2007年03月20日(火) |
『お近くにお越しの際、お立ち寄り下さい』考 |
3月という時期は年度末ということがあり、学生や会社勤務の方は入学や転勤などにより新しい土地へ移動される時期でもあります。皆さんの周囲にも転居される人が少なからず思い浮かぶのではないでしょうか? 移動をされる人であれば、世話になった人、友人、知人に転居の案内を書いた挨拶状を送るもの。僕自身、何度も転居案内の手紙をもらい、また、僕自身も書いたものですが、転居案内の文面の最後に、よくこのような文面が書いてあるものです。
『お近くにお越しの際、お立ち寄り下さい』
“残念ながら自分は今の住み慣れた土地を離れ、新しい土地へ移動することになりました。自分は新しい土地で新しい生活を営み始めますが、もし、あなたが自分が過ごす新しい土地へ来られる機会があるならば、是非私たちのもとを訪れて欲しい。歓迎しますよ” というようなニュアンスが込められているのではないかと思います。
ところが、ひねくれ者の僕は、この文句に疑問を感じることがあるのです。それは、この文句が書き手が心底思っていることなのであろうか?単に社交辞令だけの文句ではないだろうか?と思うからです。
誰しも入学や転勤、結婚、退職などの機会に住み慣れた土地を離れ、新しい土地へ移る時、期待と不安で一杯になるもの。中でも、新しい土地での生活の中で心配になること一つは新たな人間関係を築き上げることができるかどうかの不安ではないでしょうか。 社会は人間同士がを作り上げているもの。余程人里離れた土地で無い限り、その土地の人、新しい勤務先、学校で新しい人間関係を一から作らざるをえません。これまで全く見ず知らずの人同士、お互いがある程度の信頼関係を築き上げるには大変な苦労と時間がかかるもの。そんな中で旧知の人が自分の住みかを訪れることは一時の安心感を得られるものです。 かつて、僕も仕事の関係で故郷を離れ、新しい土地へ赴任したことがあります。当時の僕は既に結婚し、嫁さんと二人で新しい土地へ移ったのですが、全く知り合いもいない土地で生活をするにはそれなりのストレスを感じたものです。全く自分一人だけの生活ではなかったので寂しさを感じることはありませんでしたが、新しい土地での生活では期待よりも不安の方が大きかったように思います。 そんな不安から解放されたのが、嫁さんの友達が僕たちの住んでいた官舎へ遊びにやって来た時でした。しかも、ほとんどの場合嫁さんの友達は僕たちの住まいにお泊り。嫁さんは旧友との再会に喜び、楽しそうに会話に華を咲かせていましたが、そばにいた僕も楽しく感じたものです。これまで直接縁があったわけではなかった嫁さんの友人であっても、友達の友達は皆友達だではないですが、全く友人、知人がいない土地においては安心感を感じることができたからです。
このような場合、『お近くにお越しの際、お立ち寄り下さい』という文句は有意義なことだと思うのです。 ところが、実際に新しい土地の生活に慣れ、地元の人たちとの交流ができ、新しい土地での生活基盤が出来上がってきたような状況になればどうでしょう? 旧知の人の訪問はどんな状況においても歓迎するものでしょう。けれども、夫婦に子供ができ、家庭生活が軌道に乗って来たような段階では、必ずしも『お近くにお越しの際、お立ち寄り下さい』とは言えない状況になってくるのではないかと思うのです。
まだ、電話や手紙、メールなどで日程調整をした上で立ち寄る場合はいいでしょう。事前の連絡が全く無い、所謂アポなしで突然立ち寄られた場合、これは迷惑になる場合が多いのではないでしょうか?学生時代でよくある一人暮らしの場合であれば融通が利くことが多いでしょうが、家庭を持っているような身分の人の場合、突然の訪問は戸惑ってしまうものではないだろうかと思うのです。戸惑うだけならまだしも自分の生活リズム、計画していた予定が狂ってしまうことも考えられます。このような場合、困惑以外の何物でもないようなことになりはしないかと思うのです。 このようなことを考えるのも僕には一つあることが思い浮かんだからです。
以前、叔父と一緒に暮らしていた時のことです。病院で口腔外科医として働いていた叔父の仕事関係の友人F先生が何の前触れも無しにいきなり我が家を訪ねてきたことがありました。一体何事かと思いきや、
「たまたま○○君(叔父のこと)の家の近くを車で通ったものだから、○○君のことを思い出し訪ねたんだ」 とのこと。叔父はまだ仕事場から戻っていませんでしたのでそのことを伝えると
「今日はそんなに急いでいないから○○君が帰るまで待ちますよ” 」
突然のことで、F先生に何も構わないで待ってもらうわけにもいかず、我が家では急遽F先生のために夕食を準備し、食べてもらい、後に僕がF先生の話相手となりながら待つこと2時間。叔父が帰ってきたのです。叔父はF先生が我が家に来ているのを聴いてびっくり。叔父自身、F先生が我が家を訪れることを何も事前に聞いていませんでした。単なるF先生の思いつきの訪問だっただけに、我が家ではその日の夜はF先生に振り回されるだけの時間を過ごすことになってしまったのです。その後、F先生は機嫌よく帰られましたが、残された我が家は皆疲労困憊。F先生には失礼ながら、F先生の突然の訪問は有難迷惑だったのです。
このことがあってから、かつて書いた転居案内の葉書に僕は 『お近くにお越しの際、お立ち寄り下さい』という一文を入れませんでした。 もし書いてしまったら、突然思わぬ人の訪問を受け、断ることができない事態に追い込まれるのではないか。そんな小心の気持ちを持っていたのです。
実際のところ、うちの家を訪問する人はほとんど事前に連絡を取り、僕や家族が了承してから訪ねてきてくれます。きちんとした礼儀を守ってくれる人がほとんどなので迷惑を被ることはないのですが、『お近くにお越しの際、お立ち寄り下さい』には一種のトラウマのようなものを感じてしまう、歯医者そうさんでした。
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