小ネタ日記ex

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春模様、花景色(笛/郭英士)。
2005年04月27日(水)

 雨上がりの春。








 春の嵐が通り過ぎた次の晴れ間。緑が一斉に芽吹き、新緑が萌える季節となる。
 光が散る四月の午後は、無機質なアスファルトさえも輝いて見える。昨夜の雨の名残、乾きかけた水たまりに弾かれた陽光のまぶしさに、英士は顔の前に手を翳した。

「…藤、薔薇、牡丹」

 まじないのような呟きが、英士の肩の隣から聞こえる。
 通り過ぎていく家々の庭先を白い指で一つ一つ確認し、咲く花の名を彼女は呟いている。口許には淡い笑み、足元は嬉しそうな靴の音。おまけとしてセーラー服の襟がひらひらとなびく。
 英士と隣の従妹にとって、中学最後の春だった。

「春だよねー、英士」

 英士のそれとよく似た黒髪を揺らした少女は、ここ数日で一番の浮かれ様だった。
 彼女がそういう気分のとき、逆に英士の心持ちは下がっていく。別段不機嫌なわけではなく、浮かれ放題の従妹が何かしでかす前にそれを阻止するのが自分の役目だと、英士はごく自然に理解していた。
 であるからに、この少女が満面の笑みを浮かべたときの英士の反応は、大抵がクールな顔つきで口を開くことが七割以上を占める。

「うん春だね。ところでさっきの水溜りに豪勢に足突っ込んだから、後ろ泥はねてるんだけど」
「えっ!?」

 うそ、と信じがたい声を漏らしながら英士の従妹は自分の白い靴下のくるぶしの辺りに視線を落とす。
 そこには確かに、泥で出来た水玉模様があった。
 ショックを受けている少女に、英士は一重の瞳に呆れがちな色を浮かべる。

「足元見てないかったでしょ」
「見てなかったけどー。うそーやだーこれ今年入ってから下ろしたばっかりなのに! もう!!」

 先ほどは来たばかりの春を喜んでいたというのに、今はすっかり水玉模様に心を奪われている。
 このままでは遠からぬうちに「言わなかった英士が悪い!」と言ってきそうなお姫様を想像し、英士は黙って息を吐いた。

「もー英士!」
「はいはい何ですかごめんね気付かなくてむしろ先に注意しなくて」
「…すごい棒読み」
「だって俺自分が悪いと思ってないし」

 とりあえず言ってみただけの英士は、口をへの字にしている従妹の手から、大して重くない鞄を取り上げた。気位の高いこのお姫様は、単に自分が春に夢中になっている間に他をおそろかにしていた事例が悔しいだけなのだ。

「靴下ぐらいでガタガタ言わない」

 本気でしょぼくれかけている従妹に、英士は「鞄持ってあげるから」と付け足しのように言う。
 英士と数ヶ月しか歳の差がない少女は、そんな従兄を上目遣いに睨んだ。

「…そりゃ英士にとっては靴下なんてしょっちゅうボロボロにしてるけど、私一般人だもん」
「…俺だって学校用と練習用を使い分けるぐらいするよ」
「こないだ英士のタンスの中見たとき、何のルーズソックスかと思った」
「それは脛当てが入ってないから。というか何で俺の服とか勝手に見てんの」
「私は英士のを見てもいいの。英士はダメだけど」
「……………」

 理不尽に過ぎることを、英士の従妹は胸を張って言った。
 いつものことだが、それでも脱力はする。英士は肺一杯に雨上がりの匂いを吸い込み、苦笑一歩手前のひきつった笑みを浮かべた。爽やかな風に英士の硬質の黒髪だけがさらさらと流れる。

「…ああ、そう」

 …この返事が口癖になって、何年が過ぎただろう。
 ふとどうしようもないことを思い、英士は気分を切り替えるように歩き始めた。
 決して嫌なわけではない。今の英士は自分の意思で彼女のそばにいる。義務感ではなく、己の心を満たすために。
 英士が肩越しに振り返ると、手ぶらの少女と目が合った。

「ほら、帰るよ」

 知らず、英士の表情が緩み、微笑をかたち作る。
 住宅地の春は、空からの光と、周囲の庭先からこぼれ落ちそうな萌える緑だ。芽吹き花咲く、絢爛に彩られる春。何もかもが生まれ変わる季節。
 空色と新緑と光の白。春を表現するなら、この三色だ。
 軽く空を仰いだ英士を、軽やかな足取りが追ってくる。
 隣に追いつくなり空いた手を掴まれ、目を瞬かせた英士の前に少女の明るい表情が浮かび上がった。
 似ているようで似ていない、血縁など全くない他人同士のいとこ。

「うん、帰ろ、英士」

 先に言ったのは英士のほうだというのに、彼女は頓着せずに気軽に英士の手を握る。小さな頃よりもずっと差が出来た右手と左手。
 生まれ変わったのだと、英士は不意に思う。
 あの長かった冬を終え、辿り着いた新たな春。もう一度共にいる時間を築き直すと二人で決めた。
 この手を繋ぐことに、もうためらいはない。
 小さく笑い返した英士を、彼女はそれ以上の笑顔で迎えてくれた。








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 …英士を書いたのはいつぶりで(中略)。
 ジオラマ〜以降の春ということで。めぐり来る春と英士と従妹。

 先日の兵庫の電車事故。
 天災よりも人災のほうがやるせない思いがします。
 同時に被害者のへ家族のインタビューやJR職員の家族への無神経なインタビューを行うマスコミの姿勢に、相変わらずイライラします。だからなんでいつもそうなの! 事件は報じるものであって欲しい。
 会社組織のトップに責任を問う取材は構わないと思う。だけど当事者となっていてまだ安否も確認出来ていない運転手の家族への取材は、あまりに無神経だと思う。確かに責任はあるかもしれないけれど、まだ生死さえわかっていない人の家族に何を言わせたいんだか。
 でもまずは何より、犠牲者の方の冥福と被害に遭われた方の身体と心両方の回復を心からお祈り申し上げます。




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