舌の色はピンク
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2022年03月19日(土) 庭花見、Apple悪徳、ドライブ・マイ・カー

午前中にOKストア。
西荻。TSUTAYAでDVDを借りる。
八百屋、肉屋というお定まりのコース。

きゅうりを買いそびれていて帰り道できゅうり難民になった。
自宅近辺にある八百屋に寄った。
3本180円。
今日は1本しか要さない…
2本ならまだ浅漬けにして食べる道があるが
3本は多い、それにきゅうりに180円というのは…と
ぐるぐるモノスゴイ悩んだ。
でも個人店を応援したいし…と思って買った。

そのきゅうりを使ってポテトサラダ。
じゃがいもはマッシュしてバターとマヨネーズ。
キュウリと人参は、塩もみして水気を抜いて、みじん切りにした。
オリーブオイルでベーコンをカリカリにして、これもみじん切りに。
いつもとは違う食感で美味しい。
メインは焼きおにぎり。
すっかり上手に焼けるようになって嬉しい。


妻の懐妊を義父にLINEで報告。
妻としては極力縁をもちたくないとの構えだが
さすがに報告の義理を省くにはためらいのあるようで
僕の送るメッセージにどうにか頷いてくれた。


なんとなくテレビつけていたら
甲子園春の選抜がやってて
11回ウラで11対1だった。
これは…
…延長10回まで大接戦やってきて、
11回オモテでいきなり10点入って…ってことだよな。
そんなことあるんか。
まああるんだろうけど、
数字だけでその事実関係が推し量れるというのは面白かった。


14時過ぎ、縁側で花見。
隣の家の五分咲きの桜を眺めながら
ほうじ茶で草もちとおはぎを頬張る。
ぽかぽかというにはやや肌寒かったが
春の気配はあじわえた。
そのノンビリした時間を味わうには風情が欠けるが
妻がiPadを持ち出して保育園情報を聞かせてくれた。
どこも良さそうに見える。
まあアピールのための情報よりかは
早く見学して自分の目で確かめたいところだ。


1週間ぶりに原神やった。
深境螺旋だけチャッチャとクリア。
その後ちょっと寝室で休んだ。
へうげものを読む。
少し前にどっかの配信で
一日限定無料公開していたらしい。
へうげもの3巻冒頭は漫画誌に残したい1話だ。
あの呼吸でトビラ絵にたどり着く感じ、唯一無二。
3巻まで読んで、それから20分くらいだけうたた寝した。

夕飯はチキン南蛮のタルタルソース。
しかし卵の茹でを横着してしまい半熟に。
半熟卵の殻を剥く手間は、
あらゆる調理のあらゆる工程のなかで一番のストレス。
いや半熟も成熟寄りだったならいいのだけど
今回は四半熟といおうか
どうしたって白身が殻と癒着してしまっていてダメだった。

出来上がりもよくなかった。
甘酢ダレまで用意して、実際には美味しかったは美味しかったのだけど、
油分や塩分をどっちゃり接種してしまうのだから
とびっきりの美味しさじゃないと割に合わない。
お店でチキン南蛮食べたくなった。


食後、iPhoneのデータ整理。
僕が使っているiPhoneの容量はカツカツ。
削減できるところはしたいのだけど、
ストレージ状況をよく見てみると
メモのアプリで2GB以上も使われている。
しかし実際のメモファイルを確認すると、
どう見ても数十KBほどしか使っていない。
あれこれ試したがワカランので検索してみると
同様の症状に悩まされている人が少なからずいた。
しかしAppleは公式の返答で、
原因わかりまてん で済ませてるようだ。
ばかじゃねえの。
ばかっていうかもう詐欺じゃないのかこれは。
端末の容量次第で大幅な価格差を設けている商売で、
もうちょっというとクラウドサービスへの誘導もしている商売で、
だからこそ容量の提供には極めて
自ら厳しくあるべき なのにコレ。
失望に次ぐ失望。うんざり。


20時から映画。
ドライブ・マイ・カー。
ろくでもねえ映画だった、が素直な感想になる。
まず冒頭から繰り広げられる奇想がツマラナイ。
女子高生がクラスメイトの部屋に忍び込んでウンヌンっていう。
こういう
「非日常的だけれども現実にありうる」奇想、
それ自体は僕自身の好みにあるのでそれだけに厳しくなる。
その線で考えるとちょうツマラナイ。嫌い。
そういった話を
マグワイ中に男へ語り聞かせる女、という奇想の具合も
ほんとサムくって肌が粟立つ。
で肝心の映画の主題は、
既存の男性性の規範に我知らず則って
傷つくことへの向き合い方もできなかった中年男性が
人とのかかわり合いの中で過去から解放され向き合えるようになる、
という
テーマ自体は奥行きがあるはずなんだけれども
浅さを露呈しきったできだった。
漫画に馴染みのある人間なら「今更ソレ?」と呆れ返るような既視感。
漫画読みの期待を満たせない。そんなもんか、となる。
これを
「この映画は深みある人生を送ってきた人間ほど身にしみる」とか
「傷ついた経験のないものにはわからないかもしれない」とか
そういうバカな感想言い出す輩が一定量要るんだよな。
しょうもねえ。
もっと映画見て文学読んでそんで生の人間を見ろ。
自分と一万時間対話しろ。
大きなわっかりやすいキズにばっか拘泥してないで
小さい誰の目にも止まらないキズを大事にしろ。
納豆を食え。
ドクターペッパー買ってこい。

よかった点。
魔法はよかった。
まぐわい中の物語や社内での朗読が、
娘を喪ったという傷を克服する魔法になっている…それはよかった。
でもそうなるとやっぱ、じゃあなんで妻に対してだけ
僕が殺してしまったんだって話になるんだよって、
整合性の欠如が浮きぼりになる。
あと全体的に…ではないか、部分的に、ダサいんだよな。
バーの会話とかキツすぎる。
村上春樹が結局前時代的なのはいいとして、
せっかくその前時代的な話をベースにこの時代映画撮るんだから
村上春樹らしさを壊さないように再現するんじゃなく解体して再構築して
村上春樹ぎらいを巻き込んでみせろよな。
ああマッタクマッタク。

一緒に観た妻がカッカしてるのはよかった。
彼女が最も不満をもった点としては、
結局若い女じゃないと結局ダメなんじゃんっていう、
そういう意図はなくてもそう捉えられかねない、
というかそう捉えざるをえないような描写についてで、
チェーホフのワーニャおじさんがその構造をくぐり抜けているだけに、
いっそう今作には苛立ちを覚えたようだ。
「最後いきなり、僕たちは…とか語りだすの本当気持ち悪い。
何が僕たちはだよ。バカじゃないの」
妻が誰に遠慮することもなくキレ散らかしている姿は良いものだ。

おっさんの悲哀としては、マッツミケルセンの…なんだっけ
まともな男 っていったっけな、あの映画がよかった。
そうそう男の泣き方ってこうだよねっていう。
それが言葉じゃなく演技で伝わる。
シナリオの帰着でもあるしバツグンに良かったな。
タイトルはうろ覚えだけど。

あとはもっと車中の…ドライブのシーンなが観たかったな個人的には。
で満たされなかった分を、Youtubeで動画検索して
高速道路をただ走ってる映像見て埋めた。
20分くらいただ見てたか。
これいつまででも見れる。
テレビおっきくなって没入感が増したし
暗い部屋の中でボーッと見てるとかなりドライブの雰囲気味わえる。
たまにやってもいいかもしれない。
車社会は嫌い、交通事故も大嫌い、
理念的に車自体この世からなくなってしまえばいいとすら思ってるけど、
理性じゃないところでドライブは好きなのだ。
これをダブルスタンダードだと安直に指弾しようとする者は相手にしない。

「この映画、誰が気にいるんだろうね?
自分の心に寄り添ってくれたとか、誰がなるの?」
「いやでも、例えばだよ。
おっさんでもなんでもない、20そこそこの女性がだよ。
この映画を見てね、涙を流して……」
「うわ」
「おっさんの悲哀を見て言うわけだよ。
『わかるー』」
「わかるんだ…。それ、『意味プー』と同じだよ」
「同じだね」


民話読み聞かせて寝た。


れどれ |MAIL