歯医者さんの一服
歯医者さんの一服日記

2006年06月23日(金) 隣同士は仲が悪い

昨日、某新聞の第一面に掲載されているコラムを読んでいると興味深い記事が載っていました。その記事とは、椎間板ヘルニアを代表とするような脊椎、脊髄の手術をどの専門医が行うべきかという論争です。100年以上の歴史がある整形外科医が行うべきか、それとも40年の脳神経外科医が行うべきかという論争だそうで、現状は背骨の中の神経は脳に続くことや欧米での主流という理由から脳神経外科医が論争を責め、整形外科医が守っている構図だというのです。最近の脊椎の手術が顕微鏡で手術部位を拡大して行うことが主流となってきたことから、顕微鏡手術では一日の長がある脳神経外科医が主導権を握っているとのこと。

この手の論争というべきか、治療の主導権争いは何も脳神経外科医と整形外科医の間だけで行われているのではありません。例えば、甲状腺の治療に関しては外科医と耳鼻咽喉科医との間で主導権争いがあります。僕自身、某病院の歯科研修医だった頃に病院の麻酔科実習を受けていたことがあるのですが、甲状腺腫瘍の手術の主治医が外科医の患者さんと耳鼻咽喉科医の患者さんであるケースを受け持ったことがあります。どちらも手術そのものはうまくいったのですが、後で話を聞いてみると、甲状腺の病気に関する治療の主導権争いが外科医と耳鼻咽喉科医の間で未だに続いている現状を聞かされ驚いたことがあります。

実は、耳鼻咽喉科医と歯科医(歯科口腔外科医)との間にもこの手の手術の主導権争いがあるのです。例を挙げてみると、舌の異常、疾患に関すること、蓄膿と呼ばれる上顎洞炎の処置や顎の骨折に関する処置に関してなどです。
形成外科医と歯科口腔外科医との間にも主導権争いがあります。その最たる例は唇顎口蓋裂の処置に関してあり、お互いがその正当性を主張しており、中にはかなり過激な論調もあると伝え聞いています。

耳鼻咽喉科医や形成外科医が歯科口腔外科医と主導権を争う際、必ずといっていいほど指摘してくることがあります。それは、免許に関することです。耳鼻咽喉科医や形成外科医は歯科口腔外科医に対し

”歯科医師免許しか持っていないのだから、口以外の全身に関わる手術を行うことは医師法、歯科医師法に抵触する”

と主張しますが、歯科口腔外科医は

”口や口周囲の全身麻酔を必要とする手術は歯科医師法に照らし合わせても合法であり、全く問題ない。むしろ、口や歯のことを知らない耳鼻咽喉科医や形成外科医が手術をすると後でかみ合わせ、咀嚼に悪影響が及ぶからアフターケアが大変である”

と主張して譲りません。

医療界には専門領域が近い分野の治療に関しての線引きが曖昧なため、専門医による主導権争いがいくつもあるのが現状です。僕自身、病院の歯科で働いていた経験がありますので、こちらは望んでいなくても耳鼻咽喉科医や形成外科医との間の主導権争いに巻き込まれてしまった経験があり、悩んだことがあります。

歯科口腔外科の診療領域に関しては、歯科口腔外科の専門医制度が確立された際、歯科口腔外科医と耳鼻咽喉科医との間に話し合いがもたれ、ある程度枠組みが定められました。その結果、以前に比べ隣接領域の主導権争いは少なくなったそうですが、全く無くなったわけではなく依然としてくすぶりつづけているところがあります。そんな現状を知っていた僕ですから、脊椎や脊髄の治療に関する主導権争いが脳神経外科医と整形外科医との間にあるという記事には改めてその意義を考えさせられました。

近い位置にいる者同士というのは仲違いすることが往々にしてあります。例えば国レベルにおいて、日本と韓国、アメリカとカナダ、スイスとドイツ、インドとパキスタンといった国同士の中の悪さというのは歴史的な背景もあいまって相当根深いものがあります。お互いの権益が絡んでくると隣同士はそれぞれが相容れない、譲れないところが出てくるもので、外交では如何に妥協を図るかということで苦心しているのが常です。

医療界においても同様のことが言えます。専門領域に関する主導権争いにはお互いの診療科の専門性、正当性、面子などが複雑に絡み合い、相容れないところにまで達していることがあるのです。

これは大いに批判されるべきことです。なぜなら、実際に治療を受ける患者のことを全く考慮に入れていないからです。患者の側に立ってみれば、どの専門家が治療しようが自分の異常や病気を治してくれる専門家であればどこでもよいと考えるのが自然だからです。医療の専門家の基本は、患者の立場にたって治療を行うことです。このことを医療の専門家は忘れていないはずですが、ともすると治療の専門領域に関して意地を張り合ってしまう傾向にあるのです。

いい加減にこの手の主導権争いは止めるべきだと僕は思います。患者の立場を考えるなら、このようなくだらない主導権争いをしている余裕はないはずです。お互いに感情抜きで何が協力できるかどこを譲り合うかを検討し、お互いを尊重しあう姿勢が求められていると思うのですが、現実はなかなかうまくいかないようです。

医療の世界でも隣同士は仲が悪いことが言えるかもしれません。悲しいことです。


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