| 2021年04月04日(日) |
ツイッターからの雑記 |
震災で子どもを亡くした夫婦が、また新たに子どもを作って無事に(?)妊娠したことを、震災特番で美談のように紹介したらしい。
怖い。ちっとも素敵ではない。気持ち悪い。 死は突然やって来ることも、失う悲しみも思い知らされたはずなのに、死んでいく子どもの苦しみも目の当たりにしたはずなのに、なぜまた新たに子どもを生み出してしまうのか。その子だって、災害や難病で苦しむかもしれないのに。
あと、このコロナ禍で子どもを作る奴も、どうかしてるよな。 なぜ、こんなひどい世に子どもを生み出せるのか。どういう神経してるんだ?
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親を介護するつもりがなく、せいぜい老健に入れるか介護サービスの手配くらいしかするつもりがない人がそれを言ったら、子持ちに驚かれる……というツイートを見た。 子どもに老後の面倒を見てもらう気満々で子どもをこんな世に生み出してしまう親、本当にどれだけ身勝手なんだか。老健に入れたり介護サービスを手配するだけでもかなり立派だよ。親はありがたく思えよ。
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自分の命が残り何日なのか教えてほしいというのはときどき思うが、死にたい私の願いも虚しく「あと50年です」とか言われたらさらに絶望的になってしまうな……。 「あと1年です」なら、あまりの嬉しさに跳び上がるけど。
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「産んだら何とかなる教」の奴、何とかならなかった場合に苦しむのは自分(親)ではなくて子どもなのにね。 あ、所詮は他人の苦しみなんてどうでもいいから子どもを生めるのか。
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生まれた子どもが全盲だと分かったとき「終わったと思った」(けど、その絶望から立ち直った)と言う親、最悪だな。 子どもを生み出せば、その子が重篤な病気に罹ったり重い障害を負ったりする可能性はいくらでもある。それを承知の上で作ったくせに、よく「終わった」なんて言えるよね。子どもに苦しみを押しつけてる張本人のくせに、被害者面するなよ。
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子どもの頃や若い頃は「いざとなったら死ねばいい」との思いが救いだったが、簡単には死ねないと分かり、絶望は濃く深くなった。 いろんなことがどうにもならないまま何年も経ってしまった。 現状を変える気力はない。現実逃避ばかり。救いを求めても無駄なことも分かっている。
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「死にたい人は焼肉食って温泉入ったら全部治る!」「クソ職場やめたら鬱が治った!」みたいなクソバイス。 焼き肉やら温泉やらで治る程度の「死にたい」は、一過性の、いわば気の迷いみたいなものであって、子どもの頃からずっと心に染みついている慢性的な「死にたい」は、それとは違うのだよな。生の根本的な苦しみが焼き肉や温泉で解消できるはずもなく。
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「好きなこと見つければ」と言う奴いるがいるが、心身のエネルギーがあって精神的余裕がないと好きなこともできないんだよな。 それに、趣味を通して生存者バイアスまみれのポジティブ発言を見聞きしてしまい追い詰められることもある。絶望を薄めるための趣味に絶望させられる。
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私は神の存在をまったく信じていないが、神による創造を信じろと言うなら、信じても構わない。が、創造主としての神の存在を信じたとしても、その創造主を敬うことは絶対にありえない。 この世に人類を生み出し苦しみを発生させた奴を、なぜ崇拝せねばならないのか。憎むべき存在でしかない。
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何かもう何もかもどうでもいいし、私が今までに受けてきた差別や侮辱は全部許すから、とにかく安楽死制度を早く作ってくれ! (いや、許さないけどな)
穏やかに晴れた日に、好きな音楽を聴きながら、一番好きな飲み物に安らかに死ねる無味無臭の劇薬を溶かして飲むのが、理想の死に方。
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