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ダブル・ヴィジョン。 今ある風景に心象風景を重ねて見ることがある。
1つは刃。 中世の拷問器具のイメージで。一メートルくらいの斧の刃のような刃。 上から紐でぶら下がっている。 身体は横たわって身動きできないように縛られている。 刃はゆっくり降りてくる。刃は振り子に揺れていて、空気を切る音がしゃつしゃつしゃつと聞こえる。 いつかは首に届いて、私は死ぬ。
生まれた時から、上にそんな刃をぶら下げてるんだなぁと思う。 誰でも死ぬんだから。何時かはわからないところが、2重にきついが。 この人の刃はどのくらいまで降りてきてるのかなぁ、死因はなにかなぁ、って、 目の前の人を見ながら考える。
もう1つは、カルネアデスの板。
「たとえば舟が難破した時に、二人の遭難者がいたとして、その二人の前に一人だけしか浮かばせることのできない板があった時、遭難者は自分が助かるために、他の一人を突き飛ばして、その板をつかみ、 その結果、相手を溺れ死なせたとしても、犯罪にはならない」というやつ。
何人かで食事したりしてると、一人が話して、他の人が聞いてるって時がある。 相槌を打ちながらも、心がよそに逃げる瞬間がある。 そんな時、もちろんいつもじゃないけど、目の前に水と板があらわれる。
船が難破したとして、何人かは乗れそうな板があったとして、この人は何番目に私の手を掴むだろうか。 2人は乗れない板だったとして、どんな顔をして私を振り払うだろうか。
くらい。くらすぎ。 思わず、突っ伏してしまう。
alain
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