歯医者さんの一服
歯医者さんの一服日記

2006年10月20日(金) なが〜い目で見て下さい

先週末、僕は某所で学会に行ってきました。 全国規模の大きな学会だったのですが、その会場である人に出会いました。その人とは歯科衛生士のOさん。Oさんと僕は旧知の仲で、お互いに気心の知れた間柄。 再開したのは数年ぶりでしたので、しばらくお互いに話しこんでしまいました。

Oさんは僕と同い年の歯科衛生士。歯科衛生士になって20年になるベテランです。普通、歯科衛生士の仕事を長年やり続けていると、惰性で仕事をこなしている場合が多いのですが、Oさんはいつも患者さんにとって自分が何をすることがベストかということを考え、実践している歯科衛生士です。ベテランの域に達した立場になった今でも自分の興味ある講演会や講習会には積極的に参加し、勉強しているOさん。僕は歯科に対する彼女の情熱、真摯な姿勢が好きで、彼女と話をするのが非常に楽しみだったのです。

会話が弾んでいた中、Oさんはふとこんなことを漏らしました。

「実は、今回の学会は私は勤務先の歯科医院の診療のお休みを頂いて来たのですけど、私が担当している患者さんをキャリアの浅い勤務医の先生にお願いしてきたんですよ。ところが、その勤務医の先生に任せて大丈夫かどうか不安で仕方がないんですよ。」

Oさんの心配、僕には手に取るようにわかりました。 なぜなら、僕にもOさんが言う勤務医のような立場であった時があったからです。

僕が某病院の歯科研修医になった時、正直言って技術的には何もできませんでした。全てが見よう見まねの状態であったと言っても過言ではないくらいでした。
点滴の針を血管の中に入れようとしても2度、3度失敗する。その一方、看護師は1度で入れてしまう。
また、歯型を取ろうとすると2度、3度失敗するが、歯科衛生士は1回で見事に取ってしまう。
などなど、周囲の医療スタッフの技術が新人研修医であった僕を上回っている時期があったのです。新人研修医は自分の医療技術の未熟さを実感するもの。その一方、周囲の医療スタッフは新人研修医を見る目は冷たいものがあるものです。

”こんな基本的なことがどうしてできないの?”
”患者さんを実験台にしてどうするの?”

そんなニュアンスを含んだ視線が新人研修医に降り注ぐのです。
ところが、医療現場では医師を頂点としたピラミッド型の医療体制です。いくら新人研修医であったとしても、技術が未熟であったとしても、新人研修医も医師なのです。周囲の医療スタッフは文句を言いたくても正面きってなかなか言えない立場でもあるのです。そこに医療スタッフのジレンマがあります。そのジレンマが新人研修医に注がれる冷たい視線につながるわけです。
新人研修医は馬鹿ではありません。冷たい視線、雰囲気というものを肌で感じ、何だか自分の居場所がないようなプレッシャーを感じるものなのです。僕もそんな冷たい視線を受けてきました。新人研修医はその視線に耐え、なにくそと思い、自己研鑽に励んではじめて確かな医療技術を会得することができるもの。医師、歯科医師が一度は通らなければならない、つらい道の一過程なのです。

旧知の歯科衛生士Oさんの嘆きは非常に良く理解できるのですが、彼女に僕が言いたかったことは唯一つでした。

キャリアの浅い勤務医は、どうか寛大な心で

なが〜い目で見て下さい。


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