舌の色はピンク
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2021年11月23日(火) 妻文学フリマ、フェミニズム、家族

祝日だが出勤。
妻は文学フリマにサークル参加。

朝は早めに出て、西荻TSUTAYAで漫画とDVDを返却。
街に人通りがない。
祝日の朝の醍醐味だ。
外気はもう冬の白さ。
けどまだ風は鋭くなくて、ただただ外歩きが気持ちいい。


昼飯にはラーメンを食べたくなった。
ただ何度か使ったことのある店が休みだったから、
どこに入るかは迷った。
いつも行列のできている店が今日はすいており、
おぉじゃあ入ってみるか、と足を踏み出しかけてから尻込み。
嫌な予感。
店の外からはどんなラーメンを提供するのか全く伺えない。
ただ、思い出してみると行列はいつも男性のみだった。
行列のできるラーメン店というのは、それなりに女性やカップルも多いものだ。
この店にできていた行列の客層は服装もスマートではなく
なんていうかモテなさそうな立ち姿が並んでいた。
二郎系な気がする…。
普段ならこれから入る店の検索なんぞしない(生きるのがつまらなくなる)が
今回ばかりは調べてみた。二郎系だった。
あぶねえあぶねえ。
二口でウェップってなるからな。
しかし外からでもわかるようにしておけよ。

でいろいろ悩んだ結果
別の背脂こってり系の店に入った。
濃い目が食べたい気分ではあったのだ。
とはいえあんまり濃い目でも困る。
そのややこしい気分を汲んだように、
メニューにはあっさりラーメンがあった。
背脂系ラーメン屋のあっさりラーメンは全然あっさりではなかった。
おそらくここの普通のラーメンは
わかりやすくドロドロしたものなのだろう。
あっさりラーメンは世間一般と比べれば濃いが、
じゅうぶん常識的な濃さではある。
なんだかんだで、今日の僕の気分にはピッタリだった。
ただカウンター前に貼られた、
豚の背脂は実はこんなに健康なんだぞという発破がかった文章が
やたらうさんくさかった。


退勤後、荻窪で妻と合流した。
今は電車によってひどく疲労してしまうらしく、
ロータリーで休憩した。
5分ほど休んでからルミネをかるく冷やかし、帰路へ。
スパイスカレーを食べたかったが目当ての店は休業していた。
断念し、バーミヤンへ向かった。

文フリは成功といえる首尾だったようだ。
売れ行きは芳しく、バックナンバーを含めて53冊売れたとのこと。
浮わついていない社会評論でこの数字は相当優秀だろう。
当人も実に満足げだった。

ただし、お客がそれなりに来ていたのと
歩き疲れを警戒して、
会場買い歩きはほとんどしなかったらしい。
買ったのは2冊だけ。
そのうちの一冊、お隣のサークルでお付き合いで買ったという、
フェミニズムについての冊子を読ませてもらった。
サークルは男性一人で、過去には都知事選に出馬したこともあるという30代の男。
しかし一方的なマシンガントークで、
何を言っているやらろくろく要領を得なかったようだ。
冊子は、「フェミニズムを辿る」という自前の書籍の上澄み、
基本となる部分を最低限にまとめたもののようで、
まったく読み応えがなかった。
小学生のよくできた自由研究みたいっつうか。
情報の切り貼りで体系だっておらず、
資料を再編成した資料でしかないのに、
資料としての有用性もあまり認められないような粗末さ。

しかしいい機会ではあるし、
妻とフェミニズムについて語ってみた。
現在はフェミニズムも随分と細分化されているはずだ。
妻は金銭事情や労働条件といった明らかな不利益を
まず優先的に是正してもらいたいという即物的な立場でいる。
こうした立場は、声を上げている女性それぞれで差異があるはずだが、
聞き手はフェミニズムという大枠で捉えがちである。
本来ならばもっと細分化されるべきであり、
実際ちょっとでも勉強すれば(調べれば)
細分化された名もつけられているのであろうけれども、
聞き手には浸透していない。
ただ、時代を経るにつれて、細分化は進む一方である。
であるならば、時代を遡るにつれて、
細分化される以前の、根源的なフェミニズムを追えるはずである。
フェミニズムを是とする立場も非とする立場も、
まずはそこから思想の成り行きを辿り直してみたら、
きっと議論が進展しやすくなるのではないか。
そうした理念を込めて、
この「フェミニズムを辿る」は上梓されてるんじゃないか…。
と僕は語ってみてやった。
更には、かつては戦場に赴いて命を落とす、
あるいは領地に攻め込まれて防衛しなければならない男たちが、
生活環境のあらゆる面で優遇されていたとしても
それは世界的歴史的に見て妥当である、少なくとも正当性はあったが、
これが平和な現代に適用できるかとなれば話は変わってくる。
それでも高度経済成長期には、
男たちの戦場は会社へと変遷した、
彼らは”企業戦士”なのだという理屈がまかりとおったが、
皮肉にも女性たちが労働者として企業勤めできるようになった今、
やはり従来の見方は通用しないはずである。
ただし、今この時点で戦争が勃発したとなれば、
「男性だけに赤紙が届く」。
そうした現実が訪れた際に、
男性は、そしてフェミニストはどんな声をあげるのか、
はたまたあげないのか、
といった話をした。
そこから、ここしばらく話題の温泉娘、玉袋なんとかまわりの話題を展開しつつ、
餃子、春巻き、エビチリ、あんかけチャーハンをそれぞれ平らげた。
妻は、男性一人でフェミニズムの研究だか運動だかをしている
(おそらくはツイフェミを敵視している)
この書き手が、自身の立場や動機づけを表明していない実状を、
卑怯であると直感しているらしい。
それはもしこの書き手が女性であったとしても、
ほとんど同じように「土足で上がり込んできて」という反感は
もつだろうとのことだった。

「きみは帰納的に、
自身が被っている不利益を是正させたいから、
それが女性の立場の向上に結びつくこととなっている。
“自分がたまたま女性だから”。
ところが聞き手は、とくに男性である聞き手は、これを演繹的にとる。
主語を”女性”として聞く。
そして”女性であるあなたは”という論法で議論する。あるいは聞き捨てる。
ここにズレがある。
ズレの発生自体は愚かしいとも思わないが、
ズレに自覚的でない連中が多すぎる。
同じルール、同じ土俵で闘っていない。
一つのボールを取り合っていない。
誰ももうネット上で議論の真似事なんかするな」
という語りで結び、帰宅した。


妻がゲームをしている横で、
今日妻が売り上げた本の残りを1冊買い取り、読んだ。
読み初めてすぐ、肩版の不備に気がついた。
これについてはすぐにツイートさせた。
また執筆者四人のうち一人目にあたる人の原稿に、
脱字や組版上の不備が目立った。
おそらくは元々のテキスト時点で、いつも問題があるのだと思われる。
それをいつもなら校正しているはずの組版担当者が、
今回は時間不足、寝不足、注意力散漫のなかで
見落としまくってしまったのだろうと思われる。
ただし内容は、その組版担当者が書き上げた原稿が最も面白かった。
今回のテーマである「働く」に最も沿っていた。
蟻にしてみても働き蟻は一部であり、
多くのアリはキリギリス的である、
人間にとって働かないとは何か、
遊んでいれば働いていないのか、
何もしなければ働いていないのか、
これは言語の領域によるものであるのか。
人であること、動物になることとは何か…。
しかしやはり時間がおっつかなかったに違いない、
結論が飛躍的で理解が及ばなかった。残念。

もし次回のテーマが「家族」であったなら
きみは何か書けるかと妻に問うと、書けないとの答え。
おそらくは僕も書けないだろう。
そこから、クラナドの話をした。
あれは「父になる」「家庭を築く」話だが、
実はそのテーマに真正面から取り組んだ物語は少ない。
というか自分がパッと挙げられない。
所与の家族についての家庭問題はいくらでもドラマになっている。
また、築かれつつある家庭におけるドラマも多くある。
その中間となると育児モノになりがちで、
それは「家庭が築かれていく」経過を描いてはいても
「家庭を築く」人間の話にはならない。
せいぜいが過去のエピソードとして語られる程度で、
現在進行形に「家庭を築く」話は斬新だった、
クラナドがウケた一因はそこにあるんじゃないかという話をした。


「武士道の系譜」を読み始めた。
これ
「フェミニズムを辿る」
と類似的だなとおかしくなった。


入浴後、今夜は漫画もアニメもなし。
バナナジュースだけ飲んで、
1時半過ぎに寝た。


れどれ |MAIL