蜂蜜ロジック。
七瀬愁



 中学生編3(春の日)

しばらくしてエアコンから風が流れ出してから、窓を閉め、またいつもソファ代わりのベットの上に戻る。

「あー…眠い」
「いつまでも横になってるからじゃないの」
「アイス食べたら目が覚める」

何を言っているんだか。

「だから下行けばいーじゃん」
「そうだね」

伸びをして相槌を打っていたくせに、急に起き上がり横から擦り寄るようにして手に持っていたアイスをくわえた。

「あーっ何すんの!」
「もう遅い」
「返してよ」
「無理。てかもうないし」

一口で残りを食べてしまったらしく、触れた春日の手には棒しか残されていなかった。

「さいあく」

腕を掴んだまま文句を言うあたしの手をやんわりと離して、「欲しかったら下行けば?」なんて憎たらしい口をきいてくれる。

「うっさい」

出した手を避ける相手を一つ睨んでから、そっぽを向いてベットに横たわった。外の熱気とは雲泥の差の快適に、眠くなりそう。これじゃ、ミイラ取りがミイラになってしまう。

ゴミ箱に棒を投げ捨てたのか、かたん、という音がした。

「そんで。何か用事あって来たんじゃないの? 起こしに来ただけ?」

その言葉に閉じかけていた目が、ぱちりと開く。そうだ。

「――忘れてた、春日、化学の宿題やった? 見せて欲しいんだけど」
「は。なに。化学?」
「うん」
「やったけど。机んとこにあったはず」
「これ?」

相変わらず大して物がない机の上からは、あっさりと目当てのノートが見つかった。

「そう、それ」
「ちょっと見せて」
「いーけど、その代わりコーラ買って来て」
「何で」

唇を尖らせて睨んで見ても、「それくらいしてくれてもいいでしょ」と相手はあたしの手からノートを取り上げた。
文句を言いつつも、諦めて妥協する。
見せてもらう側としては、あまり大きくは出れない。

「じゃあちょっと待ってて、買ってくるから」
「ん」

見送られ階段を降り、再び裏口から外に出た。鈴菜おばさんにどこ行くの、と声を掛けられる前に扉を閉めた。
母親がいなくなってから、おばさんはよく構ってくれるようになった。
その気持ちは嬉しいけど、姿形や声までそっくりなおばさんを見る度、複雑になって上手く視線を合わせられなくなった。

痛いくらいの陽光に、頭がくらくらした。
毎年どうしてこんなに暑いんだろう。
春生まれのあたしには、夏の熱さも冬の寒さも大きな敵なのだ。

近くの自動販売機でコーラを買って、再び家に上がって階段を駆け上がる。

「さっきから何してんの、泉。春日起きた?」

後ろから、鈴菜おばさんの声がした。

「うん、起きた。ちょっとノート見せてもらうんだ」

手に持っていたコーラを見せると、そのまま一気に部屋まで行った。

「私出掛けるんだから、早く朝ご飯食べるように言ってちょうだい」

閉めた扉の外で、急いているらしいおばさんの声がした。
部屋の中はもう充分冷えていて、少し滲んだ汗がひやりとする。

「ご飯食べなって」
「あー……いらないって言ってきて」

寝起きの悪さのせいで、朝食はほとんど食べていないらしい。

「何で、あたしが」
「けち」
「うるさい。今日も外、すっごく暑いんだからね。そんな中で買って来てあげたんだから、感謝して感謝」
「ん。ありがと」
「…いーけど」

素直に返されたお礼に幾分戸惑いながら、手渡されたノートを広げる。

わりと見やすい字で、きちんと最後まで問題が解かれてあった。
こういうところは手を抜かないのが、春日らしいと思った。だらだらとしているくせに、やらなきゃならないことはやる。少し感心してから、いまいちわからなかった箇所を見た。

ああ、つまんない勘違いしてただけか。何だ。
色々と労働したせいか、感動が薄い。しばらく取り組めば自力でわかったような問題だったわけだ。

「そういやさ、うちのクラスの橋田が泉ちゃんと付き合いたいって言ってたんだけど」

ベッドから降りしなに、思い出したように春日が言った。

2007年11月28日(水)
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