・・・・が好きだ。
今日お店でピータン(殻剥いて無いやつ)売ってたので1個買って来ました。 子供の頃、近所のお肉屋さんのショーケースにこのピータンが周りの殻とかクズ?泥?付きでちんまりと売ってたのが気になって気になって! 毎回、母親の買い物に着いてってはガラスにへばりついてガン見! 肉屋に用が無くても吸い寄せられるようにへばりついてたヨ(笑) 形状から恐らくはタマゴなんだろうな、というのは分かるんですが中身が気になる!ホントまじで気になって「大きくなったら絶対買う!」と思ってたらそのお店潰れちゃってー。 初めてその正体がわかったのは多分、高校ん時だな、うん。 巣鴨の伯母と買い物に行った肉屋で 「何か食べたいのはあるか?」と聞かれて速攻で 『ピータン!』と言ったのを覚えてる。 「はぁ?何でピータン?」と伯母はいぶかしんでいたようだったが、自分は長年の疑問と謎が今夜やっと!解けるのだと思ってワクワクしたものだった。
食べて見ての感想は・・・・・うん・・・まあ、衝撃の味? でもイヤでは無かった。長年、思い続けて来たものだったからね―。なんちゅうかもう執着に近かったかも?(笑) 思い入れが強かっただけに、おいらの脳はあの味を好意的に受け取った様だった。 その日から、伯母の家に行くと必ずピータン用意してくれてたっけ。
んでピータン。 日記に書くにあたってちょいとググってみたら、食べ過ぎは身体によくないと書いてある。 ピータン製作過程で「鉛」が含まれちゃうん?なのであんま食べ過ぎないでネ♪というものだった。 一年にそれこそ5〜6個食べるか食べないかだから大丈夫だろう? ウズラのピータンもあるんだよねー。 あれ可愛い。剥くの面倒だけど!
しかし、『ピータン』ってネーミング。 誰が付けたんだろう?可愛いよねえ・・・。ぷぷぷ・・・。
そう言えば、今月アタマに巣鴨にイキナリ行って来た翌々日。 実家に行ったんですが、その時母が 「夢見た!変な夢。」 と話し始めた夢の状況は、それは多分震災のTVを見たからなんだろうなあとも思われたんですが、その一種異様な光景の中、「伯母と亡くなった父」が登場していたと言う。 父は母の目の前に居るんだけど、背中を向けてて。 伯母は離れた所からそんな母と父をじっと見ていたのだそう。 「久しぶりにおばちゃんの夢見ちゃったわ」(伯母は母の実の姉です。最期はうちで看取りました) 『その夢見たのいつ?』 「一昨日」 『あ・・・・その日さぁ・・・・実はおいら巣鴨行って来たん。』 「何でまた?」 『うぅぅ〜〜〜ん・・・・何でと言われると説明つかないんだけど、急に行こう!って思ったんだよね』
なんて事がありました。 まあ、何がどうなったという話ではないんですが、何なんだろうなあ・・・・・これは?とは思いました。
伯母が亡くなったのは54歳。(生きていれば今84歳か?!) 介護していた頃はまだ自分もハタチ。50代というと結構な歳・・・・な感覚でいたんだけど、いざ自分がこの歳になってみると如何に伯母が若くして亡くなったのかと思い知らされますし、さぞかし無念であったろうなあとも思います。 白髪無かったもんなあ・・・そう言えば。 伯母は若い頃、心臓の大手術をして多分その心臓のせいなんだろうな、心臓部で出来た血栓が脳で詰まっちゃった。 年末、28日だったかな。母から届け物を置いて来いと言う指令を受けて伯母の家に行った父が部屋の中で倒れていた伯母を発見したんだった。 恐らく、倒れて2〜3日は経っていただろうというお医者さんの診立てでした。 年末、ストーブも消えててどれだけ寒かったことか。 半身マヒが残り、リハビリ続けてましたが、3年目?でまたもや血栓の再発によって伯母は亡くなったのでした。
伯母と母はちょうど一回り歳が離れてて、母が物心ついた頃は大連に渡ってそこで今で言うNTT?電電公社の電話交換手をやってたらしい。 戦況がヤバくなって引き上げて来て、その伯母が家に向かって歩いてる所を見た遊び仲間たちが 「おい!ナミんちに綺麗な女の人が入ってくぞ!見てみぃ!あれ誰だ?」(注:母の名前はナミ:笑) 『さあ?・・・・・知らない人〜〜〜誰だろうね〜〜?』 と母は言ったそうな(ばくしょう)
『だって、ホントにわからなかったんだもん。物心ついた時にはもう姉は大連に行っちゃってて家に居なかったし!』 (母の談話)
そんな時代だったのね。 三味線・長唄・日本舞踊がバリ出来、チャキチャキの江戸っ子調で話す伯母は、子供の頃から憧れでしたなあ。
・・・・・・ってあれ? 確か、ピータンの話してたんだったよね。 どうしてこう、おいらは話が飛ぶんだろ。 んーーーーでもピータン食べると、伯母をセットで思い出すんで仕方ないか。 ああもうこんな時間じゃんー(23時半)
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