蜂蜜ロジック。
七瀬愁



 無題3-4

この家には、大きなダイニングテーブルがある。
パイン素材みたいに軽い感じのしない、どっしりとした濃い色をしたそれは、ハルちゃんが小さい頃からずっとあると前に聞いた。

夕食の席にはあたし達しかいなくて、八人は座れるそのテーブルが、今日はいつもより大きく感じた。

「ナツ兄は?」

キッチンに立つハルちゃんを、シュウスケが振り返る。

「仕事ー。忙しいからね、ウチの大黒柱は」

「昨日もいなかったじゃん」

「だから、忙しいんだって。はい、マヒロちゃん」

「ありがと。そいえば、トーヤは?」

ご飯を茶碗によそって、手渡してくれる。熱いそれに、冷えた手先が温まる。
いつ来てもお客様扱いだけれど、ハルちゃんがやると気負いがなくて、自然と受け取ってしまう。その度に、トーヤあたりに『女のクセに』なんていわれてしまうんだけれど。

「あー…トーヤはどうしたんだろうねえ、あの子も昨日から見ないんだよね」

あはは、と笑いテーブルに着くハルちゃんを、呆れた顔をしたシュウスケが見上げる。

「いーのかよ、それ」

「良くはないけどさー。…あ、電話」

不意に鳴った電話のベルに、ハルちゃんが席を立つ。
少し離れた位置にある電話を取り上げる後姿を見送ってから、また前を向いた。

二人だと、会話が続かない。

シュウスケと向かい合っても、目を合わせるのが緊張して、話しかけようにもきっかけが掴めない。
前は一方的だったとしてもあれだけ会話があったのに、そういうのが嘘みたいに部屋の中は静かだった。

仕方なく落とした視線は、シュウスケのお皿へと向かう。
辛い物が嫌だと文句をつけたわりには、綺麗に食べられたそれに少し可笑しくなった。

箸を付けた麻婆豆腐は、随分と赤く色付いていたけれど、たいして辛くはなかった。
家族の好みを知っているハルちゃんが、わざわざ苦手な物を作るはずなんてないのだ。

「…なに笑ってんだよ、一人で」

訝しげなシュウスケの声に、思わず視線を上げる。
呆れたような、でも、冷たくはない眼差し。
目が合ってしまえば、思っていたよりも、すんなりと唇から言葉が漏れる。

「だって、」

そう言いかけた時、受話器を置いたハルちゃんがこちらへ戻って来た。そして椅子にかけていたコートを手に掴むと、あたし達を振り返る。

「ごめん。俺、ちょっと出かける。食べたらそのまま放っておいてくれてイイから」

「ハル兄?」

「ナツキに届け物しなくちゃいけなくて。遅くなるかもしれないけど、大丈夫だよね?」

「…幾つだよ」

「だよねえ」

笑い声一つ落とすと、ハルちゃんはあたしに向かってひらひらと手を振って出て行った。

2008年03月13日(木)
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