まったりdiary

2011年03月09日(水) 土曜の夜の・・・・

徹夜が未だに尾を引いてて、夜はバタンキューです。
たった今も船漕いでたとこで(笑)
土曜の夜から日曜の朝6時半まで!打ち通し。(例のあれ)
んで2時間程寝てから起きて、一周忌のお出かけに向けて支度。

この日は暖かくとてもいいお天気でした。
昨年の49日の日も抜ける様な青空と桜がとても綺麗だったなあ。

うちの親戚はことごとく新潟で、父方の親戚との一周忌(もどき)は一月に済ませたので日曜はごくごく身内もいい所の少人数態勢でした。
実家に集合。そこからタクシーで20分程の所にある霊園に。
お世話になってる石屋さんの事務所で時間を潰してるうちにお寺さんが見えたので、てくてくとお墓に向かいます。
ここの霊園は結構広いので、昨年なんか途中の芝生んとこでお弁当広げてる家族とか居たっけ。
あまりに広いのでブロック分けしてます。





既にお墓の前にはお経を上げる為にテーブル等がセッティングされてて(これも石屋さんがやってくれる)お線香の束に火を点けるのまでやってくれました。
そして読経、3・40分。
風もなくて良かったね〜と言いつつ、終わった頃から風が吹き始めてきました。
本当はどこかのお店で会食・・・・のつもりだったのですが、やはり落ち着かないので実家でお寿司とったりあれこれで済ませることに。
やっぱ家の方が落ち着ける。
ビール飲んでワイン飲んでいい気分になりました。
そして夕方解散。(ほとんど定例会気分)
来てくれたイトコと長女を駅に送りがてらてくてく駅に向かって歩き、駅手前で解散しました。
睡眠時間、2時間も無かったと思うけど良く途中で眠気も起きず過ごせたな・・・と驚いてたらその翌日からダメだった!(笑)




さて、命日の日(3/4)には父の元同僚の方々やら親戚やらからお電話を頂いたそうです。
みんなちゃんと良く覚えてるなあ・・・・と思った。
そういう自分は、夜は実家には行けそうに無かったので昼休憩を使い自転車飛ばして実家に行きましたら、幼馴染のお母さん(以前実家の隣に住んでました)が来て下さってて一緒にお昼しつつ話が盛り上がったのでした。
有り難いことです。

父が治療の為ではない入院をしたのが11月2日。
その次の日から亡くなるその日まで、毎日欠かさず一言メールを送り続けてくれた方が居ました。
父のイトコなんですが、実は父の初恋の人!(笑)
「今朝はちょっと冷え込むけど富士山が良く見えるよ」
みたいにほんの一言なんですが、本当に。毎朝一日も欠かさず約4ヵ月ちょっと。
一言メールや写メを送ってくれました。
凄いことだな・・・・と。頭が下がります。
父は入院のお見舞いを酷くいやがりました。
その昔、父は何度か入院というものをした事があったのですが、その時は命に関わるようなものでは無かったので多分遠足気分だったんじゃないかと。
なので色んな人にお見舞いに来てもらうのをとても喜んでいたのですよ。(電話かけまくってたみたいだし:苦笑)
ところが今回の件ではギリギリまで兄妹衆にも伝えなかった位にお見舞いに来られるのをイヤがりました。
病名を伝えればきっと新潟から飛んでくるのは必至でしたらから、病名を教える事すらせず。
そんな父でしたが、その「初恋の君」の来訪だけは喜んでいた様で。(と思う)
毎年、読売のボックスシート席のチケットが三人分手に入るのですが、ここ10年近くそのチケットで父と初恋の君とそのご主人の三人でお弁当持って野球観戦に行くというのが毎年の恒例行事でした。
三人とも大の巨人ファンなので。(不思議と観戦に行った日は引き分けか巨人の勝ちだったんだよねえ)
「あたしもガンで身内を亡くしてるから周りの家族の辛さはよくわかってる。何かあったらすぐに言いなよ。あたしも出来る限り足を運ぶから」
と遠い品川から何度も足を運んでくれました。

そして長岡の母方のイトコ。
彼女も毎週毎週、父の携帯にメールを送り続けてくれました。(自分の仕事が木曜休みなので、毎週木曜日に欠かさず。これもまた父が亡くなるまで続きました)
うちの父が吐くオヤジギャグの数少ないファンの一人で(笑)父の事を「師匠」と呼んでました(ばくしょう)
秋にお見舞いに来てくれた時も
「今日は師匠の最新ギャグをたくさん聞けて良かったー!」
と盛大に笑ってくれた彼女にも本当に感謝しています。

さて・・・・また日付も変わりそうだし、ここらでUPしようかね。


毎日ポチポチ拍手下さる方々・・・ありがとうございます。
本当に嬉しいです。元気でます。
相変わらず、花粉の症状は酷くハナもかみっぱの毎日ですが頑張ろう。


 < 過去  目次  未来 >


とりとんぼうず [MAIL]

My追加