僕らが旅に出る理由
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2000年10月10日(火) My Only London - 前兆

私のロンドンがどこから始まったか。
それは実際にロンドンに渡る、1年ちょっと前だったと思う。
私の30歳の誕生日。

私のこれまでの誕生日の中で、一番暗い誕生日だった。

私は仕事でスイスのチューリヒにいて、自分でもどうしていいか分からないほど落ち込んでいた。
その日のチューリヒの天気は悪くて、私は確かカゼも引いていて、あまり換気の良くない、湿っぽいホテルのベッドの中で、泣いては洟をかみ、洟をかんではまた泣いて、仕事を結局すっぽかした。
昼すぎにフロントから電話が入って、掃除に入ってもいいか、と聞かれ、それを断った。
誰にも会いたくなかった。

具体的に何があったわけではない。
ただ、自分が30歳になったことに落ち込んでいた。
私が高校生くらいのときに思い描いた30歳像とは、ほど遠かった。
高校生くらいの時には、30といったら当然結婚して、子供もいるはずだった。
あるいはそうでないにしても、最低、独り立ちできるくらいの仕事をして充実しているはずだった。
その時の私には、そのどちらもなかった。
当時付き合っていたのは、その時の私よりずっとずっと年上の男性だった。
彼には多くのことを教えてもらったし、とても尊敬していた。
それに対する恩は返せていないと今でも思うが、結婚とかいうのとは、違っていた。彼にとっては当然違っていただろうし、私にとっても、違った。

仕事も、大きな挫折を味わっている最中だった。
もう、自分はこの仕事に長くないだろう、と観念していた。
20代のほとんどすべてをかけて打ち込んで来た仕事に対する興味を、私は急にうしなった。
何を長いことかけて、私は夢みたいなものをあっさり信じて、平和に生きてきたのか、と呆然とした。
私の20代は間違っていたのだろうか?と思わずにいられなかった。
そして、それを否定してくれる人もいなかった。

上司はその日いつも通り仕事に出て、戻って来てから私の部屋に電話をくれた。カゼを引いて休むと言っていたから、心配してくれたのだ。
だけど彼に私が落ち込んでいる理由を言うことはできなかった。
あまりに抽象的で、説明する自信がなかった。
それに、彼は結局他人だった。
男だし、長年仕事をしてきた自信に満ち溢れているし、理想を見失わずに進んでいる。公私ともに社会的責任も果たしていて、私とは何もかも違う。

彼はしつこくは聞かず、泣き続ける私をひたすらなだめて食事に連れ出した。
ホテルの近くのイタリア料理の店だった。
オレンジ色の暖かい照明に照らされた、隠れ家みたいな店だった。
彼はお薦め料理だと言って、リゾットを頼んでくれた。
やがて運ばれて来たリゾットの味を、私は今でも覚えている。
それは確かに美味しかった。
だけど、砂を噛むような味もした。

それは彼の思いやりと私の空洞がどうしようもなくすれ違って行く味気なさと、よく似ていた。


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