突然、僕の目の前で透明の液体が“ピュッ、ピュッ”と勢いよく飛び出てきた。それほど刺激を与えてわけでもないのに、こんなに潮が吹いてくるとは・・・。
週明け早々、日記冒頭からこんな話で申し訳ありません。これは別に嫌らしい話ではありません。患者さんの口の中の話です。 患者さんの治療をしていると、舌の付け根あたりから時折、“ピュッ、ピュッ”と唾液が跳んでくることがあるのです。その様はまるで潮を吹くような感じです。唾液が一気に大量に出ようとする中、唾液が出る出口が狭いために起こる現象なのです。歯科関係者ならば誰もが見ている光景の一つです。
さて、今回取り上げる唾液とですが、一体どんなものなのでしょう? 唾液は唾液腺と呼ばれる組織で作られる無色、無臭の液体です。口腔生理学の教科書によれば、唾液は99%が水です。比重は水よりわずかに大きく(1.004〜1.009)、pHは5.0〜8.0ぐらいです。
唾液を作る唾液腺は大きなものが3つあります。舌下腺、顎下腺、そして耳下腺です。それ以外に粘膜などに小唾液腺と呼ばれる小さな腺もあり、これら全ての唾液腺から唾液が作られ、口の中に分泌されているのです。その量は、一日あたり1〜1.5リットルぐらいと言われています。口の中が絶えず潤うような状態に保つためには、想像以上に多い唾液が口の中に分泌されているのです。
それでは、唾液は一体、何処から出てくるものなのでしょう?口の中には唾液が出てくる穴が主たるもので2つあります。 一つが舌の裏側と下の前歯の裏側あたりにある舌下小丘と呼ばれるところ。更に頬の裏側の粘膜で上の奥歯付近にある耳下腺乳頭。舌下小丘には舌下腺と顎下腺で作られた唾液が、耳下腺乳頭では耳下腺で作られた唾液が分泌されます。
唾液の役割は様々です。思いつくだけで以下のようなものがあるでしょう。 ・食べ物を飲み込みやすくするため円滑作用 食べ物に湿り気を与えて飲み込みを助けます。 ・化学的消化作用 でんぷんをマルトース(麦芽糖)に分解する。これは小学校か中学校の理科の実験で 習った方が多いのではないでしょうか? ・歯や口の中の粘膜に対する保護作用 ・洗浄作用 歯や粘膜についた食べかすや汚れを洗い流す作用 ・殺菌、抗菌作用 唾液中には何種類かの殺菌物質、抗菌物質が含まれています。
最近では、唾液を様々な検査に利用する傾向にあります。例えば、唾液分泌量やその性状を調べることによりむし歯や歯周病になりやすいかどうかを調べるリスク判定に用いられたり、体に起こっている変化を調べる研究も進められています。
普段なかなか意識しない唾液ですが、唾液が出る量が少なくなると、口の中の環境が急速に悪化します。 高齢者や何らかの重篤な病気に罹った人の場合、口の中が乾燥することにより歯がむし歯や歯周病が進み、崩壊する。それだけではなく、口の中にある雑菌が繁殖したものが飲み込まれ気管から肺へ入り、肺炎を引き起こすことが多い。現在、日本人の死因の第4位が肺炎です。年間95000人近くの人が肺炎で亡くなっています。この肺炎になる理由の一つが口の中の汚れと飲み込む反射(嚥下反射)の低下が原因がかなりの部分を占めることがわかってきました。こういった肺炎を防ぐために口腔ケアの重要性が以前にも増して重要で、口腔ケアを実践することにより肺炎の防止に役立った報告がいくつもされています。
そんな唾液ですが、歯の治療の際には厄介な場合があります。歯の治療には乾燥させないといけないことが多いもの。被せ歯、差し歯、詰め物をセットする際、歯が濡れているときちんと歯に接着させることが困難です。また、神経の治療の際、唾液に触れないようにすることが鉄則。歯の治療には乾燥状態であることが必要な場合が多いのですが、治療中の唾液量が多いと乾燥に一苦労です。唾を取るバキュームや綿花を駆使して口の中の唾液を吸い取る必要に迫られます。唾液の多い人の場合、わずかな時間でも大量の唾液が口の中に溜まるもの。歯医者にとって、治療中の唾液の管理は非常に気を遣うものなのです。
潮吹きのような唾液の分泌が見られる患者さんの口の場合、歯の治療は注意しながら行わないといけないものなのです。
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