小ネタ日記ex

※小ネタとか日記とか何やら適当に書いたり書かなかったりしているメモ帳みたいなもの。
※気が向いた時に書き込まれますが、根本的に校正とか読み直しとかをしないので、誤字脱字、日本語としておかしい箇所などは軽く見なかった振りをしてやって下さい。

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夏の予告(テニ王/手塚と不二)(その他)。
2005年05月26日(木)

 ぱん、と顔のすぐ前で音がした。








「え?」
 一体何事だ。
 大したことを考えずにテニスコート脇の日陰にいた不二は、突然目の前に現れた手に向かって大きく目を瞬かせた。
 五月の放課後、新緑と二人の部活用ジャージの青さが日差しに眩しく照り映える。
「手塚?」
 手のひらの持ち主の名を不二が呼ぶと、彼は打ち合わせた手を蝶のように開いてみせる。
「蚊が飛んでいた」
 知的さを醸し出す眼鏡の奥、手塚のまなざしはいつも通り冷静で淡々としている。歳より骨ばった手の中から、一つの死骸が地面に落ちた。
「…蚊」
「蚊だ」
 こくりと、大真面目に手塚がうなずく。
 不二はそれを見ながら、ほんのわずか手塚の指が触れた自分の前髪にそっと手をやった。
「それは…ありがとう? って言うの?」
「どちらでもいい。あのままだと顔を打つ羽目になったからな」
「……………」
 それは、蚊が顔を刺していたらそのまま手で打ったということに違いあるまい。
 冗談というものから最も遠い位置にいる相手を前に、不二はわざわざ尋ね返す気にもなれなかった。たとえ蚊ごと不二の顔を引っ叩くことになったとしても、手塚は同じ顔をしているだろう。
「最近藪蚊が増えたな」
 手のひらに残ったつぶれた蚊の名残を払っている手塚は、どうやら蚊があまり好みではないらしい。珍しく口をへの字に曲げている。
「あんまり増えるならコートに蚊取り線香でも置く?」
「余分なものに部費は遣えない」
「だって刺されたらかゆいよ」
「ムヒぐらいなら買ってもいい」
 新発見。手塚家は蚊に刺されたらムヒを愛用。
 口の中で不二は呟いた。手塚はときどき言っていることが堅実な主婦のようだ。それを腕を組んだポーズで言うものだから、妙におかしい。
「何だ」
「ううん。どうせなら僕は液体ムヒのほうがいいかな」
「あっちのほうが高いから、大石と相談して決める」
 堂々と責任ある意見を述べる部長に、不二は忍び笑いをこらえる。冗談一つにも真面目に応えるのが手塚国光のすばらしい美徳だ。
「…うん、やっぱり君最高、手塚」
 手を伸ばし、不二は頭ひとつ近く高い手塚の腕をぽんぽんと叩いた。
「は?」
 ああやっぱりわかってない。
 怪訝そうに目を細めた部長にかまわず、不二は青い空に向かって笑い声を上げた。








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 手塚と不二。
 この組み合わせがほんと好き。

 昨日のanegoをビデオで観ました。
 今期見ているのは『離婚弁護士2』『曲がり角の彼女』『anego』、となんかちょっと好きの傾向がわかりやすい。どの主人公も大好きな女優さんたちの上、ファッション系もチェック中。
 まあこれに加えて、デス種と義経があるわけなんですが。

 衣替えに向けて服を整理していて、相変わらず着てない服の量にワハハ状態です。どうすんの。着ろよ。今年もう夏もの買わなくていいんじゃないか状態。
 あーでも今年もティアードとかフリルキャミって着れるんですかね。あれ去年の流行だよね。でも去年だけで終わらせるのもったいない。
 この間、K咲さんに靴を貸したのを機に、ちょっと靴の整理もしてみたんですけど。うん、今年の夏はサンダルとミュールもういらないよね。どんだけあっても足は右と左の1セットしかないのよ! …毎年言ってる気がする。
 むしろ今の私に必要なのはスニーカー。
 ところでこの間トイレに流したイヤリングをもう一度買い直すか悩んでます。すごい気に入ってたのに。ばーかばーかばーか。

 何かとじたんばたんしながら生きてます。






オンリーローズ(デス種/ラクスとミーア)。
2005年05月21日(土)

 光を浴びた少女は笑んで告げたのだ。








「ごきげんよう、ラクス・クライン」
 微笑んだ唇、豊かな桃色の髪、肌理細かな白い肌、まだ年若い少女。彼女はやってきたラクスに、何ら臆することなくそう言った。
 瓜二つ。そんな言葉がラクスの脳裏によみがえる。
 彼女は何という名であったのか。その自分とよく似た顔を見つめながら、ラクスは考えた。
「…はじめまして」
 ミーア・キャンベル。
 一歩もたじろがず、ラクスはその姿に向かってその名を呼んだ。
「あたり」
 にこりと、桃色の髪の少女が笑う。淡いブルーの瞳。
 廃墟のような舞台。崩れた外壁の前に踵の高い靴で立つミーアの前で、ラクスは羽織っていた裾の長い外套を脱ぐ。ばさりと広がる布地の下に、歌姫の衣装が現れる。
「あら、歌いにいらしたの?」
 後ろで手を組み、ミーアが小首を傾げる。作られた『ラクス・クライン』の仕草。ラクスは目を細めた。
「いいえ、違いますわ」
 中央にある階段に、一つ足を乗せる。
「あなたにお会いしたくて、参りました」
 かつりとラクスの足元で音が鳴る。一段上るごとにその音は劇場の中に響いたが、ミーアは一歩も動かずにラクスを迎えた。
「ラクス・クラインが二人。あなたはそう思いますか? ミーア・キャンベル」
「…おかしいことを言うのね。二人と言いながら、なぜあたしをミーアと呼ぶの?」
 対峙する二人の少女の周囲で、かすかな埃が舞った。
 微笑むミーアに、ラクスは気味の悪さは感じなかった。彼女は堂々と『ラクス・クライン』を演じている。そのことに一片の罪悪感も見当たらない。
「あなたが『ラクス・クライン』に成り代わることを求めたのは愚かなことだったのでしょうか」
「答えになっていないわ」
「あなたは、わたくしを好いてはいらっしゃらない。そうお見受けしました」
 糸が切れて幕が落ちるように、ミーアの微笑が消えた。
「そうよ。あたしは、本当はあなたが嫌い」
 白い靴でラクスに近づくと、ミーアはそっと顔を寄せた。
 間近で見据えあう二対の双眸。しんと冷えたその色が、二人の共通点の中で最もよく似ていた。
「平和の歌姫、ラクス・クライン。平和の歌しか歌わない、ラクス・クライン。さて、彼女は歌が終わったあと、どこに行ってしまったのでしょう?」
 うたうように、ためすように、少女は少女の顔を見る。
「あたしを生んだのはあなたよ、ラクス・クライン」
 吐息がかかる。それだけの短い距離の中、二人は決して目を逸らさない。
「すべてを終結させようと起ち上がった平和の歌姫。でもあなたはその途中で消えてしまった。戦いさえ終われば本当の平和は来る? ねぇ、あなたはそう信じていた?」
 ミーアの言葉はよどみがない。舞台台詞を読み上げる女優のように、彼女の仕草はすべてが演技がかっていた。
「あなたは最後までプラントの歌姫でいてくれなかった。戦いが終わっても傷を負ったままだったプラントをあなたは見捨てた。そうじゃないの?」
 ラクス・クラインはプラントに戻らなかった。その理由や、彼女が政治権力者とどのような取引をした結果なのか、民衆は知らない。ただ彼女は戻らず、消えたまま。それが事実だった。
「みんな、あなたを必要としていたのに。だから平和の歌姫だと称えて愛したのに、あなたはあたしたちのところに戻らなかった」
 求められたラクス・クラインの存在。けれど応える歌声は二年の間どこからも響かないままで。
 だからこそ民衆は二年の沈黙を破って現れた『ラクス・クライン』を歓迎した。
「だからあたしはあなたが嫌い。期待だけさせておいて、後始末せず最後は消えてしまったあなたが嫌い」
 ラクスは同じ色の瞳に映る自分を見る。そして相手にも同じものが見えているのだろう。
「…不思議ですわね。嫌いだと仰りながら、あなたはわたくしに成り代わった」
 なぜ?
 ラクスの問いは、純粋な疑問だった。乾きも湿りもない、透明な声で彼女は問うた。
 ミーアの答えは、やはりよどみがなかった。
「それでも、あたしたちにはあなたが必要だったの」
 平和を信じる心の拠り所。正義の神域が、民衆には必要だった。
「求められたから、あなたはわたくしになった?」
「…そうね」
 それと、とミーアは手を伸ばし、ラクスの白い頬をそっと撫ぜた。
 作られた笑みではなく、本物のかすかな笑みがミーアの青い瞳を縁取った。
「…裏切られたと思ったときの悲しさを、覚えていたせい」
「…………………」
「あたしの『ラクス・クライン』は二度とプラントを裏切らない。プラントのための歌姫。それが、あたし」
「…プラントの民さえ平和なら、それで良いと?」
「だって、ラクス・クラインは『プラントの歌姫』だもの」
 手を離し、にっこりとミーアは笑った。
 その華やかな笑顔にラクスは胸の痛みを覚えた。ミーアの笑顔に罪の意識はない。彼女は彼女の正義を信じている。それが見えた。
「あたしに『ラクス・クライン』をちょうだい、ラクス・クライン」
 主演女優は舞台の上で大きく両腕を広げた。
 動きに合わせて桃色の髪が広がる。人目を引き、他者を魅了する色。しかし、ミーア・キャンベルは生来その色を持っていたのだろうか。ラクスはそれを知らない。
―――いいえ」
 考える前に、ラクスの中で答えは出ていた。
「あなたに差し上げられるものは、何一つありません」
 凛とした声が舞台に響き渡る。左手を右手に重ね、ラクスは告げた。
「わたくしの名も、罪も、痛みも、裏切りも、そのすべてがわたくしのものです。正も負も、すべてわたくしだけのものです。誰にも譲りはしません」
 歌姫の地位も、反逆の咎も、ラクス・クラインのものはすべてラクスだけのものだ。ミーアのものにはならない。
 ミーアが唇を噛む。悔しさと屈辱、そして苦痛の表情。それをどこかラクスは羨ましく思う。自分はこのような顔をすることは出来ない。
 そしてその姿こそが『ミーア・キャンベル』だけのものであると、なぜ彼女は気付かないのだろうか。
 ここにいるのはラクス・クラインとミーア・キャンベル。
 ラクスは嫣然と微笑んだ。
「わたくしがラクス・クラインですわ」








**********************
 いまいちミーアの真意が掴めないままの捏造小ネタ。いつどこなんでしょうか。
 殺伐とした出会いを希望する、ミーアとラクスです。頼むからミーアがラクスに会ったとき萎縮とかしないで貰いたい(序盤はミーアがわりと好きだった分だけ彼女には揺らがないでいて欲しい)(勝手な希望)。
 そしてそこはかとなく私のラクス観が垣間見えているようなそうでないような。あんまりラクス書かないんですけどね。

 メールなどのお返事溜まってしまってすみません…。急ぎますのでもうしばしお待ち下さい…。






五月の庭(種/キラとカガリ)。
2005年05月19日(木)

 祈っても願っても足りない、きみがしあわせであることを。








 広大なアスハ家の敷地の中には小さな温室があった。
 初夏咲きの花だけを集めたものだとキラは聞いていたが、その日近づいてみてすぐにわかった。開け放してある扉や跳ね窓から溢れ出す花の香が五月の風に混じって届いている。
 よく晴れた五月の空は澄み切っており、風はさわやかで気分が良い。急ごしらえの礼服の胸あたりを軽く払い、キラは温室への小道を急ぐ。
 新緑に萌える庭木に囲まれ、硝子の温室はきらきらと輝いていた。この庭だけにとどまらずアスハの庭園は常に手入れが行き届き、豪奢ではないが整然として凛々しい。
 邸の雰囲気はそのまま家の主の印象に繋がる。闊達さと快活な笑顔を持つ金髪の少女を思い出し、キラは陽光に目を細めた。
 キラは開けたままの温室の扉をくぐり、強い香を放つ花たちを見渡す。
 入ってみてわかったが、この温室の花はどれも薔薇だ。色は違えど、大きさや品種を変え咲き誇っている。
「カガリ?」
 通る声でキラが呼ぶと、奥のほうで人の気配がした。
 クリーム色の花をつけた蔓薔薇のアーチの向こうで金の髪が揺れた。
「キラ?」
「うん。お迎えに来たよ」
「…別に来なくていいのに」
 珍しく意地以上の否定的な顔を見せた双子の片割れに、キラは苦笑する。
 彼女の格好を見れば、その不機嫌さもわかるというものだ。抵抗むなしく着せられた、としか思えない金糸の縫い取りをされたドレスを纏った少女の眉は強くひそめられていた。
「でもカガリのお祝いなんだから、主役がいなくちゃ始まらないでしょ?」
 不機嫌面であっても、キラにとっては可愛い『妹』だった。アーチをくぐって近づき、着飾った姿を間近で見れば顔の筋肉は自然に緩む。
「…何だよ、その格好」
 キラの言葉に答えることなく、カガリの指がキラの黒い礼服を突いた。
「アスランに借りた。紛れ込むのも普段着じゃ目立つからって」
「……………」
「カガリの誕生日のお祝いなんだから、たまにはね」
 この大きな邸の主、アスハの主人である少女にキラはただ笑いかける。今頃中庭ではもうじき始まるガーデンパーティーの準備にメイドたちが忙しく働いているだろう。
 特に今年はカガリにとって父を亡くして初めての誕生日だ。使用人たちはそれを彼女に強く感じさせまいと、父親が存命だった頃以上の祝いの場を用意すべく張り切っていたことをキラは知っている。
「お前だって誕生日だろ」
 不機嫌さを輪にかけたようなカガリの声に、キラは困ったようにこめかみを指で掻いた。
「まあ、そうだけど。今日は僕は裏方」
「…なんで私だけ祝われなきゃいけないんだ」
 手近な桃色の薔薇の花弁を一つむしったカガリの苦い顔。キラは首を傾げた。
「嫌なの?」
「…そうじゃない。ただ…」
 もどかしげにカガリが顔を背けると、ドレスと共布のリボンが耳のそばでひらりと舞う。
 彼女の上手く言葉に出来ない心情が、キラには少しわかる気がした。
「しょうがないよ。僕は公式のきょうだいじゃないし」
「公式とかそんなの関係ないだろ」
「あるよ。わかってるでしょ?」
 手を伸ばし、キラはカガリの金の髪とリボンを一緒に耳に掛ける。
 怒ったように見上げてくる金褐色の目に彼は微笑む。
「色んな人が来るってアスランから聞いてるよ。だからしょうがないよ」
 生き別れのふたご。その真実を明るみに出すには、アスハの名は大きすぎた。そしてカガリの父の存在も。
 キラと双子だと公表することは、カガリがオーブの獅子の実の娘ではないと公言することに他ならない。血より濃い繋がりがあったとしても、すべての人間に理解しろというのは難しい。
「ほら、ずっとそんな怒った顔しちゃダメだってば」
「…やっぱり身内だけ集めればよかった」
「いいから、笑ってよ」
 何から何まで面白くないらしい双子の『妹』の白い頬を、キラは軽くつついた。
「アスランにはもうおめでとうって言ってもらえた?」
「…もらえた」
「うん。僕も」
 キラが親友の名を出すと、カガリの頬がかすかな薔薇色を宿す。
 その様子が少女らしく、また微笑ましい。
「…今日、出会ったんだな、私たち」
 ふとキラの片手をつかまえたカガリが呟いた。
 少女の手が、青年になろうとしているキラの右手を両手で包み、見つめながら目を細める。
「そうだね」
 どこで出会ったのだろう。それは知らない。ここのように色とりどりの花と、明るい陽光が似合う場所ではなかったかもしれないけれど。
 それでも十数年後のいま、二人はこの光の中にいる。
「…今日はキラにも半分やるからな」
「え?」
 カガリの手がキラの手を強く握り、金褐色と紫色の瞳が正面からぶつかり合う。
「今日、私が言われた『おめでとう』の半分はキラにやる」
 キラは夜明けの色をした瞳をわずかに見開く。
 冗談かと思いきや、握る手のあたたかさとカガリの真摯さは本物だ。胸に歓喜に近いものが滲み、目の前の少女がとても愛しかった。
「じゃあ、僕のも半分こだ」
 ずっと分かれたままだった半身。
 やっと出会えた、世界でひとりの自分の半分。
 彼女を愛している。兄として、家族として。
 キラは身をかがめ、カガリの額と自分のそれを合わせる。金と茶の前髪が混じる。二人同時に目を閉じ体温を感じると、それはまるで神聖な儀式のようだった。
「誕生日おめでとう」
 君が生まれた日。君と一緒に生まれた日。
 胸に光が満ちる。閉じた眦からひとすじ涙が落ちた。
 一緒に生まれたからこそ、この共に祝うよろこびがあるのだと知る。
 繰り返される言祝ぎ。今度は少女のやさしい声で。

「誕生日おめでとう」

 どうか、君が、僕らが出会えた日にしあわせであるように。




 お誕生日おめでとうございます。








************************
 一日遅れですが。
 キラカガ双子誕生日おめでとうございます。

 昨日ネットに潜れなかったために、たくさんの当日限定ものを見逃しました…。

 そういや近々サイトの整理をする予定です。
 整理というか、整頓? このカオス状態のサイトを何とかしたいです。あと人生の整理。したいな、わりと。






ロングレイン7(笛/真田一馬)。
2005年05月17日(火)

 一人になりたかったんじゃなくて、知らない人しかいない場所に行きたかった。







 引っ越しを考えていることを城島さんに言ってみたら、彼女は少し驚いたような顔をして、オレンジ色の唇を動かした。

「生活出来るの?」

 椅子のスツールがくるりと回る。かすかにきしんだ音。深い青の彼女の椅子。
 彼女はわたしの上司であり、わたしの勤務状態を一番よく把握している人だから、その質問は尤もだった。確かに一人で暮らすには、わたしの一月ぶんの給料はあまり多くない。
 それでもいいという意思を伝えるため、わたしは曖昧に笑ってみせた。

「何とかなりますから」
「…そう」

 心配そうに眉をひそめてくれる城島さんは、真田さんとの共通項がある。わたしより年上であること、たった一人で暮らすことを知っているひと。
 回した椅子にきちんと身体を添わせた城島さんは、近くの椅子に向かって手を伸ばした。

「座って。事情を聞きたいから」
「事情、ですか?」

 心がひやりとする。
 何も言うことなんてなかった。確かに仕事ではとてもお世話になっているけれど、プライベートなことを相談するまでには至らない。引越しはあくまでも事前の報告みたいなもののつもりだった。
 渋りかけたわたしを見て取ったのか、城島さんはそれ以上椅子をすすめようとはせず、困ったように首を傾げた。

「あなたは無口な子ね」

 それがただの口数のことを示しているわけじゃないのは、ちゃんとわかった。
 けれど皮肉じゃない。困ったように笑うきれいな年上のお姉さん。

「……………」
「言いたくないなら構わないけど。困ったことがあったら、私でよければいつでも相談に乗るから、気軽に利用してね」

 利用という言葉に、一瞬胸を突かれた。
 一馬を利用するなと言った郭さん。
 自分を利用してもいいと言ってくれる城島さん。
 厳しく教えてくれる人と、優しく笑ってくれる人。わたしにとってはどちらもとても有り難い存在。だけどどちらの存在も、わたしにはただそれだけだ。
 少しずつ、嫌でも理解してしまう。わたしには本当のことを全部話せる人なんて、どこにもいないってことを。
 黙ったまま頭を下げて逃げたわたしを、城島さんは責めないでいてくれた。







 少しずつ長く伸びていく日没までの時間が夏の訪れを告げている。
 電車待ちのホームからは雨上がりの匂いと黄昏の光。次の電車まではあと二分ある。
 学校帰りの高校生、大きな荷物を抱えた主婦、チャコールグレイのスーツを着た中年男性、子どもの手を引いている若い女性、たくさんの人がそれぞれの格好で皆同じ電車を待っている。
 ここには、わたしを知っている人はだれもいない。そのことに、いつから安堵を覚えるようになったんだろう。
 だけどほっとしてちゃいけない。立ち止まって休んでちゃいけない。
 居場所なんて、まだ作れない。
 電車の到着を知らせるアナウンス、登録音声のそれみたいに、あたりさわりなく存在していたい。やり直すと決めていても、わたしはまだどこに辿り着くとも決められないままだ。
 ファン、と一声鳴く電車。一拍遅れて風が吹き、髪が舞い上がる。
 迫り来る夕暮れは空を薔薇色に染めようとしている。
 このまま電車に乗って、あのマンションに戻って、すれ違う住人に挨拶して玄関を開けてさくらちゃんの頭を撫でる。それから、時間になったら帰ってくる真田さんを迎える。

『ただいま』

 あの、何気ない一言と、時間の経過と共に見せてくれるようになった小さな笑顔。
 姿勢の良い立ち姿と黒髪と、切れ長の吊り目。親友は二人いて、犬を飼ったことはこれまでになくて、ご両親は東京にいる。それがわたしが知る真田一馬さん。
 いまドアを開けたこの電車に乗れば、彼の居場所にわたしはまた戻ることになる。
 なぜあの人は、こんな面倒のかたまりを拾ったんだろう。
 今まで聞いてこなかった一つの不思議。それを口にしたとき、真田さんもわたしの素性を尋ねるのかな。そうしたら、おあいこになるんだろうか。何のおあいこだって、郭さんに冷笑されそうな考えだけれども。
 聞かれたくないから聞かない。だからわたしは真田さんのことをよく知らない。あの家の中の彼しか知らなくてもやっていけたから、あえて外には踏み込まないようにしていた。
 横を知らないひとが通り抜けて、鉄の箱の中に納まって行く。
 立ち止まっちゃいけないはずの足がなんだか動いてくれない。
 この数ヶ月のあいだ戻ってもいいと言われた場所に、初めて戻りたくないと思った。
 目を伏せて、遠ざかっていくレールが軋む音を聞く。しゃがみ込んで膝を抱えてしまいたくなる衝動をこらえて、息を吸った。きっといまここでしゃがんだら、立ち上がれなくなってしまう気がした。
 どこでもいいから行こう。あのマンションじゃないところに。
 かかとを回してホームの階段に向かおうとしたわたしの視界に、鮮やかな黄色が飛び込んできた。
 真田さんの鞄から時折のぞいた色。柏レイソルのチームカラー。わたしが視界に入れてしまったのは、Jリーグ球団の一つ柏レイソルのジュニアチーム宣伝ポスターだった。真田さんとは世代の違う子たちが、同じ色のユニフォームを着ている。
 わたしは、真田さんがこの色を纏っている姿すら、見たことがない。
 見ようとしなかった。
 自分で選んできたその事実に、途方もない寂しさを覚えた。


「お姉ちゃん」


 黄昏に似合う温度で響いたその声に、もう驚きはしなかった。
 振り返らなくてもわかってしまう空気に、なんだか笑ってしまう。あの子は簡単に何かを諦めたりしない。逃げることを嫌う、強気でわがままで、だからこそ魅力ある子。
 生まれたときから知っている姉妹に視線を向ける。慌てたりしなかった。
 光る強い瞳は、わたしとはちっとも似ていなかった。

「やっと会えた」

 怒った顔で吐き捨てた妹は高校の制服のままだった。努力して入った進学校の制服。勉強も部活も恋愛も精一杯楽しむ、そんな妹はわたしとはまるで似ていない。
 大股で歩み寄ってくる妹から逃げる気力は起きなかった。

「まだあの部屋にいるんだってね」
「…………」
「なんで? 真田一馬と暮らすために勝手に出てったの?」
「違うよ」

 それだけは違う。何かをわかって欲しいとはもう願わないけど、真田さんに関することだけは否定したかった。
 この子の姿を見つけたときから、わたしにとって真田さんのマンションがあるこの街はあの家と同じ場所になった。去ることを決めている場所、今少しぐらい辛くても終わりが見えているからやり過ごせる場所。
 ばかみたいに妹の顔だけを見つめていたら、妹は不愉快そうに鼻のあたりに皺を刻んだ。

「ともかく、一度帰って」
「……………」
「わかってるでしょ、お姉ちゃんがいきなりいなくなって、私たち大変だったんだからね」

 それは探してくれたことの苦労なのか、近所や親戚への言い訳への苦労なのか、わからないけれどわたしの行動によって家族だった人たちが迷惑を被ったことは確かだった。
 夕暮れのざわめきに混じって知らない人からの視線を感じる。剣呑な雰囲気丸出しの女子高生が一番目立っているに違いない。むかしから妹は何をしても人目を引く子だった。

「…ごめんね」

 ぼうっとした唇から、そんな言葉が漏れた。
 きりっと妹の眉間に力が入る。きっと学校が終わってすぐにここまで来たに違いない。

「いい加減にしてよ。その気なんてないくせに、何となくで謝んないでよ。なんでいつもそうなの? 悪いなんて思ってないくせに、相手の顔見て謝っとけば済むとか思わないでよ」

 怒気を孕んだ瞳がためらいなくわたしに刃を突きつける。
 そんなつもりはない、申し訳なさがあるから謝罪の言葉を口にしている。きっとそう言ってもこの子には信じてもらえない。ずっとそうだったから、もう諦めてしまった。
 何を言えば、何をわかってもらえば、わたしを理解してもらえるんだろう。それについて思案を巡らせたところで、ずっと否定されるばかりで。雨みたいな言葉に打たれて、乾かず疲弊していく心に救いは見つけられなくて、どこかにある晴れた空を探していた。

「…ごめんね」

 だれの言葉もわたしには届かない。世界はわたし一人じゃないのに、わたしの世界にわたし以外の人はいない。
 自分勝手な解放を望んでいた。両親も妹も、わたしを知っている人がいない場所に行って、もう一度やり直そうと思っていた。雨の日を抜けて、晴れた場所で、また。
 そうやって真田さんに会って、この街で暮らして。
 やさしくないと思っていた世界の中で、優しい人に出会えたと思った。
 真田さんは、あの子とは違ったから。

 だけどきっと雨は止まないままだった。わたしが止ませようとしないから。









************************
 もしかしなくても時間空きすぎました…。
 前まではこちら
 それより前は正規更新のほうの真田の項にあります。

 久々に笛原作を読み返したら、やたら藤代が愛しかったです。
 やばい可愛いこの子、と素で思った(いや全般的に笛の彼らはそんな感じですが)。
 ところでつい先日のデス種で非常に渋沢先輩に似た連合士官がいたんですけど目の錯覚ですか?
 ネオの後ろあたりにいたあの人。似てませんか? 似てると思ったんですよ! 茶髪なところとか!!(それじゃキラも同類だよ!)
 笛界ではデフォルトで、アーノルド・英士・ノイマンがいることは有名ですが、渋沢先輩もいましたよ、ということをご報告申し上げる次第です。
 うん、たぶん渋沢に飢えてる。最近。
 今年の七月はどうなのであろうか。渋沢月間。

 え、というか双子誕生日ってもしかして明日!?




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