舌の色はピンク
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2021年10月09日(土) 図書館壊すべし

朝はいつもの休日トーストだけれど
卵が違う。
熊谷でいただいた、いい卵だ。
黄身の色が濃厚だし、やけに美味かった。
業者は予定通り9時くらいに来た。
書斎の収納扉を見て、一度回収し後でまた持ってくるという。
その応対は妻に任せて、僕は家事をしていた。
無事済んだのを見届けて、自転車回遊に繰り出した。
五日市街道のドラッグストアを視察してから
TSUTAYA西荻店へ。
ヒューマンドラマの棚の「あ」から「そ」までを
じっくりとチェックしてみた。
やはり、品揃えが弱い。
監督別に分けられているわけでもないし。
なんとか3本だけ、観たい映画を確保した。
フランス映画を1本だけ借りた。
西友に寄り、野菜などを買う。
帰宅後は家事を済ませた上で、
庭の片付けをした。
前入居者、または前々入居者のゴミや荷物が
大小残っている。
あれこれ捨てるにしても大仕事だが、
やりゃあやっただけ進むので僕は楽しんで取り組める。
除草のためのシートは美観を損ねているだけで、
これはこれで機能しているから放置することにした。
鉢のたぐいは全て処分。
わけのわからない朽ちかけの器具や袋などもことごとく処分。
庭の某をひっくり返すとたまに虫が現れるものの
軍手をしている限りそう怖くはない。
むしろ土の香りが感じられて、なかなか楽しい作業だった。
本腰入れた掃除はまた後にすることにして切り上げ、
11時半ごろ、昼飯を食べに今度こそのつもりでブルーベルへ。
自宅から15分歩いて到着。
入店して主人の顔を見て即座に
あぁそうだこの人だと当時の記憶がよみがえった。
妻とともにオムライスを注文。
一人きりで動き回る手際が見ていて気持ちいい。
達人の手さばきだ。
オムライスは果たして尋常じゃない美味さだった。
見た目は変哲がない、
変わった具材を入れてもなければソースも少ないし
取り立てて「コレ!」という足し算のウマさが
都合されているわけでもないのに
どういうわけだかあまりにも美味い。
オムライスは後半重くなりがちだけれど
ここのはパクパク食べられる。
あと地味だけど、きれいに食べられる。
なんなのだろう。
全然真似られる気がしない…

その足で荻窪の西友へ。
食材でなく掃除用品などを求めて行ったが空振った。
本命の竹箒がなかった。
風呂用スポンジだけを買い、
その後無印にも寄ったがほとんど何も買えずとろとろ帰った。

僕の方は荷物だけ置いて再び自転車で出発した。
今度は高井戸方面へ。
10分ほどで富士見台につき、それから高井戸エリアをうろうろとした。
ホームセンターのオリンピックが高円寺のそれとは比較にならない規模だった。
ペット同伴で入店できるしフードコートまである。
これって地方の国道で見かける店舗展開だ。
またやけにキレイで気取ったTSUTAYAの店舗があり、
ここはやや頼れる品揃えだった。
高井戸の緑地は素晴らしかった。
広大な敷地に緑が敷き詰められて、
公園やグラウンドが連なっているだけど、
何より人が集まっているのがいい。
目的意識をもった集会や観光でなく、
実に自然なのだ。
暇を持て余してそうな人も多いし子どもも多い。
西に傾きかけた陽射しが林道に放射してきれいだった。
緑地を抜けて荻窪方面へ向かおうとする途中、
バナナジュース専門店を発見した。
バナナジュース専門店! 強気だ。
値段も400円オーバー。
カフェ店舗でなく持ち帰りしかできないのに、強気だ。
資本力のない個人店に厳しい時勢柄、
採算上はギリギリなのだろうけれども、
通りがかりの客からすればためらいのある額だった。
「砂糖不使用、バナナと牛乳だけ」
と銘打っているのも強気だ。
また注文してすぐ飲めるわけではない。
3分ほど待たなければならない。強気だ…。
しかし美味かった…。
なんだあれは…。
なんというか思い出になるウマさだった。

今日の最終目的地、荻窪にある杉並区中央図書館へ。
10年ぶり。
その間にどうやら全面リニューアルしたものらしい。
明るくオシャレできれいだ。
若い人、とくに子どもや子連れに優しい雰囲気となっている。
館内に併設されたカフェは、
書架にある本を手に取ったら受付を通さずにそのまま持ち込める。
カウンターに立つ職員は多く、
ひっきりなしに訪れる人々の応対にせわしない。
地方の地域社会がうらやむような人のにぎわいが実現していた。
が…
いかにも民間のデザイナーが
「注文に見合うように」
コンセプトを達成したという感じで、
中身はかなりのヘッポコだった。
筆頭が分類。
図書館という施設が長年培ってきているはずなのに、
どういうわけだか分類が弱い。
料理本は日本料理とパンお菓子を除いて、
全てひとところにまとまっている。
数々の図書館を見てきたがこんな例は初めてだ。
小さく古い、こ汚いような図書館だって、
少なくとも10くらいには小分けに分類しているのに。
それと権威的な分厚い全集は
大抵どの図書館でも暗く人の寄り付かない奥の方にあるものだけど
ここでは本棚の並びからちょっとずらした位置の
壁面下部のスペースにぴっちり陳列していた。
これがもういかにも、
「置くから表に出してみました」
というデザイナーの誉れ高い工夫て感じで気持ち悪い。
まぁそのあたりは僕個人の感情だからいいとして、
なにより驚いたのは文庫本の並び。
オムニバス作品は別に分類してやればいいのに、
著者名に五十音の並びに加えられている。
つまり、「講談社セレクション」だったら「こ」にあるのだ。
バカか?
五十音のあちこちにオムニバス作品が散らばっている。
利用者の目的意識とズレた、
「清く正しく美しい図書館」像を目指した成れの果てという感じ。
賑やか通り越してうるさいし。
図書館てもっと、
僕の小さい頃の印象では…
声を発した者から即、死。
みたいな緊張感があった。
僕の地域が特例だったわけでもないだろう。
ガキ使の「図書館で声を出しちゃいけない」企画だって
そういう前提に立っているわけだし。
でもこの緊張感は年々緩和されていった。
確かに物音一つで殺気が飛び交うようなあの空気は
あまりにも不寛容で現代的ではない。
図書館利用者に覚悟を求めるようなあの雰囲気では、
利用者は減る一方だったろう。
で、
「誰でも気軽に訪れやすい、また来たくなる空間づくり」
とかゆってえ、こうなるわけだ。
反吐が出るぜ。
よくこんなところで勉強できるな。
席に座る人間を見りゃイヤホンしてやがる。
図書館でイヤホンだって。
音がちょっとでも漏れてたら…を今は考えなくてもいいのだ。
隣も前後もイヤホンをしているから。
いやだ、いやだ。
厳粛な図書館が恋しいな。
ジェントリフィケーションへの嫌悪感がさらに増した。

とかなんとかいってもちゃっかり本は借りる。
水谷隼を2冊出してもらった。
レシピ本を3冊。
あと朗読CD。太宰。
CD借りたのえらい久しぶりだ。
数年前に酔狂でクラシックを借りたくらいか。

帰宅後、庭掃除。
妻がすでにちょっくらいじくったようだ。
細かいゴミを取り払い、
大きなゴミを端にまとめると、
かなりきれいになった。
この分なら、この秋は美観が保たれるだろう。
外で飲み食いしたくなった。
日常的にはムリでも、一度二度はやっておきたい。

夕飯は天ぷら。
カボチャ、茄子、ししとう、サツマイモ、
玉ねぎとニンジンのかき揚げ。
肉や魚介は無し、野菜オンリー。
揚げたてのこれらを塩だけでいただく。美味い…。

天ぷら後は片付けが一仕事だが
今はキッチンが立ち回りやすく機能している。
かんぺきに洗い物を済ませてから、映画を見た。
小さな泥棒。
やけに面白かった。
主人公の少女は
どーしよもーねークソガキにも見えるし
不器用でいたいけな天使にも見える。
これは意図されたものだろう。
監督の意向と役者の佇まいが噛み合って、
みごとに独特の人物像が仕上がっていた。
万引き、泥棒ネタは見ものだった。
やめとけって絶対そこは盗むなって…とハラハラしながら、
やっちゃえ盗っちゃえって期待したくもなる、
見ているものにそのあたりの心境いだかせるのは抜群に上手い。
50年代ファッションも素敵、
シナリオは奥様を裏切ったのつらかった。全体的に悲劇だった。
元気なこともが生まれるといいね。

風呂掃除は念入りにやった。
風呂を上がれば家事はほとんどない。
居間の照明を落とし
ピンライトの灯りだけにして、
少々ゆっくりした。


れどれ |MAIL