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2005年04月29日(金) |
Lost In Translation |
10日間のGWの始まりはDVD鑑賞から。パースの日本人陶芸教室の方々が゛日本人を馬鹿にしてるわっ!゛と憤慨していた゛Lost In Translation゛。
アメリカから東京にやってきた中年俳優とカメラマンの旦那にただついてきた若妻が新宿のハイアットで出会い、言語不通の孤独や疎外感の中で次第に心を近づかせていく一瞬の逃避行の中で生まれた小さな恋のお話。俳優にあてがわれたろくに英語の出来ないいい加減な通訳やLとRを発音できない娼婦、、、わたしは馬鹿にしてるわっと思うよりも日本人だわっと認めてしまった。
10代の頃、買っていた芸術雑誌の中に掲載されていたソフィア・コッポラの作品である写真を切り抜いて狭い部屋にキープしていた。無造作に心地よく散らかった部屋、シースルーの下着を身に付けたイノセントな女の子、そしてその女の子はポラロイド写真を愛している、、、その時を思い出して懐かしくなるような、相変わらずのソフィア・コッポラ色の出ている映像だった(ちなみに若者に紛れて密かにHiromixが出演していた)。
しかし!英語圏育ちの人間というのは英語の通じない場所での生命力が弱過ぎると思う。わたしの友達を見ていてもみんなそう。どこでも通じると思いこんでいるので通じないことが不便とか恐いと思ってしまうのではないだろうか。日本語は日本でしか通じないと思っているわたしなどは英語さえ通じないところでもジェスチャーで通すくらいの生命力はあるが。