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■ 春の日(短)
「足が痛い」
ずっと思っていたことを口にした。履き慣れないミュールのせいだ。
「帰る?」
さらりとそんなことを言う春日を一睨みして、
「……座りたいだけだし」 「冗談だって。じゃあさ」
さしてそうも思っていない表情で口元を歪めてから、「あそこ入ろうよ」ファーストフード店で休憩しようと言う案に異議があるわけもなく、中へ入った。
店内はわりと混雑していて、喫煙席は満席で禁煙席に座る。と言ったって、あたしは煙草を好まないから我慢するのは春日だけ。
その本人は禁煙とわかっても、涼しい顔をしてあたしについて来たので、どう思ってるのかはわからなかった。
小さく区切られた隣のテーブルには既に三人の女子高生が占拠していて、決して広い空間でもない店内に賑やかな笑い声がよく響いた。
隣に座った私達に一瞬ちらりと視線を投げた時だけ静かになったけれど、それはすぐに再開される。
新商品らしいクッキー入りアイスを手に、春日は「そんな靴、履かなきゃいいのに」とスプーンを口に入れる。やけに眠そうだ。元々眠そうな顔をしているから、本当のところはどうかわからない。けれど、普段デザート類なんて口にしないくせに珍しいものを手にしたところを見ると、眠気覚ましのつもりなのかもしれない。
「んでさぁ、カレシってどーなの」
無遠慮な話し声が間に割って入り、あたしは口を閉ざして珈琲を飲んだ。春日は春日でアイスに専念しているらしく、ゆったりとスプーンを動かしては口に放り込んでいる。
その表情は決して美味しそうに食べているようには見えず、それなら最初から食べなければいいのではないか、と余計なことを思った。
「どーって?」 「もうヤッたんでしょ? かんそー聞かせてよ、アイツの」
辺りを気にしないで、大声で話す内容なのか。思わず女子高生のほうを向いてしまい、一人と目が合った。
「リカ、声でかいって。隣のお姉さんに見られてんじゃんー」
あたしと目が合った女の子が、楽しそうに笑った。店に来る客の年齢と変わらない。押し並べてかしこまって来店する彼女らも、普段はこんな風なのかと今更のように思った。
「あーごめんごめん。でさ、どーなのよ」 「べっつにー?フツウじゃない」
どうやら注意するスタンスを取っただけだったらしく、またすぐに再開される会話。
唖然としたままのあたしの視界に、笑いを噛み殺したような顔であたしを見ている春日がいて。
「何」 「べっつにー?」
わざとらしく語尾を上げて口端を吊り上げてから、またスプーンを動かし始める。何だかくやしくなって、顔を反対に向ける。
店はすぐに出た。話の内容は聞くに堪えない、と言うより耳に入ってくるそれに反応するあたしに、春日がおかしくて堪らない顔をするのがなんだかくやしくて席を立ったというほうが正しい。
何の休息にもならなかったせいで、足が痛さは変わらなくて結局何の為に入ったのかすらわからなかった。
「最初からこうすれば良かった」 「そう? 俺は結構面白かったけど」 「うるさい」
結局、近くの店で見つけたパンプスを購入し、履き替えたところで落ち着いた。
「泉ちゃんてさ、意外に純情だよね」
何が面白いのか笑みを湛えた春日を横目で見て、歩き続ける。目当ての店は、確かあのビルの曲がり角。
まだ何か喋ってる春日をあらかさまに無視して、あたしは足早に歩いた。
2008年06月29日(日)
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