蜂蜜ロジック。
七瀬愁



 無題2-10

自分からそうしたくせに急に開いた窓に驚き、くわえていた煙草が下に落ちる。三階から見た下の路地は、真っ暗で何も見えなかった。

仕方ない、明日の朝にでも拾って捨てておこう。

「なに、どうしたの。何してたの、シュウスケ」

驚いたマヒロの声が路地に響いた。とは言っても大声を出したわけじゃない。構造上のせいか、小さく話しても響くのだ。

「お前こそ、急になんだよ。…びっくりした」

正直な気持ちを吐く。変われと念じた信号が、ドンピシャで変わった時のような妙な一致感。別にマヒロに会いたいと思っていたわけでもないくせに、開いた窓はぴたりと閉じられていた時よりは良いと思った。

「そーなの?ごめん。空気入れ替えようと思ったんだよね、それで」
「こんな時間に?」
「寝る前だったから」
「そか」

部屋の明かりがマヒロを照らして、元々白い肌を更に白く見せた。

この季節にしては薄着に見える首元が大きく開いた服は、細い鎖骨をあらわにして、やけになまめかしい。

家に行って以来、マヒロは何も変っていない。元々そうであったようにいつでも笑ってるし、元気だ。

――ただ、俺の側に来ることはほとんどなくなった。

狡い、と非難される覚悟はあったが、結局そうされたことはなかった。

最近はさっさと見切りつけてくれればいいのに、と思う。決定権を相手に委ねるのは、きっと最低だ。卑怯で。狡い。それから。

……それから。

黙り込む俺に、マヒロは困ったように笑う。いつも煩いくらい纏わり付いていた頃から、こいつがこんな表情する時は、俺が考えていることをわかっている時だと思う。

委ねた決定権を、ゆっくりと押し返された気がした。

「寒いね」
「そうだな」
「そろそろ、寝ようかな」

笑った顔が月みたいだ、と思った。

「いつまでもそうしてたら、風邪引いちゃうよ」
「わかってる」
「ん。じゃあ、また明日、ね?」
「…ん、」

目の前のマヒロは笑ってるはずなのに、泣いているように見えた。
泣いたらどうしよう、なんて変に動揺している自分もいて、何がしたいのかわからなくなって自嘲気味に笑った。

「どしたの?」
「なんでもない」

いつまでも、こんな関係を続けていて良いことなんて、ないはずだ。早く愛想を、つかせて欲しい。こんな奴を好きだなんて幻だったと、冷たく背を向けてくれたら楽になれる

決別の言葉を吐くには、マヒロはあまりにも近すぎる相手で、言い出せなかった。

2008年01月09日(水)
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