小ネタ日記ex

※小ネタとか日記とか何やら適当に書いたり書かなかったりしているメモ帳みたいなもの。
※気が向いた時に書き込まれますが、根本的に校正とか読み直しとかをしないので、誤字脱字、日本語としておかしい箇所などは軽く見なかった振りをしてやって下さい。

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三分間の勝敗線(笛/三上亮)。
2005年11月27日(日)

 せめて、言うより言われたかった。








「もう沢山だ、実家に帰ってやる!」

 口喧嘩の延長線上の発言だった。少なくとも彼はそのつもりだった。
 なぜなら実家も何もあったものではない。ここは天下の往来、帰宅路の途中であり一度も入ったことがない灰色の外壁のマンションの前だった。
 加えて別段自分たちはまだ同じ戸籍に入っていない。

「……………」

 思わず飛び出た二十五歳の彼の発言を、彼女はまず数秒の沈黙で対応した。
 無表情のままの数秒間。三上はその沈黙だけで血の気が引きそうな己を叱咤した。バカあほ間抜け。ああまさにそれは今の自分だと思ったが、認めるには三上のプライドは高すぎた。
 やがて、強気の彼女は無敵の笑顔を咲かせた。

「どうぞ、お帰りになったらいかが?」

 皮肉の響きの奥底には、「ばかじゃないの」という暗黙の思いが見え隠れしていた。
 ああバカだろーよどーせ。
 なんだって前述の台詞を吐いてしまったのか、言い訳をしてもし足りない気持ちで、三上亮は視線を明後日に彷徨わせた。
 晩秋の午後、彼女の真新しいベロアスカートの光沢が視界の端で強い存在感を示す。

「さあ、お帰りになれば? 来た道はあちらよ?」

 びしっと人差し指で道を指す彼女は、すばらしい笑顔だった。
 その笑顔の真意が、呆れているからこその皮肉と、そして三上の発言により今回の言い争いの敗者が決定したからだ。これからどう盛り返そうが、あんな間抜け発言をひっくり返せるはずがない。

「どうぞ、ご帰宅なさって、亮さん」

 慇懃な口調で彼女は彼をリングの端に追い詰める。
 正直これが二十代後半になろうという男女の語り合いなのかと思うと、お互いうんざりしそうだった。この程度の小競り合いは、せめて高校生までにしておきたかった。
 人通りは多くはなかったが、自分たち以外誰も通らないわけでもない。
 三上は一つ唾を飲み込み、状況の打破を狙った。
 凛とした彼女の双眸が、三上のプライドを煽る。

「…ああ、そうしてやるよ」

 ここから実家まで何時間ほどかかるだろうか。
 咄嗟にそう考えた三上だったが、彼女は学生時代からの得意ポーズ、腰に手を当てながらさらにあでやかに微笑んだ。

「あら、日本語を間違えないで。あなたが『帰ってやる』と言ったの。私が帰ってと言ったわけじゃないの。わかるでしょう?」

 …さすが止める気なんてないってかオイ。
 それはそうだろう。たとえ三上が逆の立場でも、状況を把握して啖呵を切れとツッコミたくなる発言を、まともに受け止める気はしない。

「それでは、お疲れ様」
「……………」

 会釈をし、すたすたと彼女は今まで行こうとしていた道のりを歩き出す。
 ここで自分がどうすべきか、三上にもわかっている。
 世の中意地を張るところと、引き所と、それぞれそれなりに理解している。後は己の性格がそれを許せるかどうかだ。
 暖かい秋の光が黒髪に降り注ぐのを感じながら、三上がおそるおそる振り返ると、同じ学年だった彼女が立ち止まって彼を待っていた。

「それで?」

 さあどうする、三上?
 十代の頃と同じように、彼女は苦笑半分の微笑で、彼を見ていた。
 ちくしょう、と三上は今回ばかりは完全敗北を認めた。

「……すいません、俺が悪かった」
「当たり前でしょう。どうして『もう沢山』で、『実家に帰ってやる』なの」

 バカじゃないの、とは彼女は言わなかった。

「三上って、ときどきよくわからない台詞を吐くのよね。笑いこらえるの必死だったんだけど、わからなかった?」
「……こないだ読んだ雑誌に、本当にそう言って実家に帰ったっていうのが載ってたんだよ」

 迂闊にその記事に感心して、覚えていたのが仇になった。

「記憶力がいいのも考え物ね」

 くすくす笑いながら、大して乱れてもいない三上のマフラーを彼女が直す。その様子から、さして怒っていないことが窺い知れた。

「どうせ、言葉に詰まったところで思いついたことを言ってみただけなんでしょう?」
「俺の考え読むなよ」
「本気じゃなくてよかったけど」

 三上のマフラーを直し、小さく息を吐くと彼女は彼の肘のあたりのジャケットを引っ張る。
 もうすっかり彼の間抜け発言も許す女神の如き慈愛で、彼女は彼に笑いかける。

「ほら、行きましょ」
「…………」

 引っ張られて歩きながら、三上は派手な意地を張らずに済んだ安堵と、相手の最終的に受け流して笑う姿勢にしみじみと時間の流れを思う。
 十代の頃ならば、自分はきっと絶対に謝らなかった。
 十代の頃ならば、彼女はきっと最後まで三上を嘲った。

「俺、年取ったなー…」
「何言ってるの、当たり前でしょう」

 早く歩いて、と腕を引っ張る彼女を斜め後ろから見ながら、三上は軽く空を仰ぐ。
 空の色だけは、記憶にある頃と何ら変わりなく、天上に浮かんでいる気がした。








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 …うん、…うん、ばかじゃないの(自分に)。
 何だってこんなネタを思いついたのか。
 私は体育祭の続きを書いているうちに、思いついたのでちょっとだけ、の気分だったはずなのですが。

 そういえば、ついさっき届いたメールを見たとき、まず挨拶文としての「○○○!」という文字が目に入りました。
 それ見ただけで、お名前とか確認する前にどなたからかが瞬間的にわかりました。
 ※○○○にはキャラ名をお入れ下さい。
 だから三上(堂々と/………)。
 咄嗟の思いつきって大事だよネ☆(………)
 その思いつきが、なんでだか一行目の台詞になるわけですよ。もう少しなんか見栄えのいい台詞思いつかなかったのか…。

 世の中の「くだらないこと」っていうのは、「くだらない、けど面白い」と「くだらない、どうしようもなく」に分かれると思うのですが、私が思いつく「くだらなさ」というのは主に後者です…。




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