蜂蜜ロジック。
七瀬愁



 致命傷

新と梓はソファにくっついて座って、テレビを見た。
この間録画していたロードショーだった。劇場公開時に瞬きくらいの合間は話題に上った気がするような、タイトルだけはどこかで耳にしたことがある、という程度の洋画だ。

「純愛? 何を訴えたいのかよくわかんね」

「撃たれんだよこの後。裏切られんの。で、あの爽やかなイケメンキャリア刑事がさ実はマフィアと繋がってるやつでさ、全部自分の手柄にして昇進した上にヒロインかっさらって結婚しちゃって」

「そんなん金曜の夜に、よく放送したな。そんで主人公は」

見ているにも関わらずストーリーを勝手に話しだす梓に、慣れた顔をして特に嫌がることもなく新は先を促した。
新はほとんどの映画を、ただの画だと思っている。
作り上げた監督およびスタッフの力量をただ推し量るだけの、テスト映像だと思っている。
だから先にラストを告げられても嫌がらないし、不快な顔もしない。ただ、カット割や演出家の意向、その時の役者の心理状態など、制作面の裏方に話が及ぼうとすると怒る。そんな大雑把なのか緻密なのかよくわからないところも、非常に梓は気に入っている。

「マフィアに捕まって拷問受けてもう見た目とか人間じゃないみたいになってさ、監禁してたやつ殺して逃げ出すんだけど、もう頭おかしくなっちゃってるからさ。子供出来て幸せいっぱいのヒロインを銃で蜂の巣にしてジ、エンド」

「救えねー」

「なんかな」

「な」

画面の中では梓の言う通り、主人公が撃たれて今正に倒れる瞬間だった。刑事が皮肉げに唇の端を捻じ曲げる。静止画から一転、流れるような映し出すカメラワークは、次に主人公の真っ黒な瞳を大きく映した。

「裏切りって最低だよな」

「な」

シーツを分け合うようにして被っていた二人は、それほど最低だと思っていなさそうな顔で言い合って一頻り頷いた。

「お前は裏切んなよ」

「そっちだろ」

「いやお前だよ遅れてきやがるしな」

「まだ言ってんのかよ」

冗談か本気かわからないテンションで、新と梓はロードショーをくっついたまま、画面に見入いる。

見たことのない女が梓の彼氏と仲良さそうに腕を組んで、鈍った色をして寒いだけの空の下をこれ以上ないくらい幸せそうな顔をして歩いていたのを新は今日見掛けたが特に何も言わない。
梓は梓で時々自分の恋人が浮気していることを知っているが、特に腹立たしく思っていることもない。一番最初は衝撃は受けたが、それだけだった。人の心は変わるしな、とやけに達観した感想を持っているだけだ。
裏切るというのは、信頼を壊す行為だ。自分は聖を信頼していない。だから裏切られたとは思っていない。
ただそのレベルに達しなかったからと言って、何も思わないかと言えば話は別になる。

「あいつもさー、こうやって死ねばいーのに」

画面の中で酷い有様になっていく主人公を見ながら、梓は吐き捨てるように言う。

「あず」

「んー?」

「俺、お前はもっと内面さっぱりしてるかと思ってたわ」

ソファの肘掛に付いた頬杖に頭を預けたままだった新が、画面から一ミリも目を離さないで、心底意外だ、というような声で言った。

【END】

2011年01月09日(日)
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