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2017年09月19日(火) |
Sami Blood |
「サーミの血」を観た。スカンジナビアの先住民サーミ族という出自を捨て、スウェーデン人として生きていくことを選んだ少女の物語。美しい森の風景の中で自然に身をまかせて暮らすサーミ族が同化を強いられたというのだが、その政策がなんだかすごく中途半端。学校に通わせ、スウェーデン語を強制的に教える癖に希望しても進学はさせない。
「あなたたちの脳は文明に適応できないの」
などという研究結果をふりかざして。
ダンス会場で出会ったニクラスを頼って街へでていったエレ・マリャだが、このぬるい環境で育ったような青年は主体性がなく彼女を突き放すでも助けるでもない。恋愛映画と呼ばれるものならここでニクラスが親の反対を押し切ってもエレ・マリャと駆け落ちしたりするのかもしれないが、そんな展開はなかった。綺麗に手入れされた緑の美しい公園で野宿する一文無しのエレ・マリャが余計みじめで、可哀そうで、可哀そうで、どこかでニクラスが助けにくることを期待しながら観てたが、やっぱりそんなことは起きなかった。見終わった頃にはすっかりあんな男はこっちから願い下げよ!などと思った。顔が可愛いだけで優柔不断なダメ男じゃないか。自分の意志で歩いてるエレ・マリャのほうがよほど立派だ。将来にもっと素敵な出会いをしてほしい、と思った。でもその出会いはあったのか、なかったのか、エレ・マリャが親のくれた名前を捨て、クリスティーナというスウェーデン人として生きたという結論だけは解った。こんな地味な映画に続編があるとは思えないが、あるならお父さんのベルトを売って学校へ戻った後の話をやってもいいんじゃないかな。
原住民と新参者の問題はどこでも複雑。オーストラリアはもっと手荒な同化政策をしたし、アメリカなんかは戦争してるし。この映画でも裕福な新参者がサロンでコーヒーを飲みながら、
「自然保護区だというのに、サーミ族ってどこにでもバイクで乗り付けるのよ。自然を守る人達じゃないの?いやね。」
みたいな会話をしている。サーミ族にも世代交代で変化が起きている。そして"自然保護区"なんていう言葉があることこそ、それ以外の地域が汚されているという証拠なのだ。元来のサーミ族のような人々にはそういう意識はないだろう。全ての場所が自然保護区なのだから。