こぞのさくら...

 

 

見えているものを見えないようにすること。 - 2006年06月17日(土)

待ち合わせの駅の地下鉄の出口を駆け上がると、すらりとした長身の彼の大好きな笑顔。

平日の昼間の逢瀬は久しぶりで、たっぷり時間もあるし、ゆっくりしようねと日取りが決まってから指折り楽しみにしていた。
「お昼、何か買ってから行こうか」となんの気なしに彼の顔を覗き込みながら言うと、申し訳なさそうな顔で「ごめん。俺、弁当」と言われる。
その言葉の意味が一瞬理解できなくて、「ベントウ?」と初めて聞く言葉を繰り返すように聞き返してしまった。

次の彼の肩掛鞄をポンポンと軽く叩くアクションで、すべてに気づいた。

「そっかそっか、仕事行くことになってるんだもんね。普段はお弁当なんだ」
と、明るい声でその場の気まずい空気を払拭しようと試みながら、内心動揺していた。
何故だろう。
怒れない。
事情があるのはお互い様だから?
いやそれでもその中に、そういう仲だからこそルールはある。
でも私は平和主義なのだ。自分で自分に呆れるくらい。人が不愉快な顔をしたり怒ったりするのを見るのが嫌い。ここで気分を害して不穏な空気になってしまうくらいなら、気持ちのブラインドの角度を少し変えればいいだけで。

そう言い聞かせながら、「じゃあ私もおべんと買おうかな」と駅のロータリーで手近に見つけた店で、ちょうど昼時で山積みになっていた弁当のパックを手に取り、その動揺を見破られないように努めて明るく明るく明るく。

駅前の喧騒を抜けて、ホテルの立ち並ぶ一角へ、肩を並べて「さすがにこの時間は人通り少ないね」などと笑いながら歩く。

思ったより広くて快適な部屋で、少し気持ちが軽くなる。
適当に選んだ弁当が案外美味しくて、少し気持ちが軽くなる。

だけど、目に入れようとしなくても、すぐ隣で食べているものには嫌でも目がいってしまう。
手づくりの。飾り気のない。普段着のお弁当。
このなんとも言えない釈然としない気持ち。
彼のオクサンに嫉妬したんじゃない。
彼のオクサンの気持ちになってしまった。
「ごめんなさい」と心の中で謝った。
それを平気で食べてる彼の気持ちがわからなかった。
いや、平気じゃなかったと思う。思うけれど、それをここで出して食べられるくらいには平気でいられるその気持ちがわからなかった。

それでも。
私は。
せっかくの休日を「こんなこと」でダメにしてしまうのは嫌だと思っていた。

見ない。
見えていない。
感じない。
感じてない。

自分の食べ終わった空容器を白いビニール袋に戻して固く縛り、洗面所で念入りに歯を磨いて、カーディガンを脱いで、胸元の大きく開いたカットソー一枚になり、肩口からブラジャーの紐がのぞいているのに気づいたけれどわざとそのままにして、彼の元へ戻った。
いつもは自然に入るスイッチを、自分で探り当ててパチンと押した。
首元に腕を絡めてキスをした。

だけど、普段彼に触れられる前からぬるぬると溢れて愛おしいと囁き続けている股間にそっと自分で触れてみると、にちゃりと指先に貼り付くような感触で、心よりずっと正直な抵抗するカラダに焦る気持ちでいっぱいになり、なるべく早く真っ白になりたいと、目を閉じてカラダに感じるものだけに集中した。







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