失望の裏側 May,4 2045 「お似合いだろ?僕達・・・」 誠也が吐いた冗談に、詩織のポーカーフェイスが崩れていく。 (ちょっ、ちょっと待ってよ。誠也君・・・洒落になってないから それ・・・) 詩織の口元が動く前に、フォローしようとした瞬間、店の電話が鳴り始めた。 『はい、Bar雀でございます。・・・あ、おはようございます。先輩・・・ いえ、5名様です。・・・ええ、・・・はい・・・かしこまりました。・・・出しておきます。』 詩織が受話器を置いたときには、雄吾が席に戻ってきた。 おしぼりを受け取りながら、雄吾は詩織に向かって話しかけている。 「そろそろ、麻雀が打ちたいんだけど、龍正はまだかい?」 「ええ、先ほど先輩から、本日は欠勤する旨の電話がありました・・・」 「あら、そうなんだ。残念だな〜それは」 詩織は申し訳なさそうに雄吾に一礼したあと、奥にいる2人の客にも説明に向かった。 (ふ〜、部長、ナイスタイミング) 「部長、その龍正さんという方がお休みだと、打てないんですか?」 「うん、そのようだ。仕方がないから、今度にするか」 「う、うん・・・」 私は玩具を取り上げられた子供のような気分になった。 (あ〜楽しみにしていたのにな) 「誠也、歩けるか?」 「空は・・・飛べますが、・・・歩くのは絶対、無理っす」 「おいおい、そのでかい図体を誰が運ぶんだよ」 「冷たい水とおしぼりを持ってきてくれる?」 今度は雄吾が申し訳なさそうに詩織に手招きをしている。 「あらあら、誠也君たら・・・どうぞ、奥の部屋のソファーを使ってください」 「すまないね、これから稼ぎ時の時間だというのに」 「いいんですよ、田頭さん、Closedのボードを出しておくようにと電話でいわれましたので・・・」 「ありがとう」 「こちらからどうぞ、少し間口が狭いですけれど・・・」 詩織はカウンターの後方の小さな扉を左手で示した。 雄吾は上着を脱ぎ、誠也の腕を肩に回し、詩織の後に続いた。 壁にかかる時計の針は、8と9の間で短針と長針を重ねている。 (アタシのゴールデンウィークは1時間足らずで終了か・・・こんなことになるなら、お姉ちゃんと一緒にロスに帰ればよかった・・・) 私はグラスに結露した水滴を指で2回なぞり、ハンカチで包んだあと口へ運んだ。 しばらくして、雄吾が部屋から出てきた。 詩織は、再び奥に座っている2人の客のところへ向かい、領収書を書きながら会話をしている。 私は部長の上着の両肩の部分を広げ、腕を通すのを手伝った。 「ご苦労様でした」 「ああ、介抱する相手がリカなら、ソファーで添い寝してやれるのにな」 「きゃはは、じゃあ次は、アタシがべろんべろんに飲んでやる」 「おう」 今夜、初めて会ったというのに、雄吾部長といると、張り詰めていた気持ちがほぐれる。 きっと、お姉ちゃんと同じ年ということもあるのかもしれないし、 サークルでの会話で、ある程度、想像していた人物像と相違ないからなのかもしれない。 (こんな人がお兄ちゃんだったらよかったな) 「悪かったな リカ。楽しみにしていただろ?」 「ん? 麻雀?」 「そうそう。俺と誠也は、リカに会えることが楽しみのひとつだったから・・・ほら、麻雀はいつでも打てるからな」 「いいな〜。アタシね、この間、本物の麻雀牌に触る夢を見たんだ」 私は、先日見た不思議な夢の話を部長に話した。 記憶を辿るように、身振り手振りを交えて。 雄吾は煙草に火を付け、天井に向かって息を吐いた。 「へ〜」 「なんかね、触ったこともないのに、ツモった牌がなんだかわかったの」 「盲牌(もうぱい)のこと?」 「うんうん、それそれ。で、確かめたかったんだ。その感触を」 「なるほど、で、なんだったんだ その牌は・・・」 「え〜とね・・・ こんな感じの牌」 私はその親指に感じたイメージを言葉にしようとしたけれど、 上手く説明できずに、両手の人差し指で自分の口の上から、外側45度に弧を描いた。 そう、それは三毛猫の髭というよりも、100年前の男爵の髭に近いイメージだ。 「ああ、髭ね、髭 それは”東”だったんだろ?」 「すっご〜い。部長、超能力者?」 「あはは、髭は基本だよ。基本」 「きゃはは、おもしろ〜い」 「お話し中のところを、すいません」 話に夢中になって、詩織がカウンターの前に来ていたことに気づかなかった。 「ん?どうぞ?」 雄吾が灰皿に、2度3度煙草の灰を落としながら、カウンターのほうへ体を向けた。 「実は・・・奥のおふたり連れのお客様も、麻雀を打ちにいらっしゃっていて、 よろしければ・・・ご一緒しませんか?という伝言をいただいています」 「ほんと?」 思いもよらぬ申し出に私は無意識に言葉を発した。 詩織が、私の言葉には黙ったまま頷き、 「いかがですか?田頭さんは・・・」 「おう、折角のお誘いだ。リカ、デビュー戦、いってみるか」 「うんうん、いくいく」 私は心の中では、兎のように飛び跳ねていた。 「それでは、おふたりをご紹介します。どうぞ、さきほどの奥の部屋へ」 カウンター経由で、その入り口の小さな扉を雄吾の後に続いて前屈みで入った。 部屋の中は、12畳ほどの広さだろうか。一面の白い壁に、窓はどこにもない。 右手のソファーには誠也が眠っている。 中央にあるテーブルに向き合うように、2人の男が座っていた。 「お誘い、ありがとうございます」 雄吾がふたりに向かってお辞儀をしながら前に出た 「こちらは、田頭さんと、辰巳さん」 詩織が、まず、アタシ達2人を先方に紹介した。 「そして、こちらが・・・光宗さんと、河合さん」 (あ、この2人、お姉ちゃんの結婚式で・・・確か、新郎側でピンクレディーのUFOを踊った人達だ) 「よろしく」 「よろしく」 ほぼ、4人同時に挨拶を交わした。 「お飲み物が必要な時は、おっしゃってください」 詩織は、入り口右手の、誠也の眠るソファーに腰を下ろした。 |