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2003年11月05日(水)
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被害者なら、何をしても許されるのか。
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拉致被害者の会が、衆議院選挙の立候補者全員に質問を送ったとか言う記事を読んで、すっごくやな気分になる。
被害者なら、何をしても許されるのか。 被害者だから、他の人より大切に扱われるべきで、守られるべき、それはつまり、人に義務を押し付ける事で、 そのことに轟然と胸を張って、躊躇いがないところが、たまらなく、嫌だ。
中国4千年の味!と、CFで四本指を立てたら、被差別団体からもう抗議がきて、結局、金で解決しなければならなかったことがあった。 (と、叔父に聞いた) これは差別への抗議ではなく、たかりと呼ぶのがふさわしい。
「慰謝料ということで、いかがでしょうか?。」 「ま、かんべんしたるわ。このくらいで。」と指を四本立てる。ずばり「四千万」 な、ことはではなかったと思うが・・・。
拉致家族会もそんな感じ。
「官邸に行く時とか、前はハイヤーが玄関まで迎えに着たのに、最近はこなくなった。日本政府は冷たい。」 ここまで好き放題言われて、その他一億2千万は、拉致されてなくてすみませんねぇとうなだれながら、黙って聞き入いてなくてはいかんのか。 うんざりする。
口を開けば日本政府をこきおろすくせして、NPOが北朝鮮から手紙を持ち帰ると、「そんなえたいの知れない団体に関わって欲しくない。」と、切り捨てる。 外務省の人なら、よくご存知で、えたいがしれているということなのでしょう。 家が隣だったとか、部活が一緒だったとか。
試験受かっただけで、何もしなくても給料が出て、2、3年で仕事の担当を変える"他人"と、有象無象であっても自分の食い扶持は自分でなんとかする"他人"の、どっちを信用すると言ったら、私ならどっちとも言えない。 国でなくては出来ない事もあるとは言え、自分の才覚で糊口をしのいでる人を、肩書きでばかにする姿勢には、すごい矛盾を感じた。
曲がりなりにも交渉して、多少なりとも(個人的にはかなりな)成果もあげた事に誉めもせず、口を開けば非難ばかり。 でいて、信頼しているのは、非難対象であるお国だけなのだ。
その甘えは、反抗期の中学生を思わせる。
いや、親は感情の生き物だから、何言ってもしょうがないと思う。言わしとけ。 その片言隻句を報道するメディアが、ホントうざい。
話はとぶ。 最近、つつじが咲いているらしい。2名からそんな話を聞いた。 磁気嵐か、フレアか、二ビル星か、フォトン・ベルトか、そんなもんが関係してるだろうか。
さらに話は飛ぶ。 電車のつり広告で見た。Gacktの自伝。『目白』 なぜ、目白?住んでんのか?と思って、良く見たら、自白だった。納得。
alain
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