蜂蜜ロジック。
七瀬愁



 無題3-6

しばらく、どちらも口をきかずに、無言だった。

静かな部屋で存在する人間が二人とも黙りこくってしまえば、苦痛さえ感じる静けさに心臓だけが煩くなる。

耳が痛くなるような、無音。

そうしたのは自分のせいだとはわかっていたけれど、それに続ける言葉はこれ以上出てきそうにもない。

冗談だよ。嘘だよ。驚いた?

そんな口先だけの場を取り繕うような台詞が浮かんだけれど、言いたくないと唇が否定する。

ぎくしゃくしたままの状態で、言うべきじゃなったのは、明らかで。

立ち尽くす相手は、きっと困ったような表情をしているはず。

困らせたいんじゃない。
それだけはわかってほしい、と思って。
あたしは軽い後悔と、半ば開き直りの気持ちのまま、ゆっくりと顔を上げた。

「…しゅう、すけ?」

口元を押さえて、あたしを見下ろすシュウスケ。
そんな顔、初めて見たかもしれない。

「シュウ――」

「お前って、…なんか」

名前を呼べば、途中で遮られて。

「え?」

その目は、どこか動揺を含んでいるように見えた。でもそれも一瞬のこと。
軽く頭を振って、いつもシュウスケに戻る。

「――お前ってさ、飽きないの。好きとか、ずっととか、そんな気持ちずっと持ってて飽きないの」

「何で、…飽きるの?」

言われた意味がわからなくて、首を傾ける。
シュウスケが目を細めて、あたしを見る。近くて遠い。そんな距離。

狭まれば、いいのに。

「俺なんかのどこがいいわけ」

低い声音。いつもの表情で、いつもとは違う投げやりな言い方。
でもそんなの。あたしには同じこと。
どういうシュウスケでも、あたしには一番でしかない。

「全部」

答えるなり、相手の唇が歪む。

「俺は、」

「本当だよ」

手を伸ばしたのは、無意識だった。

「マヒロ」

触れてから、初めて振り払われるかもしれないと思った。

「本当だよ」

触れた掌はひんやりとしていて、でもあたしの手は振り払われることはなかった。

2008年03月15日(土)
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