小ネタ日記ex

※小ネタとか日記とか何やら適当に書いたり書かなかったりしているメモ帳みたいなもの。
※気が向いた時に書き込まれますが、根本的に校正とか読み直しとかをしないので、誤字脱字、日本語としておかしい箇所などは軽く見なかった振りをしてやって下さい。

サイトアドレスが変更されました。詳しくはトップページをごらんください。

日記一括目次
笛系小ネタ一覧
種系小ネタ一覧
その他ジャンル小ネタ一覧



雨月草紙(笛/渋沢と三上)(パラレル)。
2005年07月15日(金)

 封じるもの、解放するもの。








 夜明け前から続く小雨は未だ止もうとしなかった。
 雨が多く、湖畔に位置するこの街は千水という。
 さらさらと小川のせせらぎのように天から降る音は、馴染みのない人間には風流に聞こえるという。けれどこの水害の街で暮らす者にとっては、いつ何時この音が竜神の唸りに変わるかもしれないことを知っている。
 朝から硯で墨を磨る作業に没頭していた彼は、雨音に負けじと叩かれる戸の音で顔を上げた。一段低くなった竈の前では、相方が紐で綴られた冊子に没頭したままだ。
 黒檀のような髪が目許に落ちるたび鬱陶しげに跳ね上げる相方に、渋沢は仕方なく声を掛ける。

「三上、客だ」
「あ? お前行けよ」
「近いのはそっちだろう。手が離せない、行ってくれ」
「へいへい、わかりましたよー」

 立ち上がった三上亮という名の相方の背を視線で見送り、渋沢は再び墨を磨る作業に戻る。これがなくては、彼の生業は成立しない。この作業をしている間はどうしても手が離せなかった。
 外扉へ続く隣室へ行った三上の取次ぎの声が、雨音に混じって渋沢の耳に届く。
 今回の客はどういった用件だろうか。無茶なことを言われなければいいが、と渋沢は溜め息をつきかけ、慌てて飲み込んだ。墨磨りの最中に余計なことを考えるべきではない。その後の術式に影響が出る。
 素人から見ればまだただの水同然の水色(すいいろ)を見据え、渋沢が改めて背筋を伸ばしたときだった。

「失礼、こちらに封術師がいらっしゃるとか!?」

 何の断りもなく、隣室からの引き戸が開けられた。
 強い声音はまだ若い者のそれであり、渋沢は動作を止めて目を瞠った。黒い髪と白い肌をした、一見して権力者に添う者という格好をした若者だった。
 彼の後ろでは、三上が苦虫を噛み潰したような顔をしている。三上の口の悪さでも押し留められなかった客だと渋沢は瞬時に理解し、椅子を立った。

「確かに、俺が封術の渋沢です。そしてそちらが解術の三上」
「突然の無礼は承知で申し上げます。あなた方の力を借りたい」
「おいテメ、偉いさんの従者だか知らねぇけど物には順序ってもんが」
「急いでるんだ!」

 怒鳴り声と同時に、客人の少年が抜刀した。外套の下に隠れて見えなかった短刀が三上の眼前で光を弾く。
 相方が唖然としている気配を察し、渋沢は息を吐いた。長身の彼の琥珀色の瞳が細められ、声が低くなる。

「随分、穏やかじゃないな」
「封解の施術について少しは知ってます。ただの紙に人や物を移し、保存することも解き放つことも出来るという」
「ただの紙じゃねーよ。紙も液も全部俺らが生成して、命削って封じては解いてる。気安く使おうなんざお門違いだボケ!!」

 渋沢の思いとほぼ同じ内容を、三上が怒鳴った。
 封解士という職業がある。目に見えるものを特殊な紙に墨で描き写し、紙の札として封じる。特定の術式を使えば、封じたものをまた同じ姿で札から取り出すことも出来る。
 しかし封じた者が、札を解くことは出来ない。そのために封解士というのは、封師と解師、二人揃って初めて成り立つ。封じる者も解く者も、必ず札に相手の名を刻まなければ札は術に呼応しない。渋沢と三上は同門の兄弟弟子だった。

「ならばその力は何のためにある!? それらを商売として使うなら、俺はそれを買いに来ただけだ!」
「…まあ、それはそうなんだが」
「買いに来たっつーのは対等の立場を見せてから物言えっつってんだよ! 物騒なもん突きつけられて要求することを脅迫ってことぐらいわかんねーのか!?」

 凶器を前にしても一向に怯まない三上に、黒曜石のような黒髪を持つ客人が逆に怯んだようだった。その濡れた前髪から水のしずくが落ち、白皙の頬を濡らす。
 押し黙った間の後、短刀を収めないまま来訪者は語り出した。

「…あなた方は、人を封じて持ち出すことは出来ますか」
「出来ないことはないが、基本的に俺たちは生物を封じることはやっていない。物では感じないだろうが、生物は感覚があるからな。生成方法が特殊でも、結局はただの紙だ。そこに封じられたとき、生物がどんな思いをするのかは試してみればわかる」
「…そうですか」

 一瞬、彼の瞳が強く閉じられた。すべを失い、途方に暮れる寸前の顔だった。
 抜いたときと変わらぬ速さで客人は短刀を懐に戻し、渋沢と三上に完璧な宮廷作法で一礼した。

「どうやらここでは私の目的は果たせないようですので、失礼致します。重ね重ねのご無礼、どうぞお許し下さい」

 そして彼は素早く踵を返す。
 渋沢と三上は顔を見合わせたが、声は渋沢のほうが早かった。

「誰を封じて欲しかったんだ?」
「…あなた方には関係ないことです」
「荒事なら手伝えるぞ。俺たちはこの界隈に詳しいし、そこの三上は喧嘩技なら一流だ」
「俺は手伝わねぇぞ渋沢」

 また渋沢のお節介癖が出た。開業してから数年、渋沢のお人よしの気質に巻き込まれ、幾度タダ働きをしたかも覚えていない三上はさっさと釘を刺した。
 黒髪の客人は、迷うように脚を止め、振り返った。渋沢と三上に改めて見せたその面差しは、焦りと動揺を押し隠すような硬さがあった。

「…誘拐された女性がいます」
「いつ、どこで」
「夜明け前後、船上から」
「対岸からの旅船か?」
「帝都から南方への旅の途中でした。国許に知らせるわけにはいかず、賊との交渉も出来ません」
「うさんくせぇほどワケアリだな、そりゃ」

 呆れたように三上が言うと、はじめて黒髪の客人が困ったように笑んだ。

「無茶なことばかりしたがるお人なものですから」
「んで、お前はその護衛ってことか」
「国へ戻れば馘首は確定でしょう。でもそんなことは今は問題じゃない」
「無事に助け出したい、そのために俺たちを?」
「彼女がいる場所も攫った相手も情報は掴んでいます。ただ、どうしても秘密裏に助け出したい」

 躊躇いなく言われ、渋沢は脳裏で逡巡した。これは、相当の理由が裏にあるとしか思えない。
 昔より随分寂れた街とはいえ、まだ皇帝の目が届く範囲の土地だ。警吏もいれば犯罪の駆け込み場所となる組織もある。それらを使わず、一介の術者を雇わなければならない事情とは一体如何なるものなのか。
 色が変わるほど濡れた外套、黒髪からしたたり落ちる水の雫。事が起こってからおそらく彼は不眠不休で駆けずり回っていたのだろう。
 封解士が裏事情に通じるというのはよくあることだ。所詮真っ当な職ではない。魔術と祖を同じくする術ではあるが正しい姿は世間に浸透されておらず、宮廷道化師よりも地位は低い。

「ってか、俺らが手貸したらもっとマズい立場になる可能性もあるってことわかってんのか?」
「悪い立場になるのは俺です。彼女じゃない」

 潔く護衛の少年は言い切った。
 護衛するはずの相手を失い、躍起になっている従者の顔ではなかった。強い責任と、守り手への愛情。必死であることはすぐに窺い知れた。
 渋沢が三上のほうを見ると、解放が役目の彼は顎をしゃくることで「好きにしろ」と告げた。

「わかった。俺たちも手伝おう。封解士としては役立たずかもしれないが、この街の住人としては役に立つだろう。ちょっと向こうで待っててくれ、片づけをして行くから」

 早口でそう言い、置き去りにしたままだった硯を片付けに入った渋沢を三上はもう止めようとは思わなかった。
 礼を言いたげにしているがタイミングを掴めずにいる客を、彼は仕方なく促す。

「この間に、お前ちょい身体拭け。濡れ鼠じゃねぇか」
「あ、ああ…。申し訳ない」

 開き戸を抜けた隣室に移り、三上は相手を適当なところに座らせると適当な布を渡し、竈に薪を放り込む。燃料も決して安くない街だが、この際仕方ない。
 黒髪を布で拭いていた少年は、ようやく人心地ついたように息を吐いていた。

「竈がここにもあるんですね。さっきの部屋にもあった」
「…簡単に物を封じるとか言うけどな、墨の濃度とか温度とか、そういう微妙な違いも関係するんだよ。解くのも同じだ。ほいほいそのへんの道端で解くわけじゃねぇ」

 最適な空間でなければ、術は成功しない。魔術師が魔方陣の清められた空間を用いるのと同じように、封解の世界も適切な空気を作ることが基本だった。
 そのあたりがどうも世俗には伝わっておらず、尊敬を集める魔術師より格下の存在として扱われる。

「…俺たちの師匠はそういう封解の誤解をどうにかしたくて、渋沢にさんざん教え込んだんだよ。『人を助けて、信頼を勝ち得る術師になれ』ってな。あいつのお人好しなのは、生まれつきと師匠のせいだな」
「…先程は、本当に申し訳ありませんでした」
「まーな、うさんくさい客ならしょっちゅうだけど、小奇麗な顔しといていきなり刃物持ち出すのは驚いたぜ」

 少しずつ温まっていく部屋の中で、三上は揺らめく炎に向かって息で笑った。

「…それでも、ありがとうございます」

 室温と同時に気持ちも緩んだのか、少年は固い声を解いた。
 おそらく年下に見える彼の白い顔が少しずつ落ち着きを取り戻していくのを目の当たりにし、三上はぽつりと呟く。

「俺らはムカつくぐらい二人一組なんだよ。あいつがやるって決めたら俺もやるしかない。そういう誓いだからな」
「……………」
「ところでお前、名前は?」

 最初からごたごたしていたせいで、すっかり忘れていたことを三上が指摘すると、相手も失念していたのか目を瞬かせた後に姿勢を正した。
 乾き始めた黒髪が、同じ色の瞳の前で揺れた。端然とした一重の黒色。

「郭英士です。どうか、宜しくお願い致します」








************************
 渋沢と三上でパラレルでーえーと英士もつけちゃえ、みたいなノリでした。
 パラレルで、というリクエストを頂いたのですが今パラレルやるならたぶん種だろうなー…と思いつつ、全然関係ないパラレルの渋沢さんでした。 






中央総論(笛/渋沢克朗)。
2005年07月13日(水)

 それは彼らの合言葉。








「キャープーテーーーーーーーンーーーーーっ!!」

 野比のび太が友を呼ぶ声に似た叫びが、松葉寮に響いた。
 場所はといえば談話室入り口。厳しい練習を終え、夕食時間まであと十分ほどの時間帯だった。

「ふ、藤代?」

 談話室の特等席に座を占めて新聞を広げていた渋沢は、腕一杯に新聞紙を抱えた後輩に唖然とした。
 何せこの時間といえば、育ち盛りの少年がすきっ腹を抱えつつ時計と睨み合う時間帯なのだ。練習疲れよりも、成長期の少年による食欲が凌駕してこその松葉寮であり、疲れて食欲が沸かないようではこの部では生き残れない。
 その中でもかくも大声で叫べる藤代は、まさにエースにふさわしい体力値の持ち主だ。変なところで後輩に関心した渋沢は、相手が抱えている新聞紙に注目するのが遅れていた。

「キャプテン、俺のレポート手伝って下さい!!」

 渋沢の前に出るなり、藤代が思い切り頭を下げた。
 短めの黒髪からうっすら見えるつむじに向かって、渋沢は苦笑する。
 キャプテンの務めその一。部員の悩みには早めの面談を。

「珍しいな。笠井はどうした?」

 この場合、藤代がレポートを書くことが珍しいわけではなく、彼の友人が手伝わないという事実が珍しいという意味である。

「竹巳には、わざわざ手伝うまでもないって言われました」
「…まあ、中学生のレポート課題だからな」

 それほど難しいものを出すとも思えない。少なくとも、この学園に入学してからというもの渋沢は課題を誰かに手伝ってもらった経験はない。
 藤代も通常の筆記試験ならば自力で勉強しているようだが、彼にとってネックなのは文章力の底が浅い点である。思考は出来ても、それを文章に直す作業が不得手だった。夏休みの宿題も必ず最後に読書感想文を残す、それが藤代だった。

「渋沢先輩、それ手伝わなくていいですから」

 丁度そこへ冷えた声が掛かり、視線を転じれば藤代と同室の笠井が声の温度通りの顔をしていた。

「笠井」
「手伝うまでもありません。テーマ聞きましたか? 『昨今のIT革命についての意見を述べよ』ですよ? 六百文字ですよ? 思ったこと書いてりゃすぐ埋まります。そんなんをどうやって手伝えっていうんですか」

 淡々としてはいたが、笠井はやや早口になっていた。
 どうやら藤代がここへ辿り着く前に、相当笠井とやりあった空気を感じ、渋沢は藤代を見る。彼は仏頂面をしていた。

「だーかーらー、その『思ったこと』って何だよ」
「思ったことは思ったことだよ。IT革命って言葉ぐらい知ってるだろ?」
「知ってるけどさ、それについて何か思ったこと俺ないし!」
「今思えばいい話なんだから、自分で考えてから人に言うべきだ」
「思う思う、って思わないから思わないんだよ!」
「その日本語のおかしさに気付けよ…」
「…その前に、お前達は少し相手のことを考えたほうがいいな」

 藤代の守役と揶揄されることもある笠井が露骨に疲れた顔をしたのを機に、渋沢は軽く手を広げて間に入った。
 キャプテンの務めその二。部内円満に努める。

「藤代は笠井に頼りすぎだし、笠井は藤代を突っぱねすぎだ。お互いにわからないわからないと応酬していても、解決策は出ないぞ」
「……………」
「……………」

 黒目がちの藤代の目と、笠井の猫目が一瞬交わる。けれどすぐに離され、そっぽを向く。

「とりあえず、藤代はまずIT革命の具体例を調べろ。それで知った事実について思ったことを、笠井は聞いてやれ」
「…………」
「…………」
「返事は」
「…はい」
「わかりました」
「藤代、お前は自分で調べもしないでいきなり人に答えだけ求めるのはよくない。笠井は、ただ突っ返すんじゃなくてもう少し噛み砕いて対応したほうがいいな」

 キャプテンの務めその三。喧嘩両成敗。
 それぞれの顔がそれぞれの反省に沈んだ後、渋沢は談話室のドアを指差した。息を吸い、声を整える。

「それからここは公共の場だ。これ以上揉めるなら自分たちの部屋でいくらでも話し合って来い」

 談話室では他の部員たちの耳目もある。個人のプライベートに関与するもしないも個人の勝手だが、これでは関与したくない派の人間には迷惑だ。
 強い意思で指差された先を見た二人の顔つきが瞬時に変わる。ばつの悪さと、姿勢を正す潔さ。仲良く同時に頭を下げて談話室を出て行った一対に、渋沢は内心ほっとした思いを押し隠す。
 改めて閉じかけていた新聞を広げると、別の影が出てきた。

「渋沢奉行、おつかれ」
「そう思うなら代行しろ中西」
「俺役職付きじゃないから、遠慮しとくわ」

 睨んでも平然としている同学年に、渋沢はまた文字の続きを読む機会を失った。しかしどちらにしても、最初ほど集中して読むことは出来なかっただろう。喧嘩の仲裁ほど頭を使い精神をすり減らすものはなかなかない。

「…大丈夫か」

 短く息を吐いた渋沢に、立ったままの部活友人が低い声で呟いた。ほとんど唇を動かさないその声に、渋沢は口許を歪ませた。

「…何様だと、お前も思うか?」
「さあ? 俺はリーダーには向いてないし」
「そうか」

 渋沢はばかばかしい思いに、凝ってもいない肩に手を置いた。
 何様のつもりで後輩に偉そうな弁を垂れるのか。動く口の裏腹に、時折思う。たった一学年上、たった数十名の中の部長、上にはさらに大人が控える組織の中で、なぜああも上から物を言えるのだろう。
 上に立つということは権力を得ることだ。けれど時折、その強い権利を振り翳して物を述べる自分に矛盾を覚える。
 息を吐いた渋沢の斜め上で、中西が肩をすくめる仕草をした。

「…普通はさぁ、そうやって自分が何様だとか何とか、考えないんじゃないかねー」
「そうか?」
「だって説教たれんのが仕事の半分だろ。そういうのがいなきゃうちの部回らないし、必要な正義ってとこ? 偉ぶるのがもう嫌だっつーなら、とっとと引退して部長なんかやめちゃえば?」

 明るい声で辛辣に言い放った友人に、渋沢は痛みよりも納得を覚えた。実にその通りだ。
 額にかかる黒髪の下で、同じ二年と少しを過ごしてきた一人が渋沢に向かって笑った。

「しっかりしろよ。情緒不安定な司令塔とお子様エースをどうにかできんの、お前だけなんだから」

 優しくない言葉ばかりでも、実際渋沢の周囲に直接優しい言葉を掛けてくれる友人は少ない。部活を離れればただの中学生といえども、ぬるい湯は松葉寮に存在しない。
 同じ部、同じ学年ですら、サッカーの上では自分たちの敵となる。ポジションが被れば尚更風は強くなり、私生活ですら目の敵にされることも有り得る。それでいうと、渋沢たちの学年の仲間意識は異質だった。その中の一人でいられるのは、とても運の良いことなのだろう。
 肺の中の澱を吐き出すような気持ちで息を吐き、渋沢は天井を見上げた。誰かを諌めるたびに胸に疼く痛みは、もうなかった。

「…そうだな」

 夕食まではまだ少しある。気分を切り替え、渋沢は三面記事を開いた。








************************
 うちのサイトの松葉寮内割合。
 渋沢>三上>>藤代/笠井>>>>>>>>>>中西>近藤
 渋沢、三上レベルになると書いた回数はすでに覚えてはおりませんが渋沢さんはたぶん百回は越えてます。中西、近藤レベルでは記憶にある限り中西3回、近藤1回です(そしてメインではない)。

 というわけで本日の小ネタは、リクエスト頂きました『松葉寮キャラと』、でした。
 原作に名前はあっても詳細が判明していないキャラを捏造するたびに、樋口先生ごめんなさいの気分に陥ります…。二次やっておいて今更かもしれませんが、人様の子どもたるキャラクターを好き勝手に扱うことの罪悪感は忘れたくないと思います(偽善者だと言うがいいさ!)。

 最近、封神演義(藤崎版)を読み返しました。
 普通に面白いなぁこれ、と思いました。何年ぶりかの再会〜あの頃はただ好きなだけだったけど今でも大切な人〜みたいな感じ。つまりは過去ジャンル。自分の本とか絶対読み返したりしないけど。
 …あの頃から私はオリキャラ出張らせるのが好きだった…。

 本で思い出した。すいませんこんなとこ見てはしないと思うけど過去の私の本ネットオークションに出すよりむしろ捨てて下さいよ!!
 何の因果か見つけた瞬間馬鹿みたいに狼狽した。あ、捨てるなら表紙とかイラストは取っておいて下さいね。色あせるにはほど遠いイラストなので(友人画)。
 こんなとこ見てるわけないと思いますが(当時ネット開業してませんでしたし)。

 封神も最近藤崎版の完全版、とか出ましたが、最近読み返してツボつかれたのは張茎くんでした(←旧書体が出ないので漢字違います)。
 彼と聞仲の関係が好きです。聞仲といえば黄飛虎との関係も、紂王との関係も。生き様がただ一途でひたむきで頑固な聞仲が好きです。ん? つまり一番好きなの?(わかってない)
 完全版買おうかどうしようか。でも全巻あるのに買っても置き場がなぁ、みたいな。一巻のATフィールドは健在でしょうか。
 思い返せば封神も、アニメ化されて何かすっごい方向へ駆け抜けて行った作品でしたね…。殷王朝ひたすらクロ〜ズア〜ップ…みたいな。聞仲様の出来は非常に好みでしたが(結局当時も聞仲を追ってたらしい)。

 間違いなく封神が私がジャンプ同人になる基礎を作ったものであり、二次創作とか文章創作なんていうものに目覚めてくれちゃったりしたものなので、思い入れはかなりあります。
 あのときとどまっていたら今どうなっていただろう…。






再録・夏嵐(笛/渋沢と三上)。
2005年07月11日(月)

 台風が過ぎたら空は青くなるものだと思っていた。






「……おお、三上、ちょっと来てみろよ」

 台風が過ぎ去った夕方、部屋で宿題を片付けていた三上に渋沢の声が掛かった。
 昼間とは思えないほど暗かった台風通過中に比べ、雲が薄くなり出した今の時間帯から差し込む窓の光はもう黄昏の色をしている。
 渋沢は、そんな窓辺に立って親友を呼んだのだ。

「あ?」
「いいから、ちょっと来てみろって」

 すごいから、と窓の外を見たまま渋沢はそう付け足した。
 彼が嘘をつくことは、こういった場面でまずない。主観がどうであれ、きっとそこまで言うからには確かに『すごい』のだろう。何かはわからなくても、その言葉に惹かれて三上は椅子を立った。
 何だよ、と視線を向けると渋沢は無言で開け放した窓の外を指す。

 世界を埋め尽くす、淡い朱色がそこに広がっていた。

 空の天蓋を覆い尽くしている、薄い雲。そこに反射する、一日の終わりを告げる太陽最後の一閃。晴れていたのならきっと西から東に、紺から緋色へのグラデーションだろうに、広がる薄雲はそうさせなかった。
 雲すべてに、広がり映る淡い緋の色。それはさらに下に落ち、雨で浄化された人の世界を染めている。木々も街並みも人影も、すべてが同じ色に照らされていた。
 昼と夜の境目、一瞬の隙間がそこにあった。

 圧倒的な自然の一端が、垣間見えた気がした。


「な、すごいだろ?」


 そして三上の隣で、親友が楽しそうに言った。
 誰よりも先に新しい発見をした子供のような、少し自慢げな声。三上はうなずいた。

「すげ」
「だろ?」

 珍しいよな、と渋沢はやはり楽しそうな声で付け加える。滅多に拝められないものを見た興奮が、その横顔に滲んでいる。
 ガキじゃあるまいし、と三上はやや呆れたが、この光景は確かにそんなある種の感慨を呼び覚ますことは確かだった。
 夏の風物詩の台風、それが去ったあとの稀に見る薔薇色の世界。けれど二人はそれが夕暮れの一瞬だけだと知っている。刹那しか見られないからこそ、人はさらに美しいと感じるのだと。
 人間の手には届かない、圧倒的な世界の存在を思い知らされるのはこんなときだ。
 これから先、どれだけ人類が進歩しようともこの光景は作り出せない。もし作り出せたとしても、この偶然の刹那に到達することはない。奇跡のような一瞬だからこそ美しいのだ。
 自然とはそういうものだと、三上は思った。
 人知の及ばないことに、恐怖を覚えるほどの美しさ。見惚れたあと、背筋を這い登る暗然とした気持ちがアンバランスで気色悪い。

 そう思うことは、何かを羨むことにも似ていた。

 脅威を感じるほどの美しさ。それは自分がそこに届かないと、わかっているから怖いと思うのだろう。
 たとえばあまりに美しいものを見たとき。そして、圧倒的な天賦の才を見つけてしまったとき。
 それが、これまで平然と隣にいた自分の友であったとき。
 敵わないと、思い知った瞬間の気持ちと、この夕暮れに出会った気持ちはよく似ていた。


「三上?」


 不思議そうに、純粋に疑問の響きを上げる親友。
 彼がきっと、いずれは高みに駆け登るだろう予感は三上にもあった。三上だけではない。サッカーに携わり渋沢のプレーを知る人間なら、少なからずその予感はあるだろう。
 それは、三上には与えられなかった才能とも言うべきかもしれない。

「…何でも」

 わずかに目を伏せて、三上は窓辺から離れた。
 羨みを越えてしまいそうな、嫉妬めいた感情は生涯渋沢には言うまいと三上は誓う。
 それが三上に残された最後のプライドだった。

 緋色に彩られた二人の中に、凪いだ嵐があることを渋沢はまだ知らない。







************************
 2002年夏に書いた小ネタ『夏嵐』でした。
 私の中の渋沢と三上の関係、っていうのはこういうのが基本なんだなー…と、読み返して懐かしくなったので再録してみました★
 えっ、べつに渋沢月間水増ししようとかじゃないよ!

 過去の小ネタを見ていると、ああ私こんなに書きたいことあったんだー…としみじみします。
 3年経って、自分で読み返しに耐えられるものってかなり少ないことも実感します。






7月7日(笛/渋沢克朗)。
2005年07月07日(木)

 自分のため、そして誰かのために。








 夕暮れの風に竹の葉ずれの音がやさしげに響いていた。
 今年もやって来た七夕。武蔵森学園の生活規律の中には季節を大事にすることで情緒面を養う目的も掲げられている。その結果、日本古来と思わせぶりな大陸伝来の伝統も寮といえど疎かにはしない。
 武蔵森学園高等部サッカー部専用寮でも、この時期には部員たちの願い事を書いた短冊が巨大な竹の合間で揺れていた。
 その光景は渋沢が中等部の頃に飾っていたものと同じだったが、若干違うところがある。それは部員以外の有志の短冊が混じっているところである。
 今年の『七夕当番』となった渋沢は竹の近くに丸椅子を持ち込んで座りながら、中等部とはやや趣きの異なる竹飾りをぼんやり見上げていた。

「こんばんは、今年もいいかしら?」

 余所見をしている間に門をくぐり、子供づれの若い女性がやって来た。渋沢は椅子から立ち上がり、親子に向かって笑いかけた。

「こんばんは。短冊はお持ちですか?」
「持ってます」
「じゃあどうぞ、お好きなところに。届かないようでしたらお手伝いしますので」
「ありがとう」
「ありがとー!」

 母親の最後の言葉だけを幼稚園生ぐらいの女の子が元気よく復唱した。
 その姿を微笑ましく思う渋沢に、母親は会釈をすると子どもの手を引いて竹飾りに近づいて行った。見守る高校一年生の視線を気にせず、親子はどこに短冊を飾るかの相談を始める。
 同じサッカー部専用寮の七夕でも、中等部と高等部の差はこれである。この日のみ、高等部寮は前庭を一般にも開放し願い事を書いた短冊を飾ることを奨励している。平素から強豪サッカー部に金銭的、精神的援助をしてくれている地域の人々への一種のファンサービスである。

「今年の一年生?」

 夏の日暮れは遅い。来訪者は五時を過ぎてもちらほらとやって来る。その一人ひとりに、渋沢は丁寧に頭を下げた。
 今度は中年男性の二人連れだったが、渋沢の記憶する限り彼らは近くのコンビニエンスストアの店長と副店長だ。五月の紅白戦で飲料水をダース単位で差し入れてもらった。

「はい。渋沢と申します」
「ああ、新しいキーパーの子か」
「どう? 高等部ではレギュラーになれそう?」
「いえ、まだまだ先輩方には敵いません」
「またまた、君なら大丈夫だよ。頑張れ」
「ありがとうございます」
「短冊持ってこなかったんだけど、こっちであるよね?」
「はい、どうぞあちらで」

 渋沢が例年用意しておく長机を指し示すと、父親に近い年代の彼らが談笑しながらそちらへ向かって行く。元は酒屋だったという彼らの店も、サッカー部にとっては大事なサポーターだ。
 受付終了の六時まではまだ三十分以上ある。そろそろ残照も消え始めた空を見上げ、渋沢は何となく星を数えた。
 寮の門の前に小さな影が見えたのはそのときだ。

「…こんばんは」

 おずおずと姿を見せた少女は、中等部の制服を着ていた。
 渋沢は思わず受付としての自分を忘れた。

「結?」

 渋沢が高等部に進学してからは会う機会が減った幼馴染みだったが、だからといってその姿を見間違えるはずがない。珍しいところに来たと思いつつも、思いがけない出会いに彼の表情が緩んだ。

「珍しいな、こっちまで来るなんて」
「…部外者が堂々と入れる機会だから行ってこいって、友達とかが」

 彼女はためらいがちに誰かに背中を押されたことを説明したが、渋沢にとっては会いに来てくれた事実に変わりはない。
 素直に行動を起こせない幼馴染みに、彼はいつも通り手を伸ばしてその頭の上に置いた。

「うん、よく来たな」
「…あれが、噂の笹飾り?」
「笹というか、竹だな。普通の笹じゃ追いつかないんだ」
「ふぅん。結構色々な人が来るのね」

 薄闇に浮かび上がる、天を指して立つ青い竹。今は色とりどりの短冊を纏い、かすかな風を受けて揺れる。夏の夕暮れの静かさに、何人かの声が混じっている。

「お邪魔しました」

 七夕飾りの見物を終えた親子連れが、渋沢の近くを通り過ぎるときに会釈した。
 渋沢も穏やかな笑みを浮かべ、軽く頭を下げる。

「ありがとうございました。お気をつけてお帰り下さい」

 ついでに手を振ってきた子どもに渋沢が手を振り返していると、隣にいた年下の少女が不思議そうな顔を浮かべた。

「ねえ、そういう役って三軍の人がするものじゃないの?」
「ん?」
「だって、わざわざ克朗が練習休んで当番になったわけでしょ?」

 期末試験前の時期とはいえ、サッカー部のレギュラー候補組に完全な休暇時期というものは有り得ない。勉強もするが練習もする。どちらも両立することが武蔵森の方針だが、特別扱いをされることの多いサッカー部一軍はより厳しい時期だ。
 中等部ならば、こういった雑用がらみの役割は一年生、特に三軍と目される部員たちの役目だった。一年の頃から一軍入りを果たしていた渋沢が、部長職以外の窓口担当になったことはない。
 長年自分を見てきてくれた幼馴染みだからこそ言ってくれた言葉に対し、渋沢は笑わずに生真面目な息を吐いた。

「練習は夜でも出来るけど、こういう役はやれるときにやっておきたかったんだ」
「七夕当番?」
「だって、普段応援してくれる人と直接顔を見て話せるわけだろう?」

 まあおいで、と渋沢は手招きすると閑散時に自分が座っていた丸椅子を幼馴染みにすすめた。
 彼女が座ったのを見計らいながら、笹飾りの付近と門とを見ながら彼は口を開く。

「人間、感動したって言ってもらえる機会が人生に何度あるか俺は知らないが、少なくとも俺は部にいることで何度か言ってもらったんだ。だけどそれを当たり前だと思いたくないし、言ってくれた人を出来るだけ忘れたくない」
「……………」
「少しでもサッカー部の俺を覚えてくれている人に何か出来るから、俺はこういう役目は結構好きなんだ」

 サッカーをするのは自分のため。サッカーを好きな自分のため。けれどそれに、何かを感じて、応援してくれる人、嬉しいことを言ってくれる人がいる。その事実に少しでも感謝を返せる機会、直接顔を合わせられる機会があるのなら。渋沢はそう思う。
 去り際にやはり会釈をして出ていく人たちを微笑んで見送る渋沢に、幼馴染みは小さく笑ったようだった。

「…克朗ってほんと、自分のファン大好きな人よね」
「結のほうもな」

 気軽に言ってみると、恥ずかしいのか幼馴染みは笑みを引っ込めて顔を背けた。その仕草を渋沢は嫌だとは思わず、ただ笑う。

「結も何か書いていくか?」
「ううん、私はもう自分の寮で書いたから」
「そうか」

 自分のプレーに感動したと言ってくれる人に、これからどれだけ巡り会えるだろう。
 感動とはそれほど安いものだとは思わない。感動したとたやすく口に出来る人がそう多いとは思わない。だからこそ得難く尊い。
 しかしたとえ簡素な言葉でも、自分を肯定的に認めてくれる言葉は己の誇りになる。
 幼い頃、一番最初に渋沢を慕ってくれた少女はいま渋沢の隣に来てくれた。

 離れた恋人同士が出会う宵。
 涼やかな葉ずれの音と共に、渋沢の髪が揺れた。








************************
 人生で、感動したと言ってもらえるのは何回あるのだろう。
 が、テーマでした。ちょっとだけ。

 そして本日の渋沢さんお相手は本来のヒロインで。…ヒロイン系3人続いてると、なんだかアレですね(何)。
 そしてキャプテンではない高校一年生。森の高等部サッカー部専用寮の名前は何ですカ(知りません)。
 時期柄か、七夕ネタで、というアンケート回答が多かったのでやってみましたが…七夕のネタは全然使ってない気がします。

 根本的に、私は森の一軍連中はサッカー馬鹿一直線だと思ってます。余計なこと考えたら二軍落ちだ…!! という緊張感を常に背中でひしひしと考えているといい。お前らのライバルは他校じゃない隣のそいつだ!
 なので渋沢は中等部1年とか、高等部1年ぐらいだと部内イジメに遭っていてもおかしくないと思います。
 強豪の中で、中学1年生でいきなり先輩から正GKの座をもぎとったんですよこの人(証人小堤)。

 三上は順当に代替わりしてナンバー10だと思いますが、渋沢さんは1年が3年を蹴落とすようなあまりに有能すぎて先輩たちから嫌われる人だと思います(年下にはモテるが年上からは敬遠)。
 雑音を払いのけるには実力で見返すしかないと信じている孤高の人だと思います(そんなK口な)。

 っていうか渋沢って、一目置かれるか目障りだと思われるかのどっちかしかないような気がする。本人そのつもりはなくても色々な意味で目立ってしまう(学生時代なら特に他学年に)。
 渋沢ってまさに見たままの性格と能力の持ち主なので、意外性のなさ=可愛げのなさ、にも通じてしまうと思います。
 しかし、すごい人だと憧れられるのも、反感買われるのも本人にはあまり変わりがない気がします。どっちも自分に距離を置かれているのと同じことだから。
 意外とこの人、自分を「そこらの一少年」と見てくれる人を求めてるんじゃないかな、と前にふと思いました。
 …そういやそんな意味もあって、渋沢ヒロインをサッカー部とは全然関係ない、しかもあんまりサッカー少年渋沢克朗を好きではなく、これといって秀でたところもなく、完璧少年じゃなかった頃も知っている幼馴染みにしたのでした(初期設定)。
 まあ渋沢に顔良し頭良しの美少女くっつけたんじゃ、全然面白みがない、という考えもあったのですが。

 K平さんから二本もバトンを渡してもらったというのに、答えているゆとりがありません…。そして回答が非常にいたたまれないことになりそうな予感で一杯です(例:最近買ったCD→タキツバ、蔵書→本棚4つ溢れて床積みの書庫状態)。






パーフェクトブルー(笛/渋沢と三上ヒロイン)。
2005年07月05日(火)

 女神は微笑と殺気をたたえてやって来る。








 武蔵森学園高等部において、歴代生徒会長男女比率は9対1の割合である。
 現時点で校内においてはっきりとした男女差別の風潮があるわけではなかったが、そこは長い歴史を持つ伝統校。男子が先頭に立つことが当たり前だった時代から存在する分だけ、生徒内役職の名簿に男子名が連なる歴史が長かった。
 ところがその年は、過去の割合にして全体の10パーセントしかいない女子の生徒会長が存在している。中等部の頃から生徒会や代表委員会などで必ず顔を見せており、その容姿や凛とした空気を持つ人柄から、武蔵森の才媛と呼び声が高い。
 その才媛が、いま渋沢の前であでやかに微笑んでいた。

「どうにかしなさい渋沢」

 目が笑っていないまま、バシイッ、と机に叩きつけられたわら半紙数枚が、渋沢の前で彼女の怒りを代弁していた。
 なぜか部外者の彼女によってサッカー部の部室に連れ込まれた渋沢克朗は、椅子に座ったまま目を瞬かせた。

「どうした、山口」
「どうしたもこうしたもないわ。これ、どうにかして欲しいの」

 命令口調から依頼口調に戻ったところで、渋沢は相手が珍しく混乱していることを悟った。心底から珍しいと思う。
 椅子に座ったままの渋沢は、普段見下ろしている彼女を真っ直ぐに見上げた。採光のための窓が小さく、電灯をつけても外のほうが遥かに明るい部屋。その中で、気丈なはずの相手の苛立ちや不快な感情が確かに伝わってきた。
 この相手をここまで追い詰めた物への興味が沸き、渋沢は視線で促す彼女の指示通りにわら半紙にプリントされている文字を追った。
 内容を理解した途端、彼は無意識に唇を動かしていた。

「…特集校内ベストカップル」
「…ありえない話でしょう? どうしてそんなベタベタな煽り文句書けるのかしら」
「…第一位、渋沢克朗(サッカー部キャプテン)×山口彩(生徒会長)」
「何考えてるのかしら、あのクソ新聞部…!!」

 よほど腸が煮えくり返っているのか、才媛の評判が泣く単語を使う彼女を、渋沢は別の意味でまじまじと見た。加えて、渋沢から取り上げた校内新聞を両手で握りつぶしている姿だ。
 とても珍しい光景が事態への不可解さを凌駕する。誤報に義憤を募らせるのではなく、今の彼女は間違いなく私怨だ。
 これに目をぎらつかせ髪を振り乱す仕草でも入れば完璧だ。とりあえず美人で気が合う友人ではあるが、恋愛感情なぞ小指の先も持っていない渋沢は冷静に相手を観察してみた。

「…ちょっと、どうして落ち着いてるのよ」
「いや、山口の顔と動作が実に見物で」
「私よりそっちのほうが気にするべきでしょう!?」
「って言ってもなぁ」

 その様子のほうが面白くてインパクトが薄れる。
 などと本音を言えば、今度こそ首を絞められそうで渋沢は言わないまま彼女の手から問題のブツを取り上げた。怒りのあまり足蹴にでもするようになったらさすがに彼女が憐れだ。
 眉をひそめたままの彼女の視線を感じながら渋沢はざっと流し読みし、苦笑した。

「いつも通り、独断先行の記事だな」
「ええいつも通り! 再三憶測で記事を書くなと生徒会から注意したにも関わらず! 最近の新聞部おかしいわよ。生徒会とサッカー部敵に回して生きていけると思ってるのかしらね」
「おい、本音が出てるぞ生徒会長」

 部の運営方針を左右しかねない予算を統括する生徒会と、強豪として地域に名を馳せ校内有名人の半数以上を抱えるサッカー部。金とネタの供給を止めることも可能な組織のトップを誤報で晒すなどそれこそ自分の首を絞めるようなものだ。
 剛毅な真似をしたものだと思いつつ一面記事を読んでいた渋沢は、ある箇所で視線を止めた。

「…尚、この記事内での『カップル』とはあくまでも『組み合わせ』の意であることをご了承下さい?」
「そんなの書いてあった?」
「あるぞ。ここに」
「…………」

 一読した途端きつく引き締められた彼女の口許に、渋沢は思わず身を引いた。そろそろ怖い。

「まあ、そんなに気にするな。どうせ信じて欲しい人は本当のこと知ってるんだから」
「…あなたは信じてくれる彼女がいるから、そういうことが言えるのよ」
「じゃあ三上がこんなのを信じると思うか?」

 渋沢が友人の名を出すと、三上亮の元彼女は反論せずに黙った。
 結局のところ、彼女が気にしているのはたった一人だけだと渋沢は呆れた気持ちで頬杖を突いた。互いのすれ違いによって恋愛関係を解消しても、まだ双方で実りのない片思いをしている。
 苦味のある横顔で押し黙る彼女に、才媛の言葉は似合わないと渋沢は思う。マニュアルや理念がはっきりしていることは得意でも、人間関係に柔軟さが圧倒的に足りない。
 今でも大事な存在だと言い、相手に心を砕き、何かあればすぐに駆け寄るくせに、それが恋だとはもう彼女は言わない。深い愛情をかたくなに隠す。
 それを渋沢が悟っているとはいえ、あからさまに憐憫の空気でも見せようものなら、まず間違いなく相手のプライドを傷つける。渋沢はただの紙切れにしか思えない新聞記事に目を落としながら口を開いた。

「何年もよく続けるな、そんな関係」
「…………」
「ずっとそうやってても、先はないぞ。三上に新しい彼女が出来るまで、今のまま都合のいい慰め役をする気か?」
――余計なお世話よ!!」

 悲鳴のような怒鳴り声が、コンクリートの壁に反響した。
 惚れた相手でもない女の声ごときでは渋沢は臆さない。頬杖を外し、睨みつけてくる綺麗な双眸を正面から見据える。強く光る感情に動揺を隠せない女の顔がある。
 この指摘を受けて逆切れをする無様な姿を、きっと三上は知らない。怒りのあまり浮いた涙さえ。

「いいところしか見せないくせに、こんな記事ぐらいでうろたえるな」

 どうせ三上の前では毅然と有り得ないと記事を否定するくせに。そうすればきっと、彼女のプライドも三上の中の彼女のイメージも無傷で済む。

「…悪かったわね」
「まあ、多少俺にも被害が出かねないから三上にフォローはしておくさ。それでいいんだろう?」
「お願い」

 最後は潔く、断然とした声音で彼女が言った。その後、彼女は両手で顔を覆い、疲れた息を吐く。

「全く、何で私こんなに動揺しなくちゃいけないのかしら」
「片思いもご苦労なことだな」

 平然と言ってのけた渋沢は、ようやく部室を出るタイミングを得たと席を立つ。止める気がない相手の吐息の空気が伝わってきた。
 渋沢にとって、これほど対等に好き勝手言える異性は他にいない。決して恋の括りに入ることのない相手だが、外面の良い者同士で分かり合える部分がある。
 彼女が渋沢の親友と付き合っていた時も、別れた後も、それは変わらない。

「優しい言葉一つ言えなくて悪いな」

 最後になって何となくそう言ってみると、相手は普段通りの情の強さでせせら笑った。

「そんなもの、私に必要ないでしょう?」
――ああ、そうだな」

 その通りだ。小気味よい彼女の返答に、渋沢は笑った。この様子では、教室に戻る頃には完璧に外向きの顔に作り直すことだろう。
 いつか彼女も、本心から想う相手の前で気取らずに過ごせる日が来るのかもしれない。
 その日が出来るだけ早く、そして相手が変わらずにいてくれたらいいと、渋沢は思った。








************************
 …わかりにくくて大変申し訳ないです。
 適当なギャグ路線で突っ込んでいくつもりがうっかり何か違う方向に行きかけたりしてあわあわしました。そして妙に尻切れ…。
 三上と彼女の中学〜高校編は、渋沢サイドと交えて過去結構書いた…んですが、前の日記から新しくするときにこっちに移動させなかったので、最近うちに来た方とかには大変不親切なネタになった気がします…。すみません。

 今年も目指すは渋沢克朗百面相。怒ったり笑ったり切れたり黒っぽくなったり。

 そういえばデス種の小説2巻を先日買ったのですが。
 シンちゃんの心理状態が濃やかに書いてあって感動しました…。すごい見たかったシン・アスカがそこにいた。そしてレイがマリーより年上であることに驚いた。
 わりと忘れがちのシン・アスカ天涯孤独設定をしみじみと思い出した小説2巻でした…。そうだよこの子もう身内いない16歳だよ! と。
 怒りとか癇癪気味なところとか、強い感情でしか気持ちを表現出来ず、セーブしてくれる家族や理解者が13〜15ぐらいの多感な時期にいなかったんだな…というのが、すごくよくわかりました。自分が何言っても「あーあこいつはまた」っていう目で見られていくうちに、段々ぎゃんぎゃん言うことでしか自己表現出来なくなっていったのかな、とか。
 友達はいるようで、実はずっと自分でも気付かない孤独を抱えていた子のように思えました、シンが。
 …でもやっぱりそういうのを本編できちんと描写してもらいたかったな…。






7月始まり(笛/渋沢克朗)。
2005年07月01日(金)

 行き先を決めない外出をしてみた。








 目の前を悠然と河が流れていた。
 曇り空の下、なまぬるい風が頬を撫で前髪を攫う。渋沢克朗はわずかに目を細めながら、肌にまとわりつく湿気にこれから始まる夏を思った。
 正午過ぎの河川敷の土手に人気はほとんどなかった。昨夜の雨による増水は川面をコーヒー色に染め、普段なら川岸に当たるだろう箇所を水没させている。河川敷に生えている丈の低い草に薄く泥が積もっているのが見えた。
 一体何で自分はこんなところまで来てしまったのか。
 平日、真昼、私服、と三つ揃った二十四歳の青年は水面を流れるペットボトルに目を遣りながら、ためいきをこらえた。
 これがもっと晴れた、草花の緑が映える場所ならほのぼのとした気分にもなるだろうが、生憎仕事でミスをして傷心中の身にこのうら寂しい光景はますます気分を滅入らせてくる。
 折角電車を乗り継いで来たというのに、もう早く帰りたいという気持ちが込み上げる。
 せめて、との思いから渋沢は上流に見える橋脚のほうへ背の高い身体を向けた。電車賃分ぐらいの元は取りたい。貧乏性と紙一重の思いだったが、私生活の堅実さが彼の売りだった。
 土手道の行く側からは、帽子を被った女の子が犬を連れて歩いている。白い帽子に明るい茶の犬だ。別段変わった取り合わせではなく、渋沢は顔を川面のほうへ向けながら歩いていた。

「あっ!!」

 短い声が聞こえたのは、ほどなくだった。
 無意識に顔を前に向けた渋沢の目には、猛然と駆け寄ってくる犬が映る。
 そして、後ろのほうでただの綱を持って目を見開いている顔と、白い帽子。
 犬が来る。どんどん来る。

「う、―――

 叫んで逃げなかったのは、サッカー全日本代表屈指のゴールキーパーと謳われた渋沢克朗の名に懸けてのことだった。
 咄嗟に動きを止めた渋沢に対し、駆け寄ってきた犬は泥足で渋沢のすねの辺りに飛びつき、服に半端な足跡をつけた。犬はそのまま渋沢の顔を見上げ、ぱたぱたと上機嫌に尻尾を振っている

「…………は?」
「あ、あの、すみません!」

 思わず犬と目を合わせた渋沢のところへ、ようやく飼い主が追いついて来る。
 大したことのない距離だったが息を切らせ、走るのに邪魔になった帽子を鷲掴んでいる顔は十代後半ほどの若さだった。

「すみません、いきなり首輪抜けちゃって…」

 彼女の言う通り、茶色の中型犬には首輪の跡はあるが首輪そのものをしていない。彼女が犬の近くにしゃがみ込み、赤い首輪を急いで付け直している間も犬は渋沢を見上げて尻尾を振っていた。

「いや…こちらこそ…」

 こちらこそ何だ。
 咄嗟にそう言ってしまったが、この場では不適切だったことに渋沢はすぐに気付いた。今の自分はよほど失調しているらしい。
 犬の首輪をつけ終えた彼女は、渋沢の様子を見て「あっ」と声を上げた。

「あの、ごめんなさい、服が…」
「ああ…いや、別にこのぐらい気にしなくていいから」
「すみません…。あ、あの、大丈夫ですか?」
「え?」
「犬、苦手そうに見えたものですから」
「…いや、別に苦手ではないはずなんだが…」
「……大丈夫ですか? 顔色よくないですけど」

 通りすがりの女子高生ぐらいの年代の子にすら心配された、その事実に渋沢はひそかに胸が痛んだ。
 それと同時に、相手が自分の顔を知らない事実にほっとする。プロデビューしてから数年、場所を選ばなくてはいけなくなった割に収入は伸び悩んでいる今日この頃だ。
 ところが相手は無邪気に言葉を紡いだ。

「昨日、大変でしたものね」
「は?」
「延長戦まで、お疲れさまでした」
「……………」
「あの、渋沢克朗さん、ですよね?」

 昨日の対柏戦、観てました。そう笑顔で告げられ、渋沢は作り笑顔の端がひきつるのを自覚した。
 犬が渋沢と彼女の間で、飼い主を見上げている。

「よくわかったね」
「はい、あの、ちょっと…よく観てます。最近前のオリンピックとかのビデオも見てて、それで渋沢選手よくいるなぁって…」

 しどろもどろになりかけた彼女の言葉に、渋沢には引っかかるものがあった。
 単純に渋沢のファンならばこういう言い方はしない。有り難いことだが、多くのファンと接しているうちにそういった感覚は何となく掴めるようになった。
 どうにか渋沢のプレーの感想を言おうとしている様子の彼女の懸命さにほだされ、渋沢は小さく笑った。

「わざわざ選手の感想言わなくてもいいから、気にしないでくれ」
「……すみません」

 しょぼくれたように、彼女は手に持っていたままの帽子を被り直した。
 なまぬるい風が流れる午後。高校生ぐらいは今頃学校ではないかと渋沢は思ったが、確認したりはしなかった。
 昨夜は引き分け試合だった。先制点を挙げ、残り数分で追いつかれた。チームはディビジョン1の中で下位ではないが上位でもなく、半端な位置ゆえに焦りが浮かんでいた。
 かすかに胸を焼く苛立ちに、渋沢は息苦しさを感じた。

「…こんなところまで俺を知ってる人に会うとは思わなかった」

 そのつもりはなくとも、渋沢の会いたくなかった気持ちは言外の空気に出た。本人が気付いたときにはもう遅く、相手はすまなそうな顔で目許を歪めた。

「…すみません、そうですよね。ごめんなさい」

 お邪魔しました。そう言いたげな物腰で彼女は会釈し、犬の名を呼んで促した。
 黙って横をすり抜けた彼女を、渋沢は思わず目で追ってしまう。意地の悪いことをしたいわけではなかった。ただ少し、個人のプライバシーを振り翳してみたくなっただけだ。
 そんなつもりではなかった。少なくとも、初対面の人間の顔色を心配してくれるような子を、無碍にしたいわけではなかった。
 息を吸うと、渋沢は顔つきを切り替えた。

「ごめん、ちょっと待ってくれ」

 振り返って呼びかけると、犬連れの彼女もまた足を止めて振り返った。
 不思議そうな顔は帽子に隠れて半分しか見えず、やわらかそうな前髪の近くで目を瞬かせていた。

「申し訳ない、失礼な言い方をして。試合観てくれてどうもありがとう」

 文字通り目を丸くして彼女は渋沢の言葉を聞いていたが、ややあって何かに納得したように笑った。

「テレビに出る人だからって全部あの中の顔と同じじゃないって、私の知っている人も言ってました。なのに私のほうこそ、無神経に名前言ったりして、すみませんでした」

 彼女の謝罪は実感が込められたそれだった。
 河からの湿気が含まれた風を受ける帽子の彼女が、渋沢を真っ直ぐに見据えていた。胸につまるようななまぬるい風。渋沢がそう感じるものを、彼女は気にしていないようだった。

「また観ますね、渋沢さんの試合」
「え? ああ、ありがとう」
「いいえ。じゃあ、お気をつけて」

 ぺこりと一礼し、犬を連れて彼女は土手の道を歩いて行ってしまう。
 渋沢もまた自分が目指す橋に向かって歩き出しながら、ふとこのあたりは柏レイソルのホームタウンであることを思い出した。鮮やかな黄のユニフォーム。昨日はかのチームの同年代にしてやられた。
 柏レイソルの現選手と、渋沢のオリンピック時代で重なる人間は一人だ。

「…真田、か?」

 黒い髪、切れ長の黒い目、シャープな印象の球を蹴る、昔から年代別代表で馴染みのストライカー。
 もしかしたら彼もこの近辺を歩いたことがあるのかもしれない。
 次に真田に会ったときは、この河の話でもしてみよう。
 そう決めた渋沢は、歩きながらぬるい風を胸一杯に吸ってみる。不思議なことに、最初に感じたよりは不快に思わなかった。
 泥の匂いさえ混じる夏の空気。明日からまた始まる日常に戻る前の、小さな気分転換の旅だった。








************************
 さあ今年もやって参りました7月です。
 うちの7月というのは、渋沢克朗月間です。
 7月=渋キャプの誕生月、ということで、この月は渋沢さんを書く月です。サイトルール。3年め。

 というわけで、今年は渋沢克朗の小さな旅@真田ヒロイン、というものからスタートしてみました。なんでもないただの気分転換小旅行。
 この後どっかで真田と会った渋沢が、彼からクリーニング代を渡される後日談も考えていたのですが、入りませんでした。

 そして今年ももしよろしければお願い致しますアンケート。
 去年までの消化しきれていないネタもありますので、そっちも使わせて頂きながらつらつらと。
 何ぶんペースは落ちるかと思いますが、今年もどうぞよろしくお願い致します。

 そしてその時期の別ジャンル小ネタについては、ここでやってます。7月限定で日記分け中。




<<過去  ■□目次□■  未来>>

Powered by NINJA TOOLS
素材: / web*citron