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2012年03月19日(月) 著作隣接権論争に思うこと

著作隣接権について私が知っている二、三の事柄


昨今、出版関係者の間で「著作隣接権」を求める声が上がっています。

 その一方で、出版社の権利の拡大を懸念する漫画家さんらの声も聞こえてきます。



 その流れを傍観していて、双方にかなりの誤解があるのではと感じました。

 元々、出版社が想定している「著作隣接権」とは「版面権」のことで、これからの電子出版時代に対応するために出てきた発想です。

 しかし、それを「著作隣接権」と言い換えることによって、あたかも巨大な権利が出版社に付託されるかのように聞こえてしまいます。

 自分は法律の専門家ではありませんので、誤解もあるかもしれませんが、わかる範囲でこの誤解について説明してみたいと思います。



 まず、「版面権」という概念から説明していきたいと思います。

「版面」というのは、印刷に使われる原版(版)です。

漫画の場合で言えば、大元の絵を描くのは漫画家です。それを受け取った出版社は、フキダシの中の文字を指定し写植を貼るなどして「版下」を制作し、それを元に「版」を作ります。

「版面権」とは、この「版」に対する権利です。



 出版社には、この「版」そのものに対する所有権はありますが、著作権は認められていません。

 そのため、出版物をコピーしたものを第三者が出版したり、ネットで流通させたりしても著作権侵害を主張することはできません(版面権侵害が争われた裁判もありましたが、その際も原告の主張は認められませんでした)。(注1)



(注1:*「『特高警察関係資料集成』等復刻書籍事件」平成21年02月27日東京地方裁判所(平成18(ワ)26458等)



 従来であれば、他社の出版物をそのまま無許可で複製して出版するということはそうそうないことでした(出版物の復刻版はありましたが、それらは原出版社の許諾を得ているはずです)ので、版面権という概念はそれほど重視されませんでした。

 しかし、個人でもコピー機やスキャナーの使用が容易になり、ネットで海賊版が出回る現状、そして出版物をそのままデータ化した電子出版の出現という状況により、版下制作にかかるコストを負担している出版者側から不満の声が上がってきました。この状況を鑑み、それらフリーライダーに対抗するために出版社にも何らかの権利の付与を求める動きが起こりました。

 そこで着目されたのが「版面権」という考え方でした。



 ただし、この「版面権」という概念は、著作権法の中にはありません。音楽出版の世界で長年求められていながら、認められていないという経緯もあります(注2)。

 そのため、まったく新規の権利を創出してそれを認めさせるより、既成の概念を流用した方が早いという考えにより、現状レコード製作者や放送事業者に認められている「著作隣接権」という権利を出版物にも取り入れようという流れになっています。



(注2:実は、通常の出版物ではなく音楽出版の世界で、この版面権を求める声は強いのです。それは、楽譜の性質上、同時に多数が必要になることが多く、それをコピーにより対処されるのを防ぎたいからです。現状では複製権により対処していますが、この権利の行使には著作権者、実質的には権利を管理しているJASRACの許諾が必要になります)



 ところが、ここで著作隣接権という名前を持ち出したのが混乱の元になったようです。

 音楽業界の著作隣接権の中には「原盤権」があります。

 これは、ミュージシャンが作った音源に、レコード会社等が権利を持つというもので、これによってレコード会社を移籍した後もミュージシャンの意に沿わぬベスト盤が出るなどのトラブルの元になることがあります。この権利は元々、音楽・映像等の制作費用をレコード会社等が負担していたため、その業者を保護しようという意図で生まれた権利です。

 本来の「版面権」には、このような権利は含まれていませんが、「著作隣接権」という言葉からこのような権利が連想されたのではないでしょうか。

 出版の世界でこの「原盤」に当たるものは個々の著作物であり、その制作に関する費用を著作権者が負担している以上、原盤権(的なもの)は著作権者にあるのは明白です。

 さらに付け加えれば、音楽の世界にはJASRACが存在し、実務上「著作者」と「著作権者」が別になっているので、ミュージシャンの意図とは違った許諾が行われることがありえますが、出版の世界は著作者=著作権者であることがほとんどですので、そういったことは起こらないでしょう。

 ネットでは「著作隣接権が認められれば、別の出版社から出版することが不可能になる」という憶測がまことしやかに流通していますが、それはありません(ネットで語られている事例は、商慣習や業界のしきたりによるもので、法律問題とは別です)。



 先に述べたように、「版面権」というのはあくまでも出版社が制作した「版」に対する権利で、その元になった著作物に対する権利ではありません。

 そのため、契約終了後に著作権者が自分の著作物を別の出版社に委託し、新たに「版」を作って出版することは自由です。電子出版も同様です。

 また、ストーリーや絵などの内容に関わる部分の権利でもないので、いわゆる二次創作を、著作権者の意志に反して取り締まることもできません。

 この権利によって困る可能性があるのは、違法データをネットでやりとりしたい者(注3)、出版物をスキャンして安易に配信したいデータ配信業者等です。

(注3:現状、違法データをアップロードする行為は出版社でも取り締まれますが、P2Pでのやり取りには対処は難しくなります。これには複製権と公衆送信権がからんでいるためですが、このあたりの説明はややこしいので割愛します)。



 もちろん、この流れに乗じて、自分の権利を拡張したいという出版者が存在しないと言い切れるものではありません。出版社の内部でも、現場と上層部で齟齬もあるでしょうし、お役人の思惑も入ってきて混沌としてきている感もあります。

 ただし、著作権法第90条の冒頭に「この章の規定は、著作者の権利に影響を及ぼすものと解釈してはならない」と明確に記載されている以上、著作者の権利を侵害する形での法律を制定することは難しいのではないでしょうか。



 版面権の創設により、出版社ではなく著作者の利益がどれだけ上がるかも未知数です。

 海賊版対策と言っても、法律面ではなく技術的に、根絶させることは難しいでしょう。

 実務上の問題点もまだまだあるでしょう(たとえば、A社から出版されていた作品を、B社から出版した後、A社の版を元にした海賊版が出回った場合、B社は対処できるのか…など)。

 一般的に「著作隣接権」を設けるより、個々の著作権者の考えが違うのだから、個別の契約により対処した方がいい、という考え方にももちろん一理あります。ただし、その分出版社のリソースも割かれてしまいますが…。



 個人的には、出版社に版面権を認め、海賊版への対処を強化してもらうとともに、電子出版への移行のインセンティブを与えると同時に、版面権に含まれない著作権者の権利を侵害することのないよう、条文を慎重に検討する、というのがベストかと思っています。



 ただ、ひとつ言えるのは、誤解に基づき著作者と出版社の対立が深まるのは、どちらにとってもデメリットになるでしょう。

 著作者と出版社は決して対立する存在ではありません。

 対立をあおる声に惑わされず、互いの理解を深めてよりよき方向に進んでくれることを祈らずにいられません。


文 今野清司

                                   


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