蜂蜜ロジック。
七瀬愁



 帰り道(シュウスケ×マヒロ)

「あ、」
「え?」
「あれ、何だと思う?」

午後六時。
この季節にもなればすっかりと日は沈みきって、薄暗いどころか夏の夜並の暗さになる。紫色をした空から吹き抜ける風は、コートを羽織っていても身体を震わせる程の寒さで。

いつもように学校からの帰り道を、あたしとシュウスケは二人して並んで歩いていた。繋いだ手はお互い冷たくって、大して会話が弾まないのはいつものこと。あたしが一方的に喋る事をシュウスケは、適当に首だけで相槌を打ったり時には無視したりして、ひたすら家路を目指して歩くだけ。

恋人、というには微妙すぎる間柄だけど、あたしは充分満足していたりする。シュウスケの家に一緒に帰って、ハルちゃんの美味しいご飯を食べて、
部屋で二人で過ごす。別に甘い言葉を掛けてくれるわけでも、構ってくれるわけでもないけれど、あたしはそれで満足してる。

今までだって押し掛けて同じようなことをしていたんだから、大して変化が無いと言えば無いのかもしれないけれど、シュウスケがあたしを迎えてくれるという面では大きすぎる変化だと思う。

恋愛で自分の気持ちが報われるか報われないかの差は、余りあるくらい大きい。

だからシュウスケがあたしの話に適当に相槌を打っても、反応を返さなくても、こうやって手を繋いでいられるだけで充分なんだ。

そんな事を考えて幸せに浸っていた矢先、シュウスケが急に立ち止まり、繋いでいた手を離して、差し掛かっていた公園の中を指差したのだった。

何だと思う?
そう言って指差した先には、大きな雑木林。
今の時間帯の暗さも手伝ってそこは闇の中のように真っ暗で、木々の形を把握するぐらいが精一杯のあたしには何を言われているのか全くわからなかった。

「何って。どこ?」
「ほら、あそこ。そんな向こうじゃなくて、手前にあるちっさいの、見えるだろ?」
「あの木?」

雑木林の手前に視線を移せば、他の木とは違って植えられたばかりに見える、小さな小さな木の影が視界に入った。

シュウスケを振り返れば、あたしを見て軽く頷いてもう一度同じ事を言った。

その小さな影は天辺の葉の上から、白い布のような物で、ぐるぐると巻かれているように見えて。
ただその量がやたらと多くて、目に留まってしまえば、この暗さも手伝って妙に不気味にすら感じた。

「何だろ」

少し近付こうと歩けば、清掃されていない落ち葉がきしきしと音を鳴らした。大きい遊具もなく防ぐ物の公園は、風がやたらと通り抜けてさらに温度が下がった気がする。近くで見れば、銀や金の紙テープみたいな物で、らせん状に巻きつけられているのがわかった。

「何だと思う?」
「―…何って」

いつのまにか隣に来ていたシュウスケが、試すように訊ねる。まるで答えを知っているかのような口ぶりに、それを問うように仰ぎ見た。

「そんな事言われても、わかんないよ。ただの悪戯でしょ」
「かもな」

かもなって。小さく笑って答えるシュウスケを咎めるようにして繰り返せば。

「片付けたほうがいいかなぁ」

ここの公園はゴミ箱も置いてあるし、管理の人がやったんじゃないだろうし。そう思って紙テープに触れようとした手を、シュウスケが押し止めた。

「やめとけよ」
「どうして?」

違うかもしれないけど。そう前置きをしてから、シュウスケが不規則に巻かれた木を指して。

「たぶん、ツリーのつもりなんじゃねえの」

さらり、と指先が木に触れ、幾重にも巻かれた紙が揺れる。

「ツリー?」
「クリスマスツリー。幼稚園の時にさ、俺らも二人で作っただろ。ハル兄にすぐに片付けられたけど」
「そー…だっけ…?」
「そうだよ。薄情な奴。お前って本当色々覚えてないよな」

わざとらしく吐かれた溜息に言い返そうにも、あたしの記憶の中にそんなことはちっとも無くて。

「誰かと間違えてる、とか」
「マジで言ってんの?」
「う…ごめんなさい」

シュウスケが覚えていてあたしが覚えてないなんて、情けない。
まあいいけどさ。そう言って、歩き出すシュウスケの広くない背中を追いかける。公園を抜けてから振り返れば、もうあの小さな木はさらに小さくなって。

見えなくなっても、妙に目に焼きついた金と銀が、まるでイルミネーションみたいに思い浮かぶ。

「シュウスケ」
「ん?」
「今年はさ、作ろうよ。ツリー」

ぎゅう、と掴んだ腕を引いてそう提案すれば、「お前が覚えてたらな」シュウスケは前を向いたまま笑って言った。

【END】

2008年10月09日(木)
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