことのない人が、他の人を介してまで届けようとしてくれたことがやわらかな感動を生む。
青い矢車草はやや瑞々しさを失っていたが、水に与えればすぐに戻るぐらいの様子だった。
「この花にも罪はないでしょう?」
捨てずにいたい、という彩の思いを渋沢は酌んでくれたようだった。ため息のあと、彼らしく穏やかに笑う。
「そうだな、そのぐらいならいいんじゃないか」
同意してくれたことに彩は内心ほっとする。本来彼に悪感情の表情は似合わないのだ。
花瓶を取りに渋沢が出て行った後、彩は白い手紙と青い花を見比べる。不思議と仇の息子からのものと聞いても、極端に強い感情は出て来なかった。
近づかないほうがいい相手ということはわかっている。いずれ三上の家を廃し、断絶したはずの元大公家の復興を目指している彩の一族にとって、敵であり毒にしかならない存在だとわかっている。
それでも、この届け物は隔離された存在である彩にとって、思いがけない喜びになってしまった。
実際に会ったときの印象は傲慢で気位が高く、貴族としての矜持以上にプライドを隠そうともしない男だった。不愉快な思いさえした。けれど、別れ際の一瞬の顔つきが忘れられなかった。
二度と会わないと、渋沢は言った。しかし結局渋沢も彼と二度も会い、言葉すら交わしてしまっている。
この場所を離れられない自分も、いつか彼と会ってしまうのかもしれない。
会わないほうがいいのに、会うことを望んでしまいそうな自分を感じ、彩はそっとテーブルに手紙と花を置いた。
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