小ネタ日記ex
※小ネタとか日記とか何やら適当に書いたり書かなかったりしているメモ帳みたいなもの。
※気が向いた時に書き込まれますが、根本的に校正とか読み直しとかをしないので、誤字脱字、日本語としておかしい箇所などは軽く見なかった振りをしてやって下さい。
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三上の嫁(笛/三上亮)(パラレル)。
2004年09月11日(土)
ある日、見知らぬ女がやって来た。
朝から小雨が降る日の午後だった。 「ごめんください」 淑やかな女の声が、戸口から聞こえてくる。仕事着の洋装で、書棚の整理をしていた三上はしばらくそれに気づかなかったが、二度三度と繰り返されるうちにようやく顔を上げた。 「どちら様で」 「葵様からのご仲介で参った者です。ご当主様はご在宅でしょうか」 古ぼけた帳面を腕一杯に抱えていた三上は、出された名に思いきり顔をしかめた。相手がまだ目の前にいないからこそ出来る、心底嫌そうな顔だ。 だからといってその名を出されては彼に否やはなく、仕方なしに三上は帳面を畳の上に置き、素通しの眼鏡を胸ポケットに仕舞う。そして肘の上までめくり上げていたシャツの袖を戻しながら、戸口のほうへ行った。 曇り硝子と格子の戸口の内側に、一人の女が傘を携えて立っていた。 結い上げた髪と薄紫の訪問着。まだ若いが、十代とは思えない。凛とした、気位の高そうな瞳をしていた。けれど値踏みをすれば文句なしの美人だ。 「初めまして」 「…どうも」 客ではあるが、すんなりと上げる気にもなれず三上は店先で軽く頭を下げた。どうせこの陽気では、滅多に来ない客がさらに来るとは思えない。 「姉貴の…、いや、姉の知り合いですか」 「はい」 にこりと、女は微笑んだ。引き結んだ唇がほんのわずか緩む。 「亮さん…ですね」 「はぁ」 改めて名を問われ、この家に一人住まいの青年は曖昧な返事をした。 どうもこの美人の意図が掴めない。 「あの、何の用で」 「…お姉様から、聞いてらっしゃいませんか?」 「……? いや、全く何も」 ここ半年ばかり顔を会わせていない実姉を思い出し、三上は訝しさに眉をひそめた。往々にしてあの姉が突発的に何かを押し付けてくることはよくあったが、それが三上にとって良いことだった例はない。 彼女にとっても、三上の姉が言付けすらしていなかった事実は初耳なのか、少し困惑した表情になった。けれど彼女はすぐにそれを振り落とし、決然とした面持ちで三上を見据えた。 「お聞きになっていないのでしたら、私からご説明致します。単刀直入に言わせて頂きますと、私はあなたの妻になるためにこちらへ参りました」 「は!?」 何を言い出すか。 三上はそう思って、相手の顔をまじまじと見たが彼女は本気のようだった。 「な…んだそりゃァ!! なんで」 「お姉様とは、そういうお約束でした」 三上の驚嘆した顔をそよ風のように受け流し、彼女は静かな口調で言った。口を開けたまま声が出ない三上を怜悧な視線で捉え、居直ったような優雅な仕草で腰を折った。 「何かと至らぬ点もあると存じますが、本日よりどうぞ宜しくお願い申し上げます」
三上家の嫁は、こうして小雨の日に嫁いで来た。
************************ 昨日のいえもんパラレルっぽく。 っぽく、がメインであって全く同じ設定ではありません。だって京都弁書けないんだもの。何屋なんでしょうね、三上家は(考えてない)。 ちょっとレトロな洋装に素通しメガネの三上ってイケるかもしれない、というかつてのネタ話から勝手に世界観を作りました(この時点ですでにいえもんではない)。
周囲が勝手に決めた縁談によって夫婦となった三上とヒロインが、一緒にいるうちに本物の夫婦っぽくなっていくような話、だといいな(この先をまったく考えていないので何とも言えません)。
パラレルであっても三上ヒロインのパターンは一定なので、ヒロインの性格とかはいつものヒロインと一緒です。なぜなら私のヒロインのストックは多くないもので。 タイトルとかものすごい安直です。○○の〜、というのは一見単純なようで奥行きのある名前に仕上がる可能性を秘めているというのに、私のネーミングセンスのなさにかかるとただの安直と化しますね…。
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ロングレイン2(笛/真田一馬)。
2004年09月09日(木)
水無月なのに、雨が多い月。
ぽつぽつと降り始めた雨が、クラブハウス一階の窓に流水線を描いた。 ああ、洗濯物いまごろ取り込んでるかな。咄嗟にそう思った。そうして俺は手にフォークを持ったまま苦笑する。前だったら、帰って濡れた洗濯物を見ることを予想してうんざりしただろうに。 金曜日のクラブハウスの食堂は閑散とした空気がある。午後組の奴らが来るにはまだ時間があるし、午前九時からの練習のあと残ってここで昼飯を食べるのは圧倒的に俺みたいな独身の奴らばっかだ。 しかもトップ組は午後はオフだから、そのまま遊びに行くからってメシも食わないで出て行った奴も多い。 一人の食事は慣れている。むしろ今日みたいな雨降りの日に、少しずつ濡れていく、いつもと違う景色を眺めながら自分のペースで食事が出来る時間は嫌いじゃない。
「あっ、真田くん!」
……嫌いじゃないのに。 何人かの女性スタッフを入れても、圧倒的に男ばっかりの空間に人目を引く女がするりと入ってきたことに、俺はそれこそ嫌でも気がついた。 挨拶をするのが面倒で、半眼で視線を向けてもあっちは表情を変えない。ひらひらと手を振りながら、小走りで俺のほうにやって来る。
「久しぶりー! あのねあのね、私また柏の担当になったからよろしくね! はいコレ新しい名刺! ついでに携帯番号も変わったから!」
国分有里子、と黒字で印刷されたカードを、俺は反射的に受け取った。 ストライプシャツにカーディガン、ジーンズにスニーカー。化粧も薄ければ髪型もシンプル。取り得は体力と若さだと言って憚らないこの女は、地元情報誌のライターで、おそろしいことに俺と同じ歳だ。 ここしばらく顔を見なかったのは、担当を外れていたせいだったのか。
「…なんだ、道理でしばらく来ないと思ってた」 「そうなのよ! 春の選抜予選目的で県内の野球部追っかけてたよ」
小柄な身体にちょうどいい小さな顔は美白とはほぼ遠く、夏前とは思えない日焼けっぷりだ。 でっかい鞄を脇に置いて、国分有里子は俺の隣に腰を下ろした。
「っあー、つかれた。真田くん水、水ちょうだい」 「ちょうだいって、てめ、勝手に飲んでんじゃ」 「だって聞いてよー、今度から必要経費は月末一括精算とか言ってね、これまで週締めだったのにね、月末でね、給料日前だとジュース一本すらうう」 「……………」
どこの世に、取材対象のはずのプロ選手の飲み水を横取りするライターがいるんだ。 テーブルに突っ伏してわざとらしい泣き真似までしてきた、四年目ライターに俺はためいきをついた。もういい。どうせ水はタダだ。 黙って食事を再開した俺を、国分はひょいと顔を上げて見てきた。
「あれ、真田くん、珍しいことにナポリタン?」 「あ?」 「だって、私のメモによると真田くんは家じゃあんまり食べない味噌汁をここでは飲むと評判で」
評判、って、誰が言ったんだ。 ライターのくせに、喋るときの語句が変だ。 それでも本来四大からしか採用しないという出版社に、高卒なのに持ち込み記事で採用を勝ち取ったという国分の文章力は確か、らしい。下手な専門用語を使わず、読みやすくわかりやすい記事が広い世代にウケるんだとかなんとか、いつか本人が言っていた気がする。
「最近、味噌汁は家で飲んでるから」 「…ふぅん? 彼女が作ってくれるんだ?」
俺の手元で、フォークが止まった。 慌ててすぐに動かす。動揺する俺も俺だ。何だってんだ。
「バッカじゃねぇの」 「うーん、ここはやっぱセオリーかな、と。違ったらごめん」
肩より短い髪を指で引っ張りながら、国分は笑いながら謝った。 違う。少なくとも、国分の言う『彼女』じゃない。最近俺の部屋で、夕飯を作って待っていてくれる奴は。
「ところで、そんな真田くんの近況は?」 「…早々に取材かよ」 「仕事熱心って言ってよー。こうやってね、日ごろから選手と顔なじみになっておいて、色々雑談を交えながら距離を縮めておけば、いざメイン取材になったときの予備知識と予備面談になるってワケだ。よく知ってる人のほうが話しやすいのは確かでしょ?」 「そりゃ…そうだけど」 「でしょでしょ。あ、そうだ、犬飼ったんだって?」 「どっから」 「先ほど、向井選手から。食べながらでいいから、聞かせて? でも邪魔ならどっか行くけど」
にっこりと、チームの先輩の名前を出されては適当に追い払うことも出来ない。職業プロ歴は俺とちょうど同じ歳だ。そんな親近感もあって、国分は会った当初から俺に何かと喋りを求めてくる。 正しい姿を、正しく伝えるのもマスコミの仕事。そう信じている国分は、たとえ記事そのものに関係なくてもその選手の姿を正面から捉える努力を怠らない。知るための努力を惜しまない。 好奇心と呼べるものでも、あいつとは正反対みたいだ。
「春ごろに、実家の近くで犬拾って、そのまま飼ってる」 「どんな犬?」
冷めかけてきたパスタをフォークでまとめながら、俺はさくらの姿を脳裏に思い描いた。最近はすっかり大きくなってきて、寝床のタオルもすでに三代目だ。
「ちっさい頃は薄茶だったんだけど、最近なんか毛の色が濃くなったなー」 「おっきいの? ちっちゃいの?」 「中間。柴犬とか、ああいう感じだけど捨て犬だから正確な種類は知らない」 「名前は?」 「さくら」 「女の子なんだー。…そのネーミングはやっぱり、春に拾ったから?」 「…いいだろ」
ちょっと犬の名前としては、人間っぽいような気がしないでもないけど。 俺は俺で、あの日拾った犬の名前に花の名をつけたのはちょっと気に入っている。まだ浅い春の日、宵闇に浮かんだ淡い初咲きの桜の木を見上げながら、心に浮かんだ名。
「じゃあ、遠征のときとか大変だよね。留守にしちゃうわけでしょ?」 「いや、別に…」
言ったあとで、すぐに失言に近いことを思い当たった。 つい何気ない友人感覚で喋っていたけど、こいつは。
「あ、へいきへいき。そこまで突っ込んだプライベートは記事にしないって。ご安心を」
ほっとしかけた途端。
「私はね」
…他所では気をつけろって意味か。
「だいたい、そういうゴシップ系は全く出さないのがうちの売りなんだから。そんなの書いたら私ここ出入り禁止で、出版社もクビになるかもしれないなんて真っ平ごめん! どうやって来月からご飯食べていけばいいのよー」 「…ああ、わかった。わかったから」
誰も今すぐクビになるとは言ってない。 大仰な物言いをする国分を、稀に苦手とする人もいるようだけど俺はそんなに気にならない。勝手に喋りはしても、無理に俺に反応を求めようとはしないおおらかさがあるせいかもしれない。
「それじゃあ、今度そのワンちゃん取材させて?」 「はあ?」 「柏の黒き彗星真田一馬選手に家族が増えた! …ちょっと期待させ加減で、でも違っても反感もらわなそうなアオリになると思わない?」 「あのなぁ…」
地元密着情報誌だからって、あんまり調子に乗ると。 …とか俺もたまには誰かに説教してみたくなった。
「ヒマなときとかでいいから、ここ連れて来てくれない? 忙しいなら、私が直接出向くから、取材させてー」 「犬だぞ?」 「ちがーう。犬と、真田くん。セットでじゃないと意味ないじゃない」 「…考えとく」
めんどくさい。正直、本音はそれだった。 プロ入り初年は、顔見せのようにあちこちのメディア取材に立ち会った。二年目は成績も振るわなかったからさほどで、三年目にフル代表に初めて召集されるようになった頃に、マスコミとの付き合いも覚えなければならなくなった。 数十分の取材でも、実際テレビや雑誌で取り上げられるのはそのごく一部で、その一部を過剰に拡大解釈されるのは、今でも我慢ならない。言葉は前後があって意味を成す場合があるのに、マスコミが取り上げるのは前も後ろもあったものじゃない一部分だけが多い。 取材で伝えたすべてが俺の真実なのに、切り張りされた俺の言葉が真実として世間に伝わる。それを潔しとしない国分みたいなのもいれば、わざとそうさせる連中もいる。プロ入り数年で、俺はサッカー以外のそういう敵とも戦わなければならない現実を知った。 サッカーだけして、生活の糧を得られたらそれだけでいいのに、歳を経るごとしがらみも増えて行く。
「あのー真田くーん」 「……ん?」 「おでこ、皺寄ってる」
だいじょぶ? と食べる速度が遅くなった俺を、国分が見ていた。 一息ついてうなずく。
「ああ。一瞬ぼんやりしてた」 「この陽気だしね、ぼんやりしちゃいそうだよね」
そう言って国分が窓の外を見るから、つられて俺も見る。 外の風景はほとんど変わらない。雨は昼少し前から降っていて、相変わらず空は薄暗い。新緑に翳りが見えた。 今ごろ、俺の部屋でさくらと留守番をしているあいつのことを思い出した。金曜日は仕事のない日だ。洗濯物、取り込んであるんだろうか。
向かい合わなければいけないのに、俺はいつまで先延ばす気なんだか。
そのことを考えると気が重くなる。 暗い話、居心地の悪い話は、出来るだけしたくない。それがただの逃避だとはわかっているけれど。
「もうすぐ梅雨だよね」
仕事繋がりで出会ったライターが、雨を見ながら目を細めた。 さくらのことなら誰にだって話せるのに、もう一人の同居人について俺は英士と結人以外に本当のことは何も言っていない。職場どころか、親にも言えていない。そもそも英士たちだって、俺が言い出す前に知られたというほうが正しい。 隠して隠して、本当のことは誰にも言わないで、終わりの日が過ぎたらすべてなかったことに、――する気なんだろうか、俺たちは。 過ぎていく日々は、重ねた数だけ重みを増しているのに。 最近、あいつが目を合わさなくなってきたのは俺の気のせいなんだろうか。 あまり、笑わない気がするのも。
雨の季節が近づいて来る。 練習や試合で疲れて帰ってきたとき、家に明かりをつけて待っていてくれる存在が現れてから、一つ目の季節が過ぎていこうとしているのを俺は感じていた。
************************ 3話め2回め。…というと、なんかよくわかりませんが。
1;始まりの日々 2;正しい春の迎え方 3;ロングレイン
4、5タイトルぐらいで完全完結したいな、と…(いつまでかかるの…)。
そしてこの真田シリーズ、すべてにおいて奇数回はヒロイン視点、偶数回は真田視点です。サイト内唯一の一人称シリーズです。最近なんだかちょっと慣れてきた気がしますよ…! 人間やっぱり習うより慣れろですね! だって一年半以上(ねちっこく書いてますよねほんと…)。
今回、真田の職場風景みたいなのを書きたいな!と思ったんですけど。 思ったんですけど。 思ったんですけ、ど。 ……ごめんなさい。プレスの人間がどこまで入れるかは不明です。 っていうかヒロイン不在のまま、名前固定オリキャラとで話作っててすみません。正規にどうやって載せよう…(名前変換させるべきですかやっぱり)。
参考;柏レイソル公式ホームページ(http://www.reysol.co.jp/)
…柏のファンでもないのに、このシリーズのためにWEB会員登録してます、よ、私…(世界の柏ファンに謝りますごめんなさい資料目的で)(だって登録しないと広報日記とか読めないんだもの!)。 でも見ているうちに、なんだか楽しくなってきたので最近ちょっと柏にも注目気味です。 レイソルの公式サイトは見やすくていいです(大分前の完全黒と黄色のダブル色彩は目に優しくない気がしましたが…)。 どことは言いませんが、某球団のはサイトマップ見ても目的ページがわからない。練習予定と試合履歴が見たいんだ私は! とひとり苛立ってしまった過去があります。なんて大人げない。
ついでに三上の球団資料は、 湘南ベルマーレ(http://www.bellmare.co.jp/) 川崎フロンターレ(http://www.frontale.co.jp/) です。当サイトの三上亮さんは(勝手に)J2所属設定です。過去の企画などでいろいろネタを拾わせてもらっておりますの…。
ベルマーレはスポンサー撤退とか色々な憂き目を乗り越えてきたチームなので、逆境には強いと、信じています。11位が何だっていうんだ。まだ何試合もあるもの。新監督はあのアテネ五輪女子サッカー代表の上田監督だもの。きっとまだ大丈夫さ。 たとえ新聞の片隅にしかいなくても、私のJ球団応援チームは湘南ベルマーレです。 …サカつく04の湘南はなぜあんなに強いのだろうか…。
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ロングレイン1(笛/真田一馬)。
2004年09月08日(水)
世界中が雨で沈没してしまったら、わたしは後悔するだろうか。
五月の雨上がりは美しい。 どこかで聞いたような、聞かなかったフレーズを思い起こしたのは、五月もあと数日を残すのみになった季節だった。 まだ新しいエレベーターは、五階から一階に降りるまでの時間をとても手持ち無沙汰にさせてくる。すっかり乗りなれてきたエレベーター。築二年の、真田さんの部屋があるマンション。わたしの止まり木。 一階のエレベーターホールを少し出れば、今度はエントランスホール。常駐の管理人さんが、わたしに気づいて管理人室の小窓から会釈してくれた。
「おはようございます」 「おはようございます。お仕事ですか?」
壮年から初老へと移ろうとしている彼は、真田さんに連れられて挨拶に行った次の日にはもうわたしの顔を覚えていた。こういう仕事の人にとってはとても自然なのかもしれないけど、わたしには出来ないことだった。
「はい。午前だけなので、午後過ぎには戻ります」 「それならいいんですが、最近痴漢が出るそうなので、もし遅くなるようだったら帰り気をつけて下さいね。真田さんも、今日は戻らないって聞いてますから」
真田さんは遠征とか用事で丸一日以上家を空けるときは、管理人さんにそのことを伝えているようだった。だから真田さんがいない日は、この世話好きなおじさんはよくわたしのことを気にかけてくれる。 だからといって、わたしと真田さんの関係には必要以上に首を突っ込んだりしない。
「はい、わかりました」
軽く笑って、会釈して、通り過ぎて外を出て傘を開いた。 透明なビニール傘に雨の雫がやさしい音を次々に奏でる。うす寒い春と夏の境目の雨。 わたしがここに来て初めて雨が降った日は、真田さんのところには傘が一本しかなくて、少しだけ揉めた。ほんの少しだけ。
『俺が駅まで走ったほうが速いから!』 『でも私は途中で傘買いますから!』
言葉で傘を譲り合った末に、結局お互いの出勤時間が近づいてしまって、二人で早歩きで駅まで一緒に行った。一つの傘を傾け合って。 家出するとき、折り畳み傘も持ってくればよかった。 あの家に置いてきたもので、後悔したのはあれ一度きり。
街に雨が降る日が続くようになって、紫陽花が花をつけ始めた。 いつまでも、ここにいちゃいけないはずなのに。 出て行きます。お世話になりました。…そう、もう一度言わなければならないのに。 雨の日の信号待ちは、わたしの気分を暗鬱にさせる。胸をしめつけるような切なさと寂しさ。何に起因するのかも教えてくれないくせに、吹き出して溢れた感情は雨が降るたびわたしを責める。
『真田さん』 『ごめん、もう寝る』
思考が止まるたびよみがえる記憶がある。 若菜さんが来た夜。話をしてくれなかった真田さん。
『明日にしてよ。お姉ちゃんと違って疲れてるんだから』
声を掛けたわたしを、振り返らなかった髪の長い妹の背中。 重なる。 おそれていたこと。もういやだと思ったこと。 またそれを繰り返そうとしているのかもしれない。自分勝手にそう思うことを、きっとあの子は嫌悪するだろうけど。進歩がない、停滞したまま、そう言って。 雨はわたしの昔話に、じっと耳を傾けてくる。
夕方近く、午前中で仕事を終えたわたしに真田さんから電話があった。 たまたま電車の中にいたものだから、慌てて次の駅のホームに降りて通話ボタンを押す。
『あ、俺だけど、』 「は、はい!」 『…なに焦ってんだ?』
電話の向こうから真田さんの忍び笑いが聞こえた。 雨に濡れたホームの端から、他の人の邪魔にならないように壁際へ寄る。雨の日の電車内は湿気が充満していたけど、外気に触れるここはただひんやりとしているだけ。
「あの、電車の中だったので…」 『あ、悪い。大したことじゃないんだけど』 「はい」
真田さんの用事は、荷物の受け渡しのことだった。実家のお母さんが何かを送ったとかで、その受取日を間違えて不在の今日にしてしまったらしい。
『俺の部屋の緑の引き出しの一番上に判子入ってるから、受け取ったら押しといて』 「は…い」
いまどき、宅配便の伝票は判子じゃなくてサインでもいいはずだったと思うんだけどな。 だけど、代理とはいえ私が真田さんの苗字でサインをするのは憚られるし、そんな些細な指摘をして真田さんの時間を引き延ばすのもいやだった。
「わかりました」 『…ごめんな』
その謝り方が、なんだかとてもわたしの胸を締め付けた。 すまなさそうなのと、寂しそうなのと、よくわからない何か。しんみりしたこの雨に似ている気がして、自分で自分が困惑するのがわかった。
「…気にしないで下さい」
大丈夫です。 それしか言えないまま、短い挨拶の応酬があって真田さんの声は聞こえなくなった。
その日の雨は、結局暗くなっても降り続いていた。 指定の時間になっても、宅配業者さんは来なくて、わたしはぼんやりと玄関の段差に腰掛けて待っていた。雨の音がずっと聞こえる。窓の外からと、ドアの向こうの通路のさらに向こうから。 さくらちゃんの散歩の時間はもう過ぎていた。出来るだけ毎日、同じ時間に行ったほうがいいのに、そう出来ないことに少しの申し訳なさがあった。 しょうがなくて、せめて少しでも歩かせてあげようと思ってわたしはさくらちゃんを連れて、一階のエントランスまで行こうと腰を上げた。 ドアを開けると雨の匂いが一層強くなる。 エレベーターは使わず、先を歩くさくらちゃんの後を追いかけながら階段を一段一段下りた。打ちっぱなしのコンクリートの壁は湿気を含んでひやりと冷たい。
「じゃ、先生、どうもお邪魔しました!」
明るく、華やかな声が聞こえたのは一階に着いてからだった。 自動ドアが二層に連なる風防室の前、エントランスホール。何人かの女の子が、高校の制服を着て一組の男の人と女の人の前で喋っていた。 薄暗い雨の日を感じさせない賑やかさに、思わず圧倒されて私は一番端の階段の手前で立ち竦んだ。
「先生、急に来ちゃってすみませんでしたー」
謝罪の言葉であっても、それを補って余りある元気の良さ。 聞き覚えがあった。 でも嘘だと思いたかった。
数人の中でも、一番背の高いあの子。
指先が冷たくなった。 よろめいて、足に階段の一番下の段がぶつかった。後は覚えていない。 気づいたら、真田さんの家のドアを閉めていた。 ずるずると崩れ落ちて膝に額を押し付けた。さくらちゃんの散歩用の引き綱が手を離れる。まとわりつく雨の匂い。指が髪を掴んでいた。
「…な……」
なんで。 どうして。 あの子。妹。世界でたった一人の。
こんなところでも、会うなんて。
あの家を出てしまえば、きっともう会わないと思っていた。近所に暮らしていても、何年も会わない人だっているのだから、物理的な距離をもっと広げれば、もっと時間が経つまで会わずにいられると。 まだ、わたしは前のわたしを知る人には会いたくないのに。
動悸がうるさくて、呼吸が上手く出来なくて、泣いていることに気づいた。 震えを抑えて、薄茶色の子犬に手を伸ばす。ぬくもりは生きてる証で、赤い首輪はこの子と飼い主をつなぐもの。
―――真田さん。
あの人と、この子と、この部屋で、わたしの世界が始まった。 会いたいと思った。 真田さんがいて、さくらちゃんがいて、わたしがここにいられればそれで。
真田さん。
呼びかけても、心に浮かぶ彼は背中しか見えなかった。
************************ これといってコメントもないようなあるような。 そんな真田シリーズ3作め第一話。
真田シリーズの一覧は日記の上のほうの目次一覧からでも飛べますが、一応こちらです。 メモライズ完全消滅に伴い、正規更新していない正しい春の迎え方の6話以降をすべて移しました。正規で出し次第、新日記で更新したもの以外は消す予定です。
今日のサッカーA代表戦、川口が先発です! よし、この勢いで1番にも返り咲きを!!
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再録・思い出ひとつ6(笛/藤代と笠井と渋沢ヒロイン)。
2004年09月07日(火)
世の中には二種類の人間がいるという。
曰く、周囲の空気を自分のエネルギーに転換出来る者と、そう出来ない者だ。
「たーくみー!! ニ冠め獲ったぞ!!」
それでいうと、右腕を空に突き上げながら退場門から笠井のほうへ走って来る藤代などは間違いなく前者だ。彼は場の雰囲気が盛り上がれば盛り上がるほどテンションが高くなる。 男子障害物走を終えた藤代の肩あたりで、一位の証明にもなる空色の小さな布切れがピンで留められ、風になびいていた。そんな藤代を笠井は穏やかに迎える。
「おめでとう」 「おう! でもさでもさ、どうせならもっと長い距離ガーッと走りたいよな! あー走り足んねー!!」 「この先まだいくつか残ってるんだし、ちょっと落ち着けよ」
例の部活対抗リレーは午後の部だ。それまでに万が一藤代が体力切れで本来の力を出せなかったら番狂わせどころではない。笠井はそれを危惧していたが、藤代は余力を残そうなどという気は微塵もない。 一位でゴールしたことにより、確実に縦割りブロックチームの優勝に貢献しようとしている藤代が同じクラスの者に祝福やら激励やらを受けている間に、笠井は次の競技に注目している別の姿に気がついた。
「元気ないね」
応援席に持ち出されている椅子の斜め後ろから声を掛けると、同じクラスの彼女はびくりと肩を萎縮させた。
「かさ…い、くん」 「うん。どうかした?」 「…ううん」
首を振った陸上部のマネージャーは普段より覇気がない。どうしたのかと笠井が思ったそのとき、放送委員の声で三年男子200メートルリレー出場選手の入場が告げられた。
「あ、渋沢先輩」 「……」
何気ない笠井の呟きだったが、彼女の反応は顕著だった。 立ったままだった笠井は、自分の斜め下の細い肩が口した名前に反応したのがよく見て取れ、「えーと」と口の中でさらに呟いてみた。
「…また、何かあった?」 「知らない」
意固地な声音が返ってくる。やや引き結んだ口許の彼女は、それでもトラックの中央で整列している幼馴染みを見ていた。
「でもさっき北軍のほう行ってなかった?」 「知らない。…あんな人」 「…先輩、何してたの」 「……………」
とりあえず彼女が機嫌を損ねるようなことがあったのだと笠井は黙った横顔に解釈を得た。 二人が沈黙を続けていると、競技開始の合図と共に校庭に流れる音楽が準備段階のものよりさらに軽快なものに変わった。 第一走者はトラックを半周して次の走者にバトンを渡す。四色の走者がそれぞれバトンを繋いでいく姿に、各ブロックそれぞれから応援の声が飛ぶ。その声が一際派手なのは、やはり校内外で目覚しい活躍をしている生徒に向けられている。
「渋沢センパイ、ファイットー!!」
男女ごちゃまぜになった一声は、一年生のクラスからだった。 笠井も知っている一年サッカー部員を筆頭に、渋沢の所属ブロック一年生がクラス総出でたった今トラックに入った渋沢に応援の声を張り上げていた。 渋沢もバトンを受けるまでに余裕があるのか、そちらを振り向くと小さく手を振り返している。
「……克朗って、誰にでもいい顔するよね」 「……そうかな?」
そうだっただろうかと笠井はふと思う。 善悪をつけるとすれば渋沢は間違いなく善人の部類に入るが、かといって誰彼構わず笑顔を振り撒いているのかと言われるとどこか違う気がする。
「してるように見えるかもしれないけど、実際親しい人にはそうしないんじゃないかな。身内ほど厳しいっていうか。ほら、藤代なんかよく怒られてるし」 「……八方美人って言っちゃったの」 「…それはー…何ていうか、言い過ぎ」
というか、ひどい。 口には出さないが、笠井は彼女の時折聞く発言の数々に元部長への同情を込めてそう思った。無神経な質ではないのだろうが、彼女は咄嗟の一言がともかく暴発しがちだ。
「だって…」
それ以上続かない彼女の肩が明らかに落ちている。 後悔するのなら言わなければいいのに。 笠井は素直にそう思う。けれどそう出来ないからこそ、毎度毎度渋沢が苦労しているのだろう。悄然としがちでもバトンを受けて走る幼馴染みから目を離さない彼女に、笠井は難儀な二人だと他人事として思った。
「どっちにしてもさ、折角の体育祭なんだからもうちょっと楽しんだほうがいいよ?」 「なー二人して何やってんのー!」 「…こいつみたいに」
肩越しに割り込んできた藤代を親指で指し、笠井は「重い」とまだハイテンションの藤代を振り払った。
「何もしてない。話してただけ」 「ふーん。で、誰が八方なんとかだって? なんか小耳に聞こえたんだけどー」
他意なく、本当に何も考えていなさそうな藤代の口調だったが、笠井は言っていいものか悩む羽目になった。問題発言者のほうも気まずい顔になる。
「どしたん?」 「…渋沢先輩にそう言っちゃったんだって」 「なんて」 「八方美人」 「…って、褒め言葉?」 「なわけないだろ。どこ向いてもいい顔してるってことだよ」 「褒めてない?」 「当然」 「うわひでー! それってあんまりすぎる!」
意味もわからなかったくせに何を言うかと笠井は苦笑したが、藤代の態度は結を責めるには充分すぎたのか、元々落としがちだった彼女の視線がさらに下がる。
「川上ってなんでそんなに渋沢先輩嫌うんだよ。かわいそうじゃん」 「嫌いじゃない、けど」 「だったらもうちょっと優しい態度取ればいいのに、なんでいつもそうなわけ?」 「いつもじゃない」
妙に不穏な空気になってきた。 晴れ晴れとした秋空に似合わない雰囲気になりかけている二人の間で、笠井はそれぞれの動向を見守る。
「いつもそうじゃん。渋沢先輩、折角庇ってくれたのになんでそういうこと言うんだよ」 「え?」
……よし藤代、その調子だ。 ひそかにあることを思いついた笠井は心の中で友人にエールを送る。当然顔にそれを出すほど彼はバカでもない。
「部対抗リレーのアレ、先輩俺に川上は悪くないって言ったんだぞ。それなのにそれってないだろ」
空気を真面目なものに変えた藤代の双眸にかすかな怒りのようなものがちらつく。結にうつむくことを許さない声音は藤代が内包する感情の強さの現れだ。 自分と彼女どっちが好きなのだと渋沢に突っ込んでいったときにこの顔をされたら、きっと修羅場だったと、見ているだけの笠井は思った。本気すぎてマズイ領域に入ってしまいそうだ。
「…………」 「行こう」 「え?」 「渋沢先輩のとこ」
サッカー関係以外のことで珍しく真面目になっている藤代が座っている結の手を引いた。彼は戸惑った結の態度に即座に一喝した。
「悪いと思ったらすぐ謝る!」
幼稚園で教わるようなことだったが、絶対に間違いではない。 藤代らしいと笠井は笑いを押し隠した。
「う…ん」 「竹巳! ちょっと行って来るな!」 「わかった」
気をつけて、と先輩思いの友人と、その先輩の幼馴染みを見送って笠井は一息ついた。
「……さて」
これで上手くあの元部長の調子が上昇してくれればいいのだが。 一部の運動部の面子がかかった部活対抗リレーは、すでにブロック優勝を狙うのとは別格の扱いになっている。サッカー部にとっては、勝利の鍵とも言えるアンカーが幼馴染みとの仲直り効果でさらに燃えてくれれば首位取得にさらに近付き、部内で最も目立つ位置にいる人が活躍してくれるのは仲間として嬉しいことこの上ない。 自分はどう動くべきかと、笠井は顎に手を当てながらしばし考えた。
「…念には念を、だよな」
そして独り頷き、彼はサッカー部表番長を探すために移動を始めた。
**************************** …つづく。
と、いうのがジャスト一年前までの体育祭ネタでした。 実はこれからちょっと先に進んだ6.5話があったりもしたのですが、なかったことにして7話を書き直そうと思います。 1〜5話まではメニューページのてんとう虫から、順番に飛べます。web拍手で代用です。そろそろレンタル先にお返ししようと思います…申し訳なさ過ぎていたたまれない(拍手として使ってないも同然だ…)。
6話までのものを正規用にhtmlに直すついでに、簡易人物紹介を作ってみました。でも肝心の1〜6話までにまだJAVA入れてないの。 こちら。 二次創作なのか三次創作なのか境目が曖昧なところです。 今更ですが、うちのサイトは名前変換ヒロインの設定を詳細にしすぎて自分が夢見られないのは嫌、という方には絶対おすすめ出来ません。遠屋はドリームサイトではありません。名前変換文章サイトです。笛を愛する辺境の管理人が製作しています。
私はたぶん、サッカーだけじゃなくて普通の学校生活を送ってる森風景が書きたい気持ちのほうが強いと思います。サッカーやってる彼らが好きです。でも彼らを構成するのはそれだけじゃないよね、と。 出来ることなら文化祭とか球技大会とか学年合宿とかも書いてみたいものです(出来ることなら)。
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